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55 天族との共闘

 神器がなくなればそれはそれで面倒が一つ減るような気はするが、その正体がわからないとはいえ魔王である少女が欲している時点でろくでもないものであるのは間違いないはず。渡さない方がいいであろうことも間違いない。

 だからといって天族が私たちの味方であるとも言い難い。

 伝承では天族は神の御使いであると言われているが、そもそも世界を司るという神が教会が説くように人間の味方などという都合の良い存在であるはずがない。神が見守っているのなら、それは世界全体であって人はその一部に過ぎないのだから。


 とりあえずこの場は未知の存在である天族と共闘し、ついでに神器について何か知っているのも間違いないだろうからそれも聞き出し、その後静かにお帰りいただくというのが私にとっては最も理想的な流れだ。


「フィー、どうする?」

「神器を渡すわけにはいかないからとりあえずは共闘。そして情報搾取」

「了解」

「そう上手くいくとは思えませんけれど――しかたありませんわね」

「……恐ろしく都合の良い計画を立てていないか? まあいい。ではそこの少女には丁重にお帰りいただくとしよう」


 私の言葉にヴィルが頷き、ジークが剣を構える。ジークの背中の後ろで庇われる形となったリーゼも杖を強く握りしめ身構えた。

 思ったより天族は耳が良いようで、抑えていた声はしっかりと聞こえていたらしい。少し呆れたような様子が窺い知れるが、気分を害したといった様子ではないので問題ないだろう。何より少女の周りには生み出されたいくつもの闇色の球体が浮かんでいてすでに臨戦態勢といった状況で、悩んでいるような時間の余裕はない。


「ジークとリーゼは自身の安全と神器の確保をお願い!」

「わかりましたわ!」

「――わかった。けれどエフィーもヴィルも、無理はしないで。ヴィルはエフィーに無茶をさせないように」

「もちろん」


 振り返らずに言った私の言葉にリーゼとジークが答える。

 ぐっとお腹に力を入れ、抑えることなく全身に行き渡った懐かしい感覚を確かめつつ手を握りしめた。ここまで力を引き出したことはないが、力を振るうことに問題はなさそうだ。


「いざという時は俺が彼らを守るから、フィーはあの子に集中して。フィーと天族の力のほうが俺の力よりずっとあの子には効果的だ」

「わかったわ」


 ヴィルの言う通り、今の少女は魔王なのだから私は彼女にとって天敵になるだろう。連携するにしても天族とヴィルでは、正反対の力がお互いに打ち消し合ったり反発しないとも限らない。

 私が頷くと同時に隣でぶわりと闇の魔力が膨れ上がるのを感じた。想像以上に強いその力に小さく体を震わせる。少女の言葉が事実なら、彼女の全力はこの状態のヴィル以上だということだ。


 ふと、ヴィルの力が遠のいた。

 力を追って見上げた先にヴィルの姿がある。見上げたままの私を見降ろしたヴィルは不思議そうに首を傾げた。


「……もしかして……」

「飛べない。正しくは私が飛んだら高速で壁に突っ込む自信があるわ」


 唯一飛ぶと言える魔法は速度は出るが細かい制御は難しく、狭い場所で飛ぶには向いていない。

 転移魔法も飛ぶに近いが転移した先に足場が無ければそのまま落下してしまう。少女のいる十字架の上に転移すればいいかもしれないが、下手に干渉されればどこに転移するかわからない。


「制服ってスカートだし、飛ばずに対処できるならその方がいいんじゃないかな? ほら、見えたら困るし」

「殿下、この制服にその心配は無用ですわ。このように、ちゃんと対策が――」

「うぅ、男のロマンが砕け散った!」

「魔法科は風以外にも色々とありますから、考えるまでもなく当然の対処で……」


 緊迫したこの状況の中、私の後ろでは夫婦漫才が繰り広げられていた。

 魔法科の女子の制服には実習時に着用が義務づけられている短いズボンがある。魔法の影響だけでなく、風の魔法が得意な者には空に浮かぶ程度であれば可能な生徒もいるからだ。自由に空を飛ぶことができるのは、風の精霊と契約している人間の中でも特に力のあるごく僅かに過ぎない。

 リーゼとジークがじゃれているその間に、私はヴィルに抱えられ浮かび上がり少女と対峙している。


「ずいぶんと愉快な下僕ね」

「友人よ」

「興味ないしそんな違いはどうでもいいわ。それよりさっさと遊び、始めましょ」


 冷めた目でリーゼたちを見下ろしていた少女はその顔に少女らしからぬ妖艶な笑みを浮かべ人差し指を唇に沿える。

 蝋燭の火を吹き消すかのように少女が指にふっと息を吹きかけると、彼女の周りに浮かんでいた闇色の球体が一斉に周囲に飛び散った。


 とっさにリーゼの結界のような障壁を思い浮かべ具現化させる。その外側にさらにヴィルが色と性質こそ違えど同じ形状の壁を生み出した。

 少女が放った球体はヴィルの障壁で勢いを落とされ私の生み出した障壁で浄化される。浄化する速度を考えるとヴィルの障壁がなければ浄化しきる前に私の障壁を通過しそうな勢いだ。

 天族はどこからともなく取り出した鎌を投げ、鎌は大きな円を描き少女の放った球体を切り捨てていく。鎌の起動から逸れていた球体の一つが教会の天井を突き破り、空の闇に溶けて見えなくなった。


「ふん……」


 ぱしりと小気味よい音を立て戻ってきた鎌を受け止めると、その勢いを殺す様にくるくると手元で回転させてから肩に担ぐ。獲物が物騒すぎて月明かりとはいえ逆光気味で見るその姿は、翼はあるが魂を刈り取られそうだ。

