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06 Deja vu

 入学試験を受けに行ったところ、校門の前で交通事故に合い死に掛けたので入学試験を受けることができませんでした。

 けれど生命力の高さが評価され、無事入学試験に合格できたみたいです。


 ……自分で言っていて意味がわからない。

 生命力が高いと有利な点といえば、毒耐性が強いとか体力の回復が早いなどといった魔術師にはあまり必要とされない要素ばかり。とはいえ低いより高いほうがいいことに変わりはないのだけど、それだけでこの学校の入学試験に合格するとは到底思えない。この学校の受験倍率は十倍以上というとても狭き門のはずなのだ。

 気を失っている間に何かあったんじゃないかと疑ってしまうのは至極当然のことだと思う。



 そして今、不信感を募らせている私の目の前では壮絶なバトルが繰り広げられていた。


「私がエフェメラに怪我をさせてしまったのですから、当然私が!」

「いや、彼女はもう正式にこの学校の生徒、つまり僕の生徒だからね。当然教師として僕が」

「いいえ、私です!」

「何かあれば学校の責任になるからそういうわけにはいかないんだ。いくらアンネ君がベルヴァルト家のご令嬢でもこればかりは、ね」


 どちらも一歩も退かず、譲る様子はない。見た目だけならわがままな妹を兄が窘めているようにすら見える光景はどこか微笑ましくさえあるのだが……二人が言い争っている内容が明らかにおかしかった。


「エフェメラを送り届けるのは私の役目ですわっ!」


 クルト先生に指を突きつけて反対の手でこぶしを握り締める、すこし幼さの残る少女アンネ。予想通り彼女は貴族でベルヴァルト伯爵家の令嬢らしい。

 対するクルト先生は終始笑顔を絶やすことはなかったが目が笑っていない。それは丁寧な物腰であるがゆえにシスターを彷彿とさせる。


 その二人が争っているのはどちらが私を孤児院まで送り届けるか、という当の本人の私にとって実にどうでもいいことだった。


「あの、私一人でも問題なく帰れますが?」

「そういう問題じゃないのよ」

「そうですね、その状態で馬車で帰るつもりですか?」

「原因の私が言うのもなんだけど……かなり怖いわよ、それ」


 おずおずと進言した私を二人はばっさりと切り捨てた。こんなところだけは気が合うらしい。

 確かに服は血でどろどろだし、ある程度洗い流したが顔や髪にもべっとりと血が付いていてまだ落としきれていない血が残っている。本当に、よく生還できたものだと思うほど全身血に染まっていたのだ。

 血は軽く洗い流したり拭き取ったりしただけなので、まだべったりとした気持ち悪さは残っている。そのため一刻も早く帰りたいのだが……二人の意見は衝突したままで私は帰ることができず、ただ二人の様子を眺めていだけ。

 助けを求めるように隣に座る青年――マリウスに視線を向けると、それまでずっと沈黙を貫いたまま事の成り行きを見守っていたマリウスは小さく息をついて立ち上がった。


「アンネリーゼ=ベルヴァルト、お前も生徒となったのだから先生には従うべきだ。

 それに何かあった場合、回復魔法の使えないお前では対処できないだろう」

「使用人に回復魔法が使える者がいますわ」

「そんなことしたらエフェメラが気後れして変に気を使うだけだろう。彼女に気を使わせたいのか?」

「そういうわけでは……」

「そうそう、彼女は庶民なんだからね。それに僕とのほうが断然早く帰ることができるんだから」

「えっ、それならクルト先生にお願いします」


 マリウスの言葉で一気に形勢はクルト先生が優勢となり、早く帰ることができるという一言でその勝利が確定した。

 実際どちらに送ってもらうとかは関係なく、とにかく早く帰りたいのだ。むしろ一人のほうが早く帰ることができるのだが、さすがに瀕死の重傷を負っていた人間をすっかり回復しているとはいえ一人で放り出すことはできないらしい。……隠れてついてこられても転移できないので面倒だし。


「それじゃあ僕は一旦報告に行ってくるので、少し待っていてくださいね」


 勝利したクルト先生は手を振りながらいそいそと部屋を出て行き、敗北したアンネはその場にがっくりと膝を付いた。

 クルト先生も大概大人げないけれど、アンネもそこまで落ち込むようなことなのだろうか。彼女は今も床に膝をつけたまま、ぐっとこぶしを握り締めている。


「それでもっ……心配ですし、何かしないと気が済まないのに……」

「えーっと、それなら友達になってくれると嬉しいかな。

 入学となるとこの街に引っ越さないといけないし、私この街に知り合いがいないから」


 どうやらまだ事故を気にしているらしいがもう済んだことなのだし、わざと突っ込んできたわけでも無い。服や荷物の一部は駄目になってしまったが、私はすっかり傷も癒え無事なのだ。

