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100.【番外】それは、卒業式だったのです。

「ミオっち~、どうしよう、マジ泣くかも……」

「いやいやいや、そんな泣くほどのことじゃ」

「須屋ぁ、ここにサインくれよサイン」

「須屋さん、一緒に写メ撮ろ~」


 どうしましょう、カオスです。


「ミオっち、アタシ寂しいよぉ」

「はいはい、玉名さん、別に今生の別れというわけではないですから」

「なぁ、須屋ぁ、ここのスペースに」

「須屋さん、ミカも早く~! キホとアヤカも入って入って~」


 とりあえず、恩田くんは放置しておいて、ちょっとうるうるきてる玉名さんの手を取って津久見さんの方へ行きましょう。え、恩田くんですか? ガーンって感じになってますけど、後回しでいいのです。


「はい、チーズ!」


 バレー部の朝地さんは希望していた体育大学へ無事に入学を決め、姉御肌の高森さんは看護系の大学へ、津久見さんは工業系の大学へ、そして涙目の玉名さんは経済系の学部へ進学を決めています。つまり、ここで道が分かれるわけです。


「ミオっちは、アタシのことなんて忘れちゃうのよね」

「いやいやいや、忘れませんて。何かあったらメールください」

「ミオっち~~~」


 あぁ、意外と玉名さんは涙もろかったのですね。そういえば、彼氏さんと別れたときも大変でしたっけ。確か3日ほど学校も休んでいましたし。


「ミオっち、大学入ったら、絶対に合コンしようね!」

「……あぁ、えぇと、それは、ちょっと」


 さすがにそれは頷くわけにはいきません。


「ミーカ、だめだよ。須屋さんには羅刹がいるんだから、合コンなんて(ヾノ・∀・`)ムリムリ そして私も参加できませーん」

「ハナ~~~!」


 そういえば、津久見さんは予備校で彼氏をゲットしたと言ってましたっけ。同じ志望校で、二人とも受かったという話なので、サクラサク、どころか満開なのかもしれません。あ、玉名さんが津久見さんに掴みかかりました。


「……須屋ぁ」

「ふぁい!」


 耳元で低い声で囁かれ、おもわず体を大きく震わせてしまいました。……って、なんだ、恩田くんでした。


「サインくれって言ったのに放置とかヒデェよ」

「すみません、写真の方を優先してしまったので」


 恩田くんが指し示した卒業アルバムのフリースペースには、既に何人ものメッセージが書かれていました。あ、みんないい感じに恩田くんをディスっていますね。私もこの流れにのるべきでしょうか。


「なぁに? あー、アタシも書く書く!」

「私も!」


 何を書こうか迷っていたところで、ひとしきり騒いで元気になった玉名さんにアルバムを取られてしまいました。あ、津久見さんも書く気満々です。恩田くんは人気者ですね。え? 恩田くんが「やめろぉ!」とか言ってるのは聞こえませんよ?

 散々ひどいことを書かれたフリースペースの隙間に、とりあえず名前だけ書いておきます。よくよく考えたら、恩田くんには「サインくれ」としか言われていませんし。

 その後は、女性陣でわいわい集まってコメントを書きまくっていました。同クラスの女子はみんな書き合った感じですね。その中でも天瀬さんの書いてくれたイラストがとっても綺麗で……なぜか、狼に首根っこ咥えられて運ばれる兎の絵だったのですけど……恩田くんが以前、天瀬さんは腐ってるから気をつけろ、なんて言っていましたが、どうしてそんなことを言うのでしょう? 天瀬さんはゾンビなんかではないのに。


「ミオっちー、なんか変なコト考えてるっしょ?」

「ふぇ? 天瀬さんの描いてくれた絵が可愛らしくて見惚れてただけなのですけれど」

「あー……それ、どう見てもミオと羅刹よね」

「……え?」


 そういえば、違和感がなかったのですけど、私、狼のお世話をしてるなんて言ったことありませんでしたよね? 徳益さんに「うさぎみたい」なんて何回も言われていることも話したことはなかったはずなのです。

 あれれれ?

