39 鈍器、この辺りに鈍器はありませんか?
それじゃあ僕はやることができたから、ときらきらと輝くような笑顔でジークはどこかへ行ってしまった。その場に残された私とヴィルは顔を見合わせて首を傾げる。
ウエディングドレスをどうにかするとはいったいどういうことなのかはわからないが、妙に嬉しそうなあの笑顔は怖い。
「面白くないな」
「何が?」
突然ぽつりと呟かれたその言葉にヴィルの顔を見れば、その眉間にくっきりと皺がきざまれている。マリウスならばそれが普通となりつつあるが、ヴィルがこういった表情をすることは少ない。
「だってフリとはいえフィーがあの王子様と結婚するわけでしょ?」
「フリじゃなくて演劇よ」
くだらない理由に拍子抜けして呆れる私を尻目に見て、ヴィルは眉を下げそのまま視線を落とした。
「それでも面白くない。……あぁ、俺も仕事を思いついたからちょっとマリウスのところへ行ってくるね」
「――いってらっしゃい?」
「うん、それじゃあまた後で」
何やら落ち込んだ様子を見せたヴィルだが、次の瞬間にはぱっと顔をあげ笑顔を見せた。
そのまま部屋を出て行くヴィルをよくわからないまま見送る。思い出したならともかく、思いついたという言葉に少し違和感を覚えたが。
一人で練習をしようと台本を見てみても、聖女の恋心を前面に押し出した物語なので古くから愛される演目である王子と魔法師の物語のように魔法師のみの場面というのはほぼない。
ちなみに神官はどちらの演目でも出番は少ない。そしてそれ以上に台詞も少ない。
さてどうしようかとそう広くはない部屋の中をぐるりと見渡した。
リーゼは他の生徒の様子を見る為に巡回をしていてその姿はない。
私がいる場所とは反対になる部屋の端ではラフィカがどうすれば素晴らしい王を演じられるのか兵士役の生徒と熱く語りあっている。兵士役の生徒は頷いているが、語り合うというよりは一方的にラフィカが何かについて熱弁しているようだ。
あの中に入っていける自信はない。むしろ面倒なので入りたくはない。
しかたなく、たいして多くはない台詞でも覚えながら待っていようと台本をめくる私の目に先ほどの白いドレスが映った。
王子と魔法師の結婚式は劇の最後を締めくくる大切な場面。魔法師はこの劇の主役ではないけれど重要な登場人物だ。
聖女一行はこの国を救った英雄とされている人物たちで、いくら私が演じるのが気に入らないとはいえこの衣装ではその英雄を馬鹿にしていると思われても仕方がない。隣に立つリーゼたちの衣装が立派な分、余計にその酷さが目立ち明らかにわざとであることがわかる。
これが舞台で微妙な衣装で私に恥をかかせたいということばかりに囚われた結果ならば浅はかすぎる。
交流会は生徒が作り上げるというのが大前提で教師は助言をする程度。外部の人間の力を借りるというのは褒められたことではない。それが舞台衣装となればなおさら。
改めて、ドレスを眺めながら自分でどうにかできないものかと考えてみる。
私は器用ではないが不器用でもはなく服を繕う程度なら問題なくできる。けれどそれは服として着られればいいという程度のもので、一から服を作ったことはないしこのドレスに必要だと思われる原形をとどめていないような手直しもしたことがない。
「あの……シェンクさんちょっといいですか?」
「はい?」
名前を呼ばれて振り返ると、一人の女子生徒がびくりと肩を震わせた。
柔らかそうな茶色の髪を肩の辺りで切り揃え、結ばれた細いリボンがよく似合う。身長はリーゼと同じぐらいと小柄で、胸の前で組まれた両手はぶるぶると震えていて捕食者の前に連れてこられた小動物を彷彿とさせる。見覚えがないので恐らくAクラスで以前の嫌がらせには加わっていなかった生徒だろう。
「とって食べたりしないからそんなに怯えなくても大丈夫よ。それより私に何か?」
「あの、エック君がシェンクさんの衣装を手直しするようにって……本当は他の子も頼まれてたんですけど…………」
その女子生徒はそこでちらちらと私の様子を窺いながら、言い辛そうに口ごもる。