 球体が天井を突き破ったことで屋根の一部が崩れ落ちたが、すべてリーゼの結界に防がれていてその程度で二人が怪我をするようなことはなかった。


「悪いが遊びに付き合ってやるほど暇じゃないんでな。一気に勝負をつけさせてもらう。そっちの二人も俺の事は気にせず思い切り攻撃しろ!」

「わかった」

「――大丈夫なの?」

「んー、本人がいいって言ってるんだから大丈夫なんじゃない?」


 私の力は天族と似ているので大したことはないかもしれないが、全力のヴィルの力をまともに受けたりしたらただでは済まないと思うのだが、本当に平気なのか、それともそれ以上に神器を奪われることは避けたいということか。

 天族は手にした鎌をどこかへ消すと、その翼に力を集中させた。力が集まるにつれ、その翼がきらきらと光を帯びる。先ほどとは打って変ってその姿は神々しい。

 天族は未知の存在すぎてわからないことが多いと思いつつも、今は彼の言葉に従うほうがいいと判断して私も拳に力を集中させた。


「……フィー、まさかとは思うんだけど……」

「合図したら私を思い切りあの子のところに飛ばして」

「…………やっぱり」

「大丈夫。落ちるのは対処できるから」

「それだと俺とか天族の攻撃に巻き込まれるからダメ。魔力を飛ばす攻撃にして」

「――それもそうね。仕方ないからこのまま力を飛ばすわ」


 私たちのほんの数秒のやり取りの間に、再び少女が闇を生み出し自身も大きな闇に包まれる。

 十字架はすっぽりと闇に覆われ、その周りを無数の小さな闇が取り囲んだ。


「いくぞ!」


 天族の声で三人がほぼ同時に力を放つ。

 ヴィルの放った力は広範囲に及び、周囲の小さな闇を打ち消していく。少女のいる大きな闇に私と天族が放った力が突き刺さった。

 闇が薄れ、中からいく筋もの光が溢れる。次第に細い光が膨れ上がり、弾けるようにして闇を消し去った。


「さすがに三人相手だとこの程度の闇は消されちゃうか。でも三人合わせてもこの程度ってことね」


 光が収まったそこには手を振りながら先ほどと変わらない様子で少女が佇んでいる。髪の先の色がうっすら変わっているので無傷というわけではなさそうだが、彼女の言う通り三人でその程度の影響しか与えることができなかったということだ。


「昼間のお礼も兼ねて、次で終わらせてあげる」


 私とヴィルに少女が笑みを向け、指先に力を集める。

 ぞくり、と背中が震えた。


「ヴィル、私をあの子のとこに飛ばして!」

「――わかった。ただし俺も一緒にいく」


 きっとヴィルは引き下がらない。時間もない。

 頷くとヴィルは少しだけ目元を緩めて私の腰に回した腕に僅かに力を込めた。


「何する――」


 驚いたような天族の声が遠くで聞こえた。

 ヴィルが一気に少女との距離を詰め、少女が口角を持ち上げ指先から真っ直ぐ私たちに力を放つ。

 避けるという選択肢はない。力が向かうその先にリーゼたちがいるから。何より放たれた力はヴィルフリートの周辺で感じた力とよく似ている。直撃を避けても毒のように辺り一帯を蝕む、あれはそういった類の力。

 避けるのではなく、浄化し打ち消すしかない。


 目前に迫る少女の放った力にありったけの力を込めた拳を叩きつける。

 反動で少し後退したその時、目の前に赤が舞い体が支えを失った。


 視線を落とせばその先に赤と共に落ちていくヴィル。


「ヴィル!」


 私の声に小さくこちらを見たヴィルは小さく微笑み、大丈夫と小さく口を動かす。

 その姿がヴィルフリートと重なった。


 どくり、と心臓が強く鼓動する。


「あいつなら大丈夫だ。お前はそのまま受けている力を打ち消すことに集中しろ」


 その声と同時に落下を始めた体が支えを取り戻した。視界の淵に翼が映り、伸ばされた手から生まれた光が少女の放った力に蔦のように絡みつく。


「――っ!」


 再び浄化と闇、二つの力がぶつかり合う。

 再び少女に向き直り力を込める私の腰を支える腕が増え、少女の力を受けている反対の手に手が添えられた。その手を握り返し拳にさらに力を集中させる。

 ぐっと拳に力を込めて振りぬくと、自分にここまでの力があったのかと驚くほど強い浄化の光が溢れた。

 少女の力が打ち消されると、天族が手を振り空から大量の光が降り注ぐ。


「きゃあぁ!」


 光に飲み込まれた少女が悲鳴を上げた。

 天族は私を支えていた手を離し、その翼を羽ばたかせ降り注ぐ光の柱に寄り添う。降り注ぐ光が収まった時、そこに少女の姿はなかった。


「協力感謝する。しかし聖女だというのに無茶すぎるぞ、お前。――じゃあな」

「待った! 神器について聞きたいんだけど」

「……その男に聞けばいい」

「どういう――」


 こちらに向き直りそう言って来た時に壊した窓から去ろうとする天族を呼び止める。

 振り返った天族は眉を寄せヴィルを指し示すと、再び振り返ることなく窓から飛び去った。


「エフィー、大変ですわ!」


 どういうことかとヴィルに尋ねようとした時、リーゼが大きな声を上げたのでヴィルと急いで地上へと戻る。降り立った私たちにリーゼは酷く焦った様子で駆け寄った。


「先ほど部屋に光が溢れ、ヴィルの闇が消えたそうです。そのため異変に気付いたマリウスが起き、さらにはアクヴォが殿下の偽物であると気づかれました」


 リーゼは胸の前で両手を組み、申し訳なさそうに告げたのだった。

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