 ちらりと天瀬さんを見ると、卒業証書の入った筒をカバンに詰めて帰り支度をしているところでした。


「天瀬さん!」


 慌てて声をかけると、天瀬さんは首を傾げて止まってくれました。危うく帰ってしまわれるところだったのです。


「あの、さっき描いてもらった絵なのですけど、―――あれ、もしかして、私と佐多くんなのですか?」


 きょとん、と目を丸くした天瀬さんでしたが、「あぁ」と呟くと、何故かニヤリと口の端を持ち上げました。天瀬さんのこんな表情を見るのは初めてなのです。まぁ、そんなに親しくしていたわけではなかったのですが。


「なんだ、聞いてると思ったら知らなかったのね。わたし、身内にパラミリがいて、監視役させられてたの。須屋さんのおかげで2年の頃から楽させてもらったわ。ありがとう」

「え……?」


 呆然とする私に「じゃぁね」と告げると、天瀬さんはさっさと帰って行ってしまいました。


「ミオっち、どったの? 天瀬がなんかあった?」

「いや、その、……ナンデモナイノデス」


 天瀬さんが口にした「パラミリ」というのは、おそらくトキくんが所属する部署のことなのです。まさかとは思いますが、佐多さんは部下の身内を使って自分の息子のことを監視させていたのでしょうか?


「そういや、ミオっち。敢えて聞かなかったけど、羅刹は今日も欠席なの?」


 玉名さんの言葉に、少し離れていたはずの朝地さんと高森さんがこちらを向くのが見えました。そうですよね。『羅刹鑑賞し隊』ですもんね。

 ……すっかり忘れていたのです!


「一応、今日は学校に来ているはずですが、フケると言って消えてしまったので」


 自分の席に戻ると、慌ててスマホを取り出します。まずいのです。卒業式が終わったら連絡をするという話になっていたのに、すっかり忘れていたのです――――!


「ねぇ、須屋さん。今、佐多くんが学校に来てるって」

「は、はい、そうなのです。朝地さん。たぶん屋上とかで時間を潰しているのだと思いますっ」

「可能なら、佐多くんも一緒に写真撮れたりとか、しないかな」

「ふぇっ!?」


 危うく手元のスマホを落としそうになってしまいました。二度三度とお手玉をして、ふぅ、セーフなのです。


「って、朝地さん?」

「キホ、それは最後の度胸試しってヤツ?」

「うーん、まぁ、そうとってもらってもいいかな。ほら、なんだかんだと一緒のクラスだったし、最後ぐらいはね。ね、アヤカ」


 ちょ、ちょっと待って欲しいのです。というより、着信が、何度も……! すぐに折り返し連絡をしないと、きっと怒っているのです!


ガララッ


 しーん、と水を打ったように教室が静まりかえりました。それはそうですよね。不機嫌を露わにしたトキくんが入ってきたのですから。


「遅ぇ」

「す、すみません! ちょっとスマホが手元にない状態だったのです」

「もういいだろ、帰るぞ」


 のっしのっしと私の方へ歩いてくるトキくんの前を、ささーっと綺麗に道が空きます。相変わらずのモーゼっぷりなのです。

 って、いけないいけない。朝地さんが両手を合わせてお願いポーズをしているのです。


「あ、あのっ」

「なんだ?」


 小脇に抱え上げられる前に、私は慌てて声をあげました。一旦、手荷物扱いになってしまえば、私に逃れられるだけの運動神経はありません。先手必勝なのです。


「せ、せっかくなのです。クラスのみんなと写真撮りませんか?」

「あぁ?」


 あぁ、何人かのクラスメイトからの視線が突き刺さるのです。すみませんすみません。もうちょっとで終わりますから!


「えぇと、トキくんも欠席がちとはいえ、このクラスの仲間だったわけですから、最後の記念撮影……のような?」

「あぁん?」


 ぐるりと見回すトキくんの顔がすっごく怖いのです。なんだか周囲に睨みをきかせているというか……。でも、不機嫌な感じには見えませんね。むしろ、記念撮影という単語とは無縁だったせいか、ちょっと戸惑っているようにも見えます。いえ、そうだったらいいな、という願望も混ざってますが。


「佐多くん。せっかくだから、一緒に撮らないか?」


 声をかけたのは朝地さんなのです。男前過ぎます!


「そうよ。せっかく同じクラスになったんだから、一緒に映るのぐらい、いいでしょう?」


 高森さんも乗ってきたのです!


「はーい、じゃぁ、佐多くんと一緒に写真撮影する人、こっちに集合!」


 津久見さん、あなたは『羅刹を鑑賞し隊』じゃないのに、雰囲気が面白そうだから乗ったのが丸分かりなのです!

