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04 一難去ってまた一難

「……羽?」


 ひらひらと肩から舞い落ちたのは、真っ白な手のひらと同じぐらいある大きな羽だった。

 何の羽かはわからないが、朝日を受けてきらきらと光を放つこの不思議な羽を持ち帰れば、きっと孤児院のチビたちが喜ぶに違いない。

 私はその綺麗な羽をそっとハンカチで包んで鞄にしまい、立ち上がった。



 少し広い通りへ出ると、建物の合間からこの街のシンボルである大きな時計台が見える。

 ここから試験会場である学校までは十分もあれば十分到着できる距離だ。受付は九時からだが現在の時刻は六時なので、あと三時間どこかで時間を潰す必要がある。

 思ったより時間は経過していたけれど、受付にはまだ十分すぎるほどに余裕があった。本来なら四時間かけて馬車で来るところを転移魔法であっという間にやって来たのだから当然なのだけれど。


 せっかく大きな街なのでオシャレなカフェでお茶を飲みながらのんびり過ごす、なんて憧れもあるがそんな贅沢ができる身分でもない。確かに使わなかった馬車の運賃はあるが……この受験のためにシスターが苦労して工面してくれたものだから。

 地図によるとここからそう遠くない場所に小さな公園があるらしい。公園だと人がいるだろうから転移先としては考えなかったけれど、時間を潰すにはもってこいといえる。無料って素晴らしい。


 途中きょろきょろと街を眺めながら公園へと向かう。町とは違う立派なレンガ造りの建物が時計台と合わさりなんともいえない情景を生み出している。

 小さいけれど綺麗に整備された公園は街の雰囲気によく合っていて、早朝だからか人もまばらでとても静か。公園の片隅にはベンチが置かれていて時間を潰すにはちょうどよさそうだ。


 ……さて、どうしよう。


 ベンチに座ってはみたものの、特にすることはない。

 鞄の中に入っているのは財布と魔道書、そして羽を包んだハンカチのみ。

 魔道書を読むという選択肢以外に特に選択肢もなく、パラパラと魔道書のページをめくってみる。ぱっと見た限り、この魔道書に書いてある内容は二百年前のあの頃の魔術師であれば誰でも知っているような常識ばかり。多少応用も記載されているが、取立て珍しいことは書いてない。――それもそのはず、奥付に二百年前に発行された魔道書の写本だと明記されていた。

 魔道書を貸してくれたお爺ちゃんは、本人曰く若い頃は優秀な魔術師だったらしい。その人がおすすめだと貸してくれた本なので、多少魔術の進歩はあっても根本的に変わってはいないのだろう。


 時間潰しがてら魔術書に記載されている基本と応用あたりで無難そうな魔法に目星をつける。実際どんな魔法を使うかは試験会場で他の受験者の様子を見ながら見極めることになるのだが前もって考えておくだけでも気分的な余裕ができるはず。……ただ、持ち物の件を考えると普通の試験ではなさそうなので、無駄に終わるかもしれないが。


 ため息混じりに本を閉じ、鞄にしまう。

 公園からも見える時計台の時計の針は八時半を指し示している。そろそろ学校に向かってもよい頃だろう。


 鞄の中に受験票があることを確認して立ち上がると、目の前を小さな男の子と女の子が走ってきた。五歳ぐらいだろうか、手をつないで走る様子はとても微笑ましく、けれど二人の様子が気にかかった。

 女の子は普通なのだが、男の子が着ているのは小奇麗な仕立てのよい服。男の子は裕福な家の子なのだろう、そう思わせる服だ。その二人は後ろを気にしながら必死に走っている。


 男の子の走る速度についていけなかったのか、女の子が足をもつれさせバランスを崩す。すぐに男の子もそれに気づいて腕を伸ばし……支えきれずにそのまま倒れてしまった。

 それでも男の子は女の子を庇って自分が下になるように倒れたのだから、幼いながらも素晴らしい紳士っぷり。ぜひうちの孤児院のチビたちにも見習わせたいところだ。

 すぐに二人は立ち上がり服に付いた土をはたきながら顔を見合わせる。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとう。でもカイが怪我……」

「……これぐらいなんてことない」


 カイと呼ばれた男の子は庇った時にどうやら手に擦り傷を負ったらしい。しかしプイと横を向き、その手を隠してしまう。女の子は眉を下げ、胸の位置で手を組んでカイを見つめている。

