49 交流会4 将軍襲来
私を将軍から庇うように立つヴィルを中心に、右へ動けば将軍も重装備とは思えぬほど機敏な動きで右に動く。慌てて左へ逃れようとすれば左へ。最後はにじり寄ってくるのでじりじりと後退し、ヴィルの周りをぐるぐると回ることになった。
「ブラウン将軍、そろそろ落ち着いたらどうだい?」
「将軍、生徒たちが驚いていますからこちらへ。君たちも一緒に来てください」
「む、そうだな。私としたことが……」
呆れたようなジークの声に将軍は涙をぴたりと止め、慌てて佇まいを正した。
クルト先生が先生を校舎の方向へと将軍を促し、くるりと私たちを振り返る。
「見回りはどうするんですか? マリウスとリーゼだけに任せるわけにはいきません」
「アンネリーゼ君に伝令を飛ばしたので問題ありません。担当する時間も残り僅かですから、僕たちの精霊に見回りを任せることにしました。ちなみに今から行く場所にマリウス君とアンネリーゼ君も来ますよ」
「そうですか」
確かに今クルト先生の肩にいつもいる精霊の姿はない。
私と将軍がぐるぐるしている間に連絡を取り終えていたのだろう。見回りが必要ないのならばこの学校の生徒である以上、気は進まないが先生の言うことに従わねばならない。気が進まないどころか正直嫌だ。
渋々先生の後に続くが足は重い。並んで歩くジークとヴィルの後ろを歩く。途中、ジークとヴィルがほぼ同時に私を振り返った。
「ねえ、どうして将軍は君を探してたの?」
「何でも娘が帰ってこないので、娘の子も同然で教え子でもある私を養女にしたいだとか……」
「あぁ……そういえば一年生にすごい子がいるっていう噂があったね。興味なかったから詳しく知らなかったけど、すごいっていうのがあの人関連なら確かに納得」
「え、あの将軍っていう人がお義父さんになるの?」
二人は何故将軍が私を探していたのか疑問だったようだ。
私の返答にジークは感心してうんうんと頷き、あの人、と言いながら眉を下げた。
どうやらシスターを知っている口ぶりだが、確かに将軍と面識があるのだからシスターと面識があってもおかしくはない。さすが王子様だ。
一方ヴィルは目を丸くしていたのだが、あのゴツイ人が私の義父となるのを想像したのならその反応も仕方がないだろう。とにかくどこがとは言わないが、将軍は胸焼けしそうなほどに濃い。
「それは誰の、と聞くべきところかなぁ」
苦笑を浮かべるジークに首を傾げると、ジークは苦笑を普段見せる笑みに変えて何でもないと首を振って前に向き直り歩く速度を僅かに上げた。
クルト先生に案内されたどり着いたのは騎士科の会議室らしき部屋だった。
壁に飾られた剣や槍が騎士科らしい。残念ながら壁に備え付けられた飾りで実用性はない。窓には厚いカーテンがかけられ、部屋自体の防音性もよさそうだ。
なんでも騎士科では年に数回クラス対抗の集団での模擬戦を行い、ここはその作戦を立てるための部屋なのだそうだ。
そして今、この部屋では地位のあるはずの騎士が元軍人ではあるが一介の教師に説教されている。
「いいですか、将軍。普通突然現れた得体のしれない人間に抱きつかれそうになったら誰でも逃げます」
「得体が知れないとは何だ。私はどこをどう見ても騎士であろう」
「本来こういった場に鎧では来ません。鎧を着用するのは外の警備にあたる騎士のみです。校内の警備にあたる騎士は礼服、もしくは騎士服。そのような鎧でドスドス歩かれては困ります」
「しかし私は騎士だ。本来鎧こそ騎士の正装――」
「いいですか? 将来軍に従属する生徒が多いとはいえここは学校、軍ではありません。生徒たちに不要な不安を与えるだけです」
「しかし今回の交流会は……」
珍しく強気な調子でクルト先生がまくしたてる。将軍はそんな強気のクルト先生に気圧され少々腰が引けていた。
やるときはやる、それは素晴らしいと思う。しかしそもそもあの時先生が私の名を呼ばなければこんな事態に陥ることもなかったので、そのことに関してはきっちり根に持っておくつもりだ。
「問題を知っているのは教師と代表の生徒のみです。いくら戦力が高くとも生徒たちのほとんどは戦いに不慣れ。混乱がどういった事態を招くのか、将軍ともあろう方ならよく御存じのはずですよね?」
「だからこそ早く慣れるべきだ」
「ですから、ここは軍じゃないと言っているんです。それに何も起きないように軍の人間が警備に当たっているのでしょう。それとも問題を防ぐことができないとおっしゃるのですか?」
「そんなことはない!」
「では騎士らしい振る舞いをお願いいたします。今ベック君に将軍の礼服を持ってくるよう頼みますから、礼服が届くまでこの部屋から出ないでくださいね」
「その必要はない。ちゃんと鎧の下は騎士服だからな」
がっしゃんがっしゃんと音を立て、将軍が鎧を脱いでいく。
――床に落ちた鎧の一部が床にめり込んだ。改めてよく見てみれば、将軍の座っていた椅子は歪んでしまっている。一体あの鎧の総重量はどれぐらいなのだろうか。
