111.【番外】それは、プレゼントだったのです。
「どうだったー? ……って、聞くまでもなさそ」
「うわちゃぁ、これは目の毒だぁねぇ」
那珂さんと竹水さんが顔を見合わせて散々な評価をくれます。えぇ、お二人のアドバイスに従って成功しましたとも。
「おかげさまで、無事に過ごせました……」
「あー、うん、無事っていうか、無事? いや、まぁ、お座りよ」
「そうそう、あと2コマ、気力で持たせないとね」
二人の間の席に座らされますが、もう、反論する気力もありません。その、昨日の夜のうにゃうにゃ……よりも、起きてからの方が著しく気力を削られたような気がするのです。
「で? 体調はどう?」
「事前に聞いてた違和感はありますが、歩くのも座るのも大丈夫なのですよ」
「へー、意外と紳士。丁寧にしてくれたんだ?」
「丁寧……」
昨晩の『下拵え』を思い出して、私の顔が熱くなりました。いや、だって、ほら、その、……うぅぅぅ。
「ミオ、思い出すのもほどほどにね?」
「そうそう、体調悪いと思われるからねー」
「……と、とりあえず、おかげさまで無事にできましたので、相談にのってもらってありがとうございました……」
暴走させないためには、とか、コンドームの調達には、とか色々と相談に乗っていただいたので、私はぺこりと頭を下げます。と、何故か両側からぎゅっと抱きしめられてしまいました。
「あー、もう、ミオかわいい!」
「ほんとミオっちかわいすぎか! とっとと彼氏見せてよー」
うぅ、両側からサンドされるとちょっと呼吸がつらいのです。トキくんを紹介するのはよいのですが、正直、その、外見が外見なので、お二人が怯えないか心配なのですけれど……。
あの、苦しいですよ?
「那珂さん、竹水さん、そろそろ教授が来るのですよ」
「もうちょっとミオのピュアなオーラを堪能したいー」
「わたしもー」
ちょ、そんなオーラ出していないのですよ!
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
那珂さんも竹水さんも、一緒に講義を受ける大事な友達なのです。だから、いつかトキくんを紹介できたらいいですね。もしかしたら、怯えられてしまうかもしれないけれど、トキくんの大学の友達――アッキーさんとみっちーさんのように、受け入れてもらえたら嬉しいです。
―――なんて、思っていた頃がありました。
「やぁ、ミオちゃん。久しぶりー」
どうして、この二人が私の通う大学にいるのでしょう?
「え、えーと、アッキーさん、みっちーさん?」
「あ、覚えててくれたー。あれから連絡全然くれないから、忘れられてたかと思ったよ」
「あ、すみません。でも、連絡するにしても、何を送ればいいのか分からないまま、ずっと放置してしまって……」
もちろん嘘です。
状況的にみっちーさん自身が連絡先を私のバッグに入れたというのは間違いないと思うのですが、本人から直接渡されたわけでもありませんし、悪意のある第三者の仕込みかもしれません。本当に緊急時には使わせてもらおうと考えながら放置していました。
この辺りは徳益さんの言うところの「長年、宮地さんに付きまとわれた防衛本能」らしいのですが、自覚はありません。だって、この考え方が普通だと思ってしまっているのですから。
「あ、連絡先が没収されたわけじゃないんだね。よかったー。あれから何の音沙汰もないし、トキトくんに見つかったにしては何も言ってこないから、どうしたのかなって思ってたんだよねー」
あははーと軽く笑うみっちーさんが、ちょびっと腹黒な感じがします。でも、蛇みたいにねっとりとした感じではないので、鳥肌は立ちません。
と、ぐいっと私の腕が引っ張られました。
「ちょ、ミオ、誰?」
「あ、トキくんの……その、彼の大学の友達なのです。以前、会ったことがありまして」
那珂さんの目がぎらりと光りました。
「ちょ、将来の法曹エリートってこと?」
いやいや、別に法学部を出たからと言って、そんな出世街道まっしぐらというわけでもないと思うのですよ? そもそもエリートって何ですか、という所から問題ですし。
「そっちは、ミオちゃんのお友達?」
「あ、そうです。よく一緒に講義を受けてる那珂さんと竹水さんです」
私の紹介で、なぜか自己紹介と即・連絡先交換が始まってしまったのですが……うーん、トキくんの姿が見えないのはどうしてなんでしょうか?
