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43 ルバルツ

 ベックさんが連れてきた馬は二頭。乗る人間は三人。

 二頭と三人。どう考えても足りない。


「え。確かに前回で慣れたかもしれないけど、だからって今回いきなり一人で乗せるわけにはいかないでしょ」

「無謀。……ちなみに俺は乗れるから」

「でしょうね。あの森で馬に乗ってリーゼを攫ったんだし」

「……人聞きの悪い。了承を得る前に連れ出しただけ」


 私が同行することが決まってからベックさんを呼んだのというのに何故馬は二頭なのかと聞いた私に、クルト先生は『何言ってるのこの子』と言わんばかりの呆れた目を向けた。

 アルボはやはり無表情のままだったが、その瞳の奥に勝ち誇った笑みの色が見える。


「さて、エフェメラ君はどちらに同乗したいですか?」

「どちらでも構いません」

「遠慮はいりませんよ。まぁ、やはり素敵で頼れる教師であるこの僕――」


 クルト先生は一応私の希望を聞いてくれているようだが、馬車で一時間半ということはそれ以下の時間で着くということ。しかも今回乗る馬は軍馬で、普通の馬よりクルト先生の使う移動補助の魔法と相性が良いはずだ。

 ルバルツ到着までに必要とする時間は恐らく一時間以内といったところ。それぐらいならば大した時間でもないのでどちらに同乗させてもらうかなど正直どうでもいい。それよりも問題はこの大きな荷物をどうするかだ。


「アルボ、そこにしゃがんで少しの間じっとしてて」

「……ん」


 私の言葉に素直に従いしゃがんだアルボの後ろに回り、大きすぎる荷物をその背中にくくり付ける。

 被り物の入る手ごろな袋がなかったのか包みは大きな一枚の布。胸の前でその両端をぎゅっと結べば完成だ。


「…………」

「さて。その状態で馬に乗れる?」

「……問題ない」

「じゃあ私と一緒に馬に乗るのは?」

「…………えー。まぁ、それぐらい可能……」

「エフェメラ君、最近本当に僕の扱いが酷くなってるよね。僕を見る目が冷たいし」


 私とアルボの話がまとまったところで、クルト先生はわざとらしい身振りでショックを受けたことをアピールした。どうやら尊敬して欲しいらしいが、そもそも初対面の際の印象が微妙すぎる。

 魔術師としては優秀だが女好き。その程度が思ったよりはマシだったというだけで、その考えが改まったわけではない。素直なのでその感情が態度に出てしまっているだけだ。ただ、それはわたしの目指す人物像ではないので改めたいとは思う。


「そうですね、先生がシスターに告白したら尊敬の眼差しを向けますよ」

「あはは。僕やり残したことがイッパイあるし、まだ死にたくないからそれは無理かなー」


 一途で誠実な対応をするのなら心から尊敬する。

 遠まわしにそう言ったつもりだったのだが、シスターの返事が怖いのかそれとも多くの女性に声をかけたいからなのか、クルト先生は引き攣った笑顔で首を左右に振って拒絶した。


「そんなことより急いでください」

「あ、はい」

「……早く」


 クルト先生はひらりと馬に跨り私たちを急かす。確かにシスターと話していてすっかり遅くなってしまっていた。

 軽い動作でアルボも馬に跨ると、自分の後ろをぽんぽんと軽く叩く。後ろに乗れ、ということなのだろう。


「無理。背中の荷物で押し出されて落ちるわ」

「……大丈夫。蔦で馬の背にくくり付けるだけ」

「浄化されたいようね?」

「しかたない。……ほら、抱っこ」


 まさかの同乗ではなく荷物扱い。アルボに普通の対応を求めたのが間違っているということか。

 クルト先生に聞こえないように耳元でぼそりと呟けば、アルボは盛大な溜息をつき両腕を広げた。

 アルボの対応は間違っていることだらけだ。馬の上で腕を広げているということは、馬の上に自力で上がってこいということである。荷物扱いよりはマシだが馬の背に簡単に上がれる乙女はそう多くはないと思う。確かに私は何の問題もなく上がれるかもしれないが、それはシスターの教育によるものであって魔法を使わなければフィーネには到底無理だった。そして自力で馬に上がることを前提としているというのに何故乗ってる間は抱っこなのか。


