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異世界で幽霊になってしまったようです。  作者: 瀬木藍雲
一章 『人形師 レノバン』
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一話 『行商人 ラキ』




「黒槍ッ!」


 リンヤの目の前で、今は懐かしい偽不死王が使用した黒い槍が放たれる。しかし、前回以上の魔力を発するそれは、直前で二十もの小さな槍となってリンヤに襲いかかった。


 逃げ場はまるでない。だが、一つ一つの威力が減少してしまったことに注目し、土壁を地面から呼び出すことによりその全てを防ぎきる。


「風刃!」


 壁の向こうで聞こえた詠唱に対応して、リンヤは中空へと浮かび上がった。直後に土壁が風の刃に切り刻まれる。

そこで双眸が捉えたのは、黒髪の少女だった。

 十三歳になった、マヤである。手に魔杖を持ち、更にリンヤを照準している。


 次の瞬間、魔杖を中心に白銀の凍える槍がリンヤに向かって突き進んできた。いくら魔力で強化された骨だからと言って、流石に直撃すると粉々になってしまうこと必至だ。更に魔法攻撃なので、幽体すら傷つけかねない。


 リンヤは焦ることなく、しかし決して油断せず、炎の渦でそれを溶かし、蒸発させる。


「ぐぬぬ。風刃、風刃、風刃ッ!!」


 事もあろうに、マヤは風の刃を乱発してきた。

 一見逃げ場がなさそうに見える鎌鼬の群れも、良く観察するといい感じに抜けられそうな穴が幾つもある。


 その内の一つを潜り抜けると、しかしマヤはまだ風の刃を乱発し続けていた。


(まだ、早かったかな?)


 思いつつ、リンヤはすいすいと風の刃の間を縫うように移動し、見る見るうちにマヤに接近した。

 視野が狭窄な状態に陥っているマヤは、鎌の範囲に入るまでそのことに気づきはしなかった。


 頭上に大鎌を振り上げると、次弾装填をしているマヤに振り下ろした。


 空気を裁断しながらマヤの頭蓋を貫かんとする鎌の切っ先は、その直前でぴたりと動きを止める。


「……参りました」


 残念そうに魔杖を下ろし、がっくりと項垂れる。

 リンヤは鎌を下ろすと、声をかけようとしたが、喉がないことを思い出しこちらも少し項垂れる。


(よくやった、とか褒めてあげたいんだけどな)


 これは訓練だった。この五年間で培ったマヤの魔法の腕を、リンヤが実験台となって試しているのだ。しかし、まだまだなのは言うまでもないだろう。

 この世界の平均は分からないが、おそらくそれよりは上だということは感覚的なもので分かる。


「まだ、勝てない。……流石、ご主人。大好き」


 ただ困ったことに、最近は以前にもましてリンヤにべったりだった。事あるごとにリンヤの骨ばかりの身体に抱きつき、何時かのように黒衣に顔を埋めるのだ。

 五年経って、十三歳。体つきも大人っぽさを帯び始めていた。胸の方は期待薄だが。


 ただ不思議なのは、少しも興奮しないということだろうか。細身であるとはいえ、マヤはかなりの美少女に育った。しかし、まるで興奮しない。

 おそらく、しようにも出来ないといったところだろう。リンヤには、肉体が無いのだから。


(……って、何馬鹿なことを。マヤはどっちかって言うと、娘的な存在だ)


 馬鹿な考えをする自分に辟易していると、マヤがぱっと離れて一回転。


「ご主人。本、読もう?」


 まるで父親に甘えるように言うマヤに、リンヤの雑念は全て吹き飛ぶ。

 これが、あれから五年。

 五年変わらなかった、幸せの光景だ。


 リンヤはマヤに手を引かれながら、いつもの場所に向かった。





     ……





 墓地の外れに、小さな家屋がある。おそらく、昔、墓守が住んでいた家なのだろうが、現在の家主はリンヤだ。最初は襤褸小屋だったが、今はきちんと住める状態にまでなっている。


 リンヤはベッドの傍に鎌を置き、腰かけると、その隣にマヤが座った。手には大きな本が握られていた。


「今日は、幸せのお話」


 この家屋の以前の家主が余程の本好きだったのか、地下室には多くの本が積まれていて、それを毎日読んでいるのだ。リンヤとしては、言葉と文字を一気に覚えられてあり難いことだった。


