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45 疑問、疑問、不穏

 何故か私はリーゼと一緒に同じベッドに寝転がっていた。

 安全認定されているとはいえ、今のこの状況をジークに知られたら生命の危機だと聖女の感と野生の勘の双方が私に訴えかける。


「エフィー? 顔色が悪いですわよ」

「え、あ、いや、ちょっと……従者の存在意義について考えて……」

「存在意義、ですか」


 ごろり、と仰向けから私に体を向け、リーゼが眉を寄せた。

 従者に命を狙われるかもしれないという心配をしていたとも言えず適当に言葉を濁したのだが、リーゼはその言葉に何か思うところがあったらしく表情を曇らせる。


「確かに私も疑問に思っていたんですの。従者であった私たちの力は到底フィーネには及びませんでした。魔王と対峙した時は守るどころか守られるだけ。一体何のために私たちは存在しているんでしょう、と」


 リーゼの瞼に陰が落ちる。

 確かに純粋に戦闘能力だけならば聖女であったフィーネは群を抜いていた。けれどすぐに人を信じるほど馬鹿正直だったフィーネは不意打ちなどには滅法弱くていつも助けられてばかりだったのだ。主にそういう相手が得意だったマティアスに。


「フィーネはいつも守られてばかりだったわ。何よりフィーネがフィーネでいられたのはリーゼロッテたちのおかげなのよ」

「――だといいのですけれど」


 すんなり納得できたわけれはないけれど、私の言葉に少しだけほっとしたような表情を浮かべるリーゼの犯罪的な可愛らしさに思わず手を伸ばし、きゅっと抱きしめる。

 一瞬リーゼがぴくりと体を震わせ、同時に凍えそうなほどの悪寒が背中に走ったので慌てて抱きしめる手を離した。今の私ならジークの闇討ちにも対処できる自信はあるが、心労がないにこしたことはない。


「ところで、他にも気になることがあるんですけれど」

「何?」

「エフィーもヴィルも年齢は違っていますが前世の姿とほぼそっくりですわよね。私とマリウスは面影はありますがそっくりというわけではありませんし」

「ジークもそっくりじゃない?」

「あの方は除外してくださいませ」

「あ、はい」

「とにかく、この違いに意味があるのかが気になっているのですわ」

「うーん。そういわれるとちょっと気になるかも」


 外見の違いは単なる偶然で意味なんてないのかもしれないが、確かにこの差は少し気になる。

 リーゼたちが従者だから? それとも私とヴィルは聖女と魔王という特殊な立場だったから? そうだとしても、それがこの違いにどう影響しているのかはわからない。


「やはり聖女は神に愛された存在だということが関係しているのでしょうか」

「でもヴィルって魔王だったし。それに私も神様って実際見たことないしなぁ。愛されてる実感はないわね」

「え? でも聖女は神の声を聞くことができるんですわよね?」

「出来るらしいけど、教会の話じゃ一生に一度聞くことがあるかどうかだって。私もフィーネも聞いたことないし、本当は聖女じゃなかったりして?」

「エフィーもフィーネも聖女で間違いないですわ。私たちにはわかるんですの。エフィーだって私たちの事がわかりますわよね?」

「それって従者ってことが、よね。確かに言葉で言い表せないけれど感じることができる。――でも、今従者だって感じるのはリーゼだけ」


 薄暗い中でもリーゼが目を見開くのがはっきりと見えた。

 確かにリーゼを従者だと感じてはいるが、ジークとマリウスにそれを感じてはいない。ジークには違うものを感じるが、恐らくそれはリーゼへの純粋だが重すぎる愛だ。


「リーゼをそう感じたのもリーゼロッテの記憶が戻って従者としての力を得てからだから、現時点で従者ではない二人に感じていないんだと思う。二人に記憶が戻ることも、再び従者になることもないのかもしれないわね」

「私だけ……。ちなみにヴィルには何か感じますの?」

「もちろん従者とは感じないわね。でも魔王という感じでもない、よくわからない何かを感じるのは間違いないんだけど」

「――交流会が終わったら色々と調べてみたほうがよさそうですわね」

「そうね、私もヴィルに聞いてみる」


 従者は聖女を認識できるが、従者同士ではお互いに何かを感じることはないようだ。確かに私は私で似た力を持つ天族を認識することが難しいので、そういうこともあるだろうと納得できる。


「それじゃ、そろそろ寝ようか。明日も忙しいでしょ?」

「そうですわね。私は明日は衣装の確認がありますし、エフィーはヴィルを手伝ってくださいませ」

「わかった。最終日は通し稽古?」

「ええ。通してやった後、それぞれの修正などを確認しますわ」

「最終日、忙しそうね」

「ですから、補佐をよろしくお願いいたしますわね」


 布団を首元まで上げてリーゼが微笑む。

 小悪魔のようなリーゼの微笑みは反則だ。これではジークでなくても心配だろう。周りの獣姿の精霊達が激しく尾を振っているのにも心配になる。精霊に性別はあってないようなものだが、どちらかといえばヤツらは雄だ。ジークにとっては排除対象になるんじゃないだろうか。



 設営二日目。


 快晴過ぎて逆に嫌になるほどの空の下、多くの生徒たちがそれぞれの科の設営の準備を進めていた。

 とはいっても実際設営らしい設営をしているのは普通科と私たち魔法科だけ。騎士科は丸太やカカシを資材置き場に大量に置いただけで、その後は建物の中から野太い声が聞こえてくるばかりである。やはり騎士科には脳までが筋肉と化した生徒が多く、出し物もそういった類のものなのだろう。

