33.それは、呼び出しだったのです。
「失礼します」
ガララと職員室のドアを開ければ、夏休みを過ぎても変わらず針金のように細くひょろりとした体格の瀬田先生が「よぉ」と手を上げました。
「えぇと、テストの点数、そんなに悪かったのでしょうか?」
「あぁ、違う違う。お母さんとどうなったのか、と思ってな。……まぁ、随分と顔色も良くなったみたいだから、大丈夫なんだろうとは思うが、一応担任としては確認しておかないといけないからな」
私はほっと胸を撫で下ろしました。
突然、担任教師かつ日本史担当教師に呼び出され、よもや夏休み明けのテストの点数が酷かったのかと、ついでに許可されていたバイトも禁止されてしまうのかと思ってしまったのです。
「とりあえず、母の再婚相手が私の生活費も面倒を見てくれることになりました」
「……あぁ、収まるべきところに収まったって感じだな。同居するんだろう? 住所変更の手続きはちゃんとするようにな」
あー、それは……。
思わず目を逸らしてしまった私に「違うのか?」と瀬田先生が追及の眼差しを向けて来ます。
「えぇと、とりあえず住所は、きちんと決まったら連絡します。まだ、母親とも相談している段階ですので」
アパートを引き払うなら、住所変更はしないといけないかもです。でも、……どこに?
まさか、佐多くんのマンションの住所を引っ越し先として申請するわけにもいかないでしょうから、住所だけドゥームさんの所を借りる形にするのが、一番良いのでしょうか。
「まだきちんと落ち着いたわけではないみたいだな。あー……、うん、それと確認したいことが、もう一つあってな」
何やら瀬田先生が、私を少しだけ申し訳なさそうに見つめてきます。私、瀬田先生に借りを作ったことはあっても、貸しを作ったことはないと思うのですが、何かあったのでしょうか?
「その、佐多とは、どうなってるんだ?」
その発言に思わず、目の前の人が先生だということを忘れて半眼で見つめてしまいました。
「いや、登校日だけでなく始業式もあんな感じだったから、他の先生も気にしていて、だな」
居心地悪そうに視線をさまよわせる瀬田先生は、ややあって、はぁと大きなため息をつきました。
「須屋が変なことに巻き込まれなきゃいいんだが、佐多も恨みを多く買ってるし、変に注目度のある生徒だから―――」
「えぇと、私の口から言うのもなんですが、先生として把握しなければならないことなのですか?」
正直、それはプライバシーの侵害というものなのではないでしょうか? そんな気持ちを込めて見つめれば、瀬田先生は、ちょいちょい、と手招きをしました。
「耳を貸せ」
よほど聞かれたくない話なのかと大人しく耳を寄せれば、ぼそぼそと裏事情を説明してくれました。
学校側としては、模試優秀成績者として手放したくない人材だけれども、同時にその素行は気を配っているんだとか。特に出席率の悪さについてが問題だそうで。
で、私という「お気に入り」が現れたことで、出席率の改善が見込まれるのではないかという話らしいです。
「私立ならともかく、公立の高校としては、まぁ、いろいろとあってな。書類上はごまかしてあるんだが、普通に登校して授業を受けてもらった方が、学校側の懸念材料が減るということもあって、上も気にしてるんだ」
そういえば、保健室登校という扱いだと、佐多くんから聞いたことがありました。瀬田先生の話と合わせると納得する部分もあります。―――が。
「おそらく私が居てもいなくても変わらないと思いますよ? 瀬田先生がご存じかは知りませんが、欠席が多いのは仕事の関係なのでしょう?」
「須屋も知ってるか。なら話は早い。仕事で欠席なのは入学当時からの取り決めで問題ないっちゃ問題ないんだが、それ以外の理由でも欠席しているんだ」
「……それは初耳なのです」
「まぁ、本人に確認しても、だるいから、とか、前日夜遅くまで仕事だったからとか、そういう風にしか言わないからな」
それでようやく、瀬田先生が私に言いたいことがわかりました。
私だってちゃんと空気を読んだりできるのですよ?
