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54 真夜中の侵入者

 闇にまぎれ、教会の敷地に降り立つ。

 重要な神器のある教会なので結界やそれ以外の警備のための魔法、見回りの神官など警備は厳重といえるが、それらは私たちにとって大した障害とはならなかった。


「私が穴を開けますから、テーロはその穴と結界の維持をお願いしますわ」

「了解しました」


 リーゼが杖を振るうとその先から発せられた光が結界に穴を開けた。そのまま消滅してしまうはずの結界をテーロが維持し、ヴィルがその異変を感知されないように闇をかぶせる。

 ヴィルの闇は人の目を欺くだけでなく魔力を遮断する結界の役割を果たす。そのためリーゼとジークは従者としての力を完全に解放し目的の場所へと向かっていた。


「ここまで力を解放するのは初めてだよ」

「殿下、のんびりしている暇はありませんわ」


 力を解放はしているが持参した剣は腰から下げたまま、案内に徹しているジーク。

 一方全力全開のリーゼは愛用の杖を握りしめ、狼のような姿のファイロと尾が二本ある以外は猫のような姿をしたテーロを引き連れている。そしてその後ろをアルボがのんびりした様子で着いていく。ちなみに外の様子の確認のためにも、ヴェントは教会の外で待機している。

 神器の正体がわからないので念のため私も力を解放しようとしたのだが、前例がないので私の力が神器にどんな影響を与えるかわからない。面倒なことになりかねないからと却下され、現地では大人しくしているようにときつく言われて私とヴィルは二人の後をただついていっているだけだ。


「神器があるのは奥の部屋の祭壇のはずだから、あとはこのまま真っ直ぐ進むだけだよ」


 ジークの指し示す通路の先に視線を向けると、厳重な結界に閉ざされた扉が見える。ご丁寧に二重に張り巡らされたその結界の外側は魔力を無効化する面倒な結界だ。結界の効果を浄化し消し去ることができる私には大した問題ではないが、リーゼや精霊たちにとっては酷く相性が悪い。

 しかし目指す部屋の扉はその結界の向こう。結界をどうにかしないことには神器へたどり着くことはできない。


「ここは私の出番ね。ぱぱっと結界を浄化して――」

「ですから、神器の正体がはっきりするまでエフィーやヴィルが力を使うのは必要最低限にしてくださいと……」

「それなら僕の出番だね」


 一歩前に歩み出た私の制服の裾をリーゼがぎゅっと握って制止する。私とリーゼの横をすり抜けジークが前に出ると腰に下げた剣を抜き、にっこりと微笑んだ。


「ほら、ここに外側の結界の核となっている魔石がある」


 ジークが剣で指し示した先、壁の中にその魔石はある。魔石は巧妙に隠蔽されているので普通は見つけるのは困難だろう。しかしジークも私たちも普通ではないのでその力を感知することができ、注意して探せば見つけることは比較的容易い。


「手が届く場所ではないわね」

「無効化の向こう側ですから私たちには手間ですわね」

「俺がやろうか?」

「さすがにここは最も神器に近い場所だから、ヴィルやエフィーの力は出来れば使ってほしくない、かなぁ。大丈夫、僕に任せて」


 魔石は二種類の結界の向こう側の壁の中。無効化の結界はその名の通りすべての魔法を無効化してしまう。その内側にある結界は外からの衝撃を防ぐことのできるよくある結界ではあるが、場所が場所だけにその強固さは一般的な結界の比ではないだろう。


 ジークはすっと腰を落とし、剣を一閃させると乾いた音を立てて結界に小さな綻びができる。続けて軽い動作で再び剣を振るうと、生み出された魔力を乗せた剣圧が綻びをすり抜け二重に張り巡らされていた結界に穴を開けた。

