05 友達ができました
――暖かい、懐かしい力。
遠い記憶の向こうの大切で懐かしい姿が思い起こされた。
フィーネの死後、みんながどうなったのかが気になって少し調べたことがある。
聖女の話のこともあるし伝わっている話のどこまでが真実かはわからないけれど、それでも気になって図書館で資料を探したのだ。
ジークは勇者として、そして立派な国王としてリーゼと共に人生を歩んでいた。
みんなの中で一番記録が残っているのは間違いなくジークだろう。そういえば、リーゼの尻に敷かれていたような記述がちらほら見受けられ、どれだけ立派になってもジークはジークなのだと安心した。
リーゼがジークと結婚していたのは少々驚いたけれど、ジークと仲は良かったし、貴族令嬢でもあったのだからある意味当然のことだったのかもしれない。
そのことを恨んでなんてないし、ジークにとってもよかったと思う。ただちょっと羨みはしたけれど。
マティアスは魔王討伐の後に神官から司祭に役職が上がったらしいのだが、それ以外の記録が一切見当たらなかった。
確かにジークたちに比べれば華々しい立場でもなかったので記録が少ないのは仕方がないのかもしれないけれど、マディアスだって苦労を共にした大切な仲間なのだから少し寂しくもある。
ヴィルは……魔王だったこともあって、その名前こそ伝わっていないけれど、ジークの次に多くの記録が残っていた。ただしそれは魔王としての記録なので、称えられるジークとは真逆のものばかり。しかも実際私が見聞きしたものよりずっと誇張されたものだった。
何故、今思い出しているのだろう。
確か私は……――そうだ、馬車に撥ねられたんだった。ということは、これは死に際などによく見ると聞く走馬灯というものだろうか。
前回はそんな余裕もなく命が尽きてしまったのでこれが初体験だ。嫌すぎる初体験だけれど。
「あら~、これぐらいで諦めるの?」
聞きなれた声に振り返ると、そこにはシスターがにこにこと微笑みながら立っていた。
確かに口元は弧を描き微笑む形を作ってこそいるが……目はちっとも笑っていない。うん、間違いなくお怒りです。
「みんな待ってるわよ~。さっさと起きなさい」
シスターの声と共に、ばちん、と何かに弾かれふわふわと漂うような感覚が吹き飛び、急激に意識が浮上した。
まず最初に視界に移ったのはぼんやりとした茶色の――恐らく天井。そしてそれはすぐに一面の淡い紫で埋め尽くされる。
ぎりぎりと体が締め付けられ呼吸をすることもままならなく、酸素を求め必死にその戒めから逃れようと試みた。
「おい。そのままだと今度こそ本当に死……」
「――ぷっはあぁ! 苦しいじゃないのっ!」
何やら咎める様な言葉が聞こえた気がしたが、余裕のない私は思い切り締め付けていた何かを振りほどいていた。
すはすはと新しい酸素を取り込んで、やっと自分の置かれた状況を確認する余裕ができる。
「うっきゃあぁ!」
ちょっと間の抜けた悲鳴を上げて吹っ飛んでいく淡い紫の髪の少女。どうやら私は彼女に抱きつかれていて、その拘束から逃れようとして勢い余って彼女を投げ飛ばしてしまったらしい。
これもすべてはシスターの教育の賜物なのだが、さすがに怪我をさせるのはまずいと魔法を使おうか一瞬躊躇したその時、ふわりと風が吹いたかと思うと突然現れた男性が少女を抱きとめた。
「それだけ元気ならばもう大丈夫ですね」
ふわり、とその男性が微笑む。その傍らには風の精霊がふわふわと漂い、室内で風もないのに精霊と同じ緑の髪が揺れ、髪と同色の瞳がじっとこちらを見つめていた。
何となく気まずくて視線を逸らし……顔に触れてみると、やはりメガネがない。
メガネを探して視線をさまよわせると、私が寝ていたベッドの隣に座る見知らぬ青年と目が合った。制服は着ていないので、私と同じ事故に巻き込まれた受験生なのかもしれない。
私の探し物が何であるのかを察した男性がメガネを差し出してくれたのだが、フレームは曲がり、レンズは割れてしまっていて使い物になりそうにない。しかし天に召されなかくて済んだのだから十分だろう。
男性は少女を自身の隣に立たせると、私の様子を伺うかのようにじっとこちらを覗き込む。
「まさか学校の目の前で事故が起きるとは、本当に驚きました。覚えていますか?」
「馬車が突っ込んできたところまでは」
私の答えに少女が目を伏せ俯く。
そういえば、この少女どこかで見覚えがあるような……
「あー! 突っ込んできた馬車に乗ってた子!」
「申し訳ありませんでしたわっ!」
びしりと指を突きつけて思わず叫んだ私に、少女はばっと頭を下げて謝罪した。馬車で学校まで通学していたから貴族だろうし、薄紫の髪でふわふわなツインテールがよく似合い、少しだけキツそうな印象を受ける少しツリ目がちな赤い瞳というその外見からも、まさか第一声が謝罪だとは思いもしなかった。
