61 里帰り
ヴィルと別れ、その足でクルト先生の元へと向かう。しかし職員室にクルト先生の姿がなかったので各教員個人へと割り当てられている研究室へと向かった。
研究室と呼ばれてはいるが、利用法は自由らしく先生によっては物置のように使っている人もいる。クルト先生の研究室の扉をノックすると中から返答があり、極力静かに扉を開いて一歩室内に入ると先生は何かの書類を片手に難しい顔でお茶を飲んでいた。
「やあエフェメラ君。こんな時間に来るなんてどうかしたのかい?」
溜息をついて書類を机に置くとクルト先生は部屋の入口に立つ私の正面に立ち、眉間の深い溝を綺麗に消しにこやかに微笑んだ。
「交流会代表補佐の特典を使わせてもらおうと思いまして」
「ああ、アレですか。本来補佐には特典はないんですが……今回は間違いなくうちの魔法科が一番良い出来でしたからね。特別ですよ?」
「何をもって一番なのか、その基準からして適当ですよね」
つまりそれは暗に私もご褒美をもらえるのは特別なことなので口外するなという意味だろう。
公休程度なら大した問題ではないだろうが、代表が一つ選ぶことができるご褒美の中には一般生徒には言えないようなものもあるというし。まぁ、そういったものを望んだ生徒は過去にもほとんど例がないとかどうとかジークが言っていた。なんとなくだが、あまり例がない変なご褒美を希望したうちの一人がジークじゃないかと睨んでいる。
「上に立つ人間の虚栄心が満たされれば僕たちも色々と恩恵を受けられますからね。上の人間が満足していれば一番という認識でいいんですよ」
「上に立つ人間というと、学校長ですか? 会場では初日の挨拶以外では姿を見かけていませんが」
「もっと上ですよ」
学校長より上の人間となると、この学校の特性上かなり国の中心に近い位置の人間のような気がする。
もっともクルト先生はこれ以上説明する気は無いようで、それ以上の質問を拒絶するかのような笑みを浮かべた。無理に聞きだしたとしても面倒なだけなので、もちろん私もそれ以上聞く気はない。
それ以上聞く気のない私の様子にクルト先生は一瞬笑みを深くしたが、ふっとその笑みを消して顎に手を添え小さく首を傾げる。
「ところで今来たということは、エフェメラ君も今日の公休を?」
「はい。リーゼも休みですし、この機会に孤児院に顔を出そうかと思って。シスターのお父様の事もありますし」
「あー、うん、将軍ですか……わかりました。ではエフェメラ君も今日は公休ということで」
「ありがとうございます」
「そうそう、僕も最大限の努力はするので君の保護者に夜道で僕の背後に立つような真似だけはしないでくれと伝えてください。――もちろん昼間に正面から来られても困りますが」
「伝えるだけは伝えてみます。では、失礼します」
「はい。気をつけて行ってきてくださいね」
ぺこり、と頭を下げて部屋を後にする。
去り際に聞こえた「なんだかんだと似たもの同士なんですよね、あの親子。僕の胃に甚大な被害を与えるところとか……」と呟いた言葉はクルト先生の胃の事を考え、今はまだシスターに伝えるのはやめておこうと思う。
とにかく、これで二日間という時間ができた。この間にレラックという町とできれば夢で見た場所まで突き止めたい。
部屋に戻ると私服に着替え手早く準備を済ませる。
準備といっても特に持ち物を揃えるということもなく小さなカバンを一つ持つのみ。夜は孤児院に泊まるつもりで、ユディトの部屋の片隅に戻った時のためにと無理矢理置かせてもらっているこちらに持ってこなかった分の着替えもある。
部屋を出ててもすでに授業開始の時間は過ぎているので寮内にはすでに他の生徒たちの姿はない。そのまま他の生徒と顔を合わせることなく校門へと到着し、傍らに立つ守衛さんに声をかけて学校を出た。
学校を出てまず向かったのは街にある図書館だ。
ウーアにはこの地方で一番大きな図書館がある。それが魔法学校があるからかどうかはわからないが、図書館目当てにこの街には多くの魔術師が生活している。
図書館で閲覧したのはこの国の地図。分厚く持ち運びには向いていないが、名前から小さな町や村の場所まで調べることができる優れものだ。その地図でレラックという町を調べ、その場所を簡単に知ることができた。
ガタガタ揺れる馬車の窓から首だけ曲げて外を向く。他に乗客はおらず馬車の揺れる音以外は静かな車内で、流れていく景色を楽しむことなく考えを巡らせていた。
今この馬車はレラックに向かっている。
実はレラックという名の町に心当たりがあったのだが、同名の町があることも考えて念のため図書館で確認をしてきた。そしてレラックという町が一つだけであること、それが私の考えていた町であったことが確認できたのだ。
