113.【番外】それは、打ち上げだったのです。
「はい、テストお疲れー!」
「お疲れさまなのです」
「お疲れー」
かん、とチューハイの缶を打ち合わせたのは、私と竹水さんと那珂さんです。
無事に学期末の試験を乗り越えたので、みんなで打ち上げをすることにしました。場所は……なんと、那珂さんの部屋なのです!
那珂さんのお部屋にお邪魔するのは初めてなのですが……うーん、この間取り、高校時代に住んでいたアパートを思いだします。何もかも手の届く位置にあるようなこの狭さ、親近感が湧きます。
と言っても、当時の私の部屋よりもずっと物が多いので、座卓を囲んで3人座れば、少しだけ窮屈にも感じます。
「やー、今回も何とか乗り切った、って感じよね」
「私はちょっと不安な単位もあるのですけれど」
「まぁまぁ、もう終わっちゃったことを言っても仕方ないわよ」
座卓の上には竹水さん持参のツナと豆苗のサラダ、私持参の蕪の煮物、そして那珂さんが作ったパスタが乗っています。あ、チューハイの缶は別枠ですよ。缶は。
「あ、ミオの持ってきたこれ柔らかくて美味しい。味も染みてるー」
「ありがとうございます。竹水さんのサラダもシャキシャキしてて美味しいのですよ」
「ふっふっふっ、食べる直前に混ぜるのがポイントなのよ」
なるほどなるほど、豆苗は安いですし収穫もできますし、参考になるのです。
え、那珂さんお手製のパスタですか? 茹でたところに市販のソースをかけただけなので、特にコメントの必要はないのですよ。那珂さん自身、あまり料理は好きではないそうですし。
「これだけ料理上手なら、ミオはいい奥さんになるわよねー」
「料理上手というより、単に慣れているだけなのですよ。中学の頃から作ってましたし」
「え? そうなの?」
「はい。おばあちゃんの手伝いから入って、ずっと台所に立っていたのです。うちはお母さんがバリバリに稼いでいましたので」
「あー、そういう環境なのかー。でもミオっちって、あんまりそんな感じしないよね」
「そんな感じ、なのですか?」
竹水さんの言いたいことが分からず、パスタを取り皿に移しながら、首を傾げてしまいました。那珂さんも竹水さんの発言の意図が掴めないのか曖昧な表情を浮かべています。
「なんていうかさ、片親だったり共働きだったりすると、雰囲気って違って来ない? んー、うまく表現できないんだけどさ、ほら、うち離婚家庭でさ、父親しかいなかったんだよね。だから、片親とか共働きとか昼間は家に子供しかいない家庭で育った子って、話してるとピンとくるわけ。――同類だ!みたいなさ。下手すると、道ですれ違っただけの人も、たまに同類認定しちゃうぐらいに嗅ぎ分けちゃうんだよね」
んん? すれ違って同類認定って、それ、本当にそうなのか分かりませんよね? それなのに嗅ぎ分けるんですか?
「あ、それ分かるかも」
私はびっくりして那珂さんを凝視してしまいました。まさかの那珂さんもそういうご家庭だったのですか?
「あ、違くて、片親とかそういうのじゃないよ? 友達の話なんだけどね、えぇと、腐女子って言って分かるかな。そういう趣味の子なんだけど、なんか雰囲気で同類が分かるって話を聞いたことがあってさ」
「腐女子……」
えぇと。確かBLとか男同士のそういうのが好きな人を呼ぶのでしたっけ。私の周りにはいなかったので聞いた話からの想像でしかありませんが、そういうのが好きだとオープンにしている人と、こっそり内緒にしている人の2パターンがあると……あれは、誰から聞いた話でしたっけ?
「んー、そんな感じかな。だけど、あんまりミオっちってそんな感じしないし」
「あ、それは竹水さんの言う条件に当てはまってないからだと思うのですよ? 家に帰って一人ということはありませんでしたから。おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に住んでいましたし」
「あー……そういうことかぁ」
ふむふむ、と竹水さんが頷いています。今後も検証の余地あり、ですか。別にそこまで検証しなくてもよいと思うのですけれど。だって、必要ですか?
「だから妙にしっかりしているようでヌケてるのかぁ」
「竹水さん、その評価はひどいと思うのですよ?」
「そうかな。ミオはその抜けているところが可愛いと思うよ?」
「那珂さんまで……」
思わずじとん、と恨みがましく睨んでしまうと、「まぁまぁ、気にしないで」と竹水さんが新たな缶を私に差し出してきます。あぁ、駅で合流した後に寄ったお店で見つけた期間限定缶なのです。
「ミオっちの缶も、もう空でしょ? はいカンパーイ」
「えぇと、乾杯」
「はいはい、かんぱい」
空いたお皿を片づけて、次に乗るのは乾き物のおつまみなのです。
「それで、本題なんだけどさぁ」
「本題?」
あれ、これは単なる試験お疲れさま会では……?
