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121.【番外】それは、血筋だったのです。

※伏せたままにしとこうかと散々迷ったのですが、もやもやする方もいらっしゃると思うので。

ミオの「お星様」のお話です。

「ミオ、すまないが時間をとれないか」


 社会人という立ち位置になって半年、仕事に慣れてきた頃におじいちゃんに頼まれたのは、知り合いのお見舞いへの付き添いでした。

 最初は、不思議だったのですよ。おじいちゃんもそれなりの年齢になっているとは言っても、町内会の旅行に行ったり、ボランティアで仕事を請け負ったり、精力的に活動しているので、付き添いの意味が分からなかったのですよね。

 いつも以上に言葉の少ないおじいちゃんと病院に向かって、病室の入口のプレートを見て、まぁ、色々と疑問は氷解しました。


「あぁ、須屋さん。ご足労かけてすみません」

「いえいえ、どうかお気になさらず。――――こちらが、孫のミオです」


 病室に居たのは、真っ白なベッドに横たわるひげもじゃのおじいさん、その奥さんとおぼしきおばあさん、そして……息子さんとおぼしきおじさん。

 もしかしなくとも、待ち構えられていたのでしょうか。


「ミオ」

「……はい」


 おじいちゃんに背中を押されるようにして、一歩踏み出します。大丈夫です。緊張することはあっても、恐れることはありません。


「初めまして、須屋ミオ……ではなくて、結婚して、佐多ミオになりました」


 ぺこりと頭を下げます。

 病人とおぼしきおじいさんに手招きをされたので、恐る恐る近寄ると、顔を覗きこまれました。


「あぁ、目元がよく似ているな」

「全体的にはリコさんによく似ているように見えますけどね」

「耳の形はうちの家系だろう。なぁ、ヨウジ」


 それ、生まれたばかりの赤ん坊に対するセリフですよね? まぁ、今まで接触のなかった私ですから、甘んじて受け入れますけれども。



――――とある若い熱心な研究者の話をしましょうか。

 三度のメシより研究が大好きなその男性は、朝も昼も夜も夢の中でも研究のことばかり考えていました。

 やがて、彼の研究は認められ、さらなる発展のために宇宙で実験できることになりました。彼はとてもとても喜びました。彼の研究が進めば、いわゆる再生可能エネルギーが新たな局面に入るかもしれないのです。彼はますます研究に没頭していきました。

 でも、彼には1つだけ研究とは別の心配があったのです。それは、彼とお付き合いをしていた女性のことです。自分の職場にバイトとして来ていたその女性を、ずいぶん年下と分かっていながら愛していました。ですが、魅力的なその女性に、最近、やたらと付きまとう影が現れていたのです。

 宇宙に出てしまえば、半年は帰って来られません。その間に、彼女は心変わりしないだろうか、取られたりしないだろうか、と不安が募ります。

 もちろん、彼女も彼のことを愛していました。ですが、彼女は結婚を考えられるほどの年齢ではありません。証をたてるにはどうしたらいいのかと考えた彼女は、彼が研究に集中できるように1つだけ、自分に用意できるものを差し出すことにしたのです。

 研究者は、始めこそ拒否していましたが、彼女の熱意に負け、それを受け取ることにしました。宇宙での実験が上手くいったら、帰って来たら、ちゃんと挨拶に行くから。結婚しようと。彼は、考えていました。だから彼は、彼女の差し出してくれたものを、大事に、大事に受け取ったのです。


 ここまでは、そこいらに流布するラブストーリーですよね。でも、戻って来た彼と結婚して、めでたしめでたし、とはならなかったのです。


 おばあちゃんが大事にしまっていた新聞記事――私が生まれた年の4月3日の1面には、日本人宇宙飛行士の乗ったロケットが打ち上げに失敗したという悲惨な事故を伝えていました。

 私が生まれる、3か月前のことです。


 もちろん、お母さんの妊娠が発覚して、おじいちゃんに土下座をして結婚の承諾を得る、なんていうことを、わざわざ宇宙飛行士としての訓練先から飛んで帰ってきたという残念エピソードも挟まっていたりしますが、そこは割愛なのです。

 母のことが発覚すれば、変に美談として拡散されてしまうかもしれないという両家の決定により、幼い私は、ずっと「父親=お星様」と言い聞かされてきました。後で聞いた話によると、私の養育費の一部は、こちらの家からも出ていたそうなのです。


 私にとっては見知らぬ人ばかりのお見舞いは、あちらのおじいさんが大病を患っているということで、急遽、セッティングされたもののようでした。

 ここにいる人たちを、おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さんと呼ぶ可能性があったのだと言われても、……薄情に思えるかもしれませんが、正直、ピンときません。悲しいとか嬉しいとか、そういう感情が浮かぶ以前の問題なのです。だって、初対面なのですよ?