レラックは孤児院からウーアへ向かう馬車への乗り換えをする町で、馬車が町へ到着したら乗り換えの前に周辺にそれらしい丘がないかどうか聞き込みする予定だ。
ちなみにあの夢の中で姿をみることがなかったフォルカーだが、フォルカーが一人で別行動することは珍しいことではなかった。
城への定期連絡だったりフィーネたちが魔物を倒している間に周囲の被害状況を調べたりしていたので特に気にはしていなかったのだが、あの城への連絡というのは宰相への連絡だったのだろう。その連絡の度に人質にとられていた息子の安否を確認していたのかもしれない。
そういえば、その息子はリーゼたちが言うように本当に勇者になったのだろうか。
「丘ねぇ。昔はこの辺りにもちょっとした山や丘はあったっていうけどね。地殻変動とかいうのかい? それで今じゃすっかり平地になっちまってるよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
レラックに到着して何人目かに尋ねた恰幅の良いおばちゃんの答えはやはり今まで尋ねた人と大差ないものだった。
「丘がどうかしたのかい?」
「ちょっと学校の関係で調べてみようと思いまして」
「さすが魔法学校の生徒さんだね! うちの馬鹿息子にも見習わせたいもんだよ」
「あはは、ありがとうございました。それでは」
「ああ。それじゃあね」
何だか話が長くなりそうな気配を察し、頭を下げて話を切り上げる。そして豪快に笑うおばちゃんに見送られその場を後にした。
丘についての有益な情報が得られていないことに溜息を漏らしつつ、立ち寄った広場のベンチに座りこの後どうするべきか考える。ある程度の距離なら走りまわって探すという手もあるが、あまりにも効率が悪い。
その後広場を訪れた何人かに尋ねたものの、得られた情報は昔この近くに丘があったらしいといったものだけだった。
「めぼしい情報も無ければ馬車も無し……か」
日も傾き始め人通りも疎らになった頃、孤児院のある村への馬車に乗り遅れた私はぽつんと一人馬車乗り場に佇んでいた。
うっかり時間を間違えて、乗り場に着いた時にはその日の馬車はすべて終了。まぁ馬車については入学試験の時と違って時間もあるし走ればいいだけなのでそこまで大した問題ではない。ただ今日はこれ以上丘についての情報は得られそうになかった。
町を出て、その町並みがすっかり見えなくなったところで大きく息をついて空を見上げる。
気合いを入れて走れば日が完全に沈むぐらいには孤児院に到着できるかもしれない。最近はすっかり飾りとなっているメガネを外して鞄にしまい、両手でパンと頬を叩いて気合いを入れる。
村までは辛うじて馬車が走れる程度、短い草が生えためだって大きな石などがないだけというほぼ整備などされていない道が続く。これが道だとわかる人間のほうが少数だろうという道だ。おまけに村に向かう際に目印になるものもほとんどない。距離は問題じゃないが、一人で通ったことがないことだけが不安要素だ。
地上に一切の光はなく、雲一つない空には細い金の月と多くの星がキラキラと輝く。空にまき散らしたかのような星は今にもこぼれ落ちてきそうだ。街中では決して見ることのない明るい夜空がそこには広がっている。
予定ではすでに孤児院に到着しているはずだったのだが、今はまだ月と星に照らしだされる道を淡々と進んでいた。時折速度を緩め、周囲を確認しながら。
「ん?」
遠くに動く光を見つけ、足を止める。
列を成し、ゆらゆらと揺れる光。魔力を感じないのでランタンや松明といったところだろう。こんな時間にこの辺りを通る人間は珍しいが、自分も人のことを言えた立場ではないのは自覚している。
決して地元で迷ったというわけではないのだが、この光がどこへ向かっているのか気になったので気配を殺して近づいてみることにした。
「本当にこの先なんすかね?」
「ああ。この世で最も恐ろしく攻略した暁には俺たちの名が歴史に残る――魔境と呼ばれる地は間違いなくこの先にある」
「ほ、本当に大丈夫なんすか? そこに行って戻ってきたやつはいないんでしょ?」
「だから俺たちがその最初の戻ってきたやつになるんだよ。オラ、いくぞ野郎ども!」
おおっと声を上げたその後は息を殺してその集団は先を目指す。私は手近な場所に身を隠しその様子を窺っていた。
その集団の人数は十人ほど。その全員がむさ苦しい男だ。人を見かけで判断するわけではないのだが、服装、手にした獲物、顔やちょっとした動作といったどれもが野盗の類にしかみえない。そしてそういった人間に魔境だとか肝試しでもするかのように言われている場所があることも知っている。そしてそこが彼らの運命をがらりと変える場所になるであろうことも。
とりあえず悪党っぽい彼らだが、冥福だけは祈っておくことにした。
そしてできればシスターやちびたちに手加減してもらえると良いですね、と。