「あ、ミオちゃん。もしかしてトキトが気になってるのか? あいつならいないぞ? 今日は俺ら3人とも講義ねぇから」
「そういえば、確かに休みと聞いてたのです」
なるほど、あれはお仕事が休みという話ではなく、大学も休みという話だったのですね。納得なのです。
「……で、はい、俺らからバースデープレゼント」
「え? えええ? 私の誕生日って、どうして」
「あー……、トキトが随分と弱ってたからな。何をあげればいいか分からないって」
「ふわわっ、ありがとうございますっ」
ちらり、と上目遣いで見てみると「どうぞ」と促されたので、可愛くパッケージされた紙袋を覗いてみます。
「えー、なに? どんなのもらったのー?」
「見せて見せてー」
えぇと、その、とても可愛いバスソルトはよいのですけれど、もう片方のパッケージは……
「あ、バスソルトは僕のチョイスだから。そこ勘違いしないで欲しいな」
「……ということは、アッキーさん」
思わずジト目で見てしまいます。
「いやいや、女子ってこういうの好きだろ?」
「……ちなみに、どこでお買い求めに?」
「あ? 俺の手作り」
思わず紙袋の中身を再び確認してしまいました。手作り? え? 手作り?
「あー、こーゆーの作るの好きなんだ。だからめっちゃ手元に余っててさ」
「だからってないよねー、ミオちゃん」
見せて見せて―、とせがむ那珂さんに紙袋を渡すと、私は大きくため息をつきました。
「えぇと、お気持ちだけいただくという形でもよろしいでしょうか?」
「うわー、ミオちゃん可愛い顔して、言葉冷たいな。やるって言ってんだから受け取っとけって」
「いえいえいえ、明らかに手元にたくさんあるから、これを機会に減らしたいとかそういう話ですよね?」
「わーお、ミオちゃん鋭いー! アッキー分かりやすいー」
誕生日プレゼントをいただくのは嬉しいのですけれど、やっぱり受け取れるものと受け取れないものとがあると思うのですよ。
「わー、これ可愛い―」
「ほんと、揺れるともっと可愛いー」
あ、那珂さんと竹水さんが食いついてます。そうですよね。普通なその反応だと思います。
「いただいたものなのに、大変申し訳ないのですが、二人に譲ってもいいですか?」
「えぇー」
「アッキー、むしろ受け取られて使われた方が怖いと思うんだけど、分かってる?」
「そうか?」
アッキーさん手作りというのはシルバーっぽいアクセサリーです。小さなわっかが3つ繋がったようなデザインで、竹水さんが言うように、揺れるともっと可愛いのでしょう。
「さすがに、付き合っていない異性から贈られたアクセサリーを使うのは、ちょっと……」
もしトキくんが知ったら、アッキーさんの身の危険だと思うのですけれど。
「ちぇー、じゃ、こっちならいいだろ?」
無造作にポケットから取り出したのは、小さなドッグタグに四葉のクローバーの刻印がされたキーホルダーでした。まぁ、これなら大丈夫でしょう。有り難くいただくことにします。
「それもシルバーだから、放っておくとすぐに黒ずんで使い勝手微妙なんだよ」
「あぁ、定期的に磨いてあげる必要があるのですね。分かりました」
可愛いデザインなので、私はカバンのチャックにすぐに付けます。ここなら、黒ずんだらすぐにわかりますし、外さずに磨けるでしょう。
「アッキー、最初からそっち出せばいいのに」
「いや、アクセの方が余ってるんだって。おーい、こんなデザインもあるけど、どうだ?」
あ、アッキーさんが那珂さんと竹水さんに突撃しました。本当に余っているようなのです。
「でも、銀ということは、お高いのではないでしょうか?」
「あー、大丈夫大丈夫。アッキーの財布だし」
「全然大丈夫ではないのですよね。やっぱりお返しした方が。……それだけ余っているというなら、売ってみたりはしないのでしょうか?」
「前はちょこちょこ売ってたみたいなんだけどね、それはそれで面倒らしいよ? 僕はよく知らないけど。でも、粘土いじるのは昔から好きだから、あぁやって知り合った人に配ってるんだ」
「粘土?」
「あぁ、シルバークレイって知らない? 粘土から成形して磨いて焼いて作るの」
「……でも、銀なのですよね?」