 ぎこちなく受け答えする私をおもんぱかってくれたのか、それとも面会時間をあまりとり過ぎると病床の身に障るのか、病室にいたのは、30分ぐらいでした。


「お見舞いに来てくれて、ありがとう。何かあれば、遠慮なく言ってちょうだい」


 涙目のおばあさんに言われて、ふと、1つだけ思いついたことがありました。ここにお母さんがいないのは、ドゥームさんの追及を避けるためなのかもしれません。それに、ずっとあの蛇――宮地さんが付きまとっていたのなら、事故の後、お母さんはこちらに来ることができていないのではないでしょうか?


「あの、1つだけ、いいですか?」



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



 9月も後半にさしかかれば、夕方の風はひどく涼しく、穏やかなのです。


「正直に言うと、一番驚いたのは、俺だと思う」


 私をここまで連れて来てくれたおじさん――弟だというヨウジさんが、ぽつりとこぼしました。


「勉強ができる兄で、宇宙にも行くなんて、すごいって思ってた。――――女子高生を孕ませたって聞くまでは」

「……デリカシーが足らないと、奥様に言われたりしませんか?」

「たまに言われる。でも、もう結婚しているんだし、このぐらいは許容範囲じゃないのか?」

「まぁ、正直な心境だと思うので、それはそれで気にしないのですけれど」


 霊園の近場で買ったお線香とお花を添えて、手を合わせます。1度も顔を見たことのない人の墓前で、何を言えばいいのかわかりません。


(初めまして、あなたの娘のミオです。元気です。お母さんも元気ですし、お母さんを任せられる人もいるので、安心してください)


 このくらい、でしょうか?


「また、お母さんを連れて来てもよいですか?」

「……そうだな。きっと喜ぶと思う」


 ざぁ、と渡る風が、私の髪を乱していきます。


「今日はありがとう。親父もおふくろも喜んでた。……居心地が悪かったかもしれないが」

「いえ、私もちょっとだけスッキリしたのです。お互いさま、なのですよ」


 父親がいなくても、おじいちゃんとおばあちゃんがいたので、寂しくはありませんでした。それでも、どうして自分の家には他の子の家のように『父親』がいないのだろうと思い悩むことがありました。

 逃げるように実家を離れたとき、『父親』がいれば、お母さんはもっと楽ができるだろうにと、頼りになれない自分を歯がゆく思ったりもしました。


 でも、死者に意識があるのなら、一番無念だったのは、あなた、ですよね。


 墓前に立つことで、私も心の整理ができたと思うのです。

 私も大丈夫。お母さんも大丈夫。だから、ゆっくり休んで欲しいのですよ……お父さん。



――――その後、お寺の最寄り駅まで送ってもらい、帰宅ラッシュの電車を横目に、反対方向の電車で座りながら、私は今日の夕飯の支度のことや、お母さんにどう伝えるか、お母さんをどうお墓参りに連れ出すかを考えていました。

 え? 夕食の支度が一番最初に来るのは、当然ですよね? 一番目の前にある問題ですから。


 あまりよい案も出ないまま、食材満載のエコバッグをぶら下げてマンションに帰宅すると、珍しくトキくんが帰っていました。


「おかえり」

「ただいま、です。今日は早かったのですね?」

「あぁ、明日っから出張が入った。研修で二泊三日の短いヤツだから……ミオ?」


 気づいて、しまいました。

 あちこちに、しかも危険が伴う出張をするトキくんを夫に持つ以上、お母さんと同じことになる可能性は、すごく高いのです。事実、ケガをして来ることだって1度や2度じゃありません。

 どうしましょう。トキくんが、出張に行ったまま、帰って来なかったら?

