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異世界で幽霊になってしまったようです。  作者: 瀬木藍雲
一章 『人形師 レノバン』
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二話 『光明』

少し長くなってしまいました。





 ラキは様々なことを話してくれた。


 王都の街並み。

 変わった人形師。頑固者の鍛冶屋。世間を騒がせる無頼漢。

 水晶の洞窟に僅かに差し込む光が反射して作りだす、幻想的な風景。

 竜の巣に踏み込んだ時、竜の子供を撫でたら親に追いかけ回された冒険――。


 それらを語るラキの瞳は爛々と輝いており、それらを聞くマヤの瞳もまた好奇心で満ち溢れていた。


 最後に語ったのは――十四年もの長きに渡る、戦争の話。

 王都から山を一つ、二つも越えれば、そこは飢餓に苦しむ民衆の坩堝らしい。


 話を聞くマヤの顔が微妙に曇ったのをリンヤは見逃さなかった。やはり、話題には出さないにしろ、気にはなっているのだろう。


「だけどですね、そろそろ休戦協定を結ぶらしいので、少しはよくなるんじゃないかと」


 それを敏感に察知したラキが、付け加えるように言った。

 気休め程度の言葉だったが、どうやら効果はあったらしい。マヤの強張った顔が僅かに緩むのを見て、リンヤもほっと一息。


「ラキは、臆病。でも、いろんな場所行って、いろんなことやってる。何で?」


 場の空気を一転させるためかどうか分からないが、今度はマヤが能動的に質問をした。これはリンヤも気になっていることであり、それほどの経験をしたならば、既に高等な戦闘技術でも身につけていそうだ。

 ここで余談だが、マヤは短文で話すのが普通らしい。本当に余談だ。


「何で、と聞かれましても……」


 机を挟んで向こう側にいるラキは小首を傾げ考え込む。やがて渋々といった様子だが、何とか答えを捻りだしたのだろう。顔を上げてマヤの目を見ながら、


「私はですね。ものすごく臆病です。親のお墨付きでして、一時は扉が軋む音で肩を竦み上がらせている時もありました」


 概ねリンヤの予想通りの性格だ。ラキは今話している時でさえ、何に怯えているのか分からないがおどおどしている。

 これも余談だが、怯えている対象はどう見てもリンヤだ。鎌を持ち黒衣を纏った骸骨を初見で怯えない方がおかしい。


 そんなことは露知らず、ラキは言葉を繋げる。


「何で怯えてるんだろうと自分でも不思議に思ったことがあるんですけど、理由は分からないんですね。心臓を跳ねさせる日々でした」


「……ラキは、生きるの、辛い?」


 マヤがラキに対して、やんわりと包むことなく直に聞く。人間社会で生きていれば流石に出来ない芸当だが、リンヤも実はそのことが気になっていた。

 日々が恐怖の対象である彼女は、生きるということは辛いことではないのか?


(僕だったら……どうかな、無理かもしれない)


「そんなことないです」


 リンヤの中で浮かんだ暗い考えが、ラキのはっきりとした断言で打ち砕かれる。


「私にとって、怖かったこと、驚かされたことは、全部興味の対象です。私が小心者なのに、冒険者染みた行商をしてるのは、そこが根源。恐怖も驚愕も、未知から既知に変わった瞬間に訪れます。その瞬間が、何よりも大切だと、私は考えています。これが、私の答えです」


 ラキの言葉には確信が秘められていた。誰に何を言われようと関係ないと言えるだけの強さを持っている。


 リンヤの見込みは、まるで違っていたと言わざるを得ないだろう。そもそも、ただの小心者がこの魔物も盗賊もいるような世界で行商人など出来るわけがない。彼女は苦手なことでも好きだと言える、自分とはまるで違う存在だと思い知らされた。


