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12.それは、余計なお世話だったのです。

 あぁ、一日ぶりなのです! 慣れ親しんだ私のお部屋!

 ……なんて感激には浸らずに、私はせっせと荷造りをしていました。

 元々、家具が少ない部屋ですし、それほど時間はかからないと思います。昨年春に越して来た時に使った段ボールを再び組み立てて、せっせと衣類をプラスチックの引き出しから移動させるだけの簡単なお仕事ですから。

 越してから増えた荷物って、制服や教科書など学校に関わるものと、バイトに使うコスメ類(変装セット?)ぐらいですからね。


 私のお部屋は、六畳一間の1Kです。洗濯機と冷蔵庫を除けば、おそらく乗用車一台に乗るぐらいの荷物しかありません。

 今だって、一畳スペースの押入れの前で私が作業しているのを除けば、畳まれて端に寄せられたお布団と一人用の小さい折り畳み座卓―――あぁ。

 そうでした、つい、ため息を洩らしてしまうようなものがありました。

 食卓兼勉強机にしている、五十センチぐらいの幅の座卓があるのですが、その前にあぐらをかいてるデッカい人がいるのです。

 スライスして醤油とおかかで和えたゴーヤをポリポリとつまみ、麦茶をぐびりぐびりと飲んだりしている、デッカい人です。

 なんだか、赤い屋根のかわいい犬小屋に、凛としたジャーマンシェパードが収まってるぐらいに違和感のある光景です。純和風な畳のせまっくるしい部屋に、羅刹が……! あれ、字面だと違和感ありませんね。


 まぁ、気にしないことにしましょう。


 せっせと荷造りをした結果、学校で使う教科書類や四季の衣類がすべて段ボール箱に納まりました。計四つです。あ、制服だけはシワになるので外に出していますよ。


「佐多くん、お待たせしました」


 見れば、ゴーヤは八割ほどなくなっていました。そんなに美味しかったのでしょうか。それとも、手持ち無沙汰だったのでしょうか。


「それだけか?」

「はい、そうですよ? 机とかクロゼットとかは、ありがたいことに用意してもらえるそうですし」

「……」


 何故か佐多くんは、段ボール箱を睨みながら考え事をしている様子です。

 私はこの隙に麦茶をコップに注ぎいれ、くぴり、と飲みました。扇風機だけしかない暑い部屋で、荷造りに集中していたものですから、喉が渇いたのです。


「行くか」

「え?」


 麦茶を飲み終わった私の手を掴んだ佐多くんは、困惑する私のことなど気にせずにぐいぐいと手を引っ張ります。


「ちょ、ちょっと待ってください。まだ段ボールが」

「別のヤツが取りに来る」

「う、うちの鍵は」

「お前の母親から預かってる」


 お、お母さん……っ!

 どうして家の鍵なんていう大事な物を他人に預けたりしてしまうのですかっ!

 この場に居たら、一時間は正座で説教コースですよ!


 そんな私の気も知らず、佐多くんはぐいぐいと引っ張るどころか、足の重い私をひょいっと抱え上げてしまいました。


「○☆♀♂%▼□!」


 ちょ、お腹に! 柔らかいお腹にゴッツい腕が食い込んでます! そこは乙女的にデリケートな場所なので触るのは勘弁してください!


 声無き私の悲鳴など無視して、佐多くんは待たせていたらしい車に私をひょいっと押し込んでくれました。

 無駄にクッションの良い座席に、涙が出そうです。あ、汚しちゃいけませんね、涙は引っ込めないと。


「倉永に連絡しろ。十分やるから準備しろ、ってな」

「はい」


 クッションを堪能している私をヨソに、佐多くんは運転している人に何やら命令をしていました。

 えぇと、そろそろ、いくつかツッコんでも良いですか?

 どうして運転している人に連絡を頼むのか、とか。

 そもそも当然のように命令している佐多くんが何者なのか、とか。

 さらに、クラナガさんとやらに、一体何を準備させようとしているのか、とか。


 私の事なかれ主義のために、スルーし続けてきたことと、そろそろ向き合わないと大変なところまで押し流されてしまいそうな気がするのです。

 ただ、少し、タイミングを見計らう必要がありそうですね。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「あっらー、こんなカワイイ子だったのねぇ☆」


 開口一番、出迎えてくれたのはハスキーボイスなオニイサマでした。いや、「オネエ」サマでしょうか。

 体のラインにぴっちり添うようなデザインの紫のカットソーに、黒いスラックスを身につけています。そこまでなら許容範囲だったのですが、短く刈った頭が赤と黄色に染め分けられている時点で、ちょっと率先してお近づきにはなりたくない人だなぁ、というのが第一印象です。いや、顔も整っているし、格好良いのですよ? 口調がアレですけど。髪型も派手過ぎですけど。


「あ、あの、佐多くん……?」

「こいつの適当に見繕え」


 私を押し出すように前にやった佐多くんは、そのままスタスタとフロアの中央近くに置いてあったソファセットに身を沈めてしまいました。


「はいはい☆ 仰せのままにー」


 私は、オネエサマの後ろに控えていた女性スタッフにエスコートされ、白いパーティションで仕切られた場所へと連れて来られました。


「テキトーに着せてあげてちょーだい☆」


 パーティションの向こうでは、ずらりとハンガーに掛かった女物の服が並んでいました。


 え、えぇと。

 ここまでに起こったことを、ありのままに説明しましょうか。

 駅から少し離れた場所にあるデパートに車で乗りつけたのです。佐多くんに有無を言わせず運ばれるようにして、売り場表示のない十階にエレベーターでやって来ました。

 なんだか広いフロアに、ソファセットと喫茶コーナーとパーティションで区切られたスペースと、オネエサマと……今ここです。


 混乱している私の前で、テキパキと白いブラウスに黒のパンツという地味スタイルな女性スタッフが私の少しよれたTシャツの上からサイズを測っています。私はと言えば、頭が追いついていなくて、されるがままにバンザイしたりと採寸に協力しちゃっていたり……


「お嬢様は色白でいらっしゃるので、こういった色の濃い物もお似合いになりますよ」

「は、はぁ……」


 視線の圧力に負け、促されるままにワンピースに袖を通すと「いかがですか?」なんて鏡を向けられる。

 こ、これ、どこのバカンスに行く人ですか?