 想像してみてほしい。軍馬で颯爽と駆ける無表情の青年。その背中には謎の大荷物、抱きかかえるのはお姫様ではなく貧相な女という状況を。

 これが私でなく可愛らしいリーゼなら絵にもなるだろう。しかし残念ながら抱えられるのは私。最初の案のように馬の背にくくり付けられていたら、連行されている犯罪者にしか見られないという自信がある。

 協議の結果、やはり手綱を握るのはアルボで私は今回も抱えられるようにして同乗することとなった。私は一人で馬に乗れるつもりになっていただけに不満だらけである。




 歌うように紡がれたクルト先生の魔法によって駆ける馬の足取りも軽い。

 アルボがあまり話すことがないので、私とクルト先生で他愛もないことを話しつつ先を急いだ。


「ああ、見えてきましたよ。あそこが騎士科のある街、ルバルツです」


 先生の言葉に顔を上げると、街道の先に高い壁に囲まれた街が見えてきた。

 ウーアのそれよりもずっと高くそびえる壁は何ともいえない威圧感がある。ちなみに孤児院のある町は木の柵で囲われただけというなんとも簡素なものだ。

 クルト先生が魔法を解除し、馬の速度を人の歩く程度にまで落とす。


「そういえば、エフェメラ君はどうするんですか?」

「何が、ですか?」

「設営作業の後、です。設営の三日間は騎士科の寮や校舎の一部に宿泊の許可がでますから。代表の三人は泊まり込むと聞いています」

「あぁ、そのことですか」


 アルボはまだ慣れていないからということでクルト先生と一旦帰るらしい。

 先生としてはリーゼかマリウスに任せたいところだが、二人は代表なので設営の監督しなくてはならず交流日までは戻ることができない。学校のほうはジークたち上級生の代表が監督することになっている。


「クルト先生のところに窺う前にジークに呼び止められたのですが――」


 その時のジークの姿が鮮明に脳裏に蘇る。

 少しはにかみながらも爽やかな笑顔でジークは私に言った。


「リーゼが心配で仕方がないからせめて夜だけでも常に一緒にいてほしい、と頼まれました」

「あぁ……彼は二年生代表ですからこちらには来られませんからね」

「夜間リーゼの半径一メートル以内に近づいた人間は例え先生だろうが容赦なく殺れ――じゃなかった、近付く気が起きないような対処をお願いすると」

「色々と言いたいことはあるけど、とりあえず死傷事件だけはやめてくださいね?」


 ちなみにジークは男女ともに排除するようにと言っていた。私が唯一夜間リーゼとの接触を許されている人間である。とりあえずジークに無害と認識されていると考えていいだろう。

 私がここに残ることを伝えると、クルト先生は疲れた様子で息を吐いた。


 間近に迫った門には兵士が一人立っているが人の出入りの確認のためではなく、有事の際に門を閉めるためらしい。

 孤児院のある町では日常である小型の魔物が紛れ込むことすら普通は有事という扱いらしい。確かにこの街には戦うすべを持たない人がたくさん暮らしているのだから備えるのは当然なのだろう。

 孤児院のある町は小型の魔物が入って畑を荒らすことなんて日常の風景であったし、シスターを筆頭に孤児院の子供が群を抜いてはいるが町の住人は子供であっても小型の魔物程度であれば十分対処できたので特に気にしたこともなかったが。


「どうしたの、エフェメラ君」

「ちょっと大型の魔物が町を襲撃した時のことを思い出していました」

「ごめん、それ以上は言わないで」


 いつだったか大型の魔物が複数村を襲った時はシスターを筆頭に村の大人たちが立ちあがった。ふっと遠くの空を見つめ、その時の事を思い出す。

 シスターと町の大人たちの活躍で村に何も被害が及ぶことなく魔物は討伐された。こっそり町を抜け出して遠くから眺めたシスターの雄姿は今も脳裏に焼き付いている。あの時もシスターは本当に素敵だった。