 私たちは最終日に通し稽古をしなくてはいけないので今日中に設営のほとんどを終わらせる必要がある。そのため設営は性急に進められていた。


「あー……木なら何とかできる、けど……他は無理」

「それじゃあこういったオブジェの周りに蔦を這わせるようなことは?」

「……それなら、可能」


 やはりアルボは今日も空色の熊を装着し、設置の手伝いをしている。設置のリーダーに認められたらしく、色々と相談されていた。

 それを横目に私は岩を砕く。砂利が調達できなかったというので自力で岩を砂利へと加工しているのだ。


「……逞しい」

「しかたないでしょっ……呪文唱えるよりっこっちのほうが手っ取り早いんだからっ」

「……それ……できるのエフィー、と……ごく一部だけ」


 僅かに魔力を乗せた拳を振り下ろし、そう大きくはない岩を粉砕していく。準備する量は多くはないのでこの方が早いと判断したのだ。

 私が順調に砂利を用意していく横で、アルボはポケットから取り出した種や木の実を広げる。そしてその中の一つをつまみあげると、設置のリーダーが持ってきたオブジェにその種を植え付けた。


「終わったら……ちゃんと日の当たるところに置くか……植え替えて、あげる……」


 そう言ったアルボからふわりと漂う心地よい魔力に目を細める。

 種からしゅるしゅると蔦が伸び、用意したオブジェに絡みつく。アルボの魔力はその属性からか安らぎを与えてくれる。もちろんそれは使い方次第だが、基本的に癒しだと思う。

 アルボが魔力を抑えるのと同時に最後の塊を粉砕し予定の量の砂利を作り終えた私が顔を上げると、アルボがある方向をじっと見つめていた。


「アルボ、どうかした?」

「衣装、届いた……みたい。……姫が校門、に向かってる」


 衣装はほぼ完成しているので担当の生徒全員が来るわけではない。運ぶ生徒と手直しが必要となった部分を直すために数人が来ることになっている。私の衣装はルナしか運ぶことも手直しすることもできないのでルナも来ているはずだ。


「会いに行きたいところだけど、ちゃんとここの仕事しないとね」

「……うぅ」


 その後も何故か肉体労働な作業ばかりが回ってくることに首を傾げつつもそれらをこなしていく。そうしてなんとか設置の終わりも見えてきた頃、二日目の作業も終了の時間を迎えた。


 この日もやはり私とリーゼ以外の女子生徒は残っていない。

 ルナも近くに宿を用意してありそちらに宿泊するのだそうだ。同様に他の女子生徒や一部の男子生徒たちも自分たちで宿を用意しているらしい。さすが貴族やそれなりに裕福な家の子女が多いだけのことはある。

 今日はアルボとクルト先生も騎士学校に留まる。二日目からはここに留まる生徒が多いからだ。

 クルト先生は入口近くにある部屋に。アルボはマリウスとヴィルと同じ部屋で過ごす。アルボはリーゼと同室を望んだが、リーゼの「他の子たちのように空気扱いされたいんですの?」という言葉に肩を落としてマリウスに引きずられていった。

 マリウスたちが去った後、昨日同様に魔法で鍵をかけベッドに横になる。明日は早いのでその日は素直に寝ることにしたのだが……空気扱いされた精霊達がシクシク泣いて少し鬱陶しかった。



 設営最終日。


 設営の現場にいる人間のほとんどの視線を受け舞台に立つのは酷く緊張した。本番ではこれ以上の視線が向けられるのだというから恐ろしい。

 確かにフィーネも一度だけ出立のパレードだとかいうのに参加してそれ以上の視線と注目を浴びたことがある。だがそれは笑顔で手を振っていればいいだけ。そこにいればいいという飾りのようなもので今とは状況が違う。未だかつてこれほど役者を尊敬したことはない。

 効果と出演者の生徒以外が協力して今まで以上に舞台を外部から隠蔽する。もちろん中の音も外に漏れることはない。その中で最終チェックは行われていた。


『――聖女によってこの世界に再びもたらされた平和を、勇者と魔法師、そして代々の子孫は守り続けました。また、神官はその後表舞台に姿を現すことはありませんでしたが、陰から勇者たち、そしてこの国、この世界を見守り続けました』


 ナレーションと共に幕が下ろされると同時に私はがっくりと脱力した。


 自分は女優だと自己暗示をかけなんとか最後まで演じきることができたのだが、最後の最後でジークが突然「せっかくだから」と私を抱き上げたのだ。結局私は幕が下りきるまでそのままの状態で民衆に見立てた客席に向かって手を振っていた。とんだ羞恥プレイである。

 ちなみに便宜上、ルナの地雷回避のコツである魔力の使い方をリーゼたちには教えてあったので触れられた際に衣装が爆発することはなかった。コツを聞いたとしても簡単に対処できるようなものでもないのだが、それはさすが前世が従者だったからというところか。従者として目覚めていなくても、ジークの潜在能力は十分に高い。


 ――ふと、力を感じて顔を上げた。


 舞台袖にいたリーゼとヴィルも同じ方向を見ている。マリウスに変わった様子は見られず、ジークは私の様子に首を傾げつつも同じ方向に顔を向けた。

 私が私になる前、つまりフィーネが感じたことのあるその力。しかし私たちを驚かせたその力は、空気に溶けるかのようにすぐに消えてしまった。


「どう、いうことですの……ヴィルはここにいるのに……」

「さぁ……一応確認してくるよ」

「ええ、お願いいたしますわ」


 頷くと、ヴィルは舞台袖から姿を消す。

 私はマリウスに小突かれるまで、ジークに抱き上げられたまま力を感じた方向を知らず知らずに険しい表情で見つめていた。

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