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09 賽は投げられた

「日用品類に着替え、それから……」


 忘れ物が無いか一つ一つチェックしながら荷物を鞄に詰め込んでいく。

 当面の生活必需品を詰め込めば。大ぶりなボストンバッグもあっという間にパンパンになってしまった。

 一通りの準備が終わり一息ついてふと振り返ると、音もなく部屋に入ってきていたシスターがパンパンの鞄に何かをねじ込んでいるところだった。


「エフィー、私からの餞別も入れておくわね~」


 私と目が合うとにっこりと微笑み、しかしそのまま何かをしっかりと鞄の中に押し込む。

 こっそりと入れようとしていたその様子からは嫌な予感しかしないので、念のため布に包まれたソレを引き抜き確認してみる。ぺらりと布をめくってみれば――飾り気の無い、とても実用的ですといった短剣が姿を現した。


「シスター……危険物の所持は禁止されています」

「ちゃんとナイフの刃は潰してあるからただの鈍器よ。辞書の角と大差ないわ~。

 それに案内書には刃が潰してあれば帯剣も可って書いてあったから大丈夫よ~」

「本当ですか?」

「ええ。だって魔法科の生徒なら魔法のほうがずっと威力があるでしょ?

 それに生徒の大半はもやしだから、剣をまともに扱える人のほうが少ないわ~」

「そんなものですか?」

「そんなものよ~」


 シスターは笑顔で断言しているが、一応案内書を確認してみた。

 ……本当に帯剣可と書いてある。その横に小さく「自分で無理なく持ち歩ける程度のものに限る」とも。


 昔の魔術師と現代の魔術師はかなりその様相が異なるようだ。

 瞼の裏に浮かぶ魔術師――マティアスとリーゼは剣を振り回していたから。リーゼは細剣で、一応魔術師ではなく神官ではあったがマティアスはジークと変わりない剣を扱っていた。

 魔王が封じられて魔物の数が激減した世の中だからか、魔術師が剣を握る必要もないのだろう。マティアスとリーゼが特殊だという可能性も否定できないが。


 そういえば入学試験の時にちょっぴり血のついてしまった魔道書は、私の魔法学校合格に感動したお爺ちゃんが入学祝にとプレゼントしてくれた。

 私が読むことはないだろうけれど、同じ魔法科の生徒なら読みたがるかもしれないので鞄の一番奥底に詰め込んである。


 そして何故だか寮に入る日である明日はクルト先生がお迎えにきてくれることになっている。

 いくら当日付き添いがなく入学試験の日に事故にあったとはいえ、学校の先生に迎えに来てもらう必要性は感じないのだが。

 ――クルト先生は私のお迎えに来るとか言って、実はシスターに会いたいだけだとか?




 そして学校の寮に入る当日。


「何なんですか、一体。人の顔をみてニヤニヤして」

「イエ、何でもありませんよ?」


 先生が女性慣れしているように見えて実際好きな人を目の前にしたらチビたちと変わらないとか思って思わずにやけてしまったというわけではない。ただ、どうにも頬が緩むのを止められなかっただけだ。


「エフィー、体に気をつけて。たまには帰って来るのよ?」

「はい」

「先生、コイツのことよろしく」

「ええ、もちろんですよユディト君。来年は君を迎えにきますからね」

「ああ!」


 言葉を交わす私とシスターの隣で、クルト先生とユディトががっちりと腕を組んでいた。確かにユディトに来年受験すればいいと言ったけれど、クルト先生は迎えに来る気らしい。そこまでしてシスターに会いたいのだと思うと、頬が……


「だから、僕を見てニヤニヤするのやめてください」

「ニヤニヤしてなんていませんよ」

「鏡見ますか?」

「先生、本当にコイツのことよろしく」


 寮に入ればなかなか戻ってこれないというのに、しんみりとした雰囲気など微塵もなく、私は笑顔のままシスターやチビたちと別れることができた。

 残念ながら今回はあの黒い軍馬ではなく綺麗な白馬だった。クルト先生、まさに白馬の王子様といったところだが……残念ながらシスターは無反応だった。頑張れ、先生。



 学校までの道のりは、クルト先生の魔法により前回同様に本来の半分ほどの時間しか必要としなかった。

 前回は軍馬で今回は普通の馬であるというのに時間に大差がなかった理由は、クルト先生が使った魔法によるらしい。


「今回は移動速度があがり、なおかつ体力が長持ちする魔法をかけたんですよ。

 ちなみに前回は移動速度が上がるだけですが、今回のとは違ってある程度の集団にまとめて作用するんですよ。すごいでしょう?」


 クルト先生は誇らしげに教えてくれたのだが、長距離移動の時以外には使うことのなさそうな魔法だ。学校では課外実習に行く時ぐらいしか使いどころがなさそうなのだが。


 クルト先生に案内され寮へと向かう。

 学校の敷地内の一番奥に位置する場所にある寮は、男女で部屋のある階が分かれてはいるが、実質的には共同生活と大差ないらしい。


「男と同じ屋根の下だなんて落ち着かないだろうし、困ったことがあったら何でも先生に言ってくださいね」

「孤児院では当然でしたから平気です。むしろ同じ部屋でも平気で寝られますから大丈夫ですよ」

「孤児院の小さな子じゃないから! 同年代の狼! もうちょっと危機感を持ってえぇ!」

「うーん、でもここに来る途中でも綺麗な方とすれ違いましたし。可愛らしいならリーゼもいますからいざとなれば盾にします。

 それにシスターから餞別にと鈍器を持たせられましたので……」

「……まったくもう、あの人は……」


 がっくりとその場に崩れ落ちるクルト先生。ちょうど部屋の入り口の外だったので、通りがかる生徒がチラチラと視線を向けている。その視線のほうが気になるので早く立ち上がってもらいたい。


