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75 人工生命

 空を鉛色の雲が覆い今にも雨が降り出しそうではあったが、だれもがそんなことを気にする様子はなく沈痛な表情で、やはり眠ったままマリウスによって屋根の上まで担ぎ出されたアルボを見つめていた。


「アルボをその体に定着させている核に魔力を吸い取られている?」

「そう。上位の精霊のアルボだから今まで持った、というところだね。普通の精霊や人間なら数日持てば良い方だったんじゃないかな。いや、定着すら出来ていなかったかも……」

「このまま魔力が尽きたらアルボは……」

「良くて精霊としての死。悪ければ魔石に吸収される形で消える、つまりアルボという存在の消滅、かな」


 私とヴィルの言葉にリーゼはその大きな瞳を限界まで見開き、すぐに視線をアルボに移して眠ったままのアルボの手を取る。ジークはそんなリーゼに痛ましげな視線を向けたが、すぐに縋るように立ったまま私たちを見下ろすヴィルを見上げた。

 マリウスは一歩下がった位置から沈黙を保ったまま私たちを見守っているようだ。


「ヴィル、魔力が尽きたらその定着が剥がれてその身体から解放されるなんてことは…」

「絶対にないとまでは言わないけれど、その核はすべての魔力を吸い尽くすだろうからその存在そのものが魔力の精霊は奇跡でも起きないかぎりは……」


 ジークの問いにヴィルからもたらされた情報は最悪に限りなく近いものだった。

 涙を堪えてアルボに寄り添うリーゼの肩をジークが引き寄せ、三人をほかの四人の精霊たちが守るように取り囲む。

 ヴィルによるとアルボは今の体にある紫の魔石は完全なものではなかったらしい。正しくは精霊を人工生命体に繋ぎ止めるには、だ。


「その核をなんとかするか、核から引き剥がすことが出来ればアルボは助かるの?」

「でもすでに核はアルボと同化していてそれでいて今のアルボの心臓のようなものだから、無理に引き剥がせば活動できなくなる。神でもなければ不可能に近いことだから核の方をどうにかする方が現実的だよ」

「核をどうにかするってどうすれば?」

「続きはちょっと場所を移してからがいいかな。あの精霊の森がいいと思うんだけど……」

「もちろん行きますわ。ただ今からですと明日の授業は休むことになりますわね?」


 それまで言葉を発さずに聞いていたリーゼが憂いを消し、きりりと強い眼差しをヴィルへ向ける。


「悪いけど絶対うまくいくとは言えない。これから教える方法が一番アルボが助かる確率が高いと思う、というだけだ」

「それでもこのまま何もせずいるより、どんな結果になろうとも力の限り足掻くほうがずっといいですわ」

「わかった。それじゃあジーク、そういうことだから俺たち三人が適当な理由で休むことを学園に伝えておいて」


 その言葉に一緒に行ってリーゼに寄り添う気満々だったであろうジークの動きがぴたりと止まる。そしてぎぎぎ、と音がしそうなほど硬い動きでヴィルへと顔を向けた。


「僕は行かない方がいいということかな?」

「ジークとマリウスに出来ることが何もないから、それなら学園にいてもらった方が都合がいいかと思って」


 ジークは形だけみれば笑顔だけれど笑っていない、これはかなりご立腹だなぁと感じるそんな笑顔。対するヴィルはやっぱり形は綺麗だけれどこちらはとにかく黒い、そんな風に表現できる笑顔だ。マリウスは心配そうな、それでいて複雑そうにも見える表情を浮かべている。


「さてと。時間がないから急ごうか」

「転移魔法で行く?前に色々衝撃的なことがあったから目印を作る必要もなく転移できるはずよ。飛ぶのはちょっとアレだから走ったとしても、自重しなければ一時間程度で着くと思うわ」


 ヴィルは私の言葉に少し考えるそぶりを見せて、にっこりと微笑んだ。


「今回は時間が惜しいからエフィーを見習って俺が自重せずに力をつかうことにするよ。僕の力ならそんなに感知される心配もないし、アルボを運ぶのも楽だから」

「神器もないのに感知できるの?」

「あの神器の宝石にに使われていたのは魔王の宝玉のカケラを材料としたものだった。宝玉が欠けたのならそのカケラが一つだけとは限らない、そう思わない?」


 私の問いにヴィルが人差し指を立て、くるくると回しながらことりと首をかしげる。


「前世の俺の宝玉だよ?その能力が聖女の誕生に反応するもの以外にあってもおかしくない」

「……エフィーに反応する宝石とか作れそうですわね」

「なにそれ怖い」

「まぁそれは今考えても仕方のないことだから、そろそろ出発しよう」


 気持ち悪い宝石が生み出されていないことを願いつつ、ヴィルの言葉にリーゼと共に頷きで返す。

 ヴィルは満足そうに頷いて、しゃがんでクルクル回していた指でそっと屋根に触れた。


「!」


 ふわりとヴィルの魔力が広がり、屋根に水たまりのような闇が生まれる。

 ヴィルはアルボを抱き上げると「付いてきて」とその闇に足を踏み入れ、そのまま闇に飲まれる様にその姿は見えなくなってしまった。


「それじゃあ私たちも」

「ええ。それでは殿下にマリウス、こちらのことはよろしくお願いしますわ」

「気をつけて」

「無茶はするなよ?」


 見送る二人の言葉に頷いて、私とリーゼも手を繋ぎ闇に足を踏み入れた。

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