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119.【番外】それは、隠し事だったのです。

「というわけで、その、新聞に載っている日付を話してしまったのです。事後承諾でごめんなさい」

「……ミオちゃぁん?」

「はい」

「別にあたしは怒っていないわよぉ? でも、ミオちゃんは誰から聞いたの?」

「おばあちゃんから、なのです。一応知っておいた方がいいから、と」


 小学校に上がって、自分に父親がいないことがどうにも納得できなくて悩んでいたときのことでした。おばあちゃんは、大事にとっておいた新聞の切り抜きを見せてくれて、これが父親なんだと教えてくれたのです。


「ずーっと黙っていたのよね? それで、どうして話す気になったの?」

「……その、あちらも心配だったのかな、と」

「心配?」

「えぇと、やっぱり両親の遺伝でなりやすい病気とかあるではないですか。そういうのを知りたかったリとかするのかなぁ、とか、思ってみたり、ですね……」


 あ、これ後付けの理由だってバレているのです。お母さんの目が冷たいですから。


「ごめんなさい。酔った勢いなのです」

「ん、正直でよろしい」


 すると、それまでリサちゃんのひらがな練習に付き合っていたレイくんが「聞いてもいい?」と声を上げました。

 中学生って思春期だから、もっと不愛想な感じだと思うのですが、レイくんはそんな素振そぶりは少しも見せません。いえ、それはそれで嬉しいのですけれど。


「ミオお姉ちゃんのお父さんって、なんて人なの?」


 私はお母さんと顔を見合わせました。

 いえ、これまでずーっと内緒にしてきたのに、いきなり情報開示するのも、……ですよね?


「それは、内緒なのです。認知もされていませんし、遺産相続とかでゴタつく心配もありませんので、大丈夫なのですよ?」

「ミオちゃぁん? もっと言い方があるんじゃなぁい?」


 そう言われましても、現実問題として心配する理由はこのあたりではないかと思うのですよ。


「レイ、ミオちゃんのお父さんはね、お星様なのよ」

「……お母さん、そっちの方が大問題だと思うのです。中学生に言うセリフではないと思いますよ?」


 ほら、レイくんも何だか微妙な顔になっちゃっているのですよ。


「レイくん、ごめんなさい。秘密を秘密のままにしておくためには、知っている人をできるだけ少なくすることが一番なのです。だから――――」

「僕も、家族なのに?」

「家族でも、です」


 それに、ドゥームさんがお母さんに、私のお父さんのことを問いかけて家出したこともありましたし。お母さんにとっては鬼門な話題なのですよ。


「あ、そうそう、顔合わせの話なのですが、レイくんやリサちゃんは参加しますか? 個室を押さえる予定なので、来ても大丈夫なのですよ?」

「僕とリサは留守番してるよ。なんか変に緊張しそうだから、僕はいいけど、リサはそういう場所にまだ慣れてないから」


 あぁぁ! 本当に妹思いの良いお兄ちゃんに育っているのですよ! 今も「め」を鏡文字で書いてしまっているリサちゃんに優しく指導しているレイくんが、キラキラ輝き過ぎて目が潰れそうなのです……っ!


「ミオちゃぁん? 色々と漏れてるわよぉ?」

「……レイくんが良い子過ぎるのが悪いのですよ。どちらかと言えば放任主義なお母さんの元で育っているのに」

「ミオちゃんだって、いい子に育ってるじゃない? これでいいのよぉ」


 ふんわりと笑うお母さんには、……うん、勝てる気がしません。放任ながら、見守られている安心感があるので、私も自分で色々と考えながら、試しながら育ってきたわけですし。


「それじゃ、日程についてはダーリンと話し合ってね?」

「そのあたりはトキくんにお任せしているのです。私は……その、試験が待っていますので」

「顔合わせの場だけど、ミオちゃんの卒業祝いと合格祝いも兼ねることになるのかしらぁ?」

「うぅ、さりげにプレッシャーをかけないで欲しいのです!」


 薬剤師の国家試験まで、あまり日がないのですけれど、うぅ、これはどうしても受からないとまずいのですよねぇ……。

 もちろん、試験に落ちても内定取り消しにはなりませんが、ドゥームさんや佐多さんにそんな報告をしたくないのです。

 うん、頑張りましょう!



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「それなら6人なんだな。まぁ、小さめの座敷だから、後でも追加はできる」

「あ、それは大丈夫だと思うのです。リサちゃんはちょっと人見知りなところがありますし、レイくんはリサちゃんについては本当に過保護ですので」

「……まぁ、アンタに執着しなくなったのはいいことだが」


 大丈夫か? と首を傾げるトキくんに、「きっと大丈夫なのです」としか返せない私も私なのです。

 レイくんが飴と鞭を上手に使ってリサちゃんを可愛がっているので、リサちゃんには彼氏ができるのかなぁ、と今から心配している有様ですし。ついでにレイくんもお付き合いする彼女を作れるのか心配なのです。すっかり妹第一主義になってしまっていますから。


「トキくんちの方は、食べ物の好き嫌いはありますか? あと、アレルギーとか」

「聞いたことねぇな。二人とも現場に出ることも多いから、基本的に出されたものはしっかり食べるぞ」

「……トキくんも、そうですよね」


 好き嫌いがないのは良いことなのですけれど、正直、おかずに困るというか……。これだったら、絶対にすごく喜ぶというメニューがないのですよね。


「不満そうだな」

「いえいえいえ、嫌いなものやアレルギーがないのは、良いことなのです。特にアレルギーなんて命に関わる場合もありますから」


 手に職はあった方がいいと薬剤師の道を選んだ私ですが、栄養士も選択肢として考えていたのです。今も栄養バランスなんかについては独学で勉強はしているのですよ。ほら、医食同源と言いますし、健康の基本は「食」だと思うのです。

