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01.それは、自己防衛だったのです。

 ここは、春原高校、二年C組の教室です。

 実はですね、うちのクラスには、常に空いている席が一つあるのです。

 心霊現象? いいえ、ちがいます。

 だって、きちんと名前がありますから。


 『羅刹の席』って。


 今は私の隣が、『羅刹の席』です。

 前回の席替えの際に、廊下側の一番前という便利屋席から、見事、窓側一番後ろの特等席になって喜んだものの、その隣は『羅刹の席』と知ってビビリました。

 あぁ、禍福はあざなえる縄のごとし。

 ところで、「あざなえる」って何でしょうね。

 例えば「あがなえる」なら、罪とか償っちゃうことだって分かるのですけど、「あざなえる」って、何なのでしょう。

 アザナエルって天使の名前っぽくないですか?


 話が逸れました。

 羅刹というのは仏教なんかに出て来る赤毛で肌の黒い鬼のことみたいです。もちろん、ここでは比喩表現です。鬼と一緒のクラスなんて、怖いじゃないですか。……まぁ、実際に怖いのですけど。

 『羅刹の席』の持ち主は、佐多くんという人です。身長五十七メートル、体重五百五十トンという巨体の持ち主で、その名は超電磁ロボ……すみません、現実逃避をしてしまいました。

 身長は、少なくとも百八十はあるんじゃないかというデカい人で、体重もそれなりにあるんじゃないですかね。いえ、脂肪ではなく筋肉で。

 何というか、謎な人です。

 ケンカはとても強いらしく、駅前を縄張りにしてた不良グループ三十人を一人で片付けたとか、ヤクザの抗争に助っ人参戦してるとか、悪の組織に改造人間にされて復讐に生きているとか、本当かどうか分からない噂を聞いたことがあります。

 私自身、直接その姿を見たことはほとんどないのですが、でっかくて目つき悪くて怖そうな人だな、というぐらいの印象しかありません。


 ……現在進行形で、そう思っています。be動詞+~ingです。アイムシンキングソー。


 珍しく、『羅刹の席』に羅刹が座っているのです。

 今日が中間テストの日だからなのでしょうか。そうなのでしょうか。

 授業に全くと言って良いほど出席しない問題児なら、定期テストだってサボればいいのに、とか、思ったりしませんよ?


 問題はもっと別の所です。


 羅刹の機嫌が最悪なのです。最低なのです。地を這っているのです。暴落するのは株価と地価と為替レートだけで十分なのです。

 羅刹の席を挟んで向こうに座っている恩田くんが、霞んで見えないぐらいに冷気だか湯気だかが……って、恩田くんは別の席の友達のところに避難しているようでした。どうりで見えないはずです。


 どうして、こんなに羅刹=佐多くんの機嫌が悪いのかと言うと、その原因は十分ほど前に作られました。

 今朝、佐多くんが登校してきてドカッと自分の席に座りました。この時点で、騒がしかった教室がしん、と静まり返ったのですが、それはこの際どうでも良いです。

 その後、ブイーンと鳴動したスマホを手に教室を一度離れました。

 その間に、別のクラスから男子二名がやってきて、机の上に置いてあった佐多くんの筆記用具を持ち去っていきました。嫌がらせのようです。

 戻って来た佐多くんは盗難に気付き、不穏なオーラを放ちました。今ここです。


 私はとりあえず、そんなことをした白髪ピアスの男子と、茶髪プリン頭の男子を呪うことにしました。

 昨日せっかく覚えた物理の公式が飛んで行ったらどうしてくれるのですか……!

 禿げれば良いのです。

 靴擦れが出来れば良いのです。

 水虫に苦しめば良いのです。

 自動販売機の前ですっ転んで小銭をぶちまけて恥ずかしい思いをすれば良いのです!


 さて。

 名前も知らない男子生徒を呪っていても仕方ありません。そんなことをしても、隣の羅刹の機嫌は直らないでしょうし。

 小心者の私は、こんなお隣さんを無視してテストに集中できるほど優秀な頭をしていないのです。非常に残念ですが。


 私は自分のペンケースを取り出しました。

 先週、おろしたばかりの消しゴムを紙の帯から引っ張り出し、真ん中あたりにカッターで切れ目を入れます。ある程度の切り込みが入ったら、ぐに、と引き裂きます。粉っぽいのが手に付きました。消しゴムに付いてるこの粉って何なのですかね。

 予備のシャーペンに、三本ほど芯を入れ、カチカチと押して黒い芯がちゃんと出ることを確かめます。

 そして、すぅ、と息を吸い込みました。心臓が早鐘を打っていますが、恐怖を表に出したら負けです。


「はい、佐多くん。返すのはテスト終わったらでいいですから」


 羅刹の席にシャーペン&消しゴム(半分)を置くと、私は再び物理の教科書に視線を戻しました。

 おう、なんて小さな返事が聞こえたような気がしますが、そんなことは、もうどうでも良いです。

 とりあえず、機嫌は「最悪」から「悪い」に浮上したようなので、なんとか私も平常心を保ってテストに打ち込めることでしょう。



 ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇ ~ ◆ ~ ◇



「ミオって、ホントに男前よねー」


 そう話しかけてきたのは、前の席の玉名さんです。玉名さんは、よく生徒指導の先生に化粧が濃いと怒られていますが、きっちり授業も真面目に受ける良いギャル子さんです。後ろの席の私としては、香水をもう少し控えてもらえるとありがたいのですけど。あと、その茶色の髪を盛るのも控えてもらえるともっとありがたいです。たまに黒板を見る邪魔になりますから。


