37 ご愁傷様です
「――さて、次は俺の番だねって言いたいところだけど……」
言いよどむようなその言葉に眉をひそめた私とリーゼに、ヴィルは眉を下げ肩をすくめる。
「ほら、思ったより時間が経っている。そろそろマリウスが起きてもおかしくないから、俺は部屋に戻らないと」
「私の話が長すぎましたわね。……申し訳ありません」
「ううん、そんなことないわ。ヴィルの話はまた今度でも問題ないもの」
頷き立ち上がったヴィルが自分の肩のホコリを払