69 精霊の森
精霊の森は相変わらず不思議な力に満ちていた。
この力の元はヴィルフリートのもののはずだが禍々しいものは一切感じない。むしろなんともいえない安心感さえ覚える。
以前アルボたちがいた場所はテーロが消してしまったので、その転移する前の光があふれる場所の中心に、ヴィルが結界を張り隔離された空間を作り出した。もし私の力でこの結界が崩れることがあったとしても多少であれば森によって誤魔化されるはずだ。
そしてその結界の中で、私は現在の己と私の実力を知りたいというマリウスと対峙している。ヴィルとアルボはのんびりとした様子で見学に徹していた。
「ではエフィーの知識がどの程度あるのか確認させてもらう」
「何で今!?」
「お前の育ての親に『小さなころから鍛えすぎたからか脳まで筋肉になったんじゃないかって心配なの~。だからあの子を治してあげてね~』と頼まれたからだ」
「病気扱い!?」
「治療法はないと伝えたのだが試すだけでもと頼み込まれた」
剣替りに突き出された枝がピリリとした痛みを残して頬を掠める。
避けきれなかったことに眉をよせつつ、シスターの言葉に唇を噛みしめた。
「もちろん質問で気が散って避けられなかったなどという言い訳は……」
「するわけないでしょ!」
「ふむ。聞くまでもなかったか」
続けざまに繰り出される枝を最小限の動きで避けつつ叫べば、マリウスはそう答えるのはわかりきっていたとばかりに小さく口角を上げた。
「では手始めに簡単な質問からだ。この国の権力者といえば?」
「王様! 王様っていうぐらいだし当然よね」
力いっぱい答えた私にマリウスがとても残念なものを見る目を向ける。
「阿呆。その答えでは正解とは言えない」
「ッ!」
ぺちりと枝が左手の甲を叩く。それは今まで繰り出されていた攻撃が明らかに手加減されているとわかる一撃だ。
「確かに諸外国にとってや総合での権力では勇者の血筋である王家と言えるだろう。だがこの国は議会制だ。政治での最高権力者といえば王同等の決定権をもち、王よりも発言力の強い宰相となる。軍事では武力のブラウン家。さらに流通においては絶大な伝手と財力のラウリ商会。この三家がエルプシャフトの三大勢力と言われ、絶妙な力関係を築いている。王は政治力でもよくて二番手、武力と流通ではそれ以下といったところだ」
ジークがいるのだから武力においては高い力を持つのだろうが、私と同じくジークもその力を隠しているのだからそれ以下という扱いなのだろう。それより軍事のところででてきた家名にとても聞き覚えがあるような……
「さらっとシスターの実家が混じってる?」
「ああ。爵位は侯爵だがそれは陞爵を拒否したからで家の力はどの公爵家よりも強い。中将という立場ではあるが軍事面でのトップと言っても過言ではない――物理的にな」
「エフィーがそんな家の子になったらもっと……聖女とバレなくても…………力、あがる。……物理的に、ふわぁぁ……」
言葉を連ねる間にも止まることなく繰り出される枝をがしりと掴み勢いに任せてアルボへと投げつける。だが枝はアルボに届く前にその勢いをなくし、ふわりとアルボの周りを舞うとその足元で新しい芽となった。
「くぅっ、腹立たしい!」
「……短慮……」
「こうなったら消えない程度に浄化して――」
「だからそれが短絡的だというんだ」
マリウスやアルボにまで言いたい放題言われているが、私はよく考えているはずだ。
よく考えてはいるがよい答えが見つからなかったり、選択する答えを間違えたり、考えてみても理解できないという問題はあるが。
だから授業だって真面目に受けていて、最近では知識も増え少しずつだが理解できることも増えている。
「いかにも自分はちゃんと考えているといった顔だな?」
従者として目覚める前から薄々感じてはいたが、マリウスは心を読む術を手に入れたらしい。
「お前が単純なだけだ」
「……単細胞」
「フィーは素直だから。わかりやすくていいと思うよ」
悔し紛れに突き出した拳は本気ではなかったとはいえマリウスに容易く受け止められる。
「さて、お遊びはここまでにして本題に移るとするか」
「本題?」
マリウスは私を握ったまま、その手を自分の顔の横へと引き寄せる。当然私とマリウスの距離が近づく。小さく睨めばマリウスはくつくつと笑みをこぼした。
「何しにここへ来たのか忘れたのか?」
「それはもちろん力の制御を――」
「そう、つまり力を開放してその力を制御できるようにするためだ」
マリウスが目を細め、その薄い唇が弧を描く。次の瞬間、マリウスの足元からぶわりと風が巻き起こりり、その隣に立っていた私の髪も勢いよく舞い上がった。否、それは風ではなく魔力の奔流。
魔力が落ち着くとマリウスは確認するように自身の手を握って開いてを数度繰り返し、納得したように小さく頷く。
「問題ないな。さあエフィー、次はお前の番だ」
「全力全開?」
「当然だ。そのためにこの場を選んだんだからな」
