53 奇跡の街
黒い宝玉。
それを聞いて真っ先に思い浮かぶのはヴィルフリートの亡骸の変化した宝玉。だがそれは精霊の森にあるはずなので別物だろう。
フィーネの時代には存在していないはずの神器がいつ、どうやって教会に保管されるようになったのか。
フィーネは聖女として目覚める前に、神託を受けた教会によって保護された。
物心すらついていない幼少時に保護され、力が目覚めたのは当時の成人である十五歳の時。フィーネは直接神の声を聞いた人間によってその存在が明らかになったのだ。
フィーネ以降聖女は現れたという記録はない。つまり神器が光ったことなどないはず。
しかし教会は聖女が現れれば神器が反応する、と断言している。そして今回、実際に反応して光ったという。
そもそも本当に浄化の力に反応したのかすらもが怪しい。神器とは一体何なのかを知るためにも、一度現物を見てみたい。
「今はこれ以上詳しいことを聞くことは無理そうだね」
「ええ、決まりですから。さすがにこれ以上権力に屈するわけにはいきませんので、相手が殿下といえどもお話しすることはできません。さあ、もう日も傾いてきましたし暗くなる前にお戻りください」
「――わかったよ。それじゃあまた、お城で」
「はい。では、お連れの皆様もお気をつけて」
ジークは大げさに溜息をついて席を立つ。予想外にすんなり話を切り上げたので、私たちも慌てて立ち上がる。
そのまま押し出す様に私たちを教会の外へと送った神官の青年は、そこで初めて笑顔を作って見せた。
「皆様に主のご加護のあらんことを」
「はいはい。それじゃ」
ひらひらとジークが手を振り、私たちも軽く頭を下げて教会の敷地を出る。そこで待機していたジークの護衛と合流し、宿へと向かった。
「お客さんどうだい、聖女焼き一つ買っていかないかい!?」
「聖女饅頭はいらんかねー?」
「うちには木彫りの聖女像があるよー!」
「天族クッキーはどうだい? 安くしとくよ!」
宿へ向かう途中に通りがかった屋台の並ぶ通りでは商人の活気ある声が飛び交っていた。
本来なら人通りも減り屋台は店じまいをの準備をしているはずの時間だが、通りは昼間のような賑わいを見せている。
「……これは……」
どこのお店も声高に聖女や天族と叫び、所々に奇跡の街とうたうのぼりが掲げられている。
その光景には眩暈すら覚えた。
「聖女を模した焼印のついた饅頭か。商魂たくましいな」
「聖女焼きは体に良いとされるものを生地に混ぜ込み焼いたもの、だそうですわ」
「木彫りの像もなかなかの出来だよ。結構似てるんじゃないかな?」
「天族クッキー……うまい…………」
「翼を象ったクッキーか。ふぅん、他にも色々あるようだね」
通りすがりに覗いてみれば、聖女や天族が現れてからまだ数時間だというのに多くのお店で聖女や天族にあやかる商品が並んでいた。そしてアルボはいつの間にか天族クッキーを買って食べている。一見ぼんやりしているが妙なところで行動が早い。
教会に駆け込んだ人間も多かったが、魔王などの脅威に心当たりがない人々にとっては慌てるようなことでもなく、むしろ聖女と天族が現れた街としてマティアスに所縁のある教会以上の観光の名所になると判断したのだろう。
何より残念な点は、新たな聖女はまだその外見がほぼ知られていないため、人々が参考にしたのが二百年前の聖女であるフィーネの像の外見だというところだ。嫌すぎる。
宿に到着すると、すでに私とリーゼの部屋が用意されていた。騎士学校を出てから空気のようについてきていた護衛は二人だったのだが、実際護衛は三人いてそのうちの一人が先に宿に戻り部屋を確保していたらしい。
「うん、夕食は部屋で食べるよ。――あぁ、毒見は必要ない。彼らも毒を盛られたぐらいで死なないから大丈夫だよ」
「――了解しました。では」
「それじゃあよろしくね」
とりあえずジークの部屋に入った私たちは部屋の入口で護衛の騎士と話をするジークを半眼で眺めていた。
「確かに未知のものでもなければ毒を無効化できる自信はあるが……」
「あの言い方は引っかかるわね」
「……大丈夫。エフィーなら……死にそうに、ない…………ぐえ」
「平和そうなのに、毒殺の心配をしなきゃいけないんだね」
「確かに一見平和かもしれませんが、だからといってすべての争いがないわけではありませんから」
「――そうだね」
毒の無効化は神聖魔法の領域なので私やマリウスが得意とする分野だ。ジークも私たちほどではないが十分優れているといえる。
ヴィルの言葉にリーゼが答え、少しの間を空けてヴィルが頷いた。
「さて。夕食が準備出来るまでの間にお風呂に入ってくる?」
話を終え、上着を脱ぎつつジークが尋ねる。私とリーゼは顔を見合わせ、勢いよくジークに向き直った。
「もちろんですわ」
「訓練棟には湯船が無かったのよねー」
「ここのお風呂には浴槽があるからゆっくりしてくるといいよ。まぁ、女性用のお風呂がどうかはわからないけれど快適であることに間違いないだろうから」
