45.それは、初日だったのです。
『ただいまより、第三五回春原高校文化祭を開催いたします』
放送から流れてきた声に、誰とも無く拍手をし始めました。そういえば、去年も雰囲気に圧されて拍手をしたけれど、なんで拍手なんでしょうね、なんてクラスメイトと後で話したものです。
「それでは、不肖ミオさん、広告ついでに練り歩いてきます!」
「うん、ガンバってー」
私は制服の上にフリル多めのエプロンをつけ、猫耳+フリルのついたカチューシャを頭に装着した状態で、軍隊のごとくビシッと敬礼してみました。残念ながら、玉名さんはノってくれなかったのですけど。
ちなみに、背中には「二年C組 喫茶店」と書かれた紙を貼っています。これで宣伝になればよいのですけどね。連れが連れなだけに心配です。
「って、ミオー、羅刹は?」
「屋上で涼んでいるそうなので、これから向かいます」
「あー、うんガンバってー」
玉名さん、どこか投げやりなのはどうしてでしょうか。
むしろ、後ろで今更ながら敬礼してくれている恩田くんの方がキラキラしています。あ、玉名さんに気付かれて、蹴られましたね。
そんな二人を置いて、私は廊下に出ました。
昨日の時点で分かってはいましたが、廊下はもう、いつもの廊下じゃありません。色とりどりに飾りつけがされ、行き交う生徒もどこか楽しげです。
あぁ、なんだか浮かれてしまいそうなのです。
ドン
「あ、すみませ―――」
浮かれ過ぎなのです。うっかり男子とぶつかってしまいました……って、どうして私、手首を掴まれているのでしょう?
「あー、これが噂の女子? フツーじゃん?」
「間違いねぇべ? 今、Cの教室から出て来たし?」
残念なことに、私、この目の前に立ちはだかる二人組の男子に見覚えがありました。一人は白髪に加え耳にピアスを多めにぶらさげています。もう一人は茶髪の男子です。後者の方は、前に姿を見た時は髪を染めっぱなしで放置してプリン頭になっちゃっていましたっけ。
なんだか、ものすごく、イヤな予感がするのです。
「須屋ミオチャン、ちょっといいかなー?」
「オレら、君とおハナシしたいんだけど」
えぇ、なんとなく予想がつきますよ。一学期の中間テストで羅刹にちょっかい出した二人組ですからね。きっと私を使ってトキくんに意趣返しをしようとかいう話なのでしょう。
「すみません、人を待たせているので、失礼しま……っ!」
だから、どうして皆さん人を手荷物扱いするのですかっ!
白髪ピアスが私をひょいっと持ち上げたのです。正直、自分の身体のミニマムさに泣けてきそうなのですよ。
「悪いねミオチャン。オレらも急ぎだからー」
「ま、楽しいことできるから、カンベンしてってー」
喚いて周囲の人に助けを求めようにも、口を塞がれ、ジタバタともがく手足をぐっと押さえこまれ、手荷物ミオさんはドナドナされてしまったのでした……。
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「ちぃッス、ロンさん」
「連れて来たッス」
ドナドナされた先に待ち構えていたのは、シロクマでした。筋骨隆々たくましい体つきに、白く脱色した髪を短く刈り上げています。もう一度言います。シロクマです。
「アァ? それが羅刹のオンナかよ?」
どうしましょう。シロクマの声が掠れててひどい声なんですけど、地声なのでしょうか。それとも風邪を引いているとか? ……って後者はないですよね。すみません、お得意の現実逃避です。
「間違いねッス、ロンさん」
「そうッス。このちまいオンナがそうッス」
……ちまいなんて言われたくないのですよ。元プリン頭のくせに。
「てっきりもっと派手目な……あぁ、胸か」
シロクマに凝視され、私は思わず自分の胸を隠すように腕を前に回しました。そりゃ、バイト先で「ロリ巨乳」なんて不名誉極まりない言葉で表されたことのある外見ですけど、同年代の男子にじっと見られたくはないのです。バイト中は我慢しますけど、プライベートは我慢しません。
シロクマのお仲間さんなのでしょうか、あちこちでしゃがみこんでたり、立ってたりする男子たちも私をニヤニヤしながら見てきます。本当に勘弁してほしいのです。
「あぁ? いっちょまえに睨んできやがる。おいテメェ、いいから羅刹に電話でも入れろや。助けに来てくださいってな」
「……どうして、あなたの言うことを聞かないといけないんですか……っ!」
シロクマが俊敏な動きで私の胸倉を掴みあげてきました。
「オンナァ、ナメたマネすっとエラいメ見んぞゴルァ!」
間近で凄まれました。きっと、暴力を振るわれなかっただけマシなのでしょう。怖いです。あと吐息がタバコ臭いです。
「グダグダ言わずにスマホ出せや」
シロクマ怖いです。さすが地上最大最強と謳われる肉食獣なのです。
「ト……、羅刹を呼び出せばよいのですか?」
「あぁ、分かってんじゃネェか。哀れっぽく泣いて『早く来ないとマワされちゃう』って、呼べよ」
回されるって、ぐるぐると錐もみ回転ですか? ……嘘です。すみません。でも、さすがに現実逃避ぐらいさせてください。
「オルァ、早く呼べっつってんだろーが!」
「は、はいっ!」
私は制服のポケットからスマホを取り出すと、三人の視線を受けながら震える指でロック解除をします。電話帳から「トキ」の名前をタップしました。
『……あぁ、どうした?』
「あ、あのですね。ちょっと、ご相談が……あっ」
「よォ、久しぶりだな、羅刹」
シロクマにスマホを奪い取られてしまいました。最初から奪い取る予定なら、私に電話をかけさせなくても良いではありませんか!
