74 見つからない聖女
誤字報告ありがとうございます。
浦島している間にとても便利な機能が増えていて驚きました。
時間があるときに順次確認して反映していきますので今後ともよろしくお願い致します。
「教会が聖女について発表をすることにしたようだよ」
その日いつものように学食に集まり昼食後のお茶を飲みつつ、私たちはマリウスの簡易結界の中で顔を見合わせた。
ちなみに結界は昼食が終わった後に貼っていて、最近すっかり恒例となっている密談のスタイルだ。
「それは、あの聖女が見つかったということですの?」
「いや、僕が持つ情報網にそういった話はないけれどね。『聖女は名乗り出ていないけれど、各地に現れては奇跡を起こし人々を助けている。教会側はいつでも聖女を受け入れる準備がある』とかなんとか発表するらしい」
「殿下にも気づかれないほどうまく情報を隠している……ということがあり得ないわけではないですけれど、大々的に探している現状で見つけた聖女を隠す理由が思いつきませんわね」
「世間にとって聖女は人々を救う神の使者だからね。勇者同様それが本当なのかは怪しいけれど」
ジークとリーゼのやり取りを聞きながらお茶で喉を潤し、ふむ、と一息つく。
私にそんな情報網はないので偽者が現れたかどうかはわからないが、本物の聖女は見つからなかったのだろう。
そういえば、私やフィーネと同じ青みがかった銀髪というのは一度も見たことがなかったが、瞳の色に関しては天族であるイシュトが同じ空色だった。イシュトは髪も空色だったのでまず間違いなくこの空色というのが神に近い者が持つ色なのだろう。
教会の発表の真偽はともかく、何度か教会の本部のある街まで赴いたヴィルの感知能力にも反応しなかったのだから本物の聖女が現れたけれど秘匿されているというのはジーク達の言うように考え辛い。けれど聖女でありながら魔王という未知の存在でもある以上、私とヴィルの感知から逃れる方法があっても不思議ではない。
「魔王の状態でいたかもしれないんだし、やっぱり私もヴィルみたいに色々な場所に行ってみるべきだったんじゃ……」
「それは全員で話し合って却下となったはずだが?」
「ええ、エフィーだけでは何をしでかすかわかりませんし、その時対処できる人が近くにいませんと……」
「ヴィルじゃエフィーを本気で止めるか怪しかったからね」
それぞれがそれぞれにしかできないことをする、ということになっていたというのに何故か私は基本的に学校以外では精霊の森で一人寂しく鍛錬をしていた。その成果は圧縮した魔力を打ち出す際に少し衝撃波が発生するようになったぐらいである。あと少し脚力が上がったぐらいだろうか。
「それで本物の聖女に聞きたいんだけれど、神から人々を助るようにとかそれ以外でも神託があったりしたのかな?そんな話はフィーネにも聞いたことがないし、教会が言う聖女という存在は教会が力を持つために都合の良い存在でしかない。僕は勇者と同じで世のため人のためっていう前提自体が違うんじゃないかと思ってる」
尋ねるジークは眩しいほどの笑顔を浮かべていて、確信をもって聞いているという感じだ。わかっているけれど一応聞いておくよ、といったところか。
「確かリーゼには話したことがあるけれど、もちろん神の声なんて聞いたことないわ。フィーネは自分の信仰心が足りないからだとか思ってたけれど。教会は聖女でも一生に一度聞けるかどうか、とか言ってたわね」
「そうですわね、イシュトバーンが言っていましたし神の存在が確かなものであるのは間違いないでしょう。ただ彼が言っていた制約や何かしらの理由でその声を届けることができないのかもしれませんわね」
「つまり勇者のように神から直接使命を与えられたわけでもない、ただ特別な力がある存在ってことかな?」
「かしらね?」
確信は持てないとはいえジークの言葉はほぼ正解なのだろう。天族のイシュトなら恐らくその正解を知っているのだろうが、制約で答えることはできないということか。だとしたら孤児院に戻ってユディトを問い詰めても無駄ということになる。
そもそも前世も今世も聖女といわれる立場である私だが、制約という存在を知ったのは比較的最近のことだ。聖女や聖人が国にとっての勇者のように、教会にとって都合よく作られた存在であることは疑いようがないだろう。
そういえばこの前来た時はイシュトは私のことを聖女とは呼んでいなかったような気がする。ルバルツでは色々ありすぎてそこまで細かいところは残念ながら覚えていない。それに対して勇者であるシスターアンリは自分が勇者であると断言していた。つまりそれは――
「さすがに教会も代役を立てるだとか、そこまで馬鹿ではなかったようだが結局何も進展はないということだな」
「それはない……といいたいところだけど、それをやろうとした一部の馬鹿はいたんだ。何故か不慮の事故に遭ったりして神の冒涜による天罰だとかいう話になって自粛したみたいだよ?」
「相変わらず腐ってるな」
「大きな組織ほどありがちな話だよね」
不穏な空気に思考を中断して顔をあげると、あはは、くくく、とジークとマリウスがお互いに微笑んでいた。が、どちらもその目には剣呑な光を帯びている。
ジークは大きな権力の中心に近く、マリウスは教会という大きな組織の一員だった過去から思うところがあるのだろう。フィーネもその一員だった気はするが、この話題に触れてはいけない気しかしないのでそっと視線を逸らせて空のカップの底を眺めることにした。
「そろそろ時間だね。それじゃあまた。何かあったら連絡をお願いするよ」
「わかった」
時間を確認したジークが席を立ち、それに続いて私もカップの底のシミが何に見えるかを考えるのを中断して慌てて席を立とうとし――そこで気づく。昼食を食べ終えた途端すやすやと眠りにつき、今もまだ起きる気配のない存在に。
「アルボ、最近特に寝てる時間が長くない?最近ほとんど声も聞いてない気がする」
「そうなんですの。あの子たちも心配していますわ」
「確かに少し気にはなっていたが……とりあえず今は遅れる前に戻るぞ。ほら、起きろアルボ」
「んー……」
「……」
マリウスに半ば引きずられるようにしてアルボも席を立つ。その後ろをリーゼが心配そうに付き添い、ヴィルと並んでそのあとに続く。ヴィルはしばらく探るようにアルボを見ていたが、僅かに眉を寄せて私に顔を寄せた。
「ヴィル?」
「フィー、彼のこと気にかけてあげて。できるだけフィーとリーゼが近くにいたほうがいいと思う」
「それはアルボにとって別の危険がありそうな気がするんだけど。ジークとかジークとか……」
「それでも、だよ。今まで誰も気づかなかったのが不思議なくらい、彼の状態が悪くなってる。みんなに今晩いつもの所に集まってもらったほうがよさそうだね」
普段の柔らかな表情を消し、じっと前を歩くアルボを見つるヴィルの声には隠し切れない焦りがにじんでいた。