 パラパラと崩れ落ちる結界の欠片の中、縫うように結界の隙間を抜けたジークの剣が壁に突き立てられる。その瞬間、ふわりと柔らかい風と共に無効化の結界が消え去った。

 ジークが剣を引き抜くと、そこから砂と化した魔石がぱらぱらと流れ落ちる。


 無効化の結界は特殊で、核となる魔石がなければ維持どころか展開することさえできない。魔石の種類は様々だが、どれも中心ほど深い色をもつ。魔石自体が魔法を無効化する力をもつがその数は少なく、結界を維持できるようなものはさらに限られている。唯一受け付ける魔法が増幅、つまり結界と呼べるほどその範囲を広げるだけの魔法だ。魔石は力を失うと今回の様に砂となって崩れ落ちる。

 学校では滅多な事でその結界に遭遇することはないが、無いわけではないので魔術師の私たちには特に気を付けるようにと教えられていた。


「普通の結界の周りギリギリに平面的に無効化の範囲を展開させるなんて手間がかかってるわね」

「それだけ神器が重要なものだということですわ」

「でも今魔石が消えるとき、微かに感じたのは間違いなく闇の魔力だった。ヴィルの、ではなかったけれど。」

「なら彼にこの力に心当たりがあるか聞いてみればいいんじゃないかな。――で、ヴィルは?」


 ジークの言葉に振り返ると、アルボが見回りの神官を物理的な力で眠らせたところだった。倒れた神官にテーロがトコトコと近づき、その鼻先を尾でかすめる。すると神官は穏やかな寝息をたてはじめた。


「ヴィルなら……殿下、が剣で遊んでる間に……扉を開いて、中に入っていった」

「遊んでたわけじゃないんだけどなぁ」

「――ヴィルには魔力の無効化も侵入を防ぐ結界も意味を持たないということですわね」

「まったく。私たちも行くわよ」


 ため息をつき、結界のジークが穴を開けた隣に魔力を乗せた拳を叩きつける。

 すでに脆くなっていた結界はあっさりと崩れ、小さな穴は人がゆうに通り抜けられるほどに広がった。


「エフィー、すっかり逞しくなって……――嬉しいけれどちょっと複雑だよ」

「強固なものほど一カ所崩れれば脆いものだもの。それに強く、図太く、小賢しくが私のモットーなの」

「……小賢しく?」


 首を傾げるジークを無視して部屋へと続く扉に手をかける。

 ジークとリーゼも駆け寄ってきたが、リーゼがふと精霊たちを振り返った。


「ファイロとテーロはここで待っていてくださいませ。退路の確保と異変に気付いた神官が来た時の対処をお願いしますわ」

「了解しました。アルボはどうしますか?」

「いざという時姿を隠せませんし、同行させますわ」


 ちょこんと座り、ゆったりと尻尾を揺らしながらテーロが尋ねた。

 精霊ならばいざという時姿を隠すことができる。しかし半分人となってしまったアルボにはそれができない。普通の人に後れを取るとは思えないが、リスクを考えるなら私たちと一緒に行動させた方がいい。


「アルボ、お前だけずるいぞ!」

「ファイロ……ほんとに……そう思う?」

「――――っ、悪い。でも一緒に行くからにはちゃんと姫を守れよな!」

「……当然」


 精霊たちの中でアルボだけを同行させることにファイロが毛を逆立てたが、アルボがその瞳を覗き込んで尋ねるとぱたりと尻尾が床に落ちた。その顔には後悔の色が浮かんでいる。

 ファイロ首を左右にぶんぶんと振ると、素直に謝罪の言葉を告げて自分たちの大切な姫をアルボに託した。アルボはファイロを撫でて立ち上がるとくるりと踵を返し、離れる際にぽつりと答える。その時アルボの正面にいた私はアルボの口角が僅かに持ち上がっていることに気が付き、つられて口の端を持ち上げていた。


「それじゃあ行こうか」


 ずいと私の前に歩み出たジークが扉に手をかける。

 私とリーゼは軽く身構えて頷いた。



 開かれた扉の先、ヴィルが祭壇から数歩手前で立っている。

 ヴィルは私たちを一瞬振り返ったが、すぐに視線を戻した。ヴィルの視線の先は大きな十字架が掲げられた祭壇。そこにこの部屋唯一のステンドグラスの窓から月の光が差し込んでいる。その光の先に神器はあった。

