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40 新しい衣装

「申し訳ないのですが、当日まで時間もないので早めにサイズの確認をお願いしたいのですが……」


 おずおず、とルナがマリウスを見上げる。

 マリウスの視線が向けられると、ルナはびくりと肩を震わせた。


「――わかった。エフィー、行ってこい」

「大丈夫よ、ルナ。マリウスの目つきはよくはないけれど噛みついたりはしないから」

「い、いえ! そんなつもりじゃ……!」

「いいから早く行ってこい」


 ルナを宥めながらにまにまとマリウスに視線を向けたところ、マリウスにしっしと追い払うように手をふられそのまま部屋から閉め出されてしまった。

 マリウスは魔王に推薦されるほど目つきが悪いということをもう少し自覚するべきだ。顔が整っているのでさらに威圧感が割増されている。かといってヴィルやジークほどにこにこと笑顔を振りまいていたらそれはそれで気持ち悪――もとい、怖いのだが。


「――で、エフィーに聞かせたくない話でもあるのか?」

「そういうわけじゃないんだけどね。まぁ良い知らせではない、かな」

「それは……」


 閉められた扉の向こうから、微かにマリウスとジークの声が聞こえる。

 その言葉が気になり聞き耳を立てたかったのだが、ルナに促され試着のために借りたという少し離れた教室へ移動した。

 小柄なルナがドレスを抱えるのは大変なので私が持つことにしたのだが、思った以上にドレスは重量がある。ドレスを手にして初めて前世を含めドレスを着たことが一度もないことに気が付いた。


 ルナがとある扉の前で足を止める。『特別室』というプレートが付けられたその部屋は外から見る限り、他の部屋に比べてずいぶんと小さいようだ。

 ルナは大切なものを扱うように丁寧な動作で鍵をとりだし鍵穴に差し込んむ。鍵を捻ればカチリと乾いた音がした。

 ルナはゆっくりと扉を開き、私を振り返る。


「エフェメラさん、こちらです」


 ルナの言葉に頷いて開かれた扉から教室へと入る。

 小さくも手入れの行き届いた小ぢんまりとしたその部屋は明らかに他の教室とは趣が違っていた。

 壁際にはゆったりとしたソファー。中央に置かれたテーブルセット。仕切られた場所にはお茶を入れる設備も整っている。どの家具も質素に見えてそれなりに上質なものであるということが見ただけでわかる代物だ。


「ここは?」

「お、王族の方が使われている特別室です。王族の方が休憩するために用意されたということですが……ジークベルト殿下はほとんど利用されていない、みたいです」

「王族のといっても趣味は悪くない部屋ね。このソファーとかなんてシンプルなのは見た目だけでさすが王族が使うソファーって感じだけど」

「はい。あ、あの、エフェメラさん。さっそくですが……その、ぬ、脱いでください!」


 テーブルの上にドレスを置き、ぽふぽふとソファーの感触を楽しんでいた私にルナは意を決したように真っ赤になりながら叫んだ。


「えーっと、そういえば試着だったわね」

「は、はい!」


 一瞬目を丸くしたが、この部屋に来た目的を考えれば服を脱ぐことは当然。

 ただ、ルナのような可愛い子に真っ赤になりながら脱いでくれと言われる日が来るとは思ってもみなかったし、言われてみるとこちらまで恥ずかしくなってくるのだから不思議だ。

 同性、しかも裸になるわけではないのでそこまで真っ赤になることもないだろうとは思いつつ、やはり真っ赤なままのルナが差し出したドレスを受け取った。


 何となく気恥ずかしくて後ろを向いてドレスに袖を通す。

 肌に触れる部分の生地はするりしてとても着心地がいい。肩を出すのは少し恥ずかしくもあるがベールも被るので気は紛れるだろう。

 リーゼロッテ仕様のデザインなので胸のあたりが少々大きく開いてはいるが、私の体系でも見栄えがするよう手を加えてあるらしく違和感は少ない。

 流れるように広がる裾は上品で、施された花のモチーフも清楚さを損なわないという甘さと気品のバランスが絶妙な素晴らしいドレス。

 これをジークとルナの二人で作り上げたというのだから驚きだ。しかもリーゼに着せようと以前から作っていたというのだから基礎となる部分はジークが一人で作り上げたのだろう。裁縫の腕は相当なもののようだ。