「つまり、私がいることで出席率アップを狙えるんじゃないか、と」
「そういうことだ。可能なら佐多の家へ迎えに行って登校して欲しいぐらいだが―――須屋、変な顔してるが、大丈夫か?」
佐多くんの家に迎えに行く以前に、一緒に暮らしている状態なのですよね。と思わず遠い目をしてしまったようです。
よくよく考えなくても、親類でも何でもない同級生と一緒に暮らしているというこの状況、おかしいですよね?
「……大丈夫デス」
「まぁ、その、なんだ。できれば須屋の方からも、『学校に来るのは楽しい』アピールをしといてもらえないか、って話なんだ」
瀬田先生の伝えたいことは、とどのつまりはそういうことらしいです。なんだか、私の体調や経済状況がどうのという話も、単なる本題の枕でしかなかったような気がします。
「佐多くんにとって、学校って楽しいものなんでしょうか?」
するりと口を突いて出たその疑問は、私の本心でした。でも、痛い所だったらしく、瀬田先生が酢でも飲んだような表情になってしまいました。……えっと、すみません?
「まぁ、授業もあいつにとっちゃ意味ないだろうし、友人関係も……なぁ? そのあたりは須屋に任せる」
まさかの丸投げですかー?
私は心象が悪くなるとは分かっていましたが、思わず大きなため息をついてしまいました。
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「えぇと、それで用件というのは何なのでしょうか?」
私の前には、クラスメイトの女子がひい、ふう、み……五人ほど立っています。その中にはバレー部屈指の壁、『侠気のブロッカー』と恩田くんが勝手に呼んでいる朝地さんも含まれているため、視界の遮られ感がハンパないです。
あのー、ミニマムな私が囲まれると、なんだか周囲からいじめのように見え兼ねないので、早めに用件を口にして欲しいのですが。
そんな私の戸惑いをよそに、五人は「誰が話すの?」と目配せし合ってます。
えぇと、ここに至る経緯を説明しますと、瀬田先生の話を終えて職員室を出た私に、彼女たちが声を掛けて来たのです。話したいことがあるから、と。できるだけ他人に聞かれたくないということなので、連れて行かれたのは実験室などがある特別棟2階と3階の階段の踊り場、なんていうステキに人通りの少ない場所です。
運動部の掛け声なんかが窓の外から聞こえて来ます。
……あれ、この五人の中には部活に入っている女子もいると思うのですが、大丈夫なのでしょうか?
「その、須屋さんに頼みたいことがあって」
ようやく口を開いたのは、高森さんです。彼女は文化祭実行委員を引き受けている、ちょっぴり姉御肌な美人さんなのです。やはり、こういう場面でも代表して口を開くあたり、頼られていますね。
「須屋さんて、その、佐多くんと仲が良いのよね?」
「ふわ!?」
思わず高森さんを二度見してしまいました。
パッチリとした瞳にふっくらとした唇、顔のパーツはとても整っていて、やっぱり美人さんなのです。―――って、そこじゃありません。
「その、佐多くんて、えぇと、羅刹のことですよね?」
「もちろんよ。他に佐多って苗字の人はいないじゃない。やっぱり、付き合ってるの?」
「いいえ、恐ろしくて、いえ、恐れ多くてとてもそんなことはありません」
どうして佐多くんの名前が出てきたのか分からず、とりあえずきっぱりとお付き合いを否定します。
「え、でも、登校日も始業式も……ねぇ?」
「あんな佐多くん初めて見たし……」
「ホントに違うの?」
うぅ、そんなふうに見られていたのですか。単に小動物がお持ち帰りされただけなのですけど、って説明するわけにもいかないですよね。この上、同じマンションに住んでいるという話をしたら、とんでもないことになってしまいますから、そこはお口チャックなのです。
「お付き合いを申し込んだことも申し込まれたこともありませんし、誤解なのです」
えぇと、誤解、ですよね?