マリウスはうまい具合に私を敵視した人間ばかりに声をかけたのだろう。
「ああ、大体の事情ならわかるから気にしないで。でも大丈夫?」
「だ、大丈夫です! 私は服を作るのが大好きで……ドレスも一度作ってみたいと思っていんです。こんな機会は滅多に……いえ、とにかく私一人でも必ず仕上げてみせます」
「――じゃあ私に手伝えることがあったら教えてくれる? けれどこれが原因であなたまで敵視されるようになるんじゃないか心配だわ」
「あ……それなら大丈夫です。アンネの父と私の母は従兄妹で交流もありますし……家は伯爵の爵位をいただいていますから」
私の心配をよそに彼女は問題ありませんと微笑む。
彼女の家自体が伯爵家ならば確かに直接的な嫌がらせを受けることは少ないのかもしれない。けれどいくらリーゼと遠縁でも、いくら爵位が高くても、嫌がらせを受ける心配がないとはいいきれない。
「ほ、本当に大丈夫なんです。だって……私は魔力の扱いが苦手で、下手に刺激されると、その、魔力が暴走して……」
「暴走?」
Aクラスなのに? という言葉を飲み込んで眉をしかめる私に彼女はぽっと頬を赤らめる。
「ば、爆発を起こしてしてしまうんです。お恥ずかしい……」
「それは中々刺激的ね……」
「それに、私の持ち物にも残留魔力があるようで私以外が不用意に触ると……」
頬に手を当てふるふると首を振って恥じらう姿は可愛らしいが、言っている内容は中々に恐ろしい。
魔力が暴走して爆発する、それは不安定だという彼女の魔力が一気に放出されるということだろう。そしてその危険は彼女の持ち物にも発揮されている、と。
不安定な魔力をよく物に定着させられるものだと感心するが、無意識のうちに地雷を作っているのは厄介だ。
ただ、それならば確かに彼女に嫌がらせをするのは難しいだろう。
不用意に触れば爆発。
下手に荷物に触っても爆発。
触れなくても本人を刺激すれば爆発。
触るな危険、むしろ触らなくても言葉での刺激も危険。愛らしい見た目とは真逆な危険人物だ。
けれど彼女はリーゼに負けずとも劣らないほどに愛らしい。しかも私なら爆発させずに触れられる自信がある。
うん、是非ともお友達になりたい。リーゼと彼女に挟まれたら癒されるに違いない。
「うん、それじゃあお願いするわ。えっと……」
「あ、ルナーリア……ルナーリア=ファルクです」
「よろしくね、ルナ。それともリアかしら?」
「どちらでも……」
「じゃあルナって呼んでいい?」
「も、もちろんです」
慌てて名前を告げるルナーリアに、自分ができる一番柔らかいだろう笑顔を向ける。
ルナは一瞬驚いたように目を瞬かせ、耳まで赤く染めて目を伏せた。どうやら愛称で呼ばれたことに驚き、照れているらしい。だが嫌がっている様子はないのでルナという愛称で呼ばせてもらうことにした。
「ありがとう、ルナ。私の事も名前で呼んでくれると嬉しいんだけど」
「よろしくお願いします……エフェメラ……さん」
「エフィーでいいのに」
「え、え……」
「慣れたら呼んでね?」
「あ、う……はい…………」
どうせなら私も愛称で呼んでもらいたいところだが、そう言った時にルナの魔力が揺らいだ。 困らせたいわけではないので、慣れたらと冗談っぽく付け足す。
ルナは言葉に詰まりながらも了承してくれ、いつか仲良くなれたら愛称で呼んでもらえるかもしれないと思うと頬が緩んだ。
「さ、さっそくなんですが、サイズを測らせてもらってもいいですか……?」
「サイズ? サイズならもう測ってあるはずだけど」
「それが……記録では、スリーサイズが七十、九十、八十となっていて……身長は二メートルになっているんです……」
すべての数値がおかしい。
確かに私のスタイルは抜群によいとはいえないし、孤児ということもあって多少痩せている部類にはいるだろう。しかし胸はえぐれていないしそんな滴型のような体型でもない。
これは本格的に誠意をもって話し合う必要がありそうだ。
