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64 シスターの使命

「面倒な事になるのは目に見えているから他言無用よ~?」

「もちろんです」

「もしうっかり口を滑らせたりなんてしたら、地の果てまでも追いかけるから~」

「――はい」


 冗談ぽくパチンとウインクするシスターはとても魅力的だ。本当に魅力的だが、その後続いた言葉は私を震え上がらせた。隣を見ればマリウスの額にもじわりと汗が滲んでいる。


「ところで防音の魔法は使えるかしら~?」

「はい」

「それじゃあ応接室に移動しましょう~」


 マリウスが答えると、シスターはカップを片手に立ち上がる。これから先はこの場で話すには問題があるということだろう。

 応接室へ向かう途中、すれ違いざまにユディトがマリウスに鋭い視線を投げつける。その視線を受け、マリウスは不敵に微笑んだ。

 おかしい。ユディトは普段客人にこんな失礼な態度を取るような子ではない。そもそも常にこんな態度を取るようならとっくに私やシスターが矯正させている。つまりユディトは何かマリウスに思うところがある、もしくは初対面であってもマリウスとは馬が合わないと直感したのだろうか。

 もし非行に走った結果の態度だと困るので後で本人に確認し、場合によっては教育が必要となる。


 応接室の扉を閉めると、マリウスは何やら適当に詠唱し魔法を発動させた。

 今のマリウスなら指の一振りでもすれば結界を張ることはできるが、今の時代それがとんでもないことだというのはわかっているので当然の対処だといえる。

 結界が完成したことを確認したシスターは満足そうに頷くとマリウスに向き直った。


「マリウス君、貴方からは微かに神の力を感じるわ~」

「神、ですか?」


 神の力。

 神聖魔法も分類すれば神の力になるかもしれないが、浄化の力とは魔法の在り方自体が違うので恐らくシスターがいう神の力とは別物だろう。

 確かに私の浄化の力も分類すれば神の力だが今は完全にその力は封じ込めてある。従者は浄化の力を使うことはできないが、その力は神によって伸ばされているので神の力が関わっていることは間違いない。その力のことをシスターは言っているのだろうか。

 シスターは悩む私を見て小さく微笑むと再びマリウスに向き直った。


「それが何かを追及する気はないから安心して~。そんなことよりこれからもうちの子をよろしくね~」

「はい。それはもちろん」


 何やら私を置き去りにして目と目で会話したシスターとマリウスは小さく頷き合う。何だか置いてきぼりを食らったような気分だが、話に区切りがついたのなら先ほどのあの爆弾の真意を聞くべきだろう。


「シスター、勇者というのは? 魔王や竜でも倒すのですか?」

「あらやだエフィ~。魔王なんていないし、竜なら軍にいた時にも何度か倒してるわ~。それぐらいなら勇者である必要なんてないでしょう?」


 私の問いにシスターは花が咲いたかのように華やかで可憐な笑みを浮かべる。

 種類にもよるが竜を一人で倒せるような人間はそうそういるわけではない。まぁこの村には一人で倒せそうな人間が何人かいるが、世間一般では竜は脅威だ。

 私は学校に行って世間の常識というものを学び、この村が少々特殊であることを悟った。当初の人生計画からは大幅にずれてきているが、そのあたりの事を知ることができて入学して本当によかったと思う。

 もし知らずにいたら色々やらかして平穏な生活は望めなかっただろう。今も少々平穏からは遠のいているような気もするが。


「では何故勇者に?」

「私が勇者として神から受けた使命は守護。この場所を守ること、それが私の使命なの」

「この場所……ですか」


 真剣な顔でシスターに向き合い私の質問を引き継ぐ形でマリウスが問う。シスターは微笑んでいるが普段とは違い語尾が伸びていない。私はそんな二人の会話に入れず、二人の隣でおとなしく会話を聞いていた。


「うふふ。貴方も気づいたのでしょう? ここには不思議な力が満ちていることに」

「――ええ。確かにこの村には不思議な力が溢れている」

「神が言うにはここは聖域なんですって。少しやんちゃな子もしばらくするといい子になるし、聖域というのも正しいのかもしれないわね」

「なるほど。悪意などの負の感情が消える、つまり浄化されるのかもしれませんね。確かにそれは立派な聖域と言えます」

「私は守ってほしいと言われただけだから、何か神の力が働いていることはわかるけれど残念ながら詳しいことはわからないのよね」


 聖域というのは邪なものが入れない場所だとかそういうものだと思っていたのだが……マリウスの言葉から考えると、どうやら浄化の力が変な作用をして悪人が善人になってしまうなどというふざけた効力を発揮したらしい。

 確かにフィーネは「表面上はどうであれ人はみんな良い心を持っているんです!」などと恥ずかしげもなく言える人間だったので十分に有り得ることだ。


「そうそう。勇者のギフトって知っているかしら?」

「天から与えられた能力、でしょうか」

「正確には勇者に神から与えられる特殊な能力、ね」

「ではシスター、あなたにもそのギフトが?」

「もちろんよ~。私のギフトが何かはエフィーたちをみればすぐわかるんじゃないかしら~」


 突然名を出され、二人の視線が向けられる。

 私たちを見ればわかるという勇者であるシスターがもつ特殊能力。唸ってみても、首をひねってみてもそれが何か思い当たることがない。チビたちの顔を思い浮かべてみれば、一つだけ共通する点に思い当たった。


「素直さ……!」

「単純の間違いじゃないのか?」

「そうね~。この孤児院の子たちはみんな素直な良い子よ~。でもそれは元々の資質であって私のギフトとは関係ないわ~」


 前世を思い出したからかマリウスの言葉が容赦ないような気もするが、とにかく素直さではないようだ。マリウスを振り返ってみれば顎に手を当て何やら考え込んでいるようだったが、すぐに納得がいったという様子で顔をあげた。