 残念ながら、私はお母さんのように強くいられる気がしません。だって、一人で、なんて……


「おい、ミオ? どうした?」

「なんでも、ないのです。ちょっとトキくんの方が早く帰って来てるのに慣れなくて、あ、すぐにご飯仕掛けますね?」


 食材を冷蔵庫にぽいぽい入れて、がっしゃがっしゃとお米を研ぎます。平常心、平常心。いつも通りにご飯の支度を始めれば、いつも通りにできるはずなのです。

 ピッと炊飯ボタンを押して、次は下拵えを、と思っていたら、ひょいっと体が浮きました。えぇ、もうすっかり慣れた浮遊感なのです。


「今日は、じーさんとこに行ったんだろ。何があった」


 スタスタと持ち運ばれた私は、リビングのソファに座らされます。私を挟むように両手を背もたれにつけたトキくんの顔は、怖いような甘いような……


「おじいちゃんの知り合いのお見舞いに、くっついて行っただけなのですよ」

「それだけのために有休使うのか?」

「そうでもしないと、有休の使いどころなんてわかりませんし、おじいちゃんだって、もうそれなりの年なのですから、何かあったら困るのです」


 ごめんなさい、おじいちゃん。言い訳に使わせてもらうのです。トキくんには、ちょっとお星様のことは話しにくいので!


「それだけで、そんな顔になるか? あぁ?」

「トキくーん、顔が怖いのですよー。羅刹顔になっちゃっているのですよー」


 茶化してふしをつけて歌うように言ってみたのですが、ますます眉間のシワが深くなってしまいました。失敗なのです。


「いいから言えよ。アンタはすぐに溜めこむからな」

「別に、溜めこんでなんていないのです」

「そのくせ勝手に爆発するし暴走するし、手に負えねぇ」

「ひどいのですよ! そりゃ、暴走は、ご迷惑をおかけしたことも、なくはないのですけれど……」

「だから、今、吐き出せって、言ってんだろ?」


 ひぃぃぃぃ! 低い重低音が私の胃のあたりにずしんと来るのですよ!

 こうなったトキくんが引き下がらないのを、私もイヤというほど知っているのです。諦めましょう。……部分的に。全部は話しません。


「あの、本当に可能性の話なのですよ?」

「あぁ」

「えぇと、その、出かけた先で、ですね、出張に行ったまま、帰って来なかった人の話を耳にしまして」

「蒸発か? 客死か?」

「後者、なのです。突然の、事故で……」


 言いよどむ私の頬を、トキくんの大きな手が撫でてきました。


「トキくんは、その、出張も多いですし、危険な場所も行くと思いますし、そういうことも、あり得るんだなぁ、って、そう思って……」

「保険金はちゃんとアンタが受取人になってるから安心しろ」

「そ、そういう問題ではないのです! お金はもちろん大事ですけれど、やっぱり、トキくんがいないと――――」

「いないと?」


 あ、これ、トキくんがいじわる狼モードに入っているのです?

 人の反応を見て、面白がっているのです。その証拠に、口の端が持ち上がっています。


「もう、知らないのです!」


 トキくんの手をべりっとはがし、私はキッチンに戻りました。冷蔵庫の豚ロースを取り出して、筋切りをしていると、ふわり、と包むように後ろから腕が伸びてきました。


「包丁を扱ってるときに、悪ふざけはダメなのです」

「できるだけ邪魔しねぇ」

「既に邪魔になっているのですよ」

「……」


 無視なのですか! まぁ、何度か似た状態になったことはありますから、慣れてしまっている私も悪いのですけれど、危険なことには変わりないと思うのですよ。


「絶対にアンタのとこに戻る」

「……物理的に不可能な状況だって、あると思うのです」


 お星様がお星様になってしまったように。


「向こう3年ほど、出張からの病院直行、という流れがなければ信用してもよいのですよ」

「分かった。……でも、その前に」


 トキくんは、私の手から包丁を取り上げると、そのままひょいっと持ち上げました。包丁ではないです。私をです。


「トキくん! ちょ、まだ途中なのですよ!」

「阿呆。そんだか可愛いこと言って煽った自覚もねぇのか。始末に負えねぇ」

「煽っていないのです!」


 食材放置、だめ、ぜったい!

 そもそもさっきまでお肉に手を触れていたのですから、不衛生極まりないのですよーっ!


 そんな渾身の説得の結果、無事にキッチンに帰してもらえたのです。

 その日の夜、ですか?

 明日から出張だからとか、いろいろ理由を付けられて、えぇ、そういう流れになりましたよ!

 ただし、移動中に寝られるからという理由で夜更けまで延々と続けるのはいかがなものかと思うのです! 私はいつも通りに出勤する予定なのに!


 このあたりは、後できっちり意見をすり合わせようと、寝落ちする直前に考えたのでした。


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