「――ちょっとこの辺に鈍器はないかしら、鈍器は。あぁ、拳があったわ。ふふ、これで十分ね」
「え、エフェメラさんっ!?」
衣装担当の生徒たちの元へいこうと歩き出したのだが、小さな抵抗を感じて足を止めた。
視線を向けると私の制服の裾をルナがおどおどした様子で掴んでいる。それはどうしていいのかわからずに私を見あげる目は潤んでいてまさに小動物のようだ。
「お、落ち着いてください! とにかく衣装は私が手直ししますから……エフェメラさんは気にせず演技の練習をしていてくださいね」
涙目で懇願するルナに私が折れ、台本を眺める作業に戻ったのは言うまでもないだろう。
その後は新たな問題が発覚するようなこともなく、交流会は三日後に迫っていた。唯一の問題と言えば私の二着の衣装がまだ完成していないということぐらいだ。
「あの……せっかくなので魔法師の衣装も手直ししようと思うんですが……」
そう言ってルナが魔法師の衣装を持って行ったのが一週間ほど前。
すでに舞台の練習は衣装を身に着け、効果の生徒たちも加わった本番とほぼ同じ状態で行われている。そんな中、私だけがぽつんと制服のまま練習に参加していた。
練習を見守る生徒たちからはクスクスといった笑い声が漏れる。笑っているうちの何人があの改ざんに関わっているのだろう。
交流会が終わって落ち着いたら覚えておくがいいわ、と心の中で吐き捨てつつ演技に集中した。
そんな鬱憤が溜まる練習も終わり生徒たちが寮や自宅へと帰り始める頃、代表の生徒たちといつの間にか補佐にされていた私は第三会議室へ集まっていた。
集まっているのは私を含め七人。
一年生代表であるリーゼたち三人に二年生代表であるエスト。そして窓枠に座って私たちを眺めているのは三年生代表のルクスさん。青みがかった灰色の髪が特徴的なのだが、今は夕日に照らされて不思議な色合いに輝いている。その隣に佇んでいる落ち着いた雰囲気の女性は同じく三年生代表のタニアさんだ。
「では明日からの設置作業について確認をしたいと思います」
マリウスの言葉に代表の生徒たちが頷く。補佐である私は彼らから少し離れその様子を眺めている。
――その中に二年生代表であるジークの姿はない。
「遅れてごめん!」
その時、ばたん、と音を立てて扉を開いてジークが駆け込んできた。その後には何故かルナの姿まである。
「殿下、その手にしているものは一体……」
リーゼが訝しむように眉を寄せた。その視線の先、ジークの手には白いフリフリしたものが抱えられている。そしてルナも同じように何かを抱えていた。
ジークは輝く笑顔を振りまきながら、その白いフリフリを広げる。
「すごいでしょ! リーゼロッテ様の婚礼衣装と同じデザインなんだ!」
「殿下、そのドレスはどうされたのですか?」
「もちろん僕とルナーリアで作ったんだよ! いつかアンネに着てもらおうと思って少しずつ作ってたんだけど、これを機に完成させたんだ!」
ジークが広げたのはウエディングドレス。以前のドレスの面影はないので作り直したのだろう。
褒めてといわんばかりのジークだが、リーゼは額を押さえて顔を伏せた。
「あ、ちゃんとあの白いドレスっぽいのも材料にしたから。本当は僕一人で作りたかったんだけどね、やっぱりアンネにはリーゼロッテ様と同じドレスじゃなくてアンネだけのためのドレスを作るべきだと思って。今回はルナーリアに手伝ってもらったけど、アンネのドレスはちゃんとデザインから考えて僕一人で作り上げることにしたんだ!」
色々と衝撃的なジークの言葉に、リーゼは立ったまま机に突っ伏した。他の代表の生徒たちもなんともいえない曖昧な笑みを浮かべている。その中でヴィルだけは少し驚いたようにそのドレスを凝視していた。
針仕事をする王子。それはリーゼの婚礼衣装限定のようだが、王子としては色々間違っているような気がする。個人の趣味を否定するつもりはないけれど、そもそも二人の婚約は正式なものではなかったはず。
やはりジークはリーゼを逃がす気なんて微塵もないようだ。
頑張れリーゼ……