目を輝かせる私たちにジークはくすくすと笑みをこぼす。しかし次の瞬間、私たちの後ろでさらに目を輝かせている存在に気づき目を瞬かせた。
「殿、下。俺も……風呂、入りたい……」
「もちろん構わないよ」
「――そうか、お前は木属性だったな。水とは相性がいいのか」
「風呂、好き……太陽の光を浴びる、のも好き……」
「でも長湯しすぎると根が腐るんじゃない?」
「木じゃないから無問題。……ふやけすぎてクルトが悲鳴を上げる、ぐらい」
陽に当たりながら無表情で佇むアルボ。
湯船に浸かりすぎてふにゃふにゃになったアルボを見て悲鳴を上げるクルト先生の姿。
そのどちらも容易に想像でき、クルト先生の疲れた様子の原因の一端が垣間見えた気がした。
「では私たちがお風呂に入っている間、アルボは保護者であるマリウスの言うことをよく聞いてお風呂にいってきてくださいませ」
「誰が保護者だ。立場的に考えてリーゼ、お前が保護者だろう」
「そうかもしれませんが、マリウスも十分保護者的立場かと思いまして」
早くお風呂に行きたいリーゼはアルボをマリウスに一任する。
マリウスは保護者という言葉に不満を漏らし、リーゼは何が不満なのかわからないというように首を傾げた。
「それじゃあアルボが二人の息子みたいじゃないか! よし、僕もアルボの保護者になる!」
「面倒なので殿下は黙っていてくださいませ」
「……風呂…………」
勢いよく手を上げてジークが保護者に名乗りを上げ、リーゼがジークを振り返ることなく切り捨てる。アルボは明後日の方向を見つめながら、無表情ながらもまだ見ぬ風呂に思いをはせているようだった。
四人が騒いでいる間に私はさっさと部屋を出て、外に立っている騎士にお風呂の場所を確認し、隣の自分たちの宿泊する部屋から部屋着を取ってくる。そしてリーゼを待たずにお風呂へと向かった。
途中、当然のように着いてきたヴィルを振り返る。
「どう思う?」
「聖女と天族のこと?」
「それも気になるけど……神器が引っかかるのよね」
「確かに、一度見てみたいところだね」
「ヴィルは何か気づいていると思っていたんだけど?」
「うーん、確信は持てていないから。詳しいことはまた夜にでも」
ヴィルが足を止めたのは女性用のお風呂のすこし手前。王族も利用する宿はお風呂の入口すら立派な作りだった。
「終わったら迎えに来るから。もし俺がいなかったら中で待っていて」
「わかったわ」
何故中なのか不思議に思いながら中に入ると、入り口に女性の従業員が立っていた。中々体格の良い女性で、お風呂に入る女性客の安心と安全を守っているらしい。
脱衣所でもそもそと服を脱いでいると瞳を潤ませたリーゼがやってきて、声もかけずにおいていったことを責められた。
高級な宿はやはりお風呂も素晴らしい。
魔法で加工された花が浮かぶ仄かに花の香りが漂う乳白色の湯船。ゆったりと浸かれば日に焼けて荒れた肌もしっとりとした肌触りとなる。
気分よく鼻歌交じりでお風呂を出たところ、ヴィルだけでなくジークとマリウス、そしてマリウスに首根っこを掴まれたアルボが待ち構えていた。もちろん一人だけだが護衛もいて、五人がずらりと並んで待っていると状態にいう私とリーゼが思わず後ずさったのは仕方がないと思う。
その後なんだかんだと夕食も済ませ、ジークたちと別れてリーゼと二人部屋に戻った。
夜も更けて世界が静寂に包まれた中、私とリーゼは部屋着から制服へと着替えている。
「お待たせ」
開け放たれた窓からふわりと風が吹き抜け、ひょっこりヴィルとジークが顔をだした。
「マリウスはどうしましたの?」
「ヴィルが寝かせて、起きないように闇で包んじゃったんだよ。本当にすごいよね」
「そうですか。ではマリウスにはアクヴォについていてもらいますわ。お願いしますわね、アクヴォ」
「はい、任せてください」
リーゼの呼びかけでアクヴォが姿を見せる。今日は最初に見た耳の生えた子供の姿だった。
アクヴォが恭しく頭を下げると、水の膜がアクヴォを包み込む。一瞬の間の後、水は霧となって弾けそこにはジークの姿をしたアクヴォが立っていた。
ジークの姿になったアクヴォはにこりと微笑むと、ふわふわと漂うように窓からジークたちの部屋へと入っていく。
「これでもしマリウスが起きたり部屋に誰かが入ってきても誤魔化せますわね」
「そうだね。でも俺やアルボは……?」
「二人で散歩しているということで」
「まぁそんな心配は無用だし、それでいいか」
ヴィルの力で眠っているのならマリウスが起きることはないだろう。もちろん扉の外に立っている騎士が異変に気づくこともまずありえない。
ヴェントの力で宙に浮き窓から部屋の様子を窺ってみる。
覗いてみると、ジークの姿でベッドに座るアクヴォとその対角線上にあるベッドの上に繭状の大きな黒い闇が見えた。中にいるのはマリウスで間違いないのだが、でかい虫が出てきそうにしか見えない。穏便に済ませるためとはいえ、何とも気の毒な状態だ。
「それじゃ、行こう」
その言葉に頷き、ヴィルの生み出す闇み紛れて私たちは夜の街へと飛び出した。




