表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猫の就活生  作者: 銀子
7/11

7.神と夢

 君島さんの家は、駅の向こう側……つまり、踏切を渡った向こうにあった。てか、まさかタマの奴、本当にわかるとは。もし、こいつが誰かのストーカーになったら、怖いな。そんなことはしない気もするが。神様も誰かを好きになったりするのだろうか。


「君島さん、アパートに住んでいるんだ。何か、古いアパートだな」


 君島さんが住んでいるアパートを見たときの印象は、失礼かもしれないが、ボロイだ。それに、君島さんは一軒家に住んでいると思っていたもんだから、余計にそう思ったのかもしれない。

 とりあえず、俺はタマと一緒に表札を見て回った。アパートだから、マンションみたいにセキュリティとかないから、良かったと思う。でも、ポストがマンションみたいに一か所にまとまっていれば、君島さんの部屋がすぐにわかったんだろうけど。あぁ、でも、アパートは二階までしかないから、そんな必要はないのか? 取りあえず、一階には君島って表札はない。じゃあ、二階ってことか。俺は、軽やかに階段を上り、一番端まで行くと君島さんの表札を発見した。俺は今猫で、何もできないし、話もできないのは知っているけど、ドアの前にちょこんと座った。君島さんが、いないのは知っているのに。さっき就職活動に出かけるのを俺は見たじゃないか。でも、待っていれば会えるかもしれない。


「君島さんの夢って一体何なんだろう?」


 ふと、声にでた。ただ、思っただけなのに。タマは俺の方を見た。そういえば、タマって人には見えないみたいだよな。あの子供のときにも思ったけど。ここに来る間、誰も何も反応しなかったもんな。


「そんなの本人にしか、わからないよ。ボクだって、会ってないからわからないし。幸大は、自分の夢とか、わかっているの?」


 タマが俺の前にやってきて、俺の顔を見た。凄く、真剣そうな顔で俺のことを見ている。俺の夢。やりたいことは、あるけど、それは夢とはちょっと違う気もする。ただわかってないだけかも、しれないが。


「人は誰しも、夢を持っている。それを、諦めたか、忘れたか……。それとも、わからないふりをしているのか。幸大は、それのどれ?」


 タマは真剣な顔でそう問うたが、俺にはタマの言っていることがよくわからなかった。

 結局、その後は、君島さんのお父さんらしき人が部屋から出てきて、俺はおっぱらわれた。うん、タマは見えていないってことが確信できた。それにしても、君島さんのお父さんは仕事していないのか? 何だか、右半身が、麻痺しているような感じ。脚とか、ちょっと引きずっている感じだったし。




 俺は、また家に戻ってきた。そしたら、朝の女子大生がやってきて、また食パンをくれた。この女子大生、パン派なのかな。そんなことをしていると、母さんが家から飛び出してきた。母さん、どこにいくんだろう? てか、母さん今日仕事じゃなかったっけか? 仕事は午前中だけだっけ? 俺は急いでパンを食べ、母さんの後をついて行くことにした。タマが、いなくなっているが、気にしないことにしよう。俺のケータイはちょっと気になるが。母さんは自転車で、かなり速くこいでいて、俺は中々追いつくことができなかった。

 母さんの向かった所は、警察だった。俺は、母さんの後ろに隠れて、一緒に自動ドアの中に入った。見つからないことを願いながら。


「幸大が! 昨日、息子がいなくなったんです!! 学校にも、友達のところにもいないんです! 今日の朝には帰ってくると思っていたんですが……。ケータイも、家にあるし……。あの子、就職活動で疲れていたから、まさか……自殺だなんてことは……。本当はもっと早く知らせれば良かったと思っていたんです。でも、家族が今日の午前中までは待てと。私も帰ってくると思っていて。それで、仕事から帰って来ても、帰って来てなくて……。それで、こちらに伺ったんです! お願いです。幸大を探してください!!」


 母さんは、警察の人にくってかかっていた。そうか、母さんは俺がケータイ持って行ったこと知らないのか。正確には、持って行ったのはタマだけど。母さん、凄く心配そうな顔をしている。


「お、落ち着いて下さい。」


 警察の人は慌てていた。そうか。猫になって、時間の感覚がちょっと変になっているけど、今日は猫になって二日目だ。昨日、明日帰ってこなかったら警察に言うって言っていたよな。そういえば。

俺は何やっているんだろう。猫になりたいだなんて。それは、逃げじゃないのか? 母さんたちを、こんなに心配させて。俺は一体、何考えているんだろう。猫になりたいだなんて。そんなことを考えながら、俺はまた家に戻ろうとしていた。何か、とっても叫び出したい気分だ。俺は、ここに居るって。そうだ。君島さんに、返信しなきゃ。あ、でも、ケータイはタマが持っているんだ。タマの奴、どこに行っちゃったんだ? そう思いながら、家ではなく、なぜか駅に来ていた。今の俺は、猫だから色々な人に可愛いとか言われると、くすぐったくなるけど、少し複雑な気もする。だけど、こんな風にチヤホヤされると、猫っていいなとかまた思ってしまうんだ。なんとなくだけど、タマの言っていたことがわかった気がした。心から思うって意味が。俺は自分のことしか考えてない最低な奴だな。


「あれ? もしかして、朝の猫ちゃん?」

 

