57 魔王の欠片
交流会の次の日は休校となる。
そのため昼頃のんびり学校へと戻り少しだけ遅い昼食を済ませ寮へ戻ってきた私たちだったが、ジークによって呼び出され第三会議室へと集められていた。その中にマリウスの姿はなく、これから神器や魔王などについての話をするのは間違いないと思っていたのだが。
「特訓が必要だね」
ジークの第一声は私の予想から大きく外れたものだった。
「えっと、神器や魔王については?」
「それをヴィルに聞くのは当然だけど、それ以外の問題に気が付いてしまったからね」
「問題、といいますと?」
「……聖女なのに、凶悪なのが……?」
おずおずと片手を上げて尋ねると、ジークは年齢より幼く見える邪気のない笑顔を作る。ジークに言葉の真意を尋ねるリーゼの隣で、私はアルボを沈めながらジークの胡散臭い笑顔に眉をひそめた。
窓辺に腰掛け優雅に足を組み、さらにお腹の前あたりで軽く手を組んでジークは僅かに目を細める。
「ヴィルはともかく、アンネもエフィーも持っている力を扱い切れていないということ。――二人とも気づいてるんじゃない?」
「う……」
「やはり気づかれていましたか」
扱い切れていない力。
私にとってそれは心当たりがありすぎるが、心当たりがあるのはリーゼも同じだったらしい。あっさりと認めたリーゼは表情をかえることなく優雅にお茶を飲んでいた。
「まずエフィー。一番力を発揮できる手段が拳というのは感心できない」
「でも確実に力を発揮するためには……」
「確かに相手に影響を及ぼすという点でみれば相手に触れるというのは正しい。けれど君の場合上手く力の調整ができていないだけだ。だから力を放つんじゃなくて、力を拳に乗せて相手にぶつけた。君には力の制御の訓練が必要だ」
「…………」
ぐっと握りしめた手を見る。
確かにあの時も確実にあの少女に力をぶつけるために拳に力を乗せたのは間違いない。しかしそれは確実に相手に力をぶつけるためでそれ以外の事は考えていなかった。
けれど今落ち着いて考えてみればあの時の自分の行動に首を傾げる。もし仮に私がフィーネであったなら同じ行動はしなかっただろう。つまり私は無意識のうちに全力で力を放つことはまずいと判断していたということだ。
「次にアンネだけど……精霊たちに杖をアンネ用に調節してもらう必要がある。あの杖はリーゼロッテのために作られたものであってアンネのためのものではない。魔力は同じかもしれないけれど、リーゼロッテとアンネはすべてが同一ではないからね」
「そうですわね。しかし私も杖が無い状態でも力を十分扱えるようになる必要がありますわ。今は杖がないと全力をだせませんし」
「そうだね」
リーゼの言葉にジークは柔らかい笑みを浮かべて頷く。リーゼは精霊の森ならば気にせず鍛錬することができると精霊たちに教えられ、近いうちに再び森に行くことにしたようだ。
「フィー、ちょっといい?」
「何?」
私の思案を遮るように、目の前にひょいとヴィルが顔を出す。突然のヴィルの顔のアップに内心驚きつつも、狼狽えたら何かに負けるような気がして平静を装った。
「前世より力が強くなってるんじゃないかと思って。聖女としての浄化の力だけじゃなくて普通の魔力とかも」
「そう言われてみれば……二百年前も今も魔力はほとんど気にしたことがないからわからないけれど、身体能力なら間違いなく上がってるわね。シスターの教えがあったから」
「あの人のことは別にして、ヴィルの言う通りかもしれないな。僕もアンネも力自体は前世より上がっているような気がする。あの時より目覚めが早かったからというだけかもしれないけれどね」
「聖女の力が従者にも影響する、ということですか」
「もちろんそれは考えすぎで、偶然僕たちの力が前世より高いっていうだけかもしれないけれどね」
確かにフィーネとの相違はある。身体能力もそうだが、メガネがなければすぐに精霊酔いを起こすことがその最たるものだ。
「だから、フィーネと同じ感覚のまま力を使おうとしてるからしっくりこないんじゃないかと思うんだけど」
「確かに私が私になって全力をだそうとしたのはあの時が初めてだけど……」
「うん。だからフィーもリーゼと一緒に精霊の森で訓練してみたらどうかな。あの空間に俺が結界を張れば完全とは言わないけれど訓練程度ならフィーの力の影響を抑えることができる」
あの空間、というのは精霊たちが眠っていたというあの特殊な空間のことだろう。
確かにあそこなら力を解放してもその姿を人に見られる心配はないし、ヴィルのサポートがあれば私とリーゼが周囲に与える被害も最小限になるだろう。
「ジークだって俺が一緒に行った方が安心するだろうし」
「――え? てっきりジークも一緒に行くっていうとばかり」
「一緒に行きたいのはやまやまなんだけどね。そんな場所に行くとなれば確実に護衛がついてくるから」
「あー……それもそうね」
「ヴィルならアンネも安全だからね。是非お願いするよ。その代りマリウスには僕がうまく言っておくから」
「でも……」
ただ鍛錬するだけで精霊たちもいるのだから、さすがにそこまでしてもらうのはヴィルに悪いんじゃないかと横目で見ると、私の視線に気づいたヴィルはにっこりと微笑んだ。
