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即席小説

世渡り英雄 その壱

作者: エントラル

即席で思いついた小説です。ただ、この話は後々自小説とのリンクを想定している仕様となっています。

ジリリリリーン!!!


けたたましい黒電話のベルがカーテンで締め切られた部屋の中で響き渡った。


「あ~もう、くそっ……」


それに対し、一人の若い男がギシギシと不気味な音を立てるベッドから起き上がり、目と鼻の先にある社長机のような代物の上にちょこんと置かれた黒電話に飛びつく。お陰で机の上に散らかった書類はバラバラと床に落ちた。しかし、彼はそんなことは気にも留めない。


黒電話の隣には依頼者の識別ランプが点灯している。それは今電話をかけている主がどんな人間かを示す。


今回は国会関係者のランプ。


チリーン♪


男が受話器を取るとうるさい音は沈黙して静寂が戻る。そしてマイクに耳を当ててご機嫌斜めに応答した。


「何だ?こんな朝っぱらから。こっちの営業時間を把握しててのイタズラか?」


「違う」


電話の向こうの声はすぐに即答する。


「だったら何だ?こっちの安眠を妨げる程の重要な依頼なのか?」


不機嫌そうに彼は尋ね、話の本筋を引き出そうとした。彼は回りくどい説明は嫌いだ。だからストレートに重要単語だけを受話器の中の人物に要求する。


「軍の上層部が政府に対してクーデターを起こした。君の協力を頼みたい。クロス・アベールにて二隻の戦艦を発見した。依頼は戦艦の迎撃と鎮圧部隊の援護だ」


どうやら一般市民は直接関係していないらしい。それは小さな吉報だった。


「成る程ね……んで部類は?」


「長門クラスだ。二隻とも」


その緊迫した依頼主の声に対して彼はふっと小さく笑った。


「長門クラスね……。俺の相手としたら上等じゃあねぇか」


電話に耳を押し付けながら彼は薄く笑う。久しぶりの好敵手だった。


「引き受けてくれるか?ベテランの世渡り英雄さん」


依頼主は早く来て欲しいとせがむ。


「報酬はいくら出す?当然だが俺の武器の修理と補充分込みプラスにしろ。例外は認めないからな」


「分かったよ……とにかく早く来てくれ。報酬はいくらでも出す。こっちは軍が国会に向かって進撃中。状況はかなりヤバイ」


切羽詰まった状況では助かるならばお金など惜しくないと考えているらしい。ただ、それは自分だけが助かりたいのか否かが気になる。


焦る相手の声を受話器から聴きながら、部屋の壁に掛けられた巨大な海図の中からクロス・アベールという地名を探す。そして、この場所との距離を一メートル定規を使い算出する。更に一定時刻にこちらに受信する風向きと天気の記録簿を片手に持ち前の経験で到着時刻及び会敵時刻を頭の中で計算した。


この計算結果により彼は依頼を受けるか否かを判断する。今回はどうやらその条件は揃っていたようだ。


「よし承った。少し時間かかるがそれは勘弁してくれ。あと……」


そこで間を置いた。そして言った。忠告として依頼主に。


「俺を踏み台にして英雄を名乗ることは許さないぞ。もしそうして利用するなら……どうなるか分かるな?」


電話の向こうから息を呑む音が聞こえた。しかしこれが彼の依頼に対する警告スタイルである。


「……了解した。頼むよ」


「依頼主さん、あとこっちから質問」


切られる前に彼は呼び止める。


「あんたら政府の支持率はどれくらい?」


「……57%だ」


「なら、いい……。政治家も大変ですね」


軍がクーデターを起こすということは余程腹が立ったような法案とかを可決させたのか、と依頼人の立場を想像するが、それは少しだけ。彼には報酬と依頼どうを遂行する方法しかまともに考えていない。


「こちらが出撃するのに30分かかるがそれまで持つか?」


「大丈夫だ。国会は我々が食い止める」


依頼人は来てくれるだけでも幸運なのか安堵の息をつくが、それでも緊張した態度は変えなかった。


「いや。国会もそうだが民衆を海岸から退避させろ。余計な犠牲を出すな」


「しかし……」


「やれ。依頼の最低限のルールだ。例外は認めん」


そう彼は言い放つと依頼人の返事を待たずに受話器を置く。無関係な人から犠牲が出るのだけは避けたい。だから強い口調で押した。


依頼を引き受けたのですぐさま部屋着から青を基調としたいつもの軍服に着替えた。この軍服は昔所属していた海軍で使っていたものをそのまま利用している。自分では軍服など作ることは出来ないからだ。


それに所属していた海軍はもう既に存在しない。今は亡き海軍の誇りを彼は受け継いでいる。


「久しぶりに動くぞ、相棒」


彼はそう言うが、そこに相手はいない。代わりにその後部屋の中央に置かれた、明らかに場違いな巨大レバーに手を掛けると、それを一気に反対側の最大まで引いた。するとどこからともなく蒸気が上がるような、圧力の籠った音が聴こえてきた。


彼はそれを確認すると腰に長剣を差し、部屋のドアを開けて外に出る。


外に広がるは鉄色の巨大な船の甲板だった。見下ろせば二基の三連装の主砲が静かに広がる大海原に向けて佇んでいる。ほぼ真下にはこの艦橋を守るように配置された三連装の副砲。舷側には左右対称に高角砲、機銃などの対空兵装が針鼠のように空を剥いて、空を飛ぶカモメを威嚇しているようだ。