「まぁ、原材料はそれなりの値段みたいだけど、アッキーにとっちゃプラモデルみたいなもんでさ、作る過程が楽しいのであって、作った後はどうでもいいみたい」
「……なるほど」
随分とお金のかかる趣味をお持ちのようで……。
ん? そういえば、私の趣味って何なのでしょう? 料理はもうお仕事みたいなものですし、衣類に手を加えるのも趣味というよりは必要に迫られて、ですし、読書もあまりしませんし……。
今後、就職活動も見据えると、履歴書に書ける趣味というのは必要かもしれません。
「ところで、ミオちゃん。トキトくんに何もらったの?」
「うひゃぅっ!?」
目を丸くして隣のみっちーさんを見ると、あちらもきょとんとしています。すみません、私がうろたえ過ぎたのですね。
「え、えぇと、内緒なのです……?」
「うーん、トキトくんがえらく悩んでいたみたいだから、気になるんだけどなー」
「あの、ほんと、そこは非常にデリケートなことなので、内緒なのです……」
うぅ、思い出したら、顔がまた熱くなってきました。あぅ。
「――――てめぇら、何してやがる」
「ぴゃっ?」
ででんでんででん、ででんでんででん
未来から来たサイボーグのように、のっしのっしとやってきたのは、間違いなくトキくんです。えぇと、現在地を再確認します。ここは私の通っている大学なのです!
「ど、どうしてここにいるのですか?」
「あぁ? 決まってんだろ。アンタを迎えに来た」
「え?」
「レストラン押さえてある。遅れねーように行くぞ」
「え? え? 聞いていないのですよ?」
「言ってねーからな」
せっかく散財を回避したというのに、また散財なのですか!
というか、本日の夕食の献立が……使い切りたい食材が……いえ、大丈夫です。何とかなります。ただ、牛乳だけは買っておかないと在庫がピンチなのです。
思考が冷蔵庫の中身に逸れてしまいましたが、視界に入った那珂さんと竹水さんが凍り付いたようにこちらを見ているのに気づいて、私は青ざめました。
そうです、トキくんの外見は羅刹なのです! あまり強面に見慣れない一般ピープルにはちょっと寄り付きがたいオーラがあるはずなのです!
「ミオっち」
「ミオ……」
あぁ、申し訳ないのです。すぐに退散するので―――
「ワンコ系なんて嘘ばっかり!」
「そりゃ見せたくないわけだよ、こんなイケメン!」
あらら?
「気にせず行ってらっしゃーい。後で報告よろしく! あとお店の情報も教えてねー」
「そうそう、彼氏は大事にしなきゃだめだから!」
あらららら?
「トキトくん、頑張ってねー。ミオちゃんって手強い感じするし」
「みっちー、どこが手強いんだよ。普通だろ? あー、睨んでねーで行って来いよ。誕生日ぐらい盛大に祝ってやれ」
なんで、温かく見守られているのでしょう?
「? なんだ? そう言われると逆に気色悪いな」
「……ですよね」
思わずつぶやいたトキくんに、私も思わず頷いてしまいます。
あ、でも、よく考えたら、トキくんの顔は良いらしいので、那珂さんと竹水さんも好意的なのかもしれません。いまだに男性の顔の良し悪しはよくわからないのですけれど。
「まぁ、いい。行くか」
「はぁ、……って、小脇に抱えないで欲しいのですよ」
「アンタとコンパスが違ぇんだ、こっちの方が楽だろ」
「トキくん、私は手荷物ではないのですよ!」
◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇
「……トキくん」
思わずへにょりとしてしまいます。兎や猫、犬あたりだったら、耳が垂れているのは間違いありません。
「ぁんだよ」
「あまりお金をかけないでくれるのが、おそらく一番のプレゼントなのですよ……」
高級そうなレストラン、いえ、リストランテ?の個室で、タイミングよくサーブされるお皿を眺めながら、私は凹んでいました。
「こんな時ぐらい散財させろ」
「……うぅ、美味しいのですけれど、美味しいのですけれど!」
その後ろに控えているお値段のことを考えると、やっぱり構えてしまうのです。
「服とかだと返品して来いって言うだろ、アンタ。これなら返品もできねぇだろ?」
「孔明の罠なのです……」
美味しい。美味しいのですよ。ホロリと口の中でとろけるように解けるお肉とか、本当に美味しいのですよ!