 二十年余りを、前世と合わせれば四十年以上も生きてきたリンヤ。自分では成長したと思っていた。

 しかし、実はその逆。人間としてはむしろ退化していたのかもしれない。


 傍らにいるマヤをちらりと横目で見る。

 器量の良い少女だ。将来はきっと引く手数多の女性になることだろう。魔法をもっと良い環境で学べれば、歴史に名を残すような存在になるかもしれない。


 そんな光星の未来を左右する立場にいるのは、このちっぽけな墓地で幅を利かせている、鎌を持った骸骨と言うのだからお笑いだ。


「ご主人。大丈夫?」


 マヤがリンヤの顔を覗きこみながら心配そうに言う。首を縦に振って大丈夫だということを示す。


 ――そろそろ、決めなければならないのかもしれない。


 リンヤは、マヤには決して悟らせないように、心の内でそう思った。





     ……





 新緑の森を風が通り過ぎ、空が白み始め、墓地の鬼火達の乱舞も治まり始めた頃、リンヤは墓地からあの小屋へと向かった。

 この身体になってからというものの、睡魔というものに襲われることは一度もなかった。ただそれは、あの無味乾燥な日々では無用の長物となって、彼を苦しめていたのだ。


 しかし、この六年間は違った。

 マヤがあの墓の前で蹲っているあの日から、無色で味気の無い毎日に彩りが加えられた。

 彼女と一緒にその日の糧を得て、襤褸小屋の掃除をし、この世界の言語を習い、魔法を教え、種類を問わない様々な本に読み耽り、ほんの些細なことが幸せだと実感できた毎日。


 自分がマヤの面倒を見てきた? それは大きな間違いだった。

この世界に来てからの二十年間は、完全に魔物として生きてきた。それも、人々からもっとも忌み嫌われる存在であろう不死族として。人としての心はほぼ消え失せていたと言ってもいい。


 その荒みきった心も以前と同じように、否、以前にも増して人として心が成長したと感じる。

 全て、マヤという少女の存在のお陰だということは、言われなくても分かっていた。幼稚に生きてきたと言っても、既に合計四十年余りなのだから。


 リンヤは小屋に着くと、マヤが起きないようにそっと扉を開ける。ベッドの上では、マヤとラキが互いを抱き合うようにして眠っている。あの後も随分と話が盛り上がり、すっかり仲が良くなったのだ。


 羽ペンでメモにさらさらと書きベッドに近づくと、ラキの肩を骨の指で二回ほど叩こうとしたが、一回目で肩をびくりと跳ねさせて起きてしまった。

 なになになにが起こった? と首を振って状況を確認しようとしているラキに眼鏡を渡すと、彼女は「ひっ」と悲鳴を上げる。


 隣でマヤが「んぅ……」と身を捩じらせるのを見ると、リンヤは口元に人差し指を立ててる。それと同時、木のメモをラキの目の前につきつける。


 目を白黒させるラキはそれを口に出して読もうとしたが、もう一度人差し指を立てると、彼女は口を手で抑えて何とか黙った。

 マヤは寝付きはいいが、もしもということがある。


 メモに書かれていたのは、『話がある』とただそれだけ。

 ラキは恐る恐るといった様子だが、昨日リンヤがまるで危害を加えなかったのを思い出したのかベッドから降りてきた。


 骨の指で扉の方を指し、『外で』ということを付け加えると、彼女はおずおずと首を縦に振った。ラキが外に向かうのを確認すると、リンヤは持てるだけの木のメモを持ち、その後を追った。


 外に出ると、ラキは困惑した表情で、


「あ、あの、私の魂は多分無味無臭で不味いと思います」


 流石にイラっと来たが、首を横に振ってそういう話をしにきたのではないと伝える。この木のメモでは雑談をする余裕はあまりない。リンヤは単刀直入に、羽ペンを走らせた。そしてそれをラキに見せた。