(小動物として)飼いたいという申し出はありましたけど、突っぱねましたし、私の方からコクったという話も聞きましたが、そもそも何の根拠があって佐多くんがそう判断したのかも分からないままですし。
「―――そもそも、頼み事ってなんなのですか?」
話がさっぱり進まないので、とりあえず先を促します。
すると、どこか言いにくそうに他の四人とまた視線を合わせた後、高森さんはパンッと両手を合わせて猫騙し……ではなく、私を拝んで来ました。
「佐多くんをどうにか文化祭当日にちゃんと来るように説得して欲しいの!」
「ふわぃ?」
羅刹+文化祭=カオス。
いや、そんな妙ちきりんな算式を考えている場合ではありません。いやでも、その、羅刹ですよ?
「あの、さっぱりもって意味が分からないのですけど。その、普通は逆ではないのですか? うちのクラスの出し物は喫茶店に決まったわけですし、むしろ集客を考えたら、佐多くんには―――」
「クラスのことは関係ないの! いやでも、可能なら服装だけでも」
「ちょ、ま、待って欲しいのです。さっぱり話が読めないのですよ」
私が慌てて高森さんの言葉を遮ると、朝地さんが高森さんの肩をポンと叩きました。
「アヤカ、ちょっと落ち着こう。―――えぇとね、須屋さん。キミは知らないかもしれないけど、佐多くんは一部の女子に人気があってね」
「ひゃぃ?」
何を言っているのですか?
いままで佐多くんに話しかける女子の図なんて見たことないのですけれど?
「あぁ、もちろん、キミと佐多くんの仲をどうこうって話じゃない。純粋にね、観賞対象として人気があるんだよ。佐多くん本人は怖いけど、結構、というか、かなり顔が整っているだろ? だから、直視はしなくても、こっそり隠れ見て楽しんでいるわけなんだ」
……。
私、知らなかったのですけど、世の中の女子ってスゴイのですね。あの怖すぎる目つきの羅刹を『観賞対象』にしてしまうなんて、ワタシニハトテモマネデキマセン。
え、私も女子じゃないか、ですって? えぇ、目の前の五人にはとても女子力が及ばないということだと思います。はい。
「その、そういう人は、結構いるのですか?」
「あぁ、うちのクラスはこのメンツだけだけど、他のクラスにももちろん居るよ?」
「ソウデスカ」
確かに顔は整っているかもしれませんが、あの怖いオーラで全て帳消しだと思っていたのです。
「だから、須屋さん。是非、説得して欲しいんだ」
朝地さんの言葉に、隣の高森さん含め女子全員がこくこくと頷いてこっちを見つめてきます。
「文化祭でも我が道を行く佐多くんの姿を見たいの!」
「喫茶店を手伝ってもらわなくてもいいから、ギャルソン姿が見れたら十分なの!」
「文化祭の浮ついた雰囲気とミスマッチな佐多くんをカメラに収めたいの!」
「お願い、須屋さん」
「お願い!」
あの、人気の少ない階段で、女子五人に囲まれて拝まれる図って、稀有だと思います。その中心にいるのが私でなければ、「おおー」とか眺めたいと思います。
「その、別に佐多くんに頼んでみても良いのですけど、私が頼んだからといって、必ず来るわけではないと思うのです」
「分かってるわ! でも何もしないよりはマシだと思うの!」
高森さん、目をキラキラさせないでください。今まで本当に姉御肌だと思っていたのですが、評価を変えてしまいそうではないですか。
いや、高森さんだけではありません。みなさんが一様に目をキラキラうるうるさせて私を見つめています。
その、正直、こういうシチュエイションは慣れないので、どう振舞ったら良いのか分からないのです。
「そ、その……」
うぅ、まっすぐ期待に満ちた瞳で見られては、断りにくいではありませんか!
「い、一応、声だけ掛けてみます」
私の言葉に、五人は黄色い歓声を上げて、ハイタッチまでかましてくれました。
なんでしょうか、コレ。
瀬田先生といい、彼女たちといい、いつから私は『羅刹窓口係』になってしまったのでしょうか。