 私の人差指と親指で作った輪に納まるぐらいの大きさの黒い宝石を六枚の銀の翼が包み込んでいる。思ったよりも小さな神器はリーゼが両手で十分支えられるほどの大きさだ。


 ふいにヴィルが顔を上げた。

 細められた目は剣呑な光を帯びて十字架を見つめている。


「ヴィル?」

「――来る。神器は気にしなくて大丈夫だから、念のためフィーも力を解放して」

「外に異常はないようですが、あの人物ならばヴェントに気づかせないことぐらい容易いのでしょうね」


 振り返ることなく告げたヴィルの内の魔力が膨れ上がる。ピリピリとヴィルが発する魔力が空気を震わせ私は体を震わせた。リーゼがヴェントの見る外の様子を伝えながら、ジークと共に表情をより一層引締め身構える。

 私も力を解放しリーゼとジークを庇うように前に出たその時、十字架を足場にしてその人物は姿を現した。


「あら、皆さん勢ぞろいね」


 月明かりを背に、少女がふふっと笑みをこぼす。

 交流会の時に現れたあの少女で、髪の色は黒く纏う魔力はやはり魔王を思わせる闇。聖女と魔王、どちらが本当の少女の姿なのかはわからないが、今目の前にいる少女は間違いなく魔王だった。


「貴方たちもそれが欲しいの?」

「神器を見に来ただけだけど。だからといってあなたに渡すつもりはないわね」

「ふぅん。確かに聖女と魔王、おまけに従者二人を一緒に相手にするのは面倒なんだけど……面倒なだけだし」


 少女は十字架に腰掛たままぷらぷらと足を揺らす。逆光なのでその表情はよくわからないが、指を唇に当て笑ったような気がした。


「貴方たちから見れば私は魔王なんだろうけど、私の力はもっと上。神と等しいと言えば貴女たちにもわかるかしら?」


 その言葉にヴィルが僅かに目を細める。


「今日はそれが欲しいだけだから、さっさと渡してくれないかしら。そうすれば貴方たちは怪我をしないで済む。私にも面倒がない。お互いにとっていい案でしょ?」


 そう言いながら少女は手の上に黒い球体を生み出す。すぐに攻撃してこないところから、こちらを牽制しているのだろう。


「ヴィル、どう思う?」

「渡さない方がいいだろうね。あの宝玉は魔王の欠片。あの子にとっては取るに足りない力でも、手にする人間によっては大変なことになる」

「交渉決裂ね」


 言うと同時に私も力を放つ。

 放った浄化の力が矢のように少女の手に浮かぶ黒い球体を打ち抜き霧散し消滅させると、少女は面白くなさそうに息をついた。


「しかたないわね、それじゃあ少し相手をしてあげる。神に等しい力というものを思い知らせてあげる」

「――まったく、大きく出たものだな。俺にもその神と等しい力とやらを見せてもらおうか」


 がしゃん、と音を立ててステンドグラスが砕け床に降り注ぐ。

 リーゼが杖を振るい生み出した膜に阻まれ、私たちにガラスの破片が落ちてくることはなかった。

 ガラスに紛れ、ひらり、と羽が舞い落ちる。声のした方を見上げれば、背に翼をもつ人物が祭壇を挟んだ反対側に浮かんでいた。

 月明かりに映し出された天族は人でいうなら二十五・六というぐらい。薄暗くてもその髪が昼の澄んだ空と同じ色をしていることがはっきりとわかる。


「それをお前たちに渡すわけにはいかない」

「……なんで天族まで出てくるのよ」

「これも仕事なんでね。そういうわけだから、そっちの聖女たちも協力してくれるか?」


 ぷくり、と少女が頬を膨らませ、天族は先ほどより声のトーンを落とす。

 ばさりと翼をはばたかせ、少女よりさらに高い位置へと移動した天族は私たちによく通る声で問いかけた。

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