「教育、ですか?」

「その通りよ~。よくわかったわね~」

「この孤児院の子供たちは恐ろしく高い身体能力を持っています。けれど魔法に関して一部の子供を除いてほぼ平均的な子供と変わりない。それはとても不自然です」

「ふふ。それで?」

「あなたは魔力はあっても魔法が使えないのではないですか? だから魔法に関しては教えることができなかったために普通の子供と大差がないのではないかと」


 マリウスの言葉にシスターは笑みを深くし、私は驚きで目を見開く。

 確かに私たちはシスターの教育で普通の子供どころか大人以上の戦闘能力を持っている。それは自分の身を守るためなのだが、ユディトを除けば魔法の扱いに関しては普通の子供と変わりない。


「教えたことが驚異的に身に着く教育のギフトだけれど……このギフトはその人間が身に着けた内容にしか効果がないの~。私は魔法が使えないから魔法に関しては教えたけれどギフトが働かなかったのよ~」


 確かに魔力の感知する方法などの基礎は教えられたがそれ以上のことは教えられなかった。魔力を感知することができる子供が少なかったからだ。

 一部の魔力の感知ができた子供は魔法の扱える村人に教えてもらったりしていたが、特殊な人ばかりだったのであまり身についていない。それに比べ身のこなしに関する能力の伸びは目覚ましかった。

 自分も含め今時の子供は身体能力が高いのだと思っていたのだが、実際人の身体能力は二百年前とたいして変わってはいない。孤児院の子供たちの伸び方が特殊だったのだ。

 その特殊さはシスターの持つギフトによるものだった、ということらしい。


「……気づいてなかったのか」

「当然」

「――まぁお前にとっては心地よいとは感じても意識しなければ神の力としては感知できないからな」


 こそっと耳打ちされた言葉に胸を張って答える。その言葉にマリウスはげんなりした様子で呟いたが、すぐに佇まいを正してシスターに向き直った。

 聖女が神の力を感知しづらいことを当事者でありながら最近まで知らなかった私と違い、マリウスは前世から知っていたのだろう。

 フィーネよりも世間を知っていて、僅かなりとも人として成長してきていると思っていたが、実際は傍から見れば大差がないのかもしれない。まだ私には知るべきことであるのに知らないことが多すぎるのは事実だ。


 シスターが勇者ということにもにわかには信じられない話ではあるが、これが嘘ではないと本能が告げていた。けれどそれは今まで考えていた勇者とはその在り方が大きく違う。てっきり勇者というのは強大な何かを倒すための存在だと思い込んでいたし、世間ではそう認知されていた。しかし目の前の勇者には倒すべき敵はおらず、ただ守るために在るという。

 もしかしたら、と新たな疑問が生まれる。その疑問を解決するためにもきちんと調べてみるべきだろう。人々の話題に上がることはないが、フィーネより前に現れた聖女・聖人についても多少は記録が残っているだろうから。


「ところであなたは神や天族と会ったこと、もしくは会話したことがあるのですか?」

「どうしてそう思うのかしら~?」

「この国では――いや、この世界で認識されている勇者という存在からあなたはかけ離れている。しかしちゃんと勇者としての使命はある。ならばその使命をどうやって知ったかのか」

「ふむふむ」


 一旦言葉を区切り、マリウスがシスターに射抜くような視線を向ける。私なら間違いなく戸惑うその視線にシスターはただふわりと微笑む。私はちゃんと考えていることをアピールするためにとりあえず頷いておいた。


「あなたに使命を伝えたのが国や教会ということはありえない。正しく勇者の在り方を知り、なおかつ使命が何であるかはっきりと知っている存在から聞いたと考えるべきです」

「なるほど……」

「エフィー。よくわからないのならとりあえず静かにしていてくれる~?」

「はい」

「そのような存在で俺が考えつくのは神か天族ぐらいのものです」

「そうねぇ、多分神だと思うわ~。翼は見当たらなかったから~」


 シスターに笑顔で威圧されたので、わからないというわけではないのだが素直に口を閉じる。

 確かに天族には大きな翼がある。神の姿を見たことはないのでわからないが、翼がない天族はいないはずなのでシスターが会ったというのは神なのだろう。聖女だというのにその声すら聞いたことのない私とは大違いである。

 ちなみにマリウスが国や教会から聞くことはないと断言するのは、教会が勇者は脅威を消し去るために神から遣わされた存在であると世に広め、世界の国々がそれに賛同しているからだ。


「では最後に。何故そのような秘密を俺たちに教えてくれたのですか?」

「神がそう言ったのよ~。丘が普通でないことに気づいた人には教えるようにって~。それに私が勇者だと知ったなら丘をどうこうしようなんて変な気はそうは起きないでしょう~?」

「……確かに丘を守ることが使命である勇者と敵対することになりますね」

「ええ~。丘を荒らす人が現れたなら容赦はしないわ~。私もここを気に入ってるもの~」


 つまりそれは私たちはシスターから最終警告を受けたと考えればいいのだろうか。もちろん丘をどうこうしようという気は全くないが。

 シスターはふっと視線を机に立て掛けるように置かれている銃へと向ける。立てれば私の腰まであるほど大きなそれはシスターの愛用する魔道具の銃だ。そしてシスターの口元だけが微笑むように弧を描き言葉を紡ぐ。


「全力でやるわ~」


 ――害なす気はないというのに、殺られる気しかしなかった。

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