 恐るべし、ジークのリーゼに対する執念。

 恐るべし、ジークの女子力。


 ドレスの裾をつまんでくるりと回転すればドレスの裾がふわりと舞う。

 ふわりとした裾にとてつもない敗北感を覚えた。


「エフェメラさん、よく似合ってます……」

「ありがとう。でも自分の柄じゃないのは自覚してるわ」

「そ、そんなことありません!」

「お世辞でも嬉しいわ。ドレスは完璧となれば次は魔法師の衣装よね?」

「……はい」


 ハの字に眉を下げたルナに本当に私にドレスが似合っていると思っていてくれているようだとは感じたのだが、素直にお礼を言うのはどうにも照れくさくつい誤魔化す様に次の衣装に手を伸ばす。

 ルナは残念そうではあったがやはり衣装の仕上がりが気になるようでじっと私を見つめていた。


「どう、ですか?」

「え。あー……胸に詰め物をお願いします」


 控えめに尋ねるルナに、私は身に纏った衣装を見下ろす。

 私が指定をしていたのはリーゼロッテの衣装の一つであった地味すぎないローブ。しかしこれはそれとは明らかに違う、ドレス同様に手直ししただけとはいえないほど別のものに仕上がっていた。

 この国のものとは違う独特のデザインで装飾はあれど簡素過ぎず派手なわけでもない。しかしこれも実際にリーゼロッテの着ていた数ある服の中の一つ、本人が気に入っていてよく着ていたものだ。

 主に蹴ったり走ったりするための動きやすさを重視したスリットからは大きく足が覗いている。きっとウェディングドレス同様に記録に残っていたのだろうが、どうしてこれを選んだりしてしまったのだろう。