「順番に彼氏との馴れ初めとか、相手の好きなところとか語っていこー☆」
妙にハイテンションの竹水さんはいつもと変わらないように見えて、いつもよりはっちゃけているように見えます。もしかして、お酒の力、でしょうか。
「そうそう、ミオのきっかけが気になってたのよね」
「ちょ、そういうことなら、那珂さんだって……!」
アッキーさんと付き合うようになった流れが気になるのです!
「だからー、公平にみんなで順番に話してくってわけー! みんな彼氏持ちだし、シングルの人いないし、いいっしょ?」
スルメをくわえた竹水さんは、余裕の顔です。ぐぐぐっ、この余裕の顔をノロケで崩すことができるのでしょうか。
「そ、それなら、順番にお題をあげていって、それにみんなで答えるというのはどうでしょうか」
「あ、いいねいいねー。面白そう」
ふふふ、何としてでも「単なる腐れ縁」としか表現しない竹水さんの、恥ずかしがるところを見てやるのです!
――――後から思い返してみれば、既にこのとき私は酔いが回り始めていたのだと思います。何しろ、恥ずかしがるような質問をすればするほど、自分の首も締まるのだということを気づけなかったのですから。
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「……へー、筆記用具を貸したのがきっかけ」
「そうなのです。顔が怖いトキくんは、クラスの中ではちょっと浮いた存在だったので、私みたいに自分から話しかけてくる人が珍しかったみたいなのです」
さすがに「羅刹」の話まではできませんが、そもそものきっかけは定期テストの日に筆記用具ワンセットを貸したことだったと思うのです。……え、公園の出会い? それは内緒なのです。だって、その話をすると、ゾンダーリングの特殊なバイトの話もする流れになるのです。さすがに、あのバイトについて説明するのは、ちょっと恥ずかしいのです。
「確かに体格いいし、目つき鋭かったかもね。……で、どっちからコクったの?」
「ふをっ!?」
こ、コク……告白は、……えぇと、「月がきれいですね」はノーカウントですよね? 元々、そのつもりもありませんでしたし。
「と、トキくんから、なのです」
「それで? なんてコクられたの?」
「あ、気になる気になる!」
「……そ、それはさすがに内緒なのです。恥ずかしすぎるのですよ!」
いえません。「オレのにする」とかいう発言とか、ましてや「飼う」なんて発言があったとか、ハードルが高過ぎると思うのですよ!
「そこ気になったんだけどなー。まぁ、ミオっちが真っ赤だし、ここらで勘弁してやろう!」
「ほんと、ミオの頬赤いよ」
「これは純粋に酔いが回ってるからで、アルコールのせいなのですよ!」
「ふぅん?」
「そう?」
うぅ、竹水さんも那珂さんもいじめっ子なのです。ニヤニヤと……。
「さぁ、私が話したので、次は那珂さんの番なのですよ!」
「ぐ、……まぁ、そうね。最初は、ミオの誕生日だったかしら? 自作のアクセサリーを持って来て、男性には珍しい趣味だなって印象しかなかったんだけど」
そう言って話し始めた那珂さんも、ちょっと頬が赤いのですよ。
それにしても、アッキーさんの方から付き合おうという話になったのですね。しかも、アクセサリーを扱うお店を何件も巡るというお出かけに付き合わせた挙げ句、休憩で入ったカフェで告白とか。……うぅん、もしかして、お店巡りって、アッキーさんなりの判断基準、テストみたいなものなのでしょうか。
「で、何件も回ったっていうデートで、何か買ってもらったの?」
「え? うぅん? 純粋に市販のアクセサリーを見て回りたかったっていうのと、女性の指とか耳とかに商品を当ててみたかったってだけらしいから」
「ナカっち、それ、携帯用マネキン扱いされてない?」
「あー……、言われてみればそうかも。でも、その後、ちゃんと私好みのピアス作ってくれたし」
おぉー! アッキーさん、なかなかやるではないですか。自分都合で振り回しておいて告白しーの、好みのプレゼントあげーの……これが落としておいて最後に上げるテクでしょうか。
「うっわー、愛されてるー。やだ、ちっちゃいのに、これ細工凝ってるじゃん」
「いろいろ工夫してくれたみたい。ほら、あまり大きかったり派手なのって好きじゃないから」
今も那珂さんの耳を飾るピアスは、小さいお花が幾重にも連なって微かに揺れるようなデザインです。一言で表せば可愛いのです。
その後、中学の文化祭で演劇をやっていた竹水さんと彼氏さんが演じていた役柄の感じが抜けずにそのまま付き合い始めた話を聞き、私達はお酒の力を借りながら、彼氏の好きなところ、直して欲しいところ、デートで行った場所なんかを暴露し合ったのでした。
途中、ぐだぐだになって記憶があやふやになってるところもありますが、概ねお酒のテンションで話しまくっている気がします。きっと、那珂さんのシンク下に保管されていたブランデーを開け始めたところからおかしくなったのですよ。