「えっと……『マヤを王都に連れて行って欲しい』?」


 声に出して確認したラキの戸惑う視線に対し頷くリンヤ。


「な、何でですか? あんなに仲が良いのに」


 ここまで驚くとは思っていなかった。しかしこれは、昨晩彼女が話していた類の驚愕ではないようだ。表情がそのことを如実に表している。

 木のメモをひっくり返し、更に羽ペンを動かす。しかしそれ一枚では足りず、書き終えるたびにラキに見せた。


「『マヤは才能がある』、『だけど、このままじゃそれが埋もれてしまう』、『それだけは、絶対に避けないといけない』」


 次々と出される木のメモをすらすらと読むラキ。

 リンヤの考えは、これに収束していた。

 このままリンヤと二人だけの生活を続ければ、彼女はこれ以上の成長は望めない。それは彼女の才能の限界ではなく、リンヤの限界だからだ。


 実を言うと、リンヤにはこの世界の知識が自然と身につき始めていた。理由を挙げるならば、この世界の言語を大方理解したからだろう。吸収した幽体からの情報がやっと理解出来始めたのだ。


 その知識の中を応用して、今まで教育紛いのことを行ってきたのだが、それも限界だ。然るべき場所で、然るべき教育を受ける権利がマヤにはある。


 こんな黴臭い墓地で埋もれていいような人材では、決してない。


「そ、それをマヤさんには?」


 リンヤはかたりと骨を鳴らして首を横に振る。

 言わなくとも分かるだろう。王都に行けと言えば、絶対に嫌だと言って梃子でも動かないに決まっている。それに、そういう考えは前々からあったが、頼もうと思い至ったのは昨夜だ。

 もし、ラキがあの小屋に来なかったら、どうせずるずるとこのことを先送りにしていたことだろう。

 いい機会だったのだ。これを逃せばきっと、彼女とは離れなくなるだろう。


「で、でも、マヤさんと仲良しになりましたけど、私、家にはほとんどいませんし、学はあんまりないですし、ぶっちゃけると自分の一人生活で結構かつかつですし……」


 見れば分かる。まだ十七、八歳ほどで余計な出費を許せるほど稼げているとは思っていない。

「それに……」と、ラキは続け――リンヤの背後を指差した。


「……嫌だ」


 しまった、と思い振り返ったときにはもう遅かった。

 そこには、黒のワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、俯きながら肩を震わせているマヤの姿があった。


「……嫌だぁ!」


 たっ、と駆けだしてリンヤに飛び付き、黒衣に顔を押し付けて駄々をこね始めるマヤ。何時もは可愛らしい声を挙げるのに、今は違う。嗚咽とともに、黒衣が少し湿るのを感じた。


 ラキに視線を向けると、「遅かったみたいですし」と苦笑い。


「ご主人。わたしのこと……嫌い?」


 それは違う、と首を横に振ると、じゃあ何で? とでも言いたげな顔をする。その顔だけは絶対にさせまいと、リンヤは奮闘してきた。

 目の端から、涙が零れる。いつもは無表情で固められている顔も、くしゃりと悲しみに歪んでしまっていた。


 おそらく、最初から最後までこの話を聞いていたのだろう。野性動物相手に狩りを繰り広げてきたこの五年で、すっかり彼女は気配を絶つ術を手に入れていたようだ。


「リンヤさんは、きっとマヤさんのことを思って」


「思ってない。分かってない。……ご主人、わたしのこと、分かってない」


 ラキのあまり上手くはないが嬉しいフォローを、マヤはあっさりと切り捨てる。そして、今までにない強い語調。


「頭、良くなくたっていい。魔法、上手くならなくたっていい。わたしは、ご主人と一緒にいられれば、それでいい。……それ以外、何もいらない」


 静寂が辺りを包み、肌寒い風がマヤの黒髪をさらった。

 この関係の事を共依存とでも言うのだろうか。だとしたら、尚更、今の内に改めなければならない。


 マヤの一旦引きはがし、そして木のメモに羽ペンを走らせ、それを彼女に見せた。


「……『ずっと会えないわけじゃない』?」


 メモを読み上げたマヤにリンヤは頷いた。そしてまたペンを走らせる。だが、書く内容はどれも彼女の心に響くことはないだろうと分かっていた。

 何回も何回も、言い訳のようにしてペンを走らせた。

 しかし案の定、それら全て、尽く拒絶されてしまう。


 その時、マヤはまるで天啓でもひらめいたかのような顔をして、


「ご主人も来れば、万事解決……っ」


「なるほどその手が……って、そうはなりませんよ!?」


 少しの間続いた静寂を打ち破るかの如く、ラキの鋭いつっこみが飛ぶ。マヤの、はぁ? といった鋭い視線を受けて一瞬怯む。しかし、彼女も彼女で引き下がれないのだろう、きゅっと唇をしめて、