 窓に映る自分の姿に溜息が漏れる。この衣装を纏っていたリーゼロッテの姿が脳裏に浮かび、比べてさらに溜息が深くなる。私とリーゼロッテでは体系が違いすぎるのだ。

 リーゼロッテは平均よりも胸が豊かで背が高くすらりとした長い足は憧れだった。

 リーゼロッテと比べると私は背が低すぎるし胸も足りない。おまけに年齢も足りていない。 足の長さは諦めるとしても、この衣装では胸がもう少しないと見栄えが悪すぎる。

 私はルナ以上に肩を落とし、胸の部分に詰め物をして見栄えがするようにお願いした。



 当日まで衣装は自分が保管すると大きな袋を背負ったルナと廊下で分かれ、代表たちが集まる第三会議室へと戻る。

 一声かけて入った第三会議室の中はまるで誰かが死んだとでもいうかのように暗く沈んだ空気が漂っていた。


「どうかしたんですか」

「ちょっと面倒な事があったんだ」


 それは疑問形ではなく確信を込めた問い。それに答えたのは苦笑を浮かべたヴィルだった。

 実質代表の中の代表であるマリウスは、額に手を当てて難しい顔をしていたのだがふいにその口元が笑みの形に弧を描く。そして珍しくその口から笑い声が漏れた。


「ふっ……」

「マリウス? 壊れた?」

「殿下は確定情報ではないから代表の人間だけで対策するつもりだったようだが、エフィーは補佐として俺たちを手伝うことになっている」

「え? 確かに発言権も決定権はない雑用で間違いはないけど」

「いざというときにこの殺傷能力を放っておくのはもったいない」

「マリウス、せめてそこは戦闘能力と言うべきですわ」


 悪い笑みを浮かべたマリウスは、ゆらり、と私の前に立ちはだかり地を這うような笑い声を上げる。そんな笑い方もある意味マリウスによく似合うが非常に怖い。


「エフィーは補佐ではあるけれど代表ではない。つまり俺たちとのような責任はないんだよ。それになりより本当にまだ確定した情報じゃないんだ」


 ぽん、とマリウスの肩に手を置いて、ジークは困ったような表情でマリウスの肩越しに私を見る。さらにジークの向こう、私と目が合ったヴィルはふわりと微笑んだ。

 位置口から一番離れた場所である窓際に立つエストやルクスさんとタニアさんに見られる表情は困惑。


 ジークの好意に甘えて関わらない方が面倒は少ないのだろう。

 しかし戦闘能力が関係してくるということはリーゼたちが危険な目に遭うかもしれないということ。

 前世と変わらぬ力を持つヴィルに前世を思い出して現世でも従者の力を得たリーゼ。そして従者ではないにしろ神聖魔法が得意であるマリウス。上級生の四人の実力はわからないが成績はそれぞれの学年のトップであることは間違いない。

 生徒が主体となる交流会とはいえ、緊急事態ならば先生たちの介入も間違いないはずなので私がいてもいなくても平気だとは思う。しかもその場には騎士科の生徒や先生もいるのだ。

 私の力なんて必要はないかもしれない。けれど――


「喜ばしくない状況だということだけは把握しました。しかし私も補佐ですからどんな状況でも主にリーゼを補佐します。それで、何があったんですか?」


 顔を上げ、真っ直ぐジークを見る。

 大人しく傍観しているつもりはないという意思を込めた強い視線で。

 そんな私にジークは肩をすくめ、けれど嬉しそうに口を開いた。


「ちょっと困った集団がルバルツの近郊で目撃されたという情報が入ったんだ。」

「ルバルツ?」

「そう、交流会の会場となる騎士科の学校がある街さ。念のため騎士が捜索と警備にあたっているから問題はないんだけど、一応僕たちも注意した方がいいだろうってね」


 ジークは心配することなんてないといった様子だが、重い空気がそれが真実でないことを物語っている。


 三つの科の生徒が揃う交流会は生徒の人数も多く、有事の際は何人もの先生がいるとはいえすべての生徒を守るのは簡単ではない。だからといって交流会の場を襲うというのは考えにくい。


 騎士科や魔法科に通う生徒の大半は騎士や魔術師を目指す生徒たち。たとえ目指していなくても自分の身を守ることぐらいはできるはず。私のように。

 普通科には自分の身を守るすべを持たない生徒も多いが、その生徒の多くは言い方は悪くなるが策略に長けた者が多い。

 本物ほどの力もなく統率も取れていないとはいえ小さな軍隊のようなもの。そんな集団に喧嘩を売る人間がどれほどいるだろうか。

 もちろん私やヴィル、リーゼが本気を出せば軍隊の一つや二つ簡単に壊滅させられる自信はある。ただしシスターのような敵になると恐ろしすぎる人がいた場合はその限りではない。


 憂いているということは、相手がそれ以上の力を持っている恐れがあるということなのだろう。私たちのような力を持った人間がいて、魔法で吹っ飛ばすといったようなところか。

 そういう攻撃を防ぐごうとすれば、あの力や姿を人前に晒すことになる恐れがある。それは避けたい。いや、私の平穏のためには何としても避けなければならない。


「わかった。何か気づいたら代表の誰かに知らせればいいってことね?」

「うん、そうだね。くれぐれも危険な真似はしないようにね?」

「もちろんよ、ジーク」


 私を気遣うような諌めるようなその言葉が、困った集団というものが注意するべき相手だと言っている。

 補佐である私の仕事は交流会の準備の手伝いであり交流会当日に仕事はない。衣装もルナの手によって地雷化したので手出しされることはないだろう。もし触れられたら木端微塵になるからとルナが抱え込んでいる。


 この瞬間、私の交流会当日の仕事が決定した。

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