「テメェのオンナ預かってっからよォ、ボコられに来いやァ。テメェに恨み持ってるヤツらが手ぐすね引いて待ってるぜ? 人気モンはつれェなぁ、羅刹?」
うわぁ、電話の向こうでトキくんがめちゃくちゃ怒っているみたいです。内容は聞き取れませんが、怒鳴り声みたいなのが響いてます。
「テメェが来るまでこのオンナとよろしくやってっからよォ、せいぜい探してみろや」
そのセリフを最後に、シロクマがぷつっと通話を切ってしまいました。そして、ぽいっと私にスマホを返してくれます。
「さぁて、羅刹が来るまでナマ板ショーとしゃれ込みてェが、その前に、何回ヤれるか賭けよーぜェ?」
シロクマの言葉に、その場に居た男の人たちから「10!」「いや二十イケんだろ」「15が妥当じゃね?」「30イッちまおうぜ」などと次々と数字が挙げられていきます。
思わずへたりこみそうになるのを、例の金髪男に腕を取られて無理やり立たされていました。
楽しそうなシロクマの隣では、少しやせ気味の眼鏡の男が、手にしたメモ帳に各人の口にした数字を書きとめているようです。……この人たち、本気でそういうことを賭けにしようとしているのですか。
「おう、オンナァ、テメェは何回ヤれっと思う?」
シロクマがデリカシーの欠片もない質問を私に投げかけてきました。もちろん、私の答えは決まってます。
「ぜ、ゼロです。……だって、すぐに来てくれますから」
シロクマは一瞬だけ目を丸くし、ゲハハハッと笑いました。なんですかゲハハハッって。どんな笑い方をしたら「ゲ」の音から声が出るのですか。
「面白ェ。そんなに言うならオレからヤってやるよ。―――おい、テメェら、シート引けや」
周囲の男の人から「げ、まじか」「デケェから壊れるんじゃね?」「最初っから緩くなっちまう」なんて声が漏れ聞こえてきます。
「羅刹のモンくわえてんなら、オレのくらいラクショーだろ?」
シロクマがニヤリ、と下卑た笑みを浮かべたのを見て、私の肌が粟立ちました。
私の制服のポケットにはスマホ。今すぐトキくんに電話をかけて場所を伝えたいけれど、そんなことをシロクマが許してくれるはずもありません。
……となると、頼みはエプロンのポケットに入っている自衛グッズ×2だけなのです。そのうちの一つは、文化祭で学校を回っている最中にトキくんが何かの拍子に暴走してしまった時に、と玉名さんから渡されたものなので、攻撃力には乏しいのですけど。
それにしても、これは、さすがに。
こわいのです。
「ほ……」
私は自分を鼓舞するように口を開きました。
「ほ?」
シロクマは相変わらずニヤニヤと、私のことを完全にナメきっている態度です。まぁ、私の戦闘力なんて5に満たないのですけどね。ゴミめ、と言われるレベルなのは理解しています。
「ほわた――――っ」
とりあえず、トキくんを信じて今は逃げ回るしかないのですよ!
私は腕を掴んできていた金髪男の手を振り払いました。
「面白ぇ、ドラゴン気取りかよ」
シロクマが、ニィ、と口角を引き上げたのが見えました。
その後ろでは、「ナマ板ショー」とやらのために、ブルーシートが引かれています。体育館と焼却炉の間のスペースに、何も知らない誰かが来ることなんて期待できませんし、そんなことがあったとしても、助けてくれるはずもありません。パッと見ただけでも十人はいますから。
それなら、私はどうしたらいいか? 足りない頭でせっせと考えてみました。一つしかありません。時間稼ぎです。逃げ回って逃げ回って、もひとつ逃げ回って、トキくんが来るのを待つのです。スマホに入れられた位置確認のアプリがどのぐらいの精度か分かりませんが、とにかく来るまで逃げ続けるのです。そしてできるだけ声を上げて、近くまで来たトキくんに私の居場所を教えるのです。これしかありません。
………学校全体が騒がしいこの日に、どれぐらいの効果があるか分かりませんけど。
私は随分昔に見たアクション映画を参考に、それっぽいポーズをとるのでした。
妙なところで「次話へ続く」ですが、これは「ジャンル:コメディ」です。
ご安心ください。




