67 真夜中の密会
夕食を取るため学食に集まった私たちだったが、四人が揃って週末姿を消していたこともあって特にジークとリーゼに多くの視線が注がれていた。
貴族の繋がりだとか勢力関係だとかそういった面倒なものからなのだろうが、フィーネは軟禁生活の後は旅をしていただけで貴族の生活に触れたことはいしく、私は学校に来るまでずっとあの村の孤児院で暮らしていたのでそういったことに詳しくはない。しかしジークやリーゼはともかく、今後シスターの父である将軍との関わり次第で私もそういったものに巻き込まれる恐れが十分にあるというのが笑えない。
「アルボ、健康診断はどうだったんですの?」
リーゼが口を開いた途端、周りから音が消えたかのように静まり返る。しかしジーク関連の話でないことがわかったからか、すぐに多くの生徒たちの声が飛び交いもとの賑わいを取り戻していた。
アルボはリーゼの言葉に手を止め、ゆっくりと気だるげに視線を向ける。そして眠たげに目を細めた。
「……寝る子は……育つ」
くあっとあくびをかみ殺し、アルボは食事を再開させる。そんなアルボの様子にリーゼは微かに眉を寄せたが、その場でそれ以上尋ねるようなことはせずその後も当たり障りのない会話が交わされた。
食事を終え、最初に席を立ったのはジークだ。
「僕は先に失礼するよ。それじゃ……」
その言葉に私たちはお互いに目配せし、頷く。
次にヴィルが席を立ち、しばらくして私とリーゼも席立つ。その際リーゼはアルボに付き合いその場に残ってくれているマリウスにお礼を言っていた。
まるでアルボの両親のようなリーゼとマリウスだが、それを言うとジークが笑顔で暴走するのが目に見えているのでもちろん言うつもりはない。
とっぷり日が暮れ、空には無数の星々が煌めく。
壁をよじ登り、途中薄膜のようなヴィルの結界を通り抜けて屋根の上に上がった私を、リーゼたちは何とも言えない表情で出迎えた。
「エフィー、どうして壁を……?」
「アンネ。確かエフィーは飛べないって言ってなかったかな?」
「そ、そういえば教会でそのような話を聞きましたわね」
怪訝そうに眉を寄せたリーゼの肩を抱き寄せ、ジークがふんわりと微笑む。リーゼは困惑しながらもジークを振り返ることなく肩に回された手から逃れた。
この学校にも大きな結界が張り巡らされている。外からの侵入者を感知するためのものであり、中の魔力に反応することはない。ここが魔法科であるということを考えれば中の魔力の変化に反応しないというのも妥当だろう。だが強い衝撃を与えればさすがに反応し気づかれる。
「飛べないわけじゃないけれど、ここで飛んだら間違いなく学校を覆う結界に激突するわ」
「威張れることじゃないだろう」
ぱぱっとスカートの裾を叩いて簡単に身なりを整え、左手を腰に当て右手を顎に沿え自分なりに冷静に分析をした私に、マリウスは半眼で呆れたように溜息をつく。
「じゃ、始めようか」
その話は終わりだとばかりにヴィルがぱんと手を叩くと、ふわりと暖かな風が頬を撫で辺りに張り巡らされていた結界がさらに強固なものとなる。優秀な魔術師でもこの結界に気づくことすら難しいだろう。ちなみにアルボは予想を裏切ることなくすでにおねむだそうだ。
「うーん。やっぱり落ち着いた状態で目の前で見てもよくわからないな。何かあるってことはわかるんだけど、それが何なのかはわからないよ」
「そうですわね。今も昔もその強大な闇の魔力は感じても、他の魔法のように術式を読み取ることはできませんわ」
「そういう性質が強いからね」
お手上げというように軽く手を上げて肩をすくめるジークにリーゼが同意し、ヴィルが苦笑する。
「読み取れるのは浄化の力を持つ者、つまり聖女であるエフィーだけだろう」
「え」
腕を組みふっと息をついて告げたマリウスの言葉に思わず声を発すれば、全員の視線が私に向けられる。
「術式……って読むものなの?」
「まさかエフィー……」
リーゼが目を見開き、ジークが首を傾げる。その様子に私と彼らとに根本的な違いがあることに気が付いた。
リーゼは術式を読み取ると言ったがフィーネであった時でもそういったものを読み取った覚えはない。
魔法は感じ取るもの。
その性質を読み解く必要はなく、魔力に触れさえすれば自ずとその性質はわかるもの。
私にとって魔法とはそういうものだ。
魔法を使おうと魔力が動けばそれだけで相手がどういった魔法を使おうとしているのかはわかる。魔法として発現すれば効果が目に見えなくてもそれがどういったもかは一部の例外を除いて考えるより先に理解する。
「それは俺が説明するよ。俺も術式を読むということをしたことはないから」
考えたこともなかった自体におろおろと彼らを見回す私の肩にぽんと手を置き、ヴィルが困ったように微笑む。自分だけではなくヴィルも同じなのだとほっと胸をなでおろす私に、マリウスの胡乱げに細められた目が向けられていた。
「俺たちは術式を見る必要なく魔法がどういったものであるかを感じ取ることができるんだよ。術式を読めないわけじゃないけれど必要がないんだ。どうしてかと言われると説明するのは難しいし長くなるけれど」