「た、確かにリンヤさんは人も襲いませんし、どころかそこら辺の紳士より優しいです。け、けど、死神……誰もが恐れる魔物なんですよ? 王都どころか、人の少ない村でだって、きっと恐れられてしまいます」


 もっともな意見だ。リンヤが人里に下りようとしなかったのは全てこれが原因である。前世が人間だったころ、確かに鎌を持った骸骨など恐怖の対象以外他ならなかった。

 この意見は、理性的な意見では打ち崩せない。打ち崩すべきでない。


 しかし、マヤは不敵に笑うと、


「ご主人とわたしの愛の前に、そんな障害は塵芥も同然」


 凛として言い放つ彼女は、無い胸の前で腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。いかにも自信満々といったご様子だ。


「う、うーん……」


 呻り声を上げながら困るラキは、助けてとでも言いたげな表情でちらちらとリンヤの方を窺う。

 こんな時、自分に喉がないのが本当に悔やまれる。喉があれば、マヤに嫌われるようなことを散々に言えるのに、筆談だとどうしてもそれが出来ない。


 十分ほど続けるが、しかしマヤは一歩の譲る気配はない。

 ここで二度目の天啓でも受けたのか、リンヤの方をちらっと見て、


「ラキの中にご主人が入ればいい」


「わぁ名案……って、何言ってるんですか! 私に死ねと!? 嫌ですよ! まだ十八年しか生きてないですもん、もっといろんなこと知りたいです!」


 もっとも過ぎる答えだった。リンヤとしても、彼女を憑り殺すつもりはさらさらない。と言うより、殺してしまったら王都に行く方法が分からない。本末転倒も甚だしい。

 それは駄目だとマヤを諭すと、ふくれっ面になって、じゃあ行かない、の一点張りになってしまった。


 やはり、こういうところはまだまだ子供だ。もしかすると、人と接してきていない分、随分と我が儘に育ってしまったのかもしれない。しかしそれは、彼女の所為ではない。


 それにしても、四方八方塞がりまくってしまった。どうにも出来ない感じは、この世界に生まれ落ちた瞬間の絶望感にも似ていた。


「あ」


 と、コミカルな絶望感が漂う中、ラキが素っ頓狂な声を上げる。リンヤとマヤの視線が一点に集中した。

 その視線を浴びたラキは、「え、えっと」とどもるが、やがておずおずと口を開いた。


「リ、リンヤさんが骸骨姿で実体を持っていたから忘れてたんですけど……その、リンヤさんの本体っていうか核は、幽体なんですよね?」


 ラキの言葉に頷くリンヤ。

 彼だけではなく、全ての不死族に共通することだが、肉体と幽体はまるで別のものだ。肉体が全壊したとしても、それが幽体に届かなければ、何度でも何度でも蘇る。例を挙げると、魔力を帯びていなければ、槍で突かれようと剣で斬り飛ばされようと、不死族の存在を終わらせることは出来ない。


 それを確認したラキは曖昧ながらも頷き、


「どうにか、なるかもしれません。リンヤさんの、身体の件」


「説明。嘘だったら……」


 マヤの脅しに、ひぃっと悲鳴を上げるラキ。十三歳に恐喝されて悲鳴を上げる十八歳。随分と異様な光景である。

 言いたくなさそうに俯くが、マヤの無言の圧力に押されて、ついに口を開く。


「――人形師、レノバン・アルフォード。彼女ならば、あなたの身体を造ることも、可能かと」






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