外見で判断しちゃいけないのは重々わかっていたけれど、貴族だろう思うとつい。二百年前の貴族は庶民に謝罪なんてしなかったから。
「貴族って、庶民を轢いても馬車が汚れたとか文句を言うとばかり思ってた」
「そういった人は確かにいますけど……それはごく一部の人間ですわ。それに私たちは――学友になるんですから、身分なんて関係ありません」
私の言葉に彼女は眉をひそめ、すぐにふいっと横を向いて何気なく告げたのだが、その頬は少しだけ赤みを帯びていた。
――これはまさか、町で同年代の少女たちが持っていた薄い本の中に載っていた、一部の人間に熱烈な支持を受けるというツンデレとかいう性質だろうか。まさか本当に実在するとは。けれど言っていることは真っ当で、とても好感が持てる。
「うーん、試験に受かればそうかもしれないけれど。というかもう試験は終わってるんじゃ?」
「いえ、試験のことなら問題ありませんよ」
「……へ? 私は馬車に突っ込まれたけれど奇跡的に生還したとかじゃ?」
……だって服は目を背けたくなるほど血みどろだし。
間の抜けた声を上げた私に答えたのは目の前の男性ではなく隣に座っていた青年だった。
「確かに馬車は突っ込んだが、乗っていた本人が魔法で軌道を修正し、同時にお前に衝撃を軽減させる魔法も展開させていた。
だからお前に突っ込んだのは馬車ではなく、軌道が変わった際に外れた馬車の車輪だ。魔法によって衝撃がかなり弱められた、な」
「わー、よくわからないけどすごいね」
「ええ、彼女は優秀な魔術師ですよ。そしてそこの彼も。
いくら衝撃が弱くなっていたとはいえ馬車の車輪が直撃してますからね。結構危ない状況でした。その傷をちょうど居合わせた彼が魔法で癒してくれたんです」
つまり、彼が命の恩人ということ。
私はくるりと向き直り、ベッドの上に正座してきっちりと頭を下げた。
「助けていただきありがとうございました」
「いや、偶然……その場にいて、回復魔法が得意だったというだけだ」
「いやいや、本当にありがとうございました」
「……ああ」
顔をあげてまじまじとその青年を見つめて、気が付いた。
この人、マティアスによく似ている、と。それは外見がということではなくて、雰囲気がということだ。
赤髪赤眼のマティアスと違い、青年は茶髪に空色の瞳。顔立ちはどちらも整っているけれど、目の前の彼のほうがその視線は鋭い。キツイ感じではなく、精悍な顔立ちといったところだ。
「俺の顔に何か?」
「あ、何となく昔の知り合いに似ている気がしただけで。気を悪くしたならごめんなさい」
「いや、そんなことはない」
再び頭を下げる私に彼は少しため息交じりに、けれど嫌そうな雰囲気は微塵も見せずに答える。
そうだ、彼は話し方がマティアスとよく似ているんだ。基本的に口数が少ないところも。
「さて、試験のことなんですけれど」
「あ、はい」
こほん、と咳払いして男性が一歩前にでる。
試験がどうなったのか、何が大丈夫なのかとても気になるところだ。私はその入学試験を受けに来たのだから。
「結論から言いますと……ここにいる三人は試験に合格し、入学が認められました」
「――何故」
意味がわからず思い切り困惑する私と対照的に涼しい顔をしたままの二人。
恐らく二人はすでに説明を受けているということなのだろう。
「入学試験で試されるのは、魔力の高さや技術ではなく咄嗟の判断力や応用力なんです。技術などはこれから習うのですから多少低くても問題ありません。
それはその後の成長の可能性を重要視しているからなんです」
「つまりその二人は……」
「ええ、彼女は事故回避のための行動が認められ、彼は迅速な行動と優秀な回復魔法が評価されました。
二人ともすでに優秀な魔術師ではありますが、まだ伸びる可能性も高い」
確かに話を聞く限り、二人はとても優秀なのだということはわかる。魔法の同時行使などかなり難易度が高いし、服を見る限り恐ろしく酷かったであろう怪我をすっかりと治してしまうほどの回復魔法の使い手なのだから。
――私は? 魔法など使っていないし、何も対処できずに事故にあっただけだ。
「ちなみに、あなたはその生命力が評価されました」
「それって判断も応用力も関係ないんじゃ……」
「そうですね……敢えて言うならば、精霊が見えるようですからそれでいいでしょう?」
小首を傾げ、男性はにっこりと微笑む。
あの一瞬で精霊が見えると気づかれていたらしい。それより精霊云々は明らかに今付け足したように聞こえたのだけれど。
「あ、そういえば……どなたですか?」
「今更それを聞きますか。僕はここの教師で今回の入学試験の試験官の一人でクルトと言います。よろしくお願いしますね、エフェメラ君」
クルトと名乗った先生は再びにっこりと笑みを浮かべ、めでたく学友となった二人もそれぞれ笑みを浮かべていた。
今更ですが、エフィーの正式な名前はエフェメラです。
エフィーは愛称。