後方にはこの船の心臓部とも言うべき巨大な煙突。黒煙はまだ少ししか出ていないが、そのうち機関は目覚めるだろう。


彼が乗っているのは戦艦。しかもその規模は桁違いに大きい。それもその筈、かつては国家レベルで建設された戦艦だった。


だがこの弩級戦艦、乗員は彼一人しか乗っていない。その証拠として機関、ダメージコントロールは全て自動化されている。因みに先程引いた巨大なレバーは機関自動始動のスイッチである。


何故一人なのか?それはこの戦艦が国によって廃棄されたからだ。正確には戦闘によって大破し、放棄されたと言った方が正しい。修理も出来た筈だったが、制空権もなかったこと、追随していた駆逐艦に自沈する為の魚雷がなかったこと、その巨大さ故に曳航もかなわずこの戦艦は海上に捨てられた。弾薬庫に引火すれば爆発して沈むだろう、という期待を込めて。


ただ、彼は艦長だったことと敗北の責任を執るという名目で乗員が退艦する中、一人沈みゆく艦に残った。そして僅かな可能性に賭けて機関を再始動させ、ひたすらに陸地を目指した。それは自分なりの悪あがきに他ならなかった。


だが、あろうことか沈む筈だったこの戦艦は見事に持ちこたえ、海図に載らない無人島の岩礁に着低することに成功してしまったのだ。弾薬庫が爆発寸前の状態でも、たまたま傍に存在した強力な海流がそれを後押ししたのだった。


無論、消火作業も自分一人で行った。爆死する覚悟で。だがそれも成功してしまった。この戦艦が運がいいのか自分が運がいいのかさっぱりだ。恐らくサイコロを100個投げて100個6が出るぐらいの幸運な確率だろう。


かくして沈没寸前の戦艦はもの言わぬ鋼鉄の島と化した。その後、同海戦で生き残った僅かな仲間と連絡を取り合い島を一時的に脱出、本国に密かに帰還する。


そして本国からスペアパーツを片っ端からかき集め、修理を始めた。しかしその際、携わる人間は自分一人だけと決め、同胞には一切の関係を遮断した。


理由は簡単だった。自分は死んでいる筈の人間であり本国には居場所がないこと、また仲間の未来を案じたからだった。


この戦艦と自分の存在、それは過去に捨てられた遺物に他ならない。いつまでも過去に仲間を縛り付ける訳にはいかなかった。


自分の提案に仲間は反対した。たった一人過去に残していくなんて出来ない。何か方法がある筈だ、と。


しかし自分はその意見こそ拒絶したが、代わりにあることを戦友に約束した。



自分の故郷に帰るつもりはない。でも誰もが持つ“故郷”には必ず帰るつもりだ、と。



我ながら謎みたいな言葉を言い放ったが、仲間は理解してくれた。それはある意味での中立宣言だった。


消えた存在としてどの者に対しても味方にも敵にもなる。崩れた均衡を正すという意味合いで。どの立場の者に対しても“英雄”になる為に。


そしてこの戦艦は彼によって修理され、改造を施され大海原を再び進み始めた。全てに於いて“剣”となり、“盾”となる為に。


ただ、資金不足から依頼者からお金を取るようになったのはここ最近のことである。無論なければ取らないが依頼主が金持ちなら徴収する。これは公表していない裏ルールだ。


だが、あくまで最も正しい者に味方する。依頼主がどれだけお金を持っていたとしてもそれが全体論で敵なら容赦なく裏切る。それも彼の裏のやり方だ。


また電話対応も相手が誰かによって変えている。識別ランプの判断はあくまで基準として、あとは口調と状況から現実を聞き取る。声から相手がどんな感情を抱いているのか、だいたい理解できるからだ。それも敵味方を判断する材料の一つ。今回は依頼者が何かよからぬことを計画していると判断し、あえてきつく警告を加えた。”報酬はいくらでも出す”という言葉がそれを表している。


加えて通信機器が旧式の為に電話対応か暗号電文で受け付けているので、詳しい世間を知るために依頼電話から判断している。敵味方問わず。よく傍受するラジオ放送では証拠不足だ。基準でしかならない。


そのうち機関完全起動のチャイムが鳴る。どうやら出撃準備完了のようだ。それを聴いて彼は操舵室に落ち着いた足取りで入る。


最後に貴重品箱から自分達のトレードマークであるバッチを胸ポケットに付ける。バッチに描かれているのは灰色に紫と黒の斑点を持ち、翼を大きく広げた鷹だった。そしてその翼の両サイドには破れた分厚い本と一振りの剣が刻まれている。


分厚い本とは法律であり、剣は裁きを表す。つまりは法律の掟を破っていてでも、剣で正当な裁きを下すという意味だった。


シンボルの鷹はセレドゥクトホークをモチーフにしていた。セレドゥクトホークは異世界を渡る鷹。彼はこの世界を旅し、依頼を受けてその努めを果たす英雄だった。


「出撃準備完了。全速前進!!」


舵を握りしめ、艦橋から見える海を見据え叫ぶ。この戦艦にいた乗員に向かって呼び掛けるように。そして、進行レバーを前進の印まで一気に引いた。


世間では彼を世渡り英雄と呼ぶ。彼の名前はサーヴァンツ・デルタノート。統括は人間世界現代担当。

まだ一人目のSSなので、二人目三人目も順次投稿する予定ではあります。管轄が全然違うので。


セレドゥクトホークの詳細は同作者の小説、前科 交通事故の死神 第34話の次話、用語集に書いてあります。

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