「立場を考えればここは将軍は騎士服より礼服が相応しいのですが……しかたありませんね。今回はそれでよしとしますが、次回からはちゃんと礼服でお願いします」
「ううむ、仕方あるまい。覚えておこう。まぁすぐに忘れるとは思うがな」
「将軍は中将という立場にありながら尉官に紛れて前線に出るような方ですからね。頭を使うことが苦手なことはよく存じています」
「好きで将官になったわけではない。私に不釣り合いな立場であることはわかっているが、こればかりはしかたがない」
豪快な笑い声を上げる将軍にクルト先生が頭を抱える。
官位のことがよくわからないのでジークに尋ねてみたところ、恐ろしい答えが返ってきた。
「将官は軍のトップの地位でお城で色々話し合ったりするんだけどそのほとんどは貴族だね。尉官は現地で戦う指揮官。ちなみに佐官は軍師とか参謀といったところだよ」
「将軍と呼ばれるぐらいですから爵位はそれなりに高いのだろうとはわかってたけれど……」
「うん。多分エフィーが考えているより高位だと思うよ。アンネより上だから」
「え?」
「だって僕の祖母と将軍の母君とは姉妹だから。王である僕の父と将軍はいとこで僕とアンリははとこになるね」
ジークは簡単にわかりやすいように説明してくれたのだが、何だか小難しそうだというのが正直な感想だ。フィーネも偉い人といっても王や宰相と騎士団長とその他数名にしか関わっていなかったし、不浄に染まるので多くに関わらない方がよしとされていたためそういった知識は無いに等しい。今も生きていくうえで必要とされない知識であったのでもちろんそんな知識などあるわけがない。
知識はなくともジークとシスターがはとこだということが恐ろしく大変なことだということはわかる。
「将軍の功績もあるから望めば公爵家にだってなれるほど格の高い家なんだ。まぁ今だって侯爵家で十分格は高いけどね」
つまり貴族の中でも一番上の爵位か二番目の爵位かという違いでしかないらしい。そんな家の養女だなんて冗談じゃない。
血の気が引く思いで見つめたその先で、クルト先生が再び口を開く。
「そうそう、大事なことを忘れていました」
「何だ?」
「養女云々の話ですが、突然やってきた初対面の人間がするような話ではありませんしそういう場でもありません。エフェメラ君を養女にしたいのであれば彼女の保護者からきちんと許可を取ってください」
「――フォルトナー、貴様アレの許可を取れと言うのか!? それは私に死ねと言っているも同然だぞ!」
「大げさです。エフェメラ君の保護者こそ将軍の実の娘さんじゃないですか。いい機会ですからゆっくりと話し合われるといいかと思います」
「殺生な!」
「とにかく今回はその話は終わりです。将軍は本来の目的の遂行と、後に部下となる人間の実力を見学していってください」
すっぱりと言い切ると、クルト先生は私たちの背中を押して将軍を残して部屋を出る。そして部屋を出たところで扉に背を預けたまま大きく溜息をついた。
「はあぁぁ。とりあえず今回はこれで誤魔化せると思いますが、将軍が素直に諦めるとも思えません。一度あの人とも話しておいた方がいいでしょうね」
「ありがとうございます?」
「なんで疑問形なんですか。あの人は多少強引に一気に言葉で畳み掛けるぐらいじゃないとどうにもできないんです。僕に出来る最大限の努力はしましたよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「将軍はあの人とは違う意味で僕の中の何かがガリガリ削り取られるのであまり関わりたくないんです……」
クルト先生が再び大きく溜息をついたところにリーゼとマリウスがやってきた。
アルボの姿が見えないので尋ねたところ、今回は呼ばれていないことと見回り要員に回したかったということで一緒に来なかったらしい。だがあの熊がないと一人は嫌だと駄々をこね、アルボは無事空色の熊を勝ち取ったそうだ。そのため合流が遅れたらしい。
将軍との経緯を説明するとリーゼには心底同情され、マリウスは「そうか、頑張れ」と言われただけで特に興味がないようでそこで話は終了となった。
すでに時間は正午。お昼の休憩時間となっていた。
魔法科の三倍はありそうな食堂で手早く食事を済ませ、舞台へと向かう。そこにはすでにちらほらと魔法科の生徒が集まっていた。その中には他の代表の姿もある。
「それじゃあ見回りはそのようにお願いします」
「了解。君たちも演劇頑張って。見学できないのは残念だけど、これも代表の仕事だし仕方がないか」
三年生代表のルクスさんが肩をすくめる。
同じく代表のタニアさんも残念そうな顔をしたが、ルクスさんを宥めながら見回りへと向かった。ジークと同じ二年生代表のエストは少し離れた場所でジークと何かを確認して見回りへと向かう。
「交流会は魔法科でも普通科でも、出会いを求める女子生徒が少々やりすぎることがあるから一応注意するようにってね。もちろん男子生徒でもそういう不届き者はいるから」
ジークはそう言ってにっこりと微笑み、私はそれ以上聞くことをやめた。