 自分のせいで怪我をさせてしまったと責任を感じている、そんな気がして私は思わず二人に近づいて声をかけていた。


「ダメよ、怪我したならちゃんと洗って消毒しないと。それともその子に自分のために怪我したんだ、って感謝や心配して欲しいの?」

「違う! って誰だよお前」

「通りすがりのその他大勢。そんなことより違うっていうなら手をだしてー」


 ハラハラと女の子が見守る中、私はカイを引きずるようにして公園の水飲み場で手を洗わせ、さっきまで自分が座っていたベンチに二人を座らせた。

 諦めたのか、カイは途中からは抵抗をすることもなく素直に従ってくれている。うん、素直な子は嫌いじゃない。特に横にいる女の子がほっとした様子で微笑んでいるから、頬が朱に染まって大人しくなったなんてわかりやすい理由だと特に。


「それじゃあ特別。痛いの痛いの飛んでけー」

「何それ。子供だましにもほどが……っ!」

「可愛くない事を言うのはこの口かなー?」

「カイ、見て!」


 人の好意を素直に受け取れないお子様の頬を軽くつねって引っ張ると、まだぷにぷにしたやわらかい頬がむにっと伸びた。

 すぐに離された頬をさすりながらカイが女の子が指し示す自身の手、先ほど怪我をした場所に視線を向け目を見開き、勢いよく私を振り返る。


「カイ様ーっ!」


 ふいに聞こえた大きなその声に、カイがビクリと体を震わせた。

 走ってきたのは初老の老人。いかにも執事ですといわんばかりの服装の……執事なんだろうな、やっぱり。


「早く屋敷にお戻りください! 旦那様も奥様も心配しておられますぞ」

「嫌だ! 今戻ったらニーナともう会えなくなる!」

「カイ……」


 目の前で繰り広げられる寸劇。

 結局のところ、何らかの理由で女の子――ニーナと離れるのが嫌で後先考えず家を飛び出してきた、というところなのだろう。


「婚約者なんていらない!」

「ですから旦那様もそれは一旦保留になさって……」


 カイの歳で婚約者とは、相変わらず貴族は今も昔も大変そうだ。うちの孤児院のカイと同じくらいの歳の子なんて、木刀片手に町はずれの畑を荒らしに来るちょっとした魔物を追い払うアルバイトをしているというのに。


「ちょっといいかな?」


 少々お節介な自分が顔を出し、カイと執事さんの間に割って入る。何か言いかけた二人だが、私がにっこりと笑みを浮かべるとその言葉を飲み込んだ。


「カイ、ニーナが好きなら自分で家族を納得させるべきでしょ。カイは貴族みたいだし、反対する皆を納得させられるだけの力をつけないと。それに彼女を守れる知恵と力も必要よ。詳しくは言わないけれど、一般市民の子が貴族に嫁ぐのは大変なの」

「……」

「まず大切なのは外堀を埋めることよ。その第一歩があなたの成長。そしてニーナも強くならなくちゃいけない」

「……わかった」

「はい」


 私の言葉にカイとニーナが頷く。

 思った以上にカイは聡明な子供のようだ。まだ幼いのにこんな言い方で理解するなんて。ニーナもその瞳に強くなろうという意思が見える。


 カイとニーナを見て、ジークと昔の自分を思い出していた。

 いくら聖女とはいっても見目麗しい王子様の隣にいるのは多くの世の女性にとって面白くなかったようで、色々と嫌がらせを受けたりしたものだ。そのすべてを仲間たちに守られてほぼ実害はなかったけれど。本当にフィーネは守られてばかりだったのだ。


 執事さんは一礼してカイとニーナをつれて戻っていった。私はその姿が見えなくなるまで小さく手を振って見送る。

 すっかり姿が見えなくなり、ふと時計台を見上げれば……受付時間である九時をすこし過ぎていた。受付は開始から半刻なので急がなければ間に合わない。

 時間に余裕はたっぷりとあったはずなのに、とぼやきつつもまた私は全速力で駆け出した。



 通りを曲がり、学校までは一直線ですでに道の先には学校の建物も見えていた。

 時計台を振り返って時間を確認してみる。受付は十分に間に合う時間で、学校に近づくにつれ受験生らしい人が歩いいる姿が見かけられ、ほっと胸をなでおろす。


 やっと校門が見えてきたその時、ざわめきと大きな物音に振り返った私が見たのは、片輪を失い制御を失ってこちらに突っ込んでくる馬車だった。

 永遠のように感じたその一瞬、馬車の中の少女と目が会う。

 薄い紫の髪に赤い瞳が印象的な、なんとなくリーゼを彷彿とさせる雰囲気の少女。少女に目を奪われて魔法を使うことも、息をすることすら忘れていた。

 彼女の表情が歪むと同時に強い衝撃を感じたのを最後に、私の意識はぷつりと途切れる。


「いざという時には気力がものをいうのよ~」


意識が途切れる寸前、遠くでシスターのいつもと変わらないのんびりとした声が聞こえたような気がした。

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