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46 交流会1 演武

 舞台の裏側に回ったヴィルは細心の注意を払って力を行使し、誰にも気づかれることなく学園の外に出た。


 本来闇の魔力はその性質上人に気づかれにくい。例外は聖女や天族といった神の力を扱うものだけであり、大きな力を使わない限り普通の人間に気づかれることはまずありえない。

 彼らが感じたのはほんの僅かな力。聖女であるエフィーが気づくのは当然としても、その従者であるリーゼまでが気づいたのはヴィルにとって驚きだった。

 全力を出すような機会がないだけで、実際は前世よりも力が上がっているのかもしれないな、と考えつつ先ほど力を感じた場所に立つ。


 ルバルツの街から少し離れた、街道からも外れた疎らに木が生えるだけの人気のない草原。

 ヴィルは辺りを見回すが、すでに力も気配も消え失せている。残念ながら何の手がかりも得られそうにないと小さく息をつき、エフィーたちの元に戻ろうと踵を返したヴィルは足元に明らかにこの場には不自然なもを見つけて足を止めた。


「…………」


 それは草の間から顔を覗かせていた。

 風に揺れる緑の中に、隠れるように首を下げた黒い花のつぼみ。特に危険はなさそうだが、念のため警戒しつつヴィルはそのつぼみに触れてみる。

 ヴィルの指が触れるとつぼみはふわりと花開き、次の瞬間空気に溶け込むように消えてしまった。


「……黒百合、か?」


 ヴィルは触れた時に感じた力でその花がどういったものか瞬時に理解していた。


「……新たな……いや、しかし…………」


 ヴィルはふっと目を細め、右手を口元に当てて独り言つ。

 普段はまず見せることのないその冷たい眼差しは、黒百合の生えていた場所に向けられていた。


「エフィーに危害を加えるようなら潰すまで、か」


 そしてヴィルは何の前触れもなくその場から姿を消し、呟きだけが零れ落ちた。




「これまでの成果を見せる時が来た。各自全力を持って任務にあたってもらいたい」


 魔法科の全生徒を前にマリウスが堂々とした態度で述べ、主に一年の男子生徒が歓声を上げる。

 他の代表の生徒はマリウスの左右に控えていて、マリウスの話が終わるとジークが一歩前に出た。


「今日はまず騎士科・普通科・そして最後に僕たち魔法科の順で発表をします。出し物以外にも騎士科と普通科は展示もあるので順番までは自由に見て回ってもらって構いません。ただし昼食を済ませたらここに集合してください。細かい集合時間は配布した紙に記載してありますから確認しておいてくださいね」


 にっこりと微笑んで簡単な予定を説明すると、学年は関係なく女子生徒から黄色い声が上がる。婚約者はいても観賞用としては最高だということだろう。確かに王子だし、何より見た目はいいのだ。見た目は。

 ――というか、代表に選ばれている生徒は全員見た目がいい。ちらりと見かけた騎士科や普通科の生徒も恐らく外見は良かった。そのため私は実際代表に選ばれる条件に外見という項目があるんだろうと邪推している。実際目の前で盛り上がっている生徒たちを見ればその成果は明らかだ。


「どの科も必死ねー」

「特に騎士科は競うことが好きですからね。普通科は普通科で少々卑屈になっている方も多いですし」

「卑屈?」

「ええ。魔法科はその内容も様々ですから他と比較するだけ無駄ですし、他の科と比べるような方はまずいませんが……」

「騎士科といえば脳筋よね。筋肉は正義! みたいな」

「その言い方はちょっとどうかと思いますが、確かに競い合い高め合うことをよしとしていますわね」


 解散となってから、私とリーゼはアルボを連れて見回りをしていた。演劇の間は上級生の代表が見回りを担当するので午前中は一年生代表とジークが見回りの担当となっている。


「普通科は知の集団よね。十分すごいことだと思うんだけど」

「そうなんですけれど……大祭での模擬戦で普通科は除外など、少々他の科との扱いが違うことが原因でしょうか」

「あー。まぁ確かに立ち位置は軍師とかになるだろうし……最前線で戦うのは向いてないイメージね」

「殿下の話では、毎年大祭で騎士科に馬鹿にされているらしく……」

「直接的な武力のみで比較されてるわけね」

「知力は重要な力です。国の中心にいるのはその普通科の卒業生が多いというのに」

「……一番は姫」


 それぞれの科によって何に重きを置くのか違っている。騎士科は脳筋ばかりではないが、他の科に比べその割合が高いのは仕方がない。

 価値観の違いよね、と話し合う私たちの後ろで、さらに違った価値観を持ったアルボがぼそりと呟いた。ちなみに今日は空色の熊はかぶっていない。さすがに今日はやめろとマリウスに止められたからだ。


「あ、もうすぐ騎士科の出し物が始まるみたいね」

「残念ですが私は見回りがありますので見ていられませんわ。興味があるのでしたらエフィーは見てくるといいかと思いますわ」

「でも私も見回り……」

「エフィーは補佐ですから、手伝ってくれる程度で構いませんわ。騎士科の発表が終わってからでも十分です。テーロをつけておきますから、終わったら合流して手伝ってくださいね」

