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猫の就活生  作者: 銀子
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8.ブタ猫

 俺は、また家に戻り、車の下にもぐりこんだ。タマはまたどこかに行ったみたいだ。俺のケータイを持って。

 俺は車の下で姉さんと親父が家に帰ってくるのを見た。二人とも疲れた顔をしている。俺はそんな二人を見るのが嫌で、目をつぶった。だって、あの顔は仕事だけで疲れている顔じゃない。長年一緒に住んでいれば、そんなことわかる。あんな顔をさせているのは、俺のせいでもあるんだ。だから、長いこと目をつぶった。


「おい、お前。お前だよ」


 どうやら、俺はそのまま寝てしまったらしく、そんな野太い声で目が覚めた。目を開けると、俺の前に、目のあたりに傷があり、でかくて、ブタみたいな、ブタにしては人相(猫相か?)の悪い黒ネコがいた。ん? こいつ、俺が人間のときに見たことあるような? てか、実際にこんな顔をした猫がいるのか。こんな、ヤクザみたいな顔した猫が。


「おい、お前。新入りか? ここは俺の縄張りだぞ」


 デブ猫はすがむように言った。普段はまったく怖いとか思ったことがない猫だけど、今は何か怖い気がするぞ。俺の方が小さいし、何だか強そうに見える。


「まぁ、いい。お前、俺の子分にならないか? 子分になるなら、ここにいてもいいぞ」

「いや、俺は……」


 ブタ猫の問いに、何て答えていいかわからず、俺はお茶をにごした。


「まぁ、いいや。いくぞ」

「え!?」


 ブタ猫は、どうやら俺の返答などお構いなしで、初めからそうする予定だったらしい。しかも、俺の方を見て、車の下から出て行ったし。


「ほら、早く来いよ」


 ブタ猫は、目つきの悪い目で、俺のことを睨んだ。何か、このままいかないとヤバイ感じ? ひっかかれたり、噛みつかれたりするかもしれない。そう思うと怖さが増し、俺は車の下から出て、ブタ猫について行った。本当はついて行きたくないけど。




 ブタ猫は、のっそのっそとした足取りで歩いて行った。今にも俺が追い越しそうで、だけど追い越したらヤバイ気がして。だから、追い越さなかった。猫の社会も難しいな。猫にも上下関係があるんだな。もしかして、猫たちも、結構悩んでいるのかもしれないな。猫関係で。悩みがない生き物はいないのかもしれない。


「さて、どこかで腹ごしらえでもするか」


 ブタ猫は、商店街に繰り出し、のっそのっそと歩いた。よく知っている商店街でも、猫で、しかも夜に歩くといつもと違う感じがする。人気のお惣菜屋の横の道に入り、ブタ猫はゴミ捨て場に置いてある生ゴミをあさり始めた。そうか。明日燃えるゴミの日だ。だけど、夜は出しちゃだめなはずだぞ? 俺は、そんなことを思いながらブタ猫をただ見ていた。だって、さすがにゴミなんかあされないし。


「おーい。幸大ー。メール、返ってきたよー!」


 ブタ猫がゴミをあさるのを、呆然と見ていたら、どこからかタマの声がしてきた。ブタ猫は、その声には気づかず、俺はこっそりとその場から離れた。何だか、空に雲が出ているな。ひと雨きそうな感じだ。


「私の夢は、作家になること。でも、作家って成功するかどうかわからない職業じゃない? 私のお父さん、病気で働けないの。だから、その為にも、家計を助けるためにも就職したいとは思っているんだけど……夢を諦めたくないの」


 タマが君島さんから送られてきたメールの内容を読んだ。何だか、少しだけ君島さんが羨ましくなった。自分の夢がわかっていて。逃げ出さずに自分と対峙しているから。俺なんて、自分から逃げて、猫になったんだ。だけど、自分と向き合うのも、答えを出すのは難しい。


「なぁ、タマ。俺、いつも思っていることがあるんだけど、お金がなくて幸せなのと、お金はあるけど、寂しいのはどっちが幸せなんだろう」


 そう言うと、タマは、空を見上げた。


「それは、お金がなくて幸せな方だよ。だって、自分で幸せだって思っているんだから。不幸とか、幸せとかは、他人じゃなくて、自分が決めること。他人から見たら、不幸に見えることだってあるかもしれない。でも、本人が幸せならそれでいいんだ。だって、人生の主人公は自分なんだから。どんな人生にするのかの選択をするのも自由だよ。その選択も自分にしか出来ない。その選択によっては、色々変わるし、今は不幸だけど、先は幸せっているのもある。もちろん、その逆もね」


 タマは、いつも明確な答えを言っているわけではない。いつも、俺はどうすればいいのかを言ってくれない。自分で探せって言っているんだ。自分と向き合えって。自分と向き合って答えを見つけろって。自分で選択しろって。


「不幸だと思ったら、不幸だし、嫌だと思ったら嫌になる。人生をどう使うかは自由だけど、ボクは皆が心豊かな人生を送ってほしいと思うよ。ボクはその願いを叶える手伝いをしたい」


 タマは、そう言ったとき、空のどこか遠くの方を見ていた。

 よく聞く言葉がある。やらないで、後悔するよりは、やって後悔した方がいい。もしかして、その通りなのかもしれない。だったら、俺はこのやってみたいって気持ちを大切にするべきなんじゃないかと思う。会社だって、やってみたいっていうところを受けてきた。今じゃ家から近ければいいって感じ。イマイチ本気になれないのは、心の奥底に夢があるからなのかもしれない。それとも、ただモチベーションが上がらないだけなのか。


「俺、君島さんの家に行ってみる! 今度は、ちゃんと会うよ」


 俺は、いつのまにか走り出していた。今の俺で何を伝えられるかわからないけど、伝えたいことがあるんだ。だって、わかったんだ。今選択したこと、今やることは今じゃなくて、未来に現れる。未来に繋がる。その未来は今の努力で勝ち取るんだ。それを、君島さんに伝えたいんだ!


「幸大! 伝えるって、今の君は猫なんだよ!? どうやって伝えるのさ!?」


 タマが、俺の心を読んだのか、そう言いながら追いかけてきた。わかっている。タマの言う通りだって。でも、今いかなきゃ、いつ行くんだ!! もう、行動しないで後悔したくない。



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