 ぺらりと表紙を捲ると、其処には挿絵があった。豪華な衣装に身を包んでいる所を見ると、何処ぞのお姫様か何かなのだろう。


「小さな女の子は夢の中で言われた。この箱の中には、幸せが入っている。けれど、一日に一回しか開けてはいけませんよ。夢から覚めると、傍らには大きな箱が置いてあった。それを開けようとすると、母親から、朝ご飯が出来たと呼ばれ、仕方なく一回に降りた」


 淡々と語るマヤの声に耳を傾けながら、リンヤは文字も追っていく。


「それから友達と遊び、家族と楽しげに話して、その日の終わりに箱を開けると、その中にまた箱があった。次の日も、その次の日も、毎日毎日来る日も来る日も、箱を開け続けた」


 む、ここは難しい表現が使われてるな、と感心しながら、しかし途中でマヤの横顔を見ると、実に真剣そうな表情で文字を読んでいた。


「何年も経つと、少女は大人の女性になり、結婚し、子供が出来ても、毎日毎日来る日も来る日も、飽きることなく箱を開け続けた」


 最初は童話かと思っていたが、どうやら少々哲学的な話にも通じるものを感じた。話の先は読めるが、真剣に朗読してくれるマヤに悪いので、何もせずじっとその話に耳を傾ける。


「子供が大人になって、夫と二人暮らしになっても、毎日毎日来る日も来る日も開け続けた。少女が大人の女性になり、大人の女性が老婆になっても、開け続けた。

 そんなある日の事、老婆の夫が死んだ。彼女は深く悲しんだが、それでも箱は開け続けた。それだけはやめなかった。

 そして、それから数年経ち、子供らに見守られながら、老婆も静かに息を引き取ろうとしていた」


 マヤの淡々とした語り口に熱が籠る。僅かながら早口にもなった。おそらく、物語の終盤に差し掛かり、熱中しているのだろう。


「坊や、箱を持ってきてくれないかい。ベッドの傍らで見護る息子の一人に、老婆は擦れがすれの声で言った。息子が持ってきた箱は、あの頃と較べてすっかり小さくなり、豆粒ほどの大きさになってしまっていた。

 それでも老婆は、息子たちが見守る中でその箱を開けた。また箱が入っていると思っていたけれど、其処には何も入っていなかった」


 ぺらりとページを捲ると、其処には更に挿絵があった。老婆がベッドの上で小さな小さな箱を開け、にっこりと微笑んでいる挿絵だった。


「そして、老婆はあぁと理解した。この箱は、私の寿命を表わしていたのだと。しかし、それだけではない。この箱を開け続けた日々、それこそが、あの声が言った幸せなのだと。

老婆は息子たちを見ると、にっこり微笑み、ただ一言、ありがとうと言って、静かに、そして幸せそうに息を引き取った」


 即物的な幸せではなく、概念的な幸せこそが本物ですよ、ということを教えるための童話なのだろうとリンヤはあたりをつける。前世の記憶にも、この手の童話や御伽噺には教訓などが付きものだ。


 マヤは最後の著者や題名まで綺麗に読み終えると、しばしの沈黙を作りだす。本を読んだ後はいつもこうなる。


「ご主人。幸せって、何?」


 唐突に、その沈黙を打ち破ってマヤがリンヤに顔を向ける。

 また小難しいことを、とリンヤは心の中で首を捻った。

 しかし、適当であるがあながち間違いではない答えが、既に準備出来ている。


 リンヤは羽ペンを手に取ると、少しだけインクをつけて木を薄く切った簡易的なものにペンを走らせた。

 内容は、『人それぞれ』とただそれだけ。


 マヤは難しそうに首を捻ると、「むぅ」と呻る。

 じばらく呻っていると彼女は、おずおずと呟いた。


「ご主人は、わたしといて……、幸せ?」


 小首を傾げてマヤは尋ねる。

 しばらく沈黙が小屋の中に充満し、息苦しくなった頃、リンヤは羽ペンを動かした。

『うん』と気恥かしく書いた後、少しだけ間を置いて『マヤは?』と勇気を持って書く。


 それを見たマヤは、わたしが世界で一番幸せだとでも言わんばかりに顔を綻ばせ、何度も何度も首を縦に振った。

 リンヤは感極まって泣きそうになってしまった(どうせ涙腺もない)。


 骨ばかりの手を伸ばすと、それでマヤの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに、そして何処か恥ずかしそうにはにかんだ。