「とにかくっ、もうちょっと自覚を持って! 枯れるのもほどほどにねっ」


 私の心が伝わったのか、立ち上がったクルト先生は疲れた様子でそう言って戻っていったのだった。

 寮内の説明や今後の予定などは先ほどもらった小さな冊子に書かれているし、途中クルト先生から簡単な説明を受けているので問題ないはず。それに不明な点があれば二年生の寮代表に聞きに行けばいいらしい。

 ただ、その二年代表の名前は『ジークベルト』。ジークと……ジークムントとそっくりなのが気になるところではある。


 寮は贅沢にも一人部屋だった。一般で考えればそう広くはないのだろうが、孤児院と比べれば十分すぎるほどの広さだ。

 それは決して孤児院が悪いというわけではない。衛生面はしっかりと管理されていたし、すべてに満足してしまえば子供たちはハングリー精神を持って高みを目指すことが出来ないだろうから。


 シスターが作ってくれたお弁当を食べ、各部屋にあるというシャワーを浴びて。少し早いが今日は休むことにした。

 明日は入学式を兼ねた式典がある。クルト先生の話によると上級生による魔法の模範演技などが行われ、かなり見ごたえがあるらしい。

 町ではほぼ目にすることのなかった自分以外の人間が扱う魔法がどんなものなのかとても興味があり、純粋に楽しみだ。


 壁にかけられた制服を眺めながら布団にもぐりこむ。

 明日から、正式に魔法学校魔法科の生徒となる。私は夢の平穏な生活への第一歩を踏み出したことを実感しつつ、眠りについた。




 そしてあっさりと迎えた入学式典当日。

 真新しい制服に袖を通し、胸元で大ぶりのリボンをきゅっと結ぶ。

 動きやすさを重視して丈の短いスカートはふんわりと広がってとても可愛らしい。

 ――可愛らしいのだが、明らかに着る人を選ぶデザインだった。


「確かにリーゼは良く似合っていて可愛いと思う。でもね、私は黒とか茶の飾り気の何もないローブのほうがよかった」

「何言ってるんですの? エフィーは十分可愛らしいですわ」

「お世辞はいらない。食べられないもの」

「まぁ。本心ですのに」


 式典が行われているのはコロセウムのような屋根もなく円形で階段状に席が設けられている広い空間。

 その中心の空間の一角の新入生が並ぶ中に私はリーゼと並んで立っていて、少しだけ後方にマリウスの姿もある。

 そして校長の長い祝辞も終わり、やっと次はお待ちかねの上級生と先生による模範演技だ。新入生は最前列の席へと移動させられ、演技が行われるのだろう中央の広場に上級生たちが姿をみせる。


 多くの上級生の中に一際目立つ存在がいた。

 記憶にある姿よりも色素の薄い、明るい茶色の髪。その表情が見えた瞬間に理解してしまった。


「ジーク……」

「本当、ジーク殿下はさすがに華がおありですわね」

「え、私が知ってるジークは飼ってた犬のこと。あの人と雰囲気が似てる気がして……あの人もジークっていうの?」

「ええ。まさか殿下を知らないだなんて驚きですわ。

 ジークベルト様はエルプシャフトの第一王子であると同時に優秀な魔術師で、二年生でもトップの成績を修められていらっしゃるんですのよ」

「へーぇ……」


 うっとりと夢見がちな瞳で力説するリーゼ。

 気のない相槌を打ちながらも、私は彼から視線を逸らすことができないでいた。


 ジークは私と同じように、持つ色こそ多少の違いはあったけれどその外見は驚くほどそっくりだった。ただ記憶にあるジークよりも目の前のジークベルト殿下のほうが若いので多少の少年ぽさは残ってはいるが。同じぐらいの年齢になれば瓜二つになるのは間違いないだろう。


「勇者様の再来とか言われてるんだろうなぁ……」

「もちろんですわ! 勇者ジークムント様とジークベルト様はよく似ていらっしゃるもの」

「やっぱり」

「そういえばエフィーもどこかで見たことがあるような気がしますわ」

「きっとどこかの町の孤児院で見かけたんだと思う」

「どこだったかしら……」


 思わずメガネを押さえ、リーゼから少し顔を背ける。ジークのように血筋の繋がりはないとはいえ、似ていると噂になるのは避けたい。下手に注目されて力に気づかれでもしたら。

 嫌な想像をしてしまい、ぶるりと身震いする。あわてて頭を振ってその考えを振り払った。


 不思議そうな表情で私を見るリーゼ。

 特に変わった様子もなく上級生に視線を向けているマリウス。

 にこにこと笑顔を振りまきながら上級生たちの前に立ち、新入生たちに一礼するジークベルト。

 はっとして、思わず周りを見渡す。前世に繋がりの深い人にこれほどよく似た人間が揃っていたから。だからもう一人、心当たりのある人を探してしまった。



 ――まさか、本当に。


 多くの新入生の中、間に多くの生徒がいたというのに目が合った人物。

 前世と全く同じ外見で、やはりあの時よりも若いけれど、他には持つ色さえも変わらぬ姿で彼はいた。

もちろんエフィーのいうジーク(犬)は言い訳です。

本物も大差ない気がしないでもないですが。

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