「それもそうね」
本当に大丈夫だろうかとちらりと視線を動かすと、ヴィルは大丈夫だというように満面の笑みで頷いた。
ヴィルの期待に満ちた目に若干逃げ腰になりつつ、力を開放する。前回ルバルツの教会で開放した時よりもゆっくり、しっかりと意識して。
穏やかな水面に波紋が広がるように、指先、一本一本の毛先にまで力が行き渡っていく。――が、ある個所で小さな、けれど見逃すには大きすぎる違和感があった。
「フィー……!」
歓喜を隠しきれない声に嫌な予感しかしないが、恐る恐る違和感のあった場所に手を伸ばす。そして手に触れるはずのないものが触れたことで、その予感が当たっていることは明確だった。
「これはまた、なんというか……気を落とすなよ?」
がっくりと肩を落とした私にその変化が望まないものであったことに気づいたマリウスは、ヴィルの様子に若干引き気味に私に慰めの言葉をかける。それと同時にさらりと腰まで伸びた銀へと変化した私の髪を一房手に取り、ヴィルがうっとりと頬を寄せた。
「ああ。普段のフィーも素敵だけれど、この姿も感慨深くていいね。なんだか昔に戻ったような気がするよ」
「ソウデスカ」
つい遠い目をしてしまうのは仕方のないことだと思う。マリウスはさりげなく目をそらせ、アルボは夢の世界の住人と化しアクヴォにべしべしと頬を叩かれている。三人とも関わりたくないという意思の表れだろう。
ぴったりと寄り添ってくるヴィルを押しのけ、気を取り直してマリウスに向き直る。
「で、この状態で力を制御できればいいのよね」
「ああ。とりあえず放出系の魔法を危なげなく扱えるようになることが目標だ」
「つまりフィーネみたいな戦い方ができるようにってことよね」
「ああ。敵に突っ込む以外の戦い方を覚えろということだ」
毎回突っ込んでいるつもりはないと少し苛立ちを覚えながら、水平に翳した手の上に力を集める。するとすぐにぽっと淡い光を発する球体が現れた。これは浄化の力を凝縮したもので、不浄な存在に当たればかなりの効果を発揮する。
「うわっ、ちょっと勘弁してください!」
「うん……当たると、痛い……」
「君は痛いだけで済むかもしれませんが、僕はしばらく姿を現せないほどに力を削がれる恐れもあるんですよ」
振り返ればアルボの背中に隠れたアクヴォが本気で怖がってぷるぷる震えていた。
不浄な存在ではないとはいえ、強すぎる浄化は彼らにとっても毒になる。だが二百年前はここまでおびえた様子はなかったので彼らは眠っている間に相当弱体化したようだ。
「ちょっと、その憐みの目やめてください。言っておきますが僕たちの力が落ちたんじゃなくてあなたの力が上がったからですからね!」
「そうなの?」
「自覚なしですか!?」
「だってそもそも力隠してたし、シスターに鍛えられていたからフィーネとは基本能力が違いすぎるし!」
「あぁ、その立派な拳ですか。あの淑やかな聖女様も野生に帰ればこのように逞しくなるとは――っと、浄化の力を投げつけないでください! それが聖女のすることですか!?」
「やかましい! その態度は自殺願望の表れだと見なすわ」
「……痛い」
「あ。アルボごめん」
「ん。平気……」
あまりのアクヴォの言動に、かなり手加減した魔力の塊を威嚇のために投げつけたのだがアクヴォの怯えっぷりはすさまじい。
アクヴォの避けたものがちょっとアルボを掠めてしまったが、アルボはその部分を手でパタパタと払うような動作をしているだけでそこまで痛いというわけでもなさそうだ。
二百年前のアクヴォは気障ったらしい雰囲気があってフィーネは少々苦手としていたが、今の私からすればあれは気障というよりは嫌味たらしいだけだ。相手によって態度を変えているのだろうが、アルボの失言よりも悪意が含まれている気がしてならない。
まぁ、実際に悪意があろうがなかろうが、どちにしてもこの態度はダメだ。アクヴォの言動について、後程リーゼに苦情を伝えると共に矯正を求めるとしよう。
わいわいと騒いでいた私とアクヴォの間を冷たい風が吹き抜けぶるりと体を震わせる。
魔力を感じることもないその冷たい風が吹いてきた方向に視線を向けると、腕を組んだマリウスが素晴らしい笑みを湛えてながら冷気を発していた。
その少し後ろに佇むヴィルにはその冷気が届いていないらしく相変わらずにこやかにこちらを眺めている。魔力によるものではないこの冷気は、酷すぎる悪寒というものかもしれない。
「そろそろいいか?」
「え? あ、うん。お待たせしました」
「そうか。なら訓練再開といこうか」
そう言ったマリウスはジークにも劣らぬ素晴らしく爽やかな笑顔で、その背後には何故かシスターの顔がちらつき命の危険を感じた。
その後様々な困難に見舞われたが、なんとか無事生還することができた。
ちなみにリーゼたちにはマリウスのしごきによって私はある程度の力の加減を身に着けることが出来たということだけが伝えられている。