「男前ですか?」

「そうだよ、須屋のおかげで助かったー。俺、今日保健室に行こうと思ったもん」


 話に加わって来たのは、『羅刹の席』を挟んで向こう側の席の恩田くんです。そういえば、早々に友達の席に逃げてましたよね。


「私は、できるだけ万全の状態でテストを受けたかっただけなのですけど」

「だからって、フツーは羅刹に話しかけたりしないって」

「そうそう」


 二人はそう言いますが、別に羅刹、もとい佐多くんが悪いわけではないと思うのですよ。

 あと、テストを受けるコンディション保持と話しかけるリスクを考えたら、やっぱり話しかける方を選びますよね?

 というか玉名さん。ことある毎に私を「男前」呼ばわりするのはやめて欲しいです。損得勘定でやると決めたら貫くだけですから。むしろ、決めるまで女々しかったりもしますから。

 そんなことを考えながら、先ほどのやりとりを思い出しました。


 無事、本日の物理・英文法・数Ⅱの試験が終わると、隣で大人しくテストを受けていた佐多くんは、私の机にシャーペンと消しゴムを置きました。


「助かった」


 普通なら「ありがとう」と感謝の言葉が続くでしょうけど、残念ながら佐多くんは、それは口にしませんでした。まぁ、私も感謝が欲しかったというよりは自分の平穏を守りたかっただけなので、構いませんが。

 佐多くんは、何故か私の隣に立ったまま、動こうとしません。

 とりあえず、返してもらったシャーペンと消しゴムをペンケースに入れてみたけれど、やっぱり動きません。

 そっと彼を見上げると、鋭い視線に射抜かれました。前髪が長いので、真正面からだとその目は隠れて見えなかったりもするのですが、下からだと直にその鋭い目が見えてしまいます。

 恐ろしくて呼吸が止まって死ぬかと思いました。視線だけで人を殺せそうです。目からビームでも出ているのでしょうか? 今後は『羅刹』なんて曖昧な呼称ではなくて『歩く殺人兵器』と呼んだ方が良いのではないですか?


「誰かオレの席に来た?」


 どうやら、テストも終わって犯人探しをしたがっているようです。これは渡りに船というやつですね。

 私は朝に見た白髪ピアスの男子と、茶髪プリン頭の男子のことを伝えました。私の憤りの分まで、きっと羅刹が恨みを晴らしてくれることでしょう。なむなむ。

 情報を得た佐多くんは、朝以上に怖いオーラを出して教室を出て行ってしまいました。教室内の温度が五度ほど下がって、すぐに三度ほど上がった気がします。夏には重宝するかもしれませんが、急な寒暖の差は体調を崩しやすいので、あまり多用しない方が健康のためですね。精神的にもそっちの方が良さそうです。


「……あの二人、いっそのこと死んでくれればいいのですけど」

「ミオ、ちょっと黒いもの出てるから、引っ込めなよ?」

「いや、玉名。俺は須屋に同意するぞ? 斜め前の席のお前と、隣の席の俺らじゃ、被害の度合いが全然違うからな?」

「そぅお? ま、その二人も、少なくとも明日と明後日は出て来れないだろうし、今回の定期テストについては、もう心配いらないんじゃなぁい?」


 まだ二日間もテストが残っているにも関わらず、くりくりとマスカラを付ける玉名さんは、あっけらかんとそう言いました。


「あと二日も隣に座るのかー。俺のライフゲージ大丈夫かな」

「そこまで? ちょっとオンダはひ弱過ぎると思うけど」

「玉名は同じ教室内に居ても何も感じねーのかよ?」

「アタシの視界に入らないもぉん」


 恩田くんが、がっくりと肩を落としました。

 あのー、恩田くん。私も別に怖いオーラを出さなければ気にならないのですけど。むしろ自分のテストの点数の方が怖いです。

 敢えて口にはしませんが、私も恩田くんがちょっとひ弱なんじゃないかと思いますよ?

 それよりも玉名さん。さっきから念入りに化粧直しをしているのですが、学校帰りにどこかに遊びに出かけるのですか? あ、オレンジのチークまで乗せるのですか。遊びに行く気満々なのですね。分かりました。


「……とりあえず、私、帰りますね。明日の勉強もしなきゃですし」

「あー、明日は数Bと世界史にコミュ英か」

「コミュ英って略し方はビミョー。五十三点」

「うわ、玉名の採点からいな!」


 楽しそうにしゃべる二人を置いて、私は教室を出ました。

 今日も五時からバイトがあるから、早く帰って勉強しておかないといけないのです。

 こんな時ぐらい、バイトを休めば良いと思う人もいるかもしれませんが、そういうわけにもいかない事情があるのです。


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