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四話 『言葉』

短めです。




 あれからリンヤの日々に変化が訪れた。

 毎日、他の幽体を吸収するか、墓地の周辺を探索するか、月を眺めるかのどれかだった日々に、子供の面倒を見るというなんとも人間臭い変化だ。元々が人間であるので当たり前と言えば当たり前だが。


 男女の性別もはっきりしなかった子供の性別は、とりあえず女だということが判明した。見た目が何ともみすぼらしかったので、森の中にある泉に連れて行った際、判明したのだ。どうやって判明したかは、言わずもがなである。


 彼女はすっかりと懐いてしまったようで、リンヤが最も活動的な真夜中でも起きるようになっていた。というより、完全な夜型になっていった。

 幽体を吸収するたびにきゃっきゃっと喜び、抱きついてくるのを何とかして欲しいものだと切に願う。


 時々彼女の前に鬼火達が群がっているとき危機感を覚えたが、驚くことに、鬼火達と仲良く戯れていたりもしていた。もう鬼火を吸収しても強さに変化がないと感じていたリンヤは、そっとしておくことに決めた。


 そんな日々。

 彼女を引き連れ森に行き、彼女の為の獲物を狩り、月を見上げてふらふらと彷徨う。

 いつの間にか、少女が中心の日々が出来上がっていた。


 別にそんな日々に不満があるわけではない。むしろ人間という存在が日々に介入してくれているお陰で、色彩が出るというものだ。

 だが、意思疎通が身ぶり手ぶりだけ。更に言うと、リンヤは表情すら作ることが出来ない。


 そんな、満足はしているが、どことなく足りてないような日々が三十回ほど繰り返された頃のことだった。


 その日はいつも通り、少女を伴って狩りに行き、肉と香草を一緒に焼いている時のことだった。


「――♪」


 少女が鎌の上で焼ける肉を上機嫌で見つめている時、はたと気が付いたのだ。

 この子に、この世界の言語を教えてもらうことは出来ないか、と。


「……?」


 少女には少々惨いことになるが、これは試してみる価値はあると感じる。言葉さえ覚えれば、まあ喉が無いのでどうせ喋れないが、筆談でも会話を交わすことが出来るようになる。

 リンヤは意を決して、行動に移った。


「ッッッ!?」


 衝撃を受けたかのように目を真ん丸に見開く少女。直後に、黒い瞳に涙を浮かべ、「あぅあぅ」と声を漏らした。

 何をしたのかというと、少女の目の前で葉の上にあった肉を取りあげたのだ。

 ぐっ、と良心が痛むのを我慢しながら、骨の指でそれを指差す。


 腕をぱたつかせて返せと示す少女だったが、しばらくすると俯いて何かを呟いているのが聞こえた。きっと、肉、肉ぅ、と呟いているのだろう。

 そんな少女の肩を叩き、肉を見させる。


 やはり、同じ音を呟いている。これで肉という単語は分かった。


「――ふぇ」


 あ、やり過ぎたこれは泣く。

 肉を急いで再加熱し、少女の前に奥と、彼女は喜び勇んでかぶりついた。


(問題は、僕がこの世界の言葉を習いたいって示すか、だよなぁ)


 何度も言うが、現状の日々に不満があるわけではないが、言葉があるのと無いとではやはり勝手が違う。あればあるだけいいのだ。

 悩みながらぼぅっと少女の食べっぷりを眺める。ナイフもフォークも無いのでかぶりついているが、そのことに抵抗を感じている様子は無い。


 もしこのまま、少女が成長すれば、いつかは別れが来るだろう。死者と生者の生活は中々どうして相容れないものだ。見た所器量は良さそうだし、そこら辺の魔物でも狩って、その素材でも売ればいい金になるだろう。

 そうなれば、そこら辺の村に宿でも借りて――、とリンヤが意外と真剣に考えていると少女は肉と香草も残さず食べ、いつも通り本を読み始めた。


(……本?)


 本とは何か?

 答えは、文字がいっぱい書いているものだ。


 もしやと思い、リンヤは少女の隣に降り立つ。少女は今までになかったことに不思議そうに首を傾げるが、少しすると本に視線を戻す。

 リンヤはページを捲った頃合い、運良く挿絵があったのを確認すると、その挿絵の下にある文字を骨の指でなぞる。挿絵は、おそらく勇者だ。化物を下敷きにしてその心臓にあたる部分に剣を突き立てている。


 少女はしばらく分からないといった表情をしていた。しかし、根気よく同じ文字をなぞると、少女は頭の上に電球でも浮かべそうな表情をして、


「――――?」


 おそらくだが、「この字?」とでも聞いているのだろう。思念が軽く伝わってくる。

 そうだ、との思いを込め、かたかたと首を頷かせる。


「――!」


 言葉を聞いて、その文字から挿絵に指をずらすと、少女は、そうそうとでも言いたげな顔で頷いた。時々こちらの顔を窺うのが不可解だったが。


(……こっちが喋れないから、長くかかるだろうけれど……頼んだ方がいいよな)


 一つの言葉が分かった、通じただけでこの少女の喜びようだ。無論、リンヤ自身も敵意無しの意思疎通に感動を覚えているほどだ。

 長い時間がかかるだろう。こちらが喋れない分、間違いがないようにしっかりと憶えていくしかない。


 だが、少女が独り立ちするにしても、それはまだまだ先の事になるだろう。

 それまでにはこの世界の言語を一通り学び終えたい。その後の事はまだ考えてはいないが、言語を覚えておくに越したことは。


 この後、リンヤは何とかして少女に言葉の先生になってもらうべく試行錯誤する。


 しかし、その栄えある第一語目、先程のやり取りでリンヤが『勇者』だと思っていた単語が、『ご主人』、つまりリンヤを指す言葉だと気付くのは、もう少し後の事である。






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