 気がすまないのなら何かお願いしてみようということで、ちょっとしたお願いをしたわけなのだが……それはアンネにとって予想もしていなかった言葉だったらしい。


「――それだけですの?」

「それだけ」

「死に掛けるほどの怪我をさせたのに?」

「死んでないし、もう治ってるし」

「普通こういう時は弱みを握ろうとするんじゃ……」

「権力とか興味ないし。孤児だから裕福じゃないけど贅沢には興味ないし。

 最悪食べるのに困っても、孤児院のみんなで魔物退治でもすればいいもの」

「けれど――」

「あーもう、リーゼしつこい。本人がそれでいいって言ってるんだからいいの」

「リーゼ……?」


 思わずこぼれた私の言葉にアンネが驚いてその大きな瞳をさらに見開き、マリウスは眉を潜めた。

 ――一瞬アンネがリーゼと……リーゼロッテと被り、ぽろりとこぼれ落ちた言葉。リーゼは思い込みが激しくて、そうと決めたら呆れるほどしつこ……もとい、粘り強かった。


「確かにリーゼと呼ぶ人間もいますけど……そうですわね、友達なのですからエフェメラにはリーゼと呼ぶことを許可しますわ」


 少しだけ高飛車に、ふいっと顔を背け。耳まで真っ赤に染めてリーゼ――許可をもらったのでリーゼと呼ばせてもらうことにした――が言う。こんなとこまでリーゼはリーゼロッテにそっくりだ。


「あれ、まさか……」

「何ですの?」

「リーゼってぬめっとした生き物好き? ナメクジとかカエルとか」

「は? そういった趣味はありませんわ」

「じゃあ泣くほど嫌い?」

「子供じゃあるまいしそこまでは。好き好んで触りたいとは思いませんけれど」

「そっか、ありがとう」


 念の為に確認してみたけれど、やはりリーゼはリーゼロッテとは違う。

 リーゼロッテはぬめぬめとした生物が大嫌いで、目にしただけでその動きが止まり、泣くことも叫ぶこともできずただガタガタと震えだす。その名前を聞いただけで震え上がるほどだったのだ。

 リーゼは少し嫌そうに眉間にしわを寄せはしたが、ただそれだけ。明らかに反応が違っていた。

 私がそうなのだが、根底にある好き嫌いなどはどうしても前世を引きずってしまっている。あれほどまで苦手だったぬめぬめ生物が平気になるとは到底考えられない。


 リーゼはリーゼロッテの生まれ変わりなんじゃないかとちょっと期待してしまったのだが、さすがにそんな都合のよいことはなかったらしい。

 私は前世とほぼ変わらない外見なのにリーゼはリーゼロッテとは明らかに異なる外見。愛称と性格こそ似ているがそれだけだ。自分のこともあって、もしかしたらリーゼもなんて都合よく考えてしまった。


「おまたせー。準備できたから行こうか」

「はい」

「早く帰りたいみたいだったから、無理言って軍馬借りてきちゃったよ。あははー」


 少々気落ちした私にリーゼが首を傾げた頃、素晴らしいテンションでクルト先生が戻ってきた。

 先生が離れていたのはほんの十分程度のことなのだが、どこから軍馬を借りてきたのだろうか。そもそも軍馬が借りられるとは到底思えないのだけど。

 この際早く帰ることができるなら、敢えてそれを聞く必要はないと聞かなかったことにした。人間知らないほうが幸せなことだってあるはず。



 馬にはクルト先生の後ろに乗ると主張したのだが、怪我人だったのだからと抱えられるようにして前に座らされてしまった。左右を先生の腕に挟まれ背中は先生の胸に当たり、逃げ場無く感じて少々落ち着かない。

 孤児院までの辛抱だと、仕方がなく先生の腕の上から覗き込むようにしてリーゼとマリウスに顔を向ける。


「エフィー、また入学式でお会いしましょう」

「ええリーゼ、またね! マリウスも!」

「ああ」


 愛称で呼び合うことに気を良くしたらしいリーゼは笑顔で見送り、その変わりようにマリウスは苦笑を浮かべていた。


「それでは出発しますよ。ちゃんとつかまっていてくださいね」

「こうですか」


 クルト先生に促されて馬の首にしがみ付いてみたのだけれど、いまいち安定せずぐらりと体が傾いた。


「そうですね、もっと簡単な方法にしましょうか」


 そう言うと片手であっさりと私の体を支える。

 クルト先生は魔術師ということもあって線も細く見えるのだが、実際はきちんと筋肉が付いていてあまり魔術師らしくない体つきをしていた。十分整った容姿であり年齢は二十代後半といったところなのできっと女性にモテるだろう。

 柔らかな笑みを浮かべる細マッチョなクルト先生に抱えられた私だが、これぐらいでうろたえるような乙女な思考は二百年前に忘れてきてしまったらしく特に取り乱すこともない。


「確かにこの方が安定しますね。ありがとうございます」

「……枯れてますねー」


 お礼を言ったというのに何故かすごく失礼なことを言われてしまった。

 夢を見るのは勝手だが、女の子が全員乙女だと思ったら大間違いだ。



 私たちがその場から見えなくなる頃、ぽつり、とマリウスが呟いた。


「ところで……エフィーを送るのなら二人で一緒に送るという選択肢もあったんだが」

「マリウスっ! 何故それを先に言ってくださらなかったの!?」

「何となく」


 後日聞いたところによると、その時のリーゼの絶叫はそれはすさまじいものだったらしいが、馬で駆け抜ける私の耳にその絶叫が届くことは無かった。……残念。

もちろん教えてくれたのはマリウスです。

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