51 交流会6 魔王と聖女
「貴方だってこっち側の人でしょ。私と一緒に来るべきだわ」
そう言って差し伸べられた少女の手がヴィルの頬に触れるその瞬間、パチリ、と弾ける音がして少女が手を引いた。
ヴィルは冷たい眼差しで少女を見る。ヴィルの魔力がはっきりと少女を拒絶していた。
「悪いけど君とは違う。一緒に行くことはありえない」
「そう? でも人間って気が変わる生き物でしょ。だったらその気にさせればいいだけよね」
言葉でもはっきりと拒絶したヴィルに少女はくすりと微笑んで右手を掲げる。少女の漆黒の瞳が楽しそうに細められた。
背筋がぞくりと震え、迷わず力を解放する。私が小さく震えたことで抱える腕に僅かに力を込めたヴィルだったが、私が力を解放したことで腕を離して私をその背に隠す。
少女が手を振り下ろすのと同時に強大な闇の魔力が私たちを襲った。
「ふふっ。その聖女がいなければ、一緒に来てくれる気になるでしょ?」
「ふっ、ふざけんなあぁぁぁっ!」
可愛らしい口調だが、要は私が邪魔だから消すという物騒な内容だ。その言葉を実行すべく振るわれた力も強大。リーゼたちならばなんとかなるかもしれないが、そうでない生徒も大勢いる。少女は多くの人間を巻き込むことなど気に留めていない。
シスターに聞かれたらお仕置きは免れない言葉を叫び、私は少女のふるった力を浄化し打ち消した。同時に地上に広がる闇の一部の浄化してしまったが、今はそれを気にかけている場合ではない。
「もうっ、やっぱり起きたてだからあんまり力が出ないわね。残念だけど二人の相手をするのは無理そうだから今日は帰る。大丈夫、次はちゃんと遊んであげるから」
不貞腐れる子供の様に少女はぷくりと頬を膨らませてブツブツと呟く。そして溜息をつくと再びにっこりと笑顔を作り、ひらひらと手を振った。
「……すんなりと逃がすと思ってる?」
「もう、面倒臭いー」
少女をヴィルの魔力が蔦のように巻き付き拘束する。しかし少女は唇を尖らせるだけで、焦った様子が全く見られないどころか再び笑みを浮かべた。
少女の力に呼応するようにルバルツの上空に残っていた微かな力が震える。
「確かに私と貴方とは同じではないわね。――だって、私の方が上位だもの」
少女は浮かべる笑みを深くして、自身を拘束する魔力の蔦を塵へと変えた。
ヴィルが珍しく舌打ちし、前に出た私を再びその背に隠す。
「もうちょっといけると思ったのに、やっぱり寝起きじゃダメね。そうじゃなくても聖女とか勇者って相性が悪いんだし。ホント、聖女って大嫌い」
忌々しく私を睨む少女がかざす手に再び力が集まる。その力を包み込むかのようにヴィルの魔力が抑え込むが、じりじりと押されているのは明らかだった。
ヴィルの力を打ち破った少女が放った力はルバルツの街全体を飲み込むほどの広範囲に広げられている。それを見越していた私は少女より一瞬早く力を放っていた。
少女がこの場から離れるのに一番の邪魔になるのは私の力だ。
私が下を気にしているのはすぐにわかるだろうから、何かあれば街を庇う行動をとるのは容易に想像できるだろう。ならばどうするか。
簡単だ。考えるまでもなく、街に向かって攻撃すればいい。それがわかっていたから私は前もって街を守るための行動に出ていた。
再びヴィルが少女に力を放ち、少女がその戒めを消し去ろうと力を込める。
するとあの微かに残された力が再度呼応した。咄嗟に一番近くに感じるその力の一部を浄化する。
魔力の呼応が止み、少女が目を見開く。その瞬間、天から一筋の光が降り注ぎ、少女の胸を貫いた。
「この力……」
「――そこ」
驚きで目を見張る私に、ヴィルが目を細めてさらに上空を指差す。
見上げると、昼下がりでまだ高い位置にある太陽を背にその人物は翼を広げていた。逆光の中なのでその姿をはっきりと捉えることはできないが、その背に翼があることは間違いようがない。
「天族?」
「だろうね。さっきの力もフィーと似ていたから間違いないと思うよ」
羽に残された力程度では気づきにくいが、今ははっきりと感じ取れた。確かに先ほど少女を貫いた光は浄化の光。その力をよく知る私とヴィルが間違えるはずがない。
今少女から感じるのは未だその体を拘束しているヴィルの魔力だけ。少女の持つ闇の魔力は完全に消えていた。
少女を再び天族の浄化の力が包み込む。先ほど貫いたものとは違う、柔らかい力だった。
「やっぱりそうか」
ヴィルはそう呟くと打ち消される前に少女を魔力の枷から解放し、私は首を傾げつつその背中越しに少女を見た。
少女の髪から黒い霧状のものがゆらゆらと流れ出て、見る間にその色を変化させていく。
「う……」
少女が呻いてうっすらとその瞳を開く。そして私と目が合うとにっこりと微笑んで両手を広げた。
――驚いた。
その色と新たに感じた少女の力に。
漆黒だったはずの瞳は空と同じ色。闇を思わせた黒髪は銀色に変化し日の光を受けてきらきらと輝きを放つ。
どちらも力を解放した私と同じ色。どちらも聖女の持つとされる特徴的な色だ。
確かに青い瞳の人間は多く存在しているので分かり辛いかもしれないが、銀の髪色を持つ者は聖女以外では聞いたことがない。
そして今、少女は浄化の力を街と一部は私が浄化した街を囲むように残っていた力に向けていた。
「フィー、戻るよ」