「それについてはそういうものだと考えるしかないし、なにより今日の本題ではないな。今日は俺は自分とマティアスのこと。そしてお前たちが俺に今までのことを教えてくれるのだろう?」
「そう、ですわね」
それ以上の説明を諦めたマリウスが小さく口角を持ち上げる。
周りから遮断され一定の状態で保たれた結界の中、一瞬にしてその空気が底冷えするものに変わったかのようにふるりと体を震わせた。
マリウスを中心とした扇状に並んで屋根に腰を下ろす。この場の主役となったマリウスは、腕を組み何から話すべきか思案しているようだった。
「まず、これを見せるべきか」
言うとマリウスは徐に上着とインナーの首元を開けて左肩を見せ、ある一点を指し示す。そこには明るいとは言い難い月明かりの元でも輝きを失っていない、空色の宝玉があった。
それはリーゼの左耳にあるものと同一。見てはいないがジークも体のどこかに同じものを持つ、従者の証と言われているものだ。
「うん、一緒だ」
そう言って今度はジークが首元を寛げ、鎖骨の右上辺りにあるソレを見せる。リーゼもマリウスも前世と似たような場所にあるが、ジークはジークムントとほぼ同位置にあるようだ。
私と違いお互いを従者であると感じ取れない彼らがお互いを従者であると確認できる唯一といっていい手段だ。従者同士が近くにいると宝玉の輝きが増すというのもあるが人が多ければ特定は難しく、何よりリーゼのように本人に直接見えない位置にある場合もあり有効とは言い難い。
「僕の作戦がうまくいったのかな?」
襟元を正し、ジークが嬉しそうに笑う。
作戦というのはマリウスにゆさぶりをかけていたことを指すのだろう。
「どこからか湧いて出てくるのがか」
「違う違う。さり気なくマティアスの記憶に触れていたことさ」
「……そうか」
諦めた。
言っても無駄だと考えたのか時間の無駄だと考えたのかはわからないが、マリウスはそれ以上ジークの作戦について何か言うことを諦めていた。
「それで、いつ思い出したんだい?」
「二日ほど前だ。自分の言動や時折見る夢に違和感を感じ、それを確かめに訪れた先で思い出した。おかげで違和感が何であったのかやっと理解できた」
「体調は大丈夫ですの?」
「問題ない。直後は多少記憶がはっきりしない部分もあるが、その程度だ」
「僕が少しずつ記憶を引きずり出してきたおかげだね」
朗らかに笑うジークを一瞥し、リーゼとマリウスが再び顔を見合わせる。無視された形となったジークはリーゼの手を取るとその手を引いてマリウスの隣へと並び、空いた手でマリウスの手を取る。
「やっと、揃った」
そう顔を上げたジークは今までに見せたことのないほどのこぼれそうな笑顔だった。
リーゼも一瞬目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑みマリウスの手を取る。マリウスも二人を見てふっと肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
「揃ったかどうかはわからないぞ。そもそも聖女の従者の数は決まっていない。一人の時もあれば五人いたという時もある」
「マリウス~。そうだとしてもこういうときはそうだなって頷くべきだよ」
「そうだな」
笑いあう三人を取り残されたように眺めていた私の隣に立ち、やはり同じように彼らを眺めていたヴィルがふいに空を見上げた。
何か見えるのだろうかと私も空を見上げてみるが、目に映るのは月と星、そして風に流される雲のみ。魔力的な何かを感じることもなかった。
「ねぇ、フィーは覚えてる? 遠い、本当に遠い昔のこと」
「フィーネの頃のことなら大体は」
懐かしむように目を細め、呟くように小さく発せられたヴィルの言葉に首を傾げる。
ここのいる全員が前世の記憶があることはわかっているのだから、記憶に残らないほど些細なことを聞いているのだろう。何かあっただろうかとフィーネの記憶を辿る私に、ヴィルは小さく首を左右に振った。
「そうじゃないんだ。それよりずっと前のことだから。それを思い出せればさっきの術式のこととかの理由がわかる」
「教えてはくれないの?」
「ごめんね。それは思い出していない人には伝えてはいけない制約だから。だからそれを知りえない彼らに教えることもできない」
「……よくわからない」
「神が作った逆らうことのできない決まり事だと思ってくれて問題ないよ」
「やっぱりわからないけれど面倒なものなのね」
「うん」
「二人とも、ちゃんと聞いてる?」
ジークの声に視線を戻す。
情報を整理するためにも最初からマリウスに説明することになったらしい。
「基本的な説明は私と殿下でしますから、エフィーとヴィルには一緒に行動していなかった時のことを補足してくださいませ」
「わかった」
リーゼの言葉に答えるヴィルをぼんやりと眺めながら考える。
フィーネの頃より昔。
まさかヴィルはヴィルフリートとして生まれるさらに前にも違う人としての記憶を持っているというのだろうか。そして記憶がないだけで私にもフィーネの前の人生があったということなのだろうか。
ふと視線を感じてそちらを見てみると、マリウスが訝しげにこちらを見つめていた。