 でも、津久見さんの声に廊下からこちらを覗いていた他クラスの人も含め、十数名が集まったのには驚きなのです。女子が多めなのは、たぶん……いや、なんでもありません。男子は度胸試しが多いのでしょうか。あ、恩田くんはすかさず撮影してくれる側に回っています。


「ミオ」

「写真を撮ったからって、魂は抜かれませんよ?」

「……ちっ」


 おぉ! 承諾の「ちっ」がとれましたよ、みなさん!

 私はトキくんの腕を引っ張ると、みんなの待つ輪へ向かいます。

 そうですよ。トキくんだって今日卒業する仲間なのですから、こういった触れ合いだって必要なのです!



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「……まいった」

「ふふ、トキくん人気ものだったのですね」

「うるせぇ」


 ぎゃ、体重がのしかかってきたのです。

 帰宅後、いつも通りに抱え込みスタイルになってしまったのです。うーん、お疲れなのでしょうか?


「くそっ、なんだってんだよ」

「クラスメイトと写真を撮っただけではないですか。高校生としてはとても真っ当な」

「黙れ」


 ちょ、顎で頭のてっぺんをぐりぐりするのは反則なのです! いたたっ!


「トキくん」

「なんだ」

「もしかして、照れ臭かったのですか? クラスのみんなと写真を撮るのが」

「……」

「あ、図星なのでいたたたたっ、いたいのですっ」


 こめかみをぐりぐりされるのは、って、トキくん、力加減が間違っているのですよっ!

 ばしばしと腕をタップしたら、ようやく解放してくれたのです。うぅ、出ちゃいけないものが出るところだったのです。

 仕方ありません、ここはさっくりと話題を変えましょう。主に私の安全のために。


「制服を着るのも、今日で最後なのですよ。なんだかもったいないのですね」

「そうか? オレはせいせいしたが」

「トキくん、情緒がないのです。というか、卒業式も欠席でよかったのですか?」

「別に構わねぇだろ。卒業はできんだから」

「むー……」


 普通、卒業式と言えば、ここまで見守ってくれた先生や親に見せる晴れ舞台……うーん? よく考えれば、確かにトキくんに出席する理由はないですよね。


「アンタの親は来てたのか?」

「……ビデオカメラ持参で来ていたので、没収したのです」


 さすがに本体を没収するのは面倒だったのでバッテリー部分だけ没収しました。後で返しに行っておかないと。


「えぇと、トキくんのところは、誰か保護者が」

「あのオッサンが来るわけねぇだろ」


 嫌がらせで来校しそうな気がしましたが、トキくんがこんな調子では来ても仕方ないと放置していそうなのです。


「……って、トキくん?」

「なんだ?」

「手が不穏な位置に来ているので戻してもらえませんか?」

「制服を着るのも今日が最後なんだろ? だったら、制服を着てるアンタにこうする機会も」

「不埒なお触りは禁止なのです……っ!」


 頭を思いっきり後ろに振ると、ガツンという衝撃とともに「むぐっ」というトキくんの呻き声が聞こえました。うぅ、頭突きはこちらも少なくないダメージがあるので、私も頭がガンガンするのです。


「アンタなぁ……」

「無許可で人の胸を触ろうとするトキくんがいけないのです!」

「高校卒業したんだから、少しぐらいガード緩めろよ」

「おあいにくさまなのです。私のガードはそう簡単に下げませんから! そういうことは旦那サマとしかしちゃいけないんです」

「だから結婚するっつってんだろ」

「ぐ、で、ですから、そういうのは経済的基盤が―――」

「オレにはあるぞ」

「わ、私が社会的、経済的に独り立ちを」

「アンタだったら、専業主婦でも構わねぇが」


 ぐぐぅ! ぽんぽんと人の逃亡経路を塞いでくれるのです!


「と、とにかく、私はまだそういうことをするつもりも、結婚するつもりもないのです!」

「……アンタ、生殺しって言葉知ってるか?」

「えぇと、蛇の生殺し、ですよね。確か、痛めつけて半死半生のまま苦しめること、でしたっけ?」

「分かってんじゃねぇか」

「はい、国語の成績は結構良かったのですよ?」

「……分かってねぇ」


 あれ、どうして呻くのですか?

 ―――嘘です。本当は分かってます。でも、やっぱりこのまま流されるのは怖いので、このままで行かせてほしいのですよ。


「ミオ」

「なんでもないのです」


 だから、しばらくは、このままでいさせてください。


これにて番外・高校生編は終了です(たぶん)

次話からは番外・大学生編が始まります(予定では)

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