 門番の兵士に軽く会釈をして門を抜け、ルバルツの街へ入る。

 ウーアとは少し趣の違う街並みは何となく二百年前に見た街並みを彷彿とさせるのだが、その街並みの中に一際目立つ存在があった。

 ウーアの時計台のようにこの街のシンボルとなっているのだろうとわかるその建物。空まで届きそうな高い屋根には大きな十字のある立派な教会。光を受けて光るステンドグラスは外から見ても十分素晴らしいのだが、内部から見ればもっと素晴らしいのだろう。

 通り抜ける際に気が付いたのだがこの教会の前には聖女様の像は見当たらなかった。なんとなく嬉しくて見上げたところ、屋根の下の部分に聖女様の彫刻があってその嬉しさは掻き消えたが。


 程なくして目的地である学校が見えてきた。

 遠目に見ても騎士科の学校の敷地は魔法科のそれよりも広いとわかる。まぁ魔法科の場合、被害を出さないための結界やその維持の点から考えると騎士科と同じ広さは非効率だ。

 広い校庭では三種類の制服を身に着けた生徒たちが忙しなく動いている。一部布や魔法で隠されているのは舞台などの出し物で重要なところだろう。


「それでは馬を預けてきますから、君たちはここで待っていてください」

「はい」


 学校の敷地に入ったところで馬を止め、クルト先生が馬の背から降りる。

 先生の言葉にアルボも無言で頷き、馬から降りようとしていた私の腰に回した腕に力を込めた。思わぬ妨害に眉を寄せた私のことなど気にすることなく、アルボは私を抱えたまま馬からひらりと飛び降りる。


「何のつもり?」

「……自由にしたら暴れそう。――そう。空気を読んだ、だけ」


 何故か拘束されたままの腕を引きはがそうと力を入れるが、力だけではアルボに敵わず回された腕はびくともしない。じとりと睨めばアルボは私を一瞥して再び視線を前に向けた。


「……姫」


 相変わらず抑揚のない、けれどどこか喜びを含んだような声にはっとして視線を向けると、校庭の奥からぱたぱたと小走りでこちらに向かってくるリーゼの姿があった。その後ろにはヴィルとマリウスの姿もある。二人は歩いているのだが、足の長さの違いか小走りのリーゼと同じ速度だ。


「エフィー、待ってましたわ! ずいぶん遅いので何かあったのかと心配しましたわ」

「ごめん。シスターが学校に来たから少し話をしてたのよ」

「まぁ、アンリ=ブラウンが? ――アルボ、離しなさい」

「……もうちょっと」


 駆け寄ったリーゼに吸い寄せられるように近づいたアルボはそのままぎゅっとリーゼを抱きしめた。

 リーゼが眉を寄せてもアルボはその首元に顔を埋める。リーゼが真っ赤になり実力行使に出ようとしたその時、がつんという音と共にアルボが仰け反った。


「アルボ、俺が教えたことをちっとも理解していないようだな? とにかくまず手を離せ。そして離れろ」

「…………」


 こめかみを引き攣らせながら、マリウスがアルボの首根っこをつかんでリーゼから引きはがした。

 一瞬マリウスに恨めしそうな目を向けたアルボだったが、自分の手を見つめながらわきわきと指を動かす。そして不意にその視線が私に向けられた。


「?」

「……せい……じゃなかった。エフィー、……頑丈なのはわかってる、けど、貧相すぎて折れそう…………」

「マリウス、そのままアルボを捕まえておいて。私が正義の鉄槌を下すわ」

「ははは。ごめん、フィー。俺との話し合いが終わった後でもいいかなぁ? その手の意味、聞きたいんだよね」

「やはりぜんっぜん理解していなかったようだなっ……」

「ちょっ、死傷事件だけはやめてええぇぇっ!」


 怒る私たちに何故だかわからないらしく首を傾げるアルボ。

 そこへ馬を預けて戻ってきたクルト先生の叫びが響いた。

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