「あ、俺にもちゃんと狙いはあるよ。結界の細かい制御は自身のためになるし、余裕があればフィーと手合せしてもらいたいとか、フィーの聖女姿をもっと見たいとかね」
「最後のはちょっとどうかと思う」
「とにかく鍛錬しておいた方がいいのは間違いないから」
「それはそうだけど……」
「じゃあこの話はまた次の機会ということにして、神器の話をしようか」
聖女姿が見たい、つまりそれはフィーネの姿が見たいということなのだろう。
どうしてヴィルがそこまでフィーネにこだわるのかはわからないが、私を通してフィーネの姿を見ているということは間違いない。今の私の方がいいと言っていたけれど、それは建前にすぎなく実際は私に残るフィーネの面影を見ていた、ということだ。
溜息を飲み込んで顔を上げる。リーゼもジークも真剣な顔でヴィルに注目していた。
こほん、と小さく咳払いして、ヴィルが口を開く。
「気づいていると思うけど、あれは神器なんかじゃない。あの黒い宝玉はヴィルフリートの欠片。魔器とでもいうべきものだ」
「魔王にも名前があったんだね!」
目を伏せヴィルが告げた言葉にジークが目を見開いた。
宝玉が黒という時点で薄々気づいていてもいいと思うのだが、そこまで鈍いとは思わなかったので逆に驚いたのだが……どうやら違う点に驚いていたようだ。
「まぁ魔王になる前はだたの農民だったから名前ぐらいあるよ」
「ごめん、思慮が足りていなかった」
「過去のことだよ。それにヴィルフリートは確かに俺だけど同一人物というわけでもないからね。それは君たちも同じだろ?」
頭を下げるジークを制し、ヴィルは苦笑する。
同一人物ではないというその言葉には全員が頷いた。
「浄化の力に反応したのはあの宝玉がヴィルフリートの欠片、つまり魔王の欠片だったからなのね」
「正しくはあの欠片が闇の魔力を秘めていたから。逆にあれがフィーネの欠片だったら闇の力に反応しているはずだよ。浄化と闇の力はお互いに反応し合うから」
「確かに感じる取ることはできるわね。だからフィーネはその力を辿ってヴィルフリートの元へたどり着いたんだし」
確かにあの欠片がヴィルフリートのものではなく聖女であるフィーネのものであったなら神器といっても過言ではないだろう。その場合魔王が現れた時に反応する、といったことになるのだろうが。
「でももう浄化の力に反応することもない」
「……エフィーの浄化の光に巻き込まれ浄化されたから、ですわね?」
「ああ。もうあれに闇の力は残っていない。ヴィルフリートの欠片だったもの、というだけのただの石だ」
「それでもヴィルフリートの欠片に変わりないじゃない。やっぱりきちんと埋葬するべきよ。他の部分と一緒となると、あの精霊の森ということになるけれど」
「うん。あの森に埋葬される前に何らかの理由で一部欠けてしまったということだろうね」
私の言葉にヴィルはにっこりと微笑む。一方ジークの眉間には深く皺がきざまれていた。
「その何らかの理由で欠けてしまったその一部が、何故か神器としてこの町の教会にあった。不自然すぎないかい?」
「そうだね。確かにアレは聖女の力にも反応するけれど、アレ本来の目的は違うものだ」
確かヴィルフリートの亡骸が変化した宝玉はマティアスが持っていたはずだ。その後あの精霊の森の場所に埋葬したのだろうが、何故か一部が欠けてしまった。けれどいくら欠けてしまったとはいえ、マティアスがその欠片を放置したり教会に残していくだろうか。
――――ありえない。
ヴィルフリートの欠片は周りに影響を与えるほどに闇の魔力を宿していた。そんな欠片をマティアスが放置するはずがない。闇の力を浄化できなかったからこそあの場所に埋葬したのだろう。
「目的とは?」
「魔力の蓄積」
「蓄積?」
「宝玉には魔力が蓄積されていた。恐らくあの台座の効果もあるだろうけれど……神官たちから気づかれないほど微量の魔力を長い年月をかけて採取し蓄積していたんだと思う。それも含めた全てをフィーが浄化したけれどね」
ジークとヴィルのやり取りを聞きながら目を細める。
恐らくあの少女は魔力を蓄積した神器を回収しにきたのだろう。
浄化の力は神聖魔法の上位に位置し、その力をかき消して効果を発揮するので蓄積された魔力を浄化したというのも不思議ではない。すべての力を失った今、急いで回収する必要はないだろうがヴィルフリートの欠片だけは出来るだけ早く取り戻したい。
「とりあえず神器はこのまま教会で問題ないと思う。しばらくは各自が力に慣れることが最優先かな」
「そうだね。僕は聖女や神器のこととかを詳しく調べてみるよ」
再び話題は最初にジークが言った内容へと戻る。
「そういえばマリウスは目覚めそうな兆しはない? 僕たちは感じ取れないけれど、目覚めたならエフィーはそれを感じとれるはずだよね?」
ジークが顔を上げ、私を見た。
確かにジークの言う通りはっきりとではないが従者の力を感じることはできる。そしてそれをマリウスからは全く感じてはいない。
「彼は従者なのか、そうでないのか……従者になるのなら目覚めは早い方がいいだろうし、すこし彼を揺さぶってみようか」
いつもの様に柔らかく、ジークは黒い笑みを浮かべた。