 ……一人暮らしをしていた頃は、そんなこと考えてもいませんでしたけど。あの頃は、いかに安くあげるかに血道を上げていましたし。


「トキくん」


 私は上を見上げました。

 食後のまったりした時間、いつものようにソファでトキくんの足の間に座っているので、顔を見ようとするとちょっと首が痛いのです。


「……本当に、私でよいのですか?」

「今更だな」


 トキくんの薄い唇が、私の額に触れました。

 ……うぅ、ナチュラルにこういうことをしないで欲しいのです。トキくんにはもしかしてラテン系の血が流れていたりするのでしょうか? 純日本人な私には、ちょっと恥ずかし過ぎるのです。


「えぇと、ほら、あれなのですよ。結婚するとお互いの嫌な面も見てしまうといいますか。ほら、人間ってキレイなことばかりではないので、どうしても――――」

「これだけ長いこと一緒に住んでるのに、今更だな」

「そう、ですね。今更だったのです」


 住み込みの家政婦みたいに思っていましたが、もしかして、7、8年も同棲していたことになるのでしょうか? だとしたら、随分と長いお付き合いなのです。


「アンタの作るメシが美味いのも、アンタが混乱すると妙に行動力を発揮すんのも、アンタが意外と怖がりなのも知ってるから安心しろ」

「ちょ、最後のはいらないのですよ? 不必要な情報なのですよ?」

「……大学のヤツに押し付けられたDVD見て、マジにビビってたのは誰だよ」

「あ、ああああ、ああれは、ほら、別腹というか別口というか、えぇと、記憶の彼方にすっ飛ばして欲しいのです!」


 竹水さんが面白いからの貸してくれたDVDは、一時期、とても話題になっていた和製のホラー映画だったのです。

 洋モノのホラーは大丈夫なのですよ? いきなり画面いっぱいに血まみれの人が出てきてギョッとすることはありますが、だいたい燃やしたり谷底に突き落としたり瓦礫に埋められた理して退治できるではないですか。

 和モノは、ダメなのです。

 そもそも退治して終わりではなく、矛先が自分以外のところに行ったり、とりあえずの復讐を終えてどこぞに行ってしまったり、駆逐できている感じが全然ないのです!

 それこそ、この間借りた映画は、水面や鏡に映り込むシーンとか、暗がりから突然腕を掴んでくるシーンとか……うぅ、思い出したら鳥肌が立ちました。


「アンタ、まだ怖いのか」

「トキくんが変なことを言うから、思い出してしまったではないですかっ!」


 一緒に見たはずなのに、トキくんは平然としているのですよ。きっと心臓が鋼鉄製とか、毛が生えていたりとかしているのですね。うらやましいのです。


「鏡」

「っ!」


 ちょ、耳元で囁くとか、そういうことをしないで欲しいのです!


「風呂場」

「ちょ、やめてください!」


 髪がぼさぼさで、目だけが妙にぎょろりと……うぅ、だめです。思い出してはだめなのです!


「柱の陰から手が」

「トキくんっ!」


 くつくつと笑うトキくんが、私の前に手を回して、ぎゅっと抱き着いてきました。


「――――で、今日は俺の部屋で寝るんだな?」


 トキくんが、とんでもなく策士なのです! 確かに、ここまで恐怖を呼び起こされてしまっては、一人で大人しく寝られるとは思えません。


「ね、ません!」

「大丈夫か? ベッドの下とか確認しなくても」

「もういいのです! 今日は試験対策の勉強で完徹しますから! トキくんのバカーっ!」


 いじめっ子なんて知らないのです。

 もう自分の部屋へ引っ込んでしまおうと立ち上がったところに、トキくんの腕が私のお腹に巻き付きます。


「悪い。そんな怒るなよ」

「トキくんなんて知りません! 私の試験が終わるまで清く正しく禁欲していればいいのですよ!」

「……無理だな」

「為せばなるのです!」


 じたばたと暴れても、本職なトキくんには敵いません、くすん。


「もう! いい加減に放してください!」

「……俺の部屋に引きずりこむのは諦めるか」

「そうして欲しいのです。私はもう、試験前の最後の足掻きタイムなのですよ」


 正直、どれだけ詰め込んでも、自信を持てないのです。ここで手を抜いて、落ちたりしたら絶対後悔するのは分かりきっていますし。


「俺がアンタの部屋に行くか」

「ふぁっ!?」


 軽々と私を持ち上げたトキくんは、そのまま歩き始めました。宣言通り、その向かう先は、私の部屋なのです。


「ちょ、トキくん?」

「アンタをムダに怖がらせた責任とって、アンタの勉強中は見守ってやるから」

「いえいえ、ご心配には及びませんよ? 私、一人でもちゃんと勉強はしますから! さぼりませんから!」

「アンタの場合、寝るのをさぼるんだろ」

「えぇと、それは、否定できないといいますか……」


 ほら、電気消したくないじゃないですか。

 電気つけてても、妙にしんと静まり返っていたら、逆に寝付けないじゃないですか。


「だから責任とるって言ってんだろ」

「お、お断りを……」

「できると思ってるのか?」


 トキくん、横暴なのです。


――――結局、1時間ほど勉強した後、目をしょぼしょぼさせた私に気付いたトキくんが、強制的にお布団に連れ込むという結果に終わったのでした。

 あ、不埒な行為は断固お断りしました。

 ヤった方が眠れるとかいう、根拠のよく分からないことを言ってきたので、「人肌と心臓の鼓動があれば十分なのです」ときっぱり断言したのですよ。

 おかげでぐっすり眠れました。そこだけはトキくんに感謝なのです。


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