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52 交流会7 教会と神器

 撤収を無事に終えたが今日中にウーアに戻るには少し遅い時間。

 明日は学校も休みなので慌てて帰る必要もなく、無理に帰らず騎士科の訓練棟に宿泊させてもらおうかと話していたところ、ジークが素晴らしいことを思いついたと言う顔で私たちの会話を遮った。


「僕が泊まる宿で反省会をしない? 警備もついているからアンネやエフィーも安心だよ」

「私たちだけでも十分安全かと思いますが」

「…………否定はしないけどね。僕がここに宿泊するのはちょっと問題があるから」

「確かにジークが宿泊するとなると、普通の警備というわけにはいかないだろうな」

「うん。多少手狭にはなるけれど、全員僕と同じ部屋でも問題ないだろうし」

「なるほど」


 元聖女に元魔法師と元魔王。それに目覚めてはいないが元神官。守られるような立場ではないが、世間から見れば王子とその婚約者に学友たち。そのことを公にはできないし、一見どんなに平和な世に見えても、いくら本人やその友人たちもが優秀だとしても、王子が警護なしにふらふらしているのは問題がある。

 魔法科で残るのは私たちだけ。王族のジークほどでなくても、私たちが騎士学校に残れば私たち四人のために警備は増える。

 ヴィルは一人頷くと、きらりと目を輝かせ微笑を浮かべた。


「俺も……忘れないで」


 私の心を読んだかのようにアルボがぼそりと呟く。

 忘れていたアルボを入れて私たち五人の警護。その手間をかけさせないためにもジークと一緒に宿に宿泊すればいい、ということだろう。一緒の部屋ならば部屋代の心配もない。


「つまりジークはリーゼと一緒の部屋に泊まりたい。俺たちも一緒ならリーゼも警戒しないだろう、と。そして寝顔を堪能しようという魂胆だね」

「――っ! やはり同志にはわかってしまうのか……」

「殿下…………」

「俺もフィーと一つ屋根の下はあっても同じ部屋というのはなかったから。その気持ちよくわかるよ」

「君ならわかってくれると思っていたよ」


 リーゼの冷たい眼差しが目に入らないのか、ジークとヴィルはがっちりと手を組んで友情を確かめ合う。


「阿呆。羨ましそうな目するんじゃない。ジークは形ばかりの婚約者で所詮他人。しかしお前は違うだろう?」

「……主従、関係……!」


 手を組む二人に無表情ながら羨望の眼差しをむけていたアルボの頭をがっしりとつかみ、マリウスは強制的にアルボの顔をリーゼへと向けた。マリウスの言葉にアルボは表情を変えることはなかったが、瞳の奥に歓喜の色を滲ませる。その様子にマリウスは満足げに頷いたのだが――どこから、いや、まず誰からつっこめばいいのだろうか。


「変な噂が流されても困りますので、私とエフィーは別に部屋をとります」

「ごめん、リーゼ。うちはそんなに裕福じゃないから無理。どうしてもっていうのならこっそり屋根の上にでも……」

「エフィーは私が取った部屋に一緒に泊まってくれればいいのですわ。さすがに私一人では心細いですし」

「――わかったわ」


 もちろんそれはリーゼの建前に過ぎない。

 戦闘経験の豊富な前世の記憶と従者としての力をもつリーゼは下手な護衛よりずっと強い。しかもその周りには常に契約した五匹の精霊達がいる。アルボを除外しても寂しいということはないだろう。


「ちょっと寄りたい場所もあるし、そろそろ行こうか。学校の外に出ると護衛がついてくるけど気にしないでね」

「寄りたい場所って?」

「僕の知的好奇心を満たす場所」


 尋ねる私にジークはピンと立てた人差し指を頬に当てにっこりと微笑んだ。




 ルバルツに来た時に見た大きな教会。

 ジークの護衛を敷地の入り口付近に残し、建物の正面入り口の少し手前から見上げる。通り過ぎた時には気づかなかったが屋根の下にある聖女の彫刻の周りに、従者たちを模したと思われる彫刻があった。

 聖女とは大きさが違うので近くに来るまで気づかなかったが、よく見ればその一つはジークとその雰囲気がよく似ている。他にも女性と大きな十字架を持った男性の像があるので従者で間違いないだろう。

 ちなみにマティアスの獲物は剣だったので彫刻のような大きな十字架など持ち歩いていない。マティアスが所持していた十字架は、精々ネックレスについていた小さなものだけだ。


「そういうことですの」

「どういうこと?」


 リーゼは彫刻を一瞥すると大きく溜息をつく。

 この教会がどうしてジークの知的好奇心とやらを満たすことができるのかわからず、首を傾げた私の肩にマリウスの手が添えられた。


「ここに来たということは、やはり交流会に現れたのは聖女であるという確証を得るためか」

「そうだよ。ここはあの神官マティアスが従者となる前に務めていた教会。神器があるのだから何かわかると思わないかい?」


 マリウスはすぐに私の肩から手を離し、ジークの隣へと歩み寄る。

 ジークはそう言いながら口角を持ち上げ、マリウスは難しい顔で彫刻を見上げた。


「観光地としても有名だよね、この教会」

「私は知らなかったけど」

「エフィーは俗世間とはかけ離れた生活を送っていたのですから仕方ありませんわ」


 ヴィルもこの教会の事は知っていたようで面白そうに教会の建物を眺めていた。

 元魔王すら知っている情報を前世では仲間だったはずの私が知らなかったことに動揺を隠せない。リーゼが微妙なフォローをしてくれたが、フィーネがそのことをマティアスから聞いていなかったとも思えず、当時頭がお花畑だったフィーネが聞いていなかっただけだろう。