「確かにちょっと興味はあるけれど、来年もあるんだから別にいいのに」

「せっかくですから見てきて感想を教えてくださいませ。私だって本当は興味ありますもの」

「うーん、それじゃあお言葉に甘えようかな」


 確かリーゼは精霊達が見たイメージを受け取ることができるはずなので、私とテーロが一緒に見学すればある程度はリーゼにも伝わるだろう。恐らく私が残らなければ真面目なリーゼはテーロたちも見回りや監視に当てるだろうと簡単に想像がつく。

 チビの中には将来騎士を目指す子もいるかもしれないので、一年でどの程度の実力があるのかは興味がある。それに見習いとはいえ現代の騎士の実力を知るいい機会でもあり、素直にリーゼの言葉に甘えることにした。


「では終わりましたら適当な場所で待っていてくださいませ。テーロから場所を聞いて合流しますわ」

「わかった。じゃあまた後でね」

「ええ。それではまた後ほど」


 再び見回りに戻るリーゼを見送ってから、騎士科の観覧場所を見回す。

 すでに会場は見学に訪れた多くの生徒が集まってきている。前過ぎず後ろ過ぎない、目立たない場所に体を滑り込ませ、騎士科の出し物が始まるのを静かに待った。



 まず広場の中央に出てきたのは今まで見かけた騎士科の制服とは違う、さらにかっちりとした服に身を包んだ生徒。その後ろに続いて普通の制服の生徒が四人出てきた。左右にはカカシや丸太を手にした生徒たちが控えている。

 全員がその場に膝をつくと、どぉん、と大きな音が鳴り響き、騎士科の出し物である演武が開始された。


 最初は一人だけ服装の違う生徒の周りに控えていた生徒たちが二体のカカシと三本の丸太を立てる。

 そのリーダーらしき青髪の生徒には見覚えがあり、確か騎士科代表の腕章をつけていた生徒だと思い出す。青髪の生徒はゆっくりと剣を抜き、構え、目を伏せる。

 一瞬の静寂の後、青髪の生徒が顔を上げてからは本当に一瞬の出来事だった。


 くるりとダンスを踊るかのように体を回転させ青髪の生徒が剣を振るう。直後、剣が届く距離ではなかったというのにカカシや丸太は綺麗に切断される。次いで轟音と共に見学する生徒たちの一メートルほど前で土埃が舞い上がった。

 それはシスターのように攻撃に魔力を上乗せしたもので、それにより衝撃波のようなものが発生したようだ。そしてそれを防いだのは風の結界。よく見れば見学する場所より内側に数人の先生らしき姿があり、その中にクルト先生の姿があった。あの結界は間違いなくクルト先生によるものだろう。

 シスターレベルでは無理だとしても衝撃波を生み出すような生徒がいるとなると、やはり確実に被害を出さないようにするには魔術師がいた方が安心だ。


 土埃が収まるとすでに多くのカカシや丸太が設置されていた。

 そこに青髪の生徒の姿はなく、彼の後ろに控えていた四人の生徒たちが前に出ている。その後ろに先ほど横に控えていたであろう生徒たちも集まっていた。


「はあぁ!」


 気合いと共に四人の生徒たちが近くのカカシを切り倒すと、後ろに控えた生徒の一部も他のカカシやマルタに向かって飛び出し無駄のない動きで切り倒す。――うん、思っていたよりも実力はありそうだ。ただし比較対象がジークムントやフォルカー、そしてシスターなので世間一般から見た感想からはずれているという確信はある。


 手早くカカシと丸太が回収されると次は先ほどの四人の生徒たちによる演武が始まった。

 激しくそれでいて魅せるための華やかな動き。見学している生徒たちからは感嘆の声が上がり、割れんばかりの拍手が巻き起こった。その後は他の生徒たちによる素手での組手が披露され、最後は綺麗に整列し一糸乱れぬ動きで客席に向かい一礼する。

 それで終わりかと思いきや、再び青髪の生徒と四人の生徒が前に歩み出た。

 他の生徒たちが退場していく中、五人は扇状に設けられた見学スペースに丁寧に腰を折り挨拶をしていく。青髪以外の四人の生徒の中の一人が私がいる場所の正面に立ち、丁寧なお辞儀をして顔を上げたその時。


 ――――目の前が真っ赤に染まり、息が詰まった。

 視界はすぐに戻ったが、呼吸の方法を忘れてしまったかのように息ができない。パクパクと口を動かしてみても酸素を取り込むことができずどんどんと息苦しくなる。

 正面に立つ騎士科の生徒も驚いたように目を見開いていたが、すぐに平静を取り戻し次の場所へと移動し腰を折った。


『大丈夫ですか?』


 その声に視線をずらすとどこか見覚えのある顔が心配そうに私を覗き込んでいた。

 魔法科の制服に身を包んだ少し気難しそうな顔をした金の髪の青年が私を支えている。その彼に支えられながら、私はその場を後にした。

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