「ん~~~~……!」
「アンタ、美味しいもの食べると高確率でそうやってじたばたするよな」
「だって、美味しいのですよ……」
あとは甘い物とかでもよくこうなります。徳益さんがチョイスするお茶請けとか、本当に美味しいので、言葉にできずに唸るだけなのです。
「やっぱり圧力鍋を導入するべきでしょうか」
「別にここまでのもの作れとは言わねぇぞ?」
「でも、ほろりとした食感、作りたいのです」
それこそトキくんの誕生日までに、何としても会得して披露したいレベルなのですよ。となれば、懐は痛みますが圧力鍋を購入して、試作はお母さんの所でやってみればよいでしょうか。レイくんもよく食べるようになったと聞いていますし、やわらかい食感のものなら、リサちゃんも食べられるでしょうし。
「何考えてる?」
「……まだ内緒なのです」
もぎゅもぎゅごっくんとお肉を飲み込みながら、答えはぼかします。サプライズって大事なのですよ。
「……で、あの二人は何しに来やがった?」
「ふぇ?」
あの二人? あの二人というのはやっぱり……
「えぇと、アッキーさんとみっちーさんですか?」
「その気の抜ける呼び方やめろ」
「うぐ、でもですね、ちゃんと名前を憶えていなくて、ですね」
ほら、1度会っただけですし、今日も那珂さんや竹水さんと自己紹介し合ってるのを聞いていたはずなのですが、フルネームを憶えていられなかったのです。
「まぁいい。……で?」
「えぇと、何故か知りませんが、私の誕生日プレゼントを届けに来てくださったのですよ。トキくん、相談とかしました?」
「ちっ、……そういうことかよ」
あ、どうやら思い当るふしがあったようなのです。
「みっちーさんからはバスソルトを、アッキーさんからは……キーホルダーをいただいたのです。お返しも考えないとですね」
「いらねぇ」
「いえいえいえ、いただいたからには、ちゃんとお返しをするのが」
「あっちが押し付けてきたんだろ? だったら受け取るだけにしとけ」
むぅぅぅ、トキくんがなんだか心狭いのです。まぁ、以前からな気もしますけれど。
まぁ、よいのです。那珂さんや竹水さんと連絡先交換をしていましたし、みっちーさんの連絡先は随分と前に頂いているので直接掛け合うことにしましょう。
「ミオ?」
「いえ、なんでもないのです。しいて言うなら、ソルベが美味しいのです!」
ライチ味のソルベは、ちょこっと塩味がきいていてサッパリなのです。さすがにこういうのは作れませんので、できるだけ堪能するが吉なのですよ。
「……まぁ、いいか」
「?」
「アンタが浮気するとも考えられねーしな」
「んぐっ?」
ああああぁ、飲み込んでしまいました。トキくんが突然変なことを言うからなのです。
「そうでもなきゃ、くれねぇだろ?」
「何をなのです?」
「アンタが昨日の夜にくれたもんのことだ」
「……っっ」
ちょ、顔、熱いのです! 今日はこんなのばかりなのです!
「ちちちち、巷では、それを捨てたとも言うのですよ?」
「ぞんざいに扱うぐらいなら、今まで待たせたりしねぇだろ」
「……んぐぐぐぐ」
うぅ、こういうところは敵わないのです。いつか逆襲してぎゃふんと言わせることができるようになるのでしょうか。
――――想像できません。