「はー……、しゃべったしゃべった。もう飲み物ないし、コンビニでも買い出しに行く?」
「うー、なんかこう、お味噌汁的なの飲みたいのです」
「残念だったわね! うちにはお味噌なんて高尚なものはないわ!」
「あー、材料があれば作れたのですけれど。インスタントのでもちょっと具を足すだけでも変わるのですよ?」
「うわぁん、女子力っていうか、オカン力の塊なミオっちが、ナカっちだけでなくこっちも言葉の刃で切りつけてくるー」
「べ、別にそんなつもりはないのですよ! というか、オカンって何なのですか!」
「あー、はいはい。それじゃ近くの24時間スーパー行く?」
「行くー」
「行きますー」
時刻は午前2時半。いわゆる丑三つ時というやつなのです。普段であれば外出を控えるような時間ですが、まぁ、3人で一緒に行動しますし、大丈夫でしょう。
私は二人に倣って、ポケットにサイフとスマホだけを突っ込みました。
「わぁ……、さすがにこの時間だと気温違うね」
「うん、冷えるわ」
「酔いがどっか行ってしまったのです」
人通りがないのをいいことに、三人横並びで歩きます。真夜中の街はとても静かで、それこそたまに走る車かバイクの音ぐらいしか聞こえてきません。
「なんか、思いだすわぁ」
「何をですか?」
「や、この前レンタルしたホラー映画でね、あんな感じの植え込みから、ゾンビが」
「竹水さん、そういう趣味だったのですか」
「ごめん、それ無理」
「あれ、那珂っち嫌い? あ、そうだ、ついでに何か借りてみんなで見ない?」
「……今夜はオールナイトなのですか?」
「いいじゃんいいじゃん。こんな機会滅多にないし」
「オールはいいけど、映画はジャンルによるよ」
すると竹水さんは、ニンマリと笑みを浮かべました。あ、これ、よくないこと考えてるやつなのです。
「せっかくだから、AV鑑賞でもしてみる?」
……はい?
「ほら、男どもの妄想の詰まったAVを見て、散々にこきおろしてみるとか?」
「……竹水さん、もしかして日頃そんなことをしているのですか?」
「んー、否定はしない。たまにだけど。でも、二人とも興味ぐらいあるでしょ」
「……否定はしないわね」
「えぇと、否定しないのです」
その、トキくんとそういうことをするようになって、色々と考えることがあるのですよ。これが果たして普通なのか、とか。
「よぉっし、じゃぁ、先に駅前のレンタル屋さんに行こうか。あ、今からなら3本ぐらい見られるかな」
「……竹水さん、さすがにそこは1本ぐらいで」
「え? 3本ぐらいは大丈夫じゃない? それとも長いものなの?」
「モノによるかな。80分ぐらいのもあれば、30分ぐらいの詰め合わせみたいなのもあるし」
どうやら2対1で負けてしまったようなのです。仕方がありません。私も興味がないわけではないので、ちゃんとお付き合いしますとも!
ちょうど駅の方へ向かう途中、大きめの幹線道路を渡ろうとしたところ、ブロンブロロロロンと喧しい音を立ててバイクが走っていきました。
「うわぁ、こんな時間も走ってるんだ」
「いるのよね、迷惑な話だけど」
「ああいったことでしか自己顕示欲を満たせない可哀想な人だと思えば、そこまで腹は立たないのですよ?」
あれ、どうして竹水さんも那珂さんも私の方をそんな目で見るのですか。ちょ、辛辣とか意外とか言わないで欲しいのです。
私が反論しようと口を開くと、キキーッ、キュキュキュとブレーキかターンかタイヤが悲鳴を上げるような音が響きました。先ほど通り過ぎたバイクでしょうか。なにやら華麗なターンを決めたみたいなのです。深夜なのですから、もう少し配慮して欲しいのですけれど。
「なぁに? タイムトライアルでもしてるわけ?」
「これはうるさいね」
那珂さんと竹水さんも同じ音を耳にしたので、ちょっとげんなりしてしまっています。竹水さんの言うように、時間を測っているのでしょうか。猛烈なスピードでUターンしてきた爆音バイクが私達の前を通り過ぎ……ませんでした。なぜか急ブレーキで止まったのです。
唖然とする私達の前で、バイクの人はフルフェイスヘルメットを外しました。
「やっぱりそうだ」
髪の毛をオレンジ一色に染めた、かわいい顔立ちのその人は、私をまっすぐに見つめています。そして、残念なことに、この人の顔にとても見覚えがありました。トイプードルです。トイプードルのくせに狂犬な人なのです。
――――さて、ここで問題なのです。私はどうするべきなのでしょうか?
1.こんばんは。奇遇ですね。と挨拶をする
2.人違いのフリをする
3.イヤな予感しかしないので即座にトキくんに連絡する
自己保身よりも那珂さんと竹水さんの安全を確保するために、すぐさま3番を選びたいところなのですが、今日は泊まってくると言ってしまいましたし、いくら夜更かしのトキくんでも、もう寝ていますよね……。
はぁぁ……。とんだ災難なのです。
ミオの今後の行動については、本気で未定。