「……マティアスの…………」


 前世のこととはいえ我ながら薄情である。マリウスの背中を盗み見ながら、心の中でこっそりマティアスにフィーネの薄情さを謝罪した。


「ほら、行くよー」


 ジークの声で我に返り、慌てて建物の中へと消えていく友人たちを追う。

 観光客にも開放された教会の中で懐かしい気配を感じたような気がした。


「そこを何とか。僕と君の仲でしょ?」

「殿下、誤解を招くような言い方はお控えください。とにかくここでは目立ちますのでこちらへ」


 教会をすこし進むと、そこで先にきていたジークが一人の神官に絡んでいた。

 その神官はまだ二十代後半ぐらいの青年だが、身に着けている神官服は他の神官とデザインが違い他の神官よりも位が高いことが窺える。

 心底迷惑そうな顔をしつつジークを教会の一室へと促す神官は、王子であるジークに物怖じすることもなく、その言葉こそ丁寧だが気安い仲を感じさせた。二人は古くからの知り合いといった様子だ。

 私たちは通された部屋で小さな机を囲んで座り、出されたお茶をすすりながら神官の青年が座るのを待つ。


「さて、それではもう一度お話をお聞きしましょうか」

「だから、神器に何か反応があったかを聞きに来たんだよ」

「……昼間この町の上空に現れた聖女様と天族らしき人影、ですか」

「うん。正しくは騎士学校――そこの僕たちが演劇をしていた場所の真上、だ」


 空いた席に座り、ゆっくりとした調子で話を切り出した青年を見つめるジークの目が真剣な光を帯びる。

 神官の青年は細く長く息を吐いて私たちを見回した。


「まさか勇者として目覚めた――なんて仰いませんよね?」

「さすがに勇者はないよ」

「それはよかった。これ以上私たちの仕事を増やされては困りますから」

「その様子じゃかなり多くの人々が駆け込んできたようだね」


 ジークは微笑を湛えたまま青年の言葉を否定したが、言外に従者としては目覚めているのだと含んでいる。

 やはり街の住人も聖女と天族の姿に気づき、聖女と一番関わりが深いであろう教会を訪れたのだろう。神官の青年は疲れた様子で肩を落とした。


「遅かれ早かれわかることですし、殿下にはすぐ伝わることですからお教えしますが――」

「ああ、大丈夫。他言しないし、彼らもするようなことはないから」

「では私は殿下の権力に屈したということで」


 神官の青年の視線が私たちに向けられ、ジークはパタパタと手を振って言葉の先を促した。

 神官らしくない前置きを述べ、青年が口を開く。


「単刀直入に言いますと、確かに神器は反応を示しました。上空に現れたのは聖女様で間違いないと思われます。ですのでもう片方の人影も天族であるとみて間違いはないかと」


 ――やはり神器はあの少女に反応していた。あの少女が魔王であったことは間違いないので聖女かと聞かれれば首を傾げるが、最後に見せたあの力は確かに浄化の力でその力に神器が反応していても不思議ではない。


「神器は目覚めの時のみ反応するんだよね?」

「ええ。理由はわかりませんが、天族と共にいた聖女様がこの町の上空で聖女として目覚められた。教会はそう判断しています」

「神器が壊れたとかそういうことは?」

「ありえません」

「じゃあすぐに城にも報告がくるわけだ」

「ええ。その後聖女様を探すための儀式が執り行われることになります」

 

 もういっそ神器を破壊して帰ろうかという物騒な考えが脳裏に浮かぶ。その考えが顔に出ていたのか、膝の上で握りしめていた私の手にリーゼがそっと手を添えて小さく首を振った。

 確かに破壊すれば見つけづらくはなるだろうが根本的な解決ではない。むしろ人々の不安を煽り聖女探しに力が入るだけの結果になりかねない。


「――俺たちもその神器というものを見せてもらうことは可能だろうか?」


 マリウスが尋ねると、神官の青年は静かに首を左右に振った。


「無理だよ、マリウス。王族でも儀式に立ち会う以外で見ることはできない」

「そうですか。では神器がどういったものかを教えていただくことは?」

「それなら僕でも教えられるかな」


 神器には私も少し興味があった。

 私の望む平穏な未来を妨害する障害となりうる神器。二百年前はそういったものはなく、聖女を見つけるのは他の方法であったはずだ。


「これぐらいの黒い宝玉が埋め込まれた、翼を象った銀の彫刻だよ」


 ジークは親指と人差し指で輪を作りマリウスに見せる。

 それを見たマリウスは眉を寄せ、その隣でヴィルがすっと目を細めた。

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