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猫の就活生  作者: 銀子
10/11

10.本当の

 俺の親は、とくに母親の方は否定するのが好きだ。好きじゃないのかもしれないし、子供のことを思って言っているのかもしれないが、よく否定される。就職活動でも、資格取得でも、初めは賛成するのに後で反対する。反対までもいかなくても、否定しているのがわかるんだ。もしかしたら、君島さんの両親もそうなのかもしれない。


「おーい。幸大ー、おはよー」


 朝になり、俺はまだ猫のままで、車の下からでた。空は晴れ渡っていて、その空からタマが降りてきた。昨日、逃げないって決めたけど、親に打ち明けることを悩んでいるから、俺はまだ猫のままなのかもしれないな。


「君島さんから、昨日のことでメールが来ていたよー」


 タマは、いつもどこに居るんだろう。そんなことを思いながら、俺はタマに「読んで」と言った。タマはカッコつけるように一つ咳払いをした。


「昨日は、雨で来られなくなっちゃったのかな? そういえば、噂で聞いたんだけど、村上くん今家出中なの? だって。君島さん、幸大が家出していること何で知っているんだろー?」


 家出じゃないと思うが、これは家出なのだろうか。それより、君島さんは何で知っているんだろう? 高校とか中学の俺の友達と同じ大学なのだろうか?


「言わなかったけど、幸大の行方に関するメールは何件か来ていたよ。返信する?」


 タマはそう言って、笑った。って、何で今まで言わなかったんだよ、こいつ。まぁ、説明するのもめんどうだし、いいけどさ。とりあえず、母さんたちにはメールしておこう。変に騒がれるのも嫌だし。メールが来ているってことは、俺が(俺じゃないけど)ケータイ持っているの、知っているってことか。知らなかったら、メールしてこないよな。はじめは部屋に置きっぱなしだったし。だけど、いつ知ったんだろー?


「とりあえず、母さんたちには俺は無事ですってメールして。メールするってことは知っていると思いますが、ケータイを取りに一度、家にも帰りましたって」

「わかったー。まー、それしか言えないよね。普通の人だったら、猫になりましたなんて信じてくれないもん」


 タマは、昨日よりケータイをうつのが早くなっていて、俺は少しだけ驚いた。君島さんには、どうしようかな。まずは、昨日のことを謝らないとな。


「君島さんには、昨日はごめんなさい。あと、今はちょっと事情があって、家にはいません。だけど、すぐに帰る予定です。君島さんは、夢のこと親には話しましたか? って」

「りょーかい」


 どうか、じゃあ今どこに居るの? とかいう返信が来ませんように。そんな返信が来たら、俺は何て返信すればいいのかわからないぞ。そのあとの返信しだいでは、じゃあ会いましょうとか送られてきそうだし。


「なぁ、タマー。俺は、いつ人間に戻れるんだよー?」


 人間に戻りたいと思っているのに、戻れない。出来れば、早く戻りたい。母さんたちに、心配かけているし、友達にも心配をかけているようだ。メールの数でわかる。


「それは、幸大しだい。ボクに聞かれてもわからないよ」


 タマは困った顔をした。別に、困らせようとして、言ったことじゃない。ただ、疑問に思っただけだ。


「俺さぁ、留学したいと思っているんだ。人間に戻ったら。もし、親とかに何か言われたらお金貯めて行こうと思う。俺、まだ学びたいんだ。猫のままじゃ、何もできないよ」


 疑問に思っただけのはずだった。だけど、一度口にしてしまったら、止まらなくなった。自分の中の思いが、どんどん溢れ出してくるんだ。


「俺、イギリスに行ってイングリッシュガーデンを学びたい。だって、高校の時からやっているんだ。ここで、やめるわけには、いかないよ」


 これは、ずっと俺の中でくすぶっていた思い。タマは黙って聞いているけど、俺は止まらなかった。


「逃げちゃ、ダメなんだ。未来から、自分から。自分の声を聞かないと進めないんだ。君島さんにも、それを伝えないと。だって、俺たちはまだ何もやってない。こんな時に猫になってたまるかってんだ!」


 あの時の俺は凄くバカだった。自分から、未来から逃げて。だから、タマに猫にされたんだ。

 タマは目をつぶり、何かを考え込み、目を開けてタマは笑った。


「そうだよ、幸大。やっとわかってくれたんだね!」


 タマは嬉しそうにそう言った。俺も、その笑顔を見て思わず笑ってしまった。何で笑っているのか、よくわからないけど、自然に笑顔になれたんだ。

 そんな風に、タマと笑いあっていたら、家の中から母さんがロロを連れて、出てきた。ロロは元気そうにしているけど、母さんは疲れた顔をしいる。俺のメール読んでくれたかな?


「母さん」


 俺は、いつのまにか母さんに声をかけていた。ロロが俺に近寄ってきたのは驚いたけど、母さんは俺のことを見ただけで、何も言わなかった。母さんたちに、こんなに心配かけて俺は一体何考えているんだろう? こんなの親孝行じゃない。何もまだ言ってないのに。ちゃんと、言わなきゃ伝わらない。だから、伝えなきゃ。やりたいことが、挑戦したいことがあるって。試してみたいことがあるんだって。母さんは、結局俺には何も言わずに、家の中に入って行った。

 夕方、いつもの女子大生がパンをくれた。にしても、最近夜が寂しいって思うようになった。暖かい自分のベッドで寝たいと思った。だから、俺は上手い具合に、自分の部屋の窓をこじ開け(シャッターも閉まってなかったし、鍵もかかってなかったんだ)久しぶりの自室に入った。夜になるまで、ベッドの下に隠れ、家族が寝る時間くらいになると、ベッドの下から出てきて、自分のベッドの上で丸くなった。何か、久々だけど何一つ変わって(少し片づけられていたけど)、屋根があって、壁があって、自分がどれだけ恵まれているかを再認識した。人間に戻ったら、両親にお礼を言うんだ。留学したいってことを伝えるんだ。ちゃんと、自分の口で。そう思いながら、俺は一つ大きなあくびをし、眠りについた。


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