 さらりとした肌触りは良いのですが、原色を多用していて南国感がハンパないです。ついでに妙に胸元が強調されてて恥ずかしいです。


「あ、あの、これはちょっと……」

「さぁさ、お連れ様にも見ていただきましょうね」


 ちょ、スタッフさん、力強くないですか? というか、あなた、最初に私の胸元みて「ちっ」とか舌打ちしませんでしたかー? 腕! 二の腕掴まれると痛いです!


 押し出されるようにパーティションからコロリと出て行けば、ソファに悠然と腰掛けたままこちらを睨む羅刹と目が合いました。一気に鳥肌が立ちました。主に寒気で。


「あらーん☆ イイじゃない、イイじゃなーい? トキったら、どこにこんな逸材隠してたのーん?」

「倉永、黙れ」


 え、えぇと、そんなにまじまじ見られると、何だか怖くて足が震えてしまうのですが……!

 やはり、こんなバカンス風な服なんて、私には分不相応ですよね!


「あ、あの、私すぐに着替え―――」

「あぁ、この調子でとりあえず十着ほど頼む」


 パーティションの奥に引っ込もうとしていた私は、思わず足を止めて振り返ってしまいました。


「ちょ、さ、佐多くん……?」

「次はそうだな、清楚系で」

「はい、お任せ☆」


 オネエサマに背中を押され、私は再びパーティションの向こう側へ追いやられてしまいました。

 そこに待ち構えていたスタッフさんが、オフホワイトの生地に赤いリボンのアクセントがついたワンピースを手に私に詰め寄って来ます。


 えぇと、これ、諦めろ、ってことでしょうか?

 とりあえず遠い目になってしまった私を、誰も責められないと思います。


「佐多くん、どういうことなのですかー?」


 ワンピースを着せられて再びぽいっとパーティションの外に出された私は、今度こそソファでくつろぐ羅刹に詰め寄ります。

 相変わらず睨まれてますが、怖いとか言っている場合じゃありません、このままでは着せ替え人形街道をまっしぐらです。


「あぁ、そっちも似合う」

「ホントよねぇ☆」


 こんなヒラヒラしたワンピースなんて、動きにくいだけではないですか! 似合うと言われて嬉しくないわけでは、その、ないですけど、それよりも―――


「説明もなしでこの状況ってどういうことなのですか! 力尽くとか強引にとか、本当に止めて欲しいのですよ!」


 ソファに詰め寄り、思い切り怖い顔をして怒鳴りつけたのですが、……なぜか、頭を撫でられました。

 ふ、ふふふ、完全にナメられてますね、私。アレですよ。完全に興奮したペットを宥めるような扱いですよ。そりゃ確かに小動物認定されていますけどね?

 黒ラブの平蔵でさえ、私にはちゃんと敬意を払ってくれていたのですよ? 佐多くんが狼だと言うのなら、なおのこと、上下関係はハッキリさせとかないといけないですね? 群の掟ですよ?


 男前ミオさんの降臨です!!


「……佐多くん」


 ぼそり、と俯いていた私の口から低い声が洩れました。


「私の意志を無視して、何でもかんでも力尽くで進めるならどうなるかって、今朝、話したばかりですよね……?」


 私の頭を撫でていた手が、ピタリと止まりました。


「……違う」

「はい?」

「アンタの服が少なすぎたからだ」


 ギギィと軋むような動きで、私はゆっくりと佐多くんの顔に焦点を合わせました。

 そこには獰猛な狼の姿はなく、しっぽをだらりと垂らし、しょげたワンコの姿がありました。

 ここでその顔は卑怯です。怒りが削ぎ落とされてしまいます。

 でも。

 でもですね?

 これだけは、言わせていただきたいのです。


「それは、余計なお世話というのですよ!!」


 大声で叱ったものの、ワンコのおねだりには逆らえず、結局十着ばかり購入の流れとなってしまいました。

 私、犬のトレーナーには向いていないようです。


 そして、マンションに戻ったら戻ったで、衝撃の光景が広がっていました。

 新たに私に割り当てられた部屋には、私が三人ぐらい寝転がれそうな大きなベッド、手持ちの服には勿体無いウォークインクローゼット、私をナルシストにさせたいのかとツッコミたくなるような三面鏡台、教科書以外に入れるものがないというのに無駄に大きな本棚が設置されていました。

 既に完成されている贅沢な部屋の中央に、段ボールが4箱、ちょこんと詰まれています。


 はっきり言いましょう。

 これは、分不相応にも程があります、と。


 やり場のない感情に、ぷるぷると拳を震わせれば、隣のワンコが心配そうに見下ろしています。

 はい、分かっています。

 同じネタで叱るのは、よろしくないですよね。

 おそらく、デパートで叱った時点で、この手配も済ませていたのでしょうしね。


「えぇと、色々と過分な手配をしていただいてありがとうございます」


 怒りを抑えてお礼を告げれば、隣の狼ががしっと抱きついてきました。また力の調整がうまくいっていないので、思わず魂が口からこぼれかけましたが。


 ……はぁ。

 ちょっとだけ、いいえ、かなり、あのアパートが懐かしくなってしまいました。


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