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猫の就活生  作者: 銀子
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9.君島家

 君島さんのアパートに行くまでに、雨が降ってきた。最初は、小雨だったけど、徐々に雨は激しさを増していった。

君島さんの住んでいるアパートまで行くと、部屋の前に君島さんがいた。まさか会えるとも思っていなかったし、会う方法だって、考えてなかったから、少し驚いた。でも、嬉しくなった。だって、あの感じは明らかに誰かを待っている感じなんだ。


「ボクが、さっきメールしておいたよ。会いたいので、部屋の前で待っていて下さいって」


タマが俺の隣におりてきた。こいつ、結構気が利くんだな。でも、こいつ一人だけ傘持っているのは、かなり気が利かないな。そう思いながらも、俺はぶるぶるっと体についた水滴を飛ばし、階段を上がった。


「君島さん!」


思い切って声をかけたけど、君島さんには猫語にしか聞こえていないだろう。だけど、君島さんはこっちに気付いてくれた。


「もしかして、さっきの猫ちゃん?」


君島さんは、俺の方に来てくれて、にっこりと笑った。俺のこと、覚えていてくれたんだ。何か、ちょっと……いや、かなり嬉しいぞ。


「ちょっと待っていてね」


君島さんは、そう言って部屋の中に入って行ったと思ったら、何かの肉をお皿に入れて、戻ってきた。もう一つのお皿には、牛乳が入っていた。


「これ、猫ちゃんにあげる。今まで、何もあげられなかったからね」


君島さんは、俺の前に二つのお皿を置いてくれた。腹も減っているし、何より久しぶりの肉で、思わずがっついてしまった。俺、肉好きなんだよ。

君島さんは、俺の前にしゃがみこみ、笑顔で俺のことを見た。


「君は、悩みなんかないのかなー?」


ふと、君島さんがそうこぼした。俺は肉を食べるのをやめ、君島さんを見た。君島さんは笑顔だったけど、少し辛そうにも見えた。


「私ね、就職活動していて、実はこの間内定貰ったの。こんな私でも、内定が出るんだって、思った。そう思うと嬉しかった。でもね、その会社行きたくないの。面接の時にそう思ったの。何か、合わないなって。面接のときは、受かるなんて考えてもいなかった。だって、私の希望の会社からは全部落とされて……それで、やる気がなくなったのかもしれない。でも、そのおかげで夢に気付いたんだよ? だけど、どうすればいいのかわからないの。私の夢は、会社入っても出来ることだし。ここで、その会社の内定を断って、次も貰えると限らないし。だけどね……」


君島さんは、まるで次の言葉を探すかのように黙り込んだ。俺はただ、そんな君島さんを見ていることしか出来ない。何かを言いたかったけど、何を言えばいいのかわからない。今更ながら、言っても伝わらないことを実感した。


「……そういえば、上村くん。来ないな」


君島さんは空を見上げ、そう呟いた。あ、そういえばそうだった。俺が呼び出したことになっているんだっけ。俺はここにいるんだけど、わからないだろうなぁ。


「うーん。急に雨降ってきたし、来られなくなっちゃったのかな? メールしてみよう。じゃあ、猫ちゃん。私、そろそろ戻るから、お皿いいかな?」


俺は君島さんのその言葉にはっとし、急いで肉とミルクをたいらげた。君島さんは、そんな俺を見て楽しそうに笑い、頭を撫で、お皿を持って部屋の中に戻った。

 君島さんは、逃げていない。悩んで、考えて、自分と向き合おうとしている。何だか、自分が恥ずかしくなった。猫になって、逃げたいって思った俺が。

 雨の降る中、俺は家の車の下に戻ってきた。雨は、凄く冷たく、こうゆうのもなんだけど、自分は凄く恵まれていると思った。食べるものも、寝る場所もあって。だって、本当の猫がどう思っているかは知らないが、こんな夜に一人でいるのは寂しい。タマもどこかへ行ってしまったし。

俺は寒さに震えながら、車の下で眠った。母さんたち、心配しているんだろうな。君島さんにも伝えたいな。俺にも、多分夢があるってことを。でも、猫の姿じゃ伝えることも出来ないし、夢を叶えることもできないな。そんなことを考えながら、俺は眠りについた。明日は晴れるといいな。


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