「え? でも……」
「舞台の闇が消えかけてる。もう大丈夫だから、早く戻った方がいい」
再び腰にヴィルの腕が回される。
天族と少女を見ると、天族は逆光でよくわからないが少女はヴィルに同意するかのように頷いた。
私の言葉を遮るとヴィルはそのまま舞台へと向かい、私は慌てて力を抑え込んだ。
舞台に戻って見上げると、上空に少女の姿が見えた。やはり下からはしっかり見えていたようだ。
その時すでに天族の姿はなく、すぐに少女も光に包まれその姿を消した。
「話は後で聞きますから、とりあえず演技を続けてくださいませ」
「……うん」
リーゼの言葉に頷き、その場に寝そべったリーゼの傍らに膝をつく。
闇が消えると舞台上では魔王が膝をつき、倒れる。同じく倒れた聖女を勇者が抱き起すが聖女は小さく微笑んでその瞳を閉じた。
そこで当初の予定通り場面が王都へと変わる。
客席からざわめきが起きるが、観客は今の出来事は演出であったと判断したようで特に混乱は起きなかった。
私とジークは急いで衣装を着替るために急いで舞台裏へと向かう。
「エフィー、最後もがんばってくださいませ」
「私も……エフェメラさんの雄姿を舞台袖から見守っています!」
「うん、行ってくる」
着替えを手伝ってくれたリーゼとルナの二人に見送られ、急いで舞台へと戻る。舞台袖にはヴィルとマリウス、そして一足先に着替え終わったジークが待っていた。
ヴィルとマリウスが私の肩に手を置いて私を送り出し、ジークに手を引かれて舞台へと上がる。
お祝いに駆け付けた国民はその場の主役を待ちわびていた。
そこに主役である勇者と魔法師が姿を現すとその場は歓喜に包まれる。勇者と魔法師の結婚のお披露目のシーンだ。
『――聖女によってこの世界に再びもたらされた平和を、勇者と魔法師、そして代々の子孫は守り続けました。また、神官はその後表舞台に姿を現すことはありませんでしたが、陰から勇者たち、そしてこの国、この世界を見守り続けました』
練習通りのナレーションで幕が下りる。
割れんばかりの拍手の中、ジークにお姫様抱っこをされるという羞恥プレイをされつつ笑顔で客席に手を振った。
とりあえず無事に魔法科の演劇は終了したのだが、問題は山積みである。
まず、舞台から降りた私たちをクルト先生が待ち構えていた。やはり先生はあれを演出だとは思わなかったようだ。
それぞれの科の出し物が終わった後、会場は生徒同士の交流の場となる。
一足先に撤去を終えた騎士科の使用した場所にちょっとしたお茶会の会場が出来上がっており、そこで生徒たちが僅かな時間ではあるが共に時間を過ごす。
本来なら代表はその場の監視役も務めるのだが、魔法科からは三年生と二年生の代表の一人だけがその役目を務めていた。
「それじゃあ何があったのか詳しく説明してもらえますか?」
訓練棟の一室で、私と一年生代表の三人、そして二年生代表であるジークはクルト先生と向かい合っていた。
あの闇を私たちの仕業だとは思っているわけではないようだが、何か気づいたことがあれば話を聞きたいということらしい。
「わかりません。突然闇に包まれましたが、その場を混乱させるわけにはいかなかったので演出のフリをしただけです」
「対処の方法はわかりませんでしたが、異変に気づけば先生方が何らかの対処してくださると思いましたので」
「確かにそれはそうなんですけど、あれはあまりにも異常です。それにあの時、空にいたのは……」
しれっとジークが答えマリウスが言葉を続ける。
クルト先生は眉を寄せるが確かにあの状態では適切な判断であったはずだ。それよりも空に姿を見せた存在に先生も驚きを隠せないでいた。
ちなみにリーゼとジークに確認したところ、私とヴィルの姿は下からは見えていなかったらしい。
そもそもヴィルはずっと幻術を維持したままであったし、実際リーゼたちから見えるようになったのは私が闇の一部を浄化してから。その後は天族と聖女の出現で人々の意識はそちらに向けられていたのでまず気づいた人間はいないだろうということだ。
ヴィルがあっさり力負けしたのは幻術を維持していたことも理由の一つなのだろうが、少女の言っていた自分が上位であるという言葉が引っかかる。何よりわからないのはその上位の魔王が聖女になったということだ。
「――うん、エフェメラ君は何もわかっていないようですね」
悩む私に視線を向けたクルト先生はあっさりと視線をリーゼに移す。
もちろんリーゼからも有力な情報得られずクルト先生は脱力して椅子に背を預けたのだった。
今回の事は演劇の演出だったと演劇を見ていなかった生徒にも説明されているそうだ。そしてその演出は一年生と二年生のジークの手によるものということになるらしい。やはり私はその中から除外されていた。
ちなみに今回の出来事は天族や聖女といった確証はないが国には報告される。何より今回は将軍がいたのでもう国には伝わっているだろうというのがクルト先生の見解だ。
将軍が気づいていなくても話を聞いた人間が気づかないとも限らない。聖女を求める教会は確証がないとはいえ、当然ジークの言っていたしかるべき手段で聖女を探すだろう。一応教会が探すことになるのはあの少女のほうだろう、何か変化があったら教えてくれるとジークは言ってくれたのだが、さすがに楽観する気にはならなかった。