 色々な人に可愛がられていると、君島さんの声が上から降ってきた。太陽もいつのまにか夕日に変わっていた。君島さん、説明会終わって帰ってきたんだ。こんな時間まで就職活動をしているんだ。俺、本当にこんなことやっていて、いいのかな。いいわけないよな。そんなことは、わかっている。


「ごめんね。まさか、いるとは思ってなかったから、何も持ってないんだ」


 君島さんは、俺の頭を撫でた。違う、違うんだよ。俺は、食べ物がほしいんじゃない。ほしいのは、自分の夢だ。自分の道だ。そして、君の夢が知りたいって思うんだ。


「ごめんね、私帰らなきゃいけないんだ」


 君島さんは、そう言うと急ぎ足で帰って行った。俺は、そんな君島さんを見送っていた。


「彼女、やっぱり悩んでいるみたいだよ。ボクが言った通り夢と就職で」


 突然、タマの声がしてきた。見上げると、やっぱりタマがいた。こいつ、もしかして君島さんの心を読んだのか? でも、一応本人に確認しておこう。


「お前、どこに行っていたんだよ。探していたのに。君島さんにメール返さなきゃ」

「何て送るの? うってあげるよ。猫の手じゃ、無理でしょ?」


 タマは俺の隣に降りてきて、そう言った。右手には、俺のケータイを持っている。確かに、これじゃあ、メールはうてないな。


「君島さんは、夢があるんですか? って。一応確認に」

「おっけー」


 ぶっきらぼうに俺がそう言うと、タマはポチポチとケータイのボタンをおしはじめた。うーん。しばらく、ケータイはタマに預けておくか。こんなんじゃ、持っていられないし。猫がケータイ持っていたらおかしいし。


「なぁ、タマとかも夢とかあったのか?」


 ふと、俺はタマに問うた。タマは、その問いにびっくりしたのか、ケータイをうつのをやめ、俺の方を見た。うつのをやめたのは、もう送信したからなのかもしれない。


「オスのミケ猫って、凄く珍しいらしくてね。しかも、船に乗せると、船が遭難しないっていうのがあって、ボクはずっと飼い主と一緒に船に乗っていたんだ。それで、ボクが乗っていると、絶対遭難しないっていう噂がたって、それが本当になって、いつのまにか神に祀り上げられていたの。今は、楽しいけど……当時はもっと、飼い主と一緒にいたかったな」


 タマは、いつもと変わらぬ口調で言い、笑った。俺は、就職活動の筆記試験も通らないほどのバカで、タマの話はよくわからなかったけど、なんとなく、タマは神様になったとき、それが嫌だったんだろうなって思った。神様にも、歴史ありだな。きっと、神様にも夢があって、俺たちと変わらないんだなとも思った。少なくとも、タマは。ここまでくるのに、きっといっぱい悩んだんだろうな。


「その飼い主は?」

「もう、ずっと昔の話だから死んじゃっているよ。だから、幸大も早く気付きなよ。やりたいことがあるんでしょ? 人生は一回しかないんだよ」


 タマは、真剣な目で俺のことを見ていた。俺もその目を見た。人生は一回しかない。そんなことは、わかっている。わかっているけど、タマは、一体俺に何を伝えたいんだ? 俺にも、夢があるのか?

 俺は、大学で庭園について学んでいる。卒業論文も、そっち系。一時はイギリスへの留学だって考えたことがある。就職だって、そっち系がいい。でも、受からなくて、最近は手当たり次第になってきて……。本当は、嫌かもしれないのに、新卒ブランドにこだわって、新卒で就職しないと、負け組だとかって思って。


「人生に、勝ちも負けもない。自分がどう思うかだよ。それに、大切なのは今じゃなくて、未来。今は未来のためにあるんだから」


 タマは俺の心を読み、過ぎた過去は気にしないといったニュアンスでそう言った。確かに、タマは間違っていないけど……。そう考え込んでいると、タマの手の中で、ケータイがブーブーと鳴りだした。


「あ、メール返ってきたみたい。しかも、君島さんだよ」


 タマがケータイをスライドさせた。俺にも、画面が見える位置に持ってきて、君島さんのメールを開いてくれた。メールには、「私には夢があります。まだ誰にも言ってはいないんだけど。でも、上村くんには、言えるような気がします。」って書かれてあった。俺は、最後の文を読んだとき、胸がドキンとするのを感じた。もしかしたら、俺は君島さんのことが好きなのかもしれない。まだ、よくわからないけど、君島さんと会うと嬉しいし、話していると楽しいし、少しドキドキする。頭を撫でられたときだって。


「彼女はやっぱり、家族と就職活動と夢の間で悩んでいるみたいだよ。幸大も見たでしょ? 彼女のお父さん。右の方が、何だか麻痺しているような感じだったけど、何かの病気だったんじゃないかな? それで、家族のためにも就職するか、それとも自分のために夢を追うかで悩んでいるんだと思う」


 タマは、腕を組みうーんと唸った。


「麻痺ってことは、脳の病気か何か? 脳梗塞とかの。その後遺症とかじゃないのか?」


 よくわからないけど。麻痺っていると、それしか俺は思い浮かばない。そうか、だから君島さんのお父さんは家にいたんだ。働けなくて。


「タマ。君島さんに返信。どんな夢ですかって」

「りょーかい」


 俺がそう言うと、タマはさっきと同じようにケータイをポチポチとうちはじめた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