「ご主人。ありがとう」


 ぼすんと黒衣に全身を埋めさせるマヤ。マヤにとってこれが至福の一時だった。

 そんな一時も、空気の読めないノックにより遮られることになったが。


「……誰?」


 ベッドから下り、玄関に向かおうとするマヤを引きとめる。

 もう真夜中だ。こんな時間に誰が尋ねてくるというのだろうか。

 不審に思ったリンヤは、置いていた鎌を手に取ると、玄関に向かい、扉の取ってに手をかける。


 そして、次のノックがした瞬間に扉を押し開け、外にいた何かの首筋に鎌の切っ先を突きつける。


「あひゃーッ!? ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ、亡霊ぃぃぃぃぃぃッ!?」


 組み敷いたのは、大きな荷物を背負った女性だった。

 やぼったい眼鏡に、腰まで伸ばした癖のある紅髪が特徴的だ。


「い、命だけは、勘弁してくだだだ……あ、駄々をこねているわけではないです。だだだけに、なんちゃってー!」


 リンヤは初めてしーんという擬音語を目の当たりにした。何やら肌が無いのに肌寒い。後ろにいるので分からないが、おそらくマヤも凄い顔になっているだろう。

 面白い面白くないの次元ではない。意味不明だった。それでいて本人は洒落を言ったつもりになっているところが非常に寒い。この自虐ネタは人類には早すぎたようだ。


「……な、なんちゃってー。ひぃッ」


 鎌を光らせると悲鳴が上がった。これ以上自傷に走るのは良くないと判断した結果だ。


「ご主人。退いて、あげて?」


 後ろから聞こえたマヤの声に、それもそうかと考えふわりと浮かび、女性の上から退いた。


「あなた、誰?」


 マヤの短く簡潔な言葉には、先程の一時を邪魔された怒りが垣間見えていたが、それが分かるのはリンヤぐらいだろう。顔はほぼ無表情だ。

 紅髪の女性はずれた眼鏡を直しながら立ち上がると、荷物を背負い直す。


「え、ええと、ら、ラキと言います。王都に行商をしようと向かってましたが森で迷ってしまい鬼火達も増えてきたので今日はこの小屋に泊めさせてもらおうと思いましたが先に明かりが付いていて誰かいるのかと思ってノックしたら押し倒されて鎌を突きつけられました!」


 一息に言い終えた瞬間えずく女性、ラキ。年の頃は、十八歳と言ったところか。

 話しを聞くと、何と言えばよいか分からないぐらい不幸な目にあっている。


「そ、その、今日、泊めさせていただけないでしょうか?」


「……ご主人に、聞いて?」


「ご、ご主人って……この、死神さんですか?」


 頷くマヤ。

 ラキの視線が恐る恐るリンヤに向かう。見られた瞬間、ひっ、と悲鳴を上げられて心が傷ついた。


「そ、その、いいでしょうか……?」


 おずおずと尋ねてくるラキ。

 別に害は無いとは思う。何処ぞの暗殺者という可能性は零。それに、マヤにもそろそろ人間の話相手が必要だと感じていた。行商人だとも言うし、何か有益なものも持っているだろう。


 リンヤはこちら側のメリットをじっくりと考え、それが十分なものだと判断すると、ゆっくりと頷いた。

 ラキはそれを見ると胸を撫で下ろし、その場にへたり込んでしまった。

 それから数分後、マヤがラキに肩を貸すという異様な雰囲気を醸し出しながら、彼女は小屋の中へと入った。


 よもや、こんな出会いが大きな転換点になるとは、リンヤは夢にも思っていなかった。






昨日は更新が遅れてしまったので、一日間隔が空いてしまいました。すみません。

こんな作者でも、これからもどうぞよろしくお願いします。


ご感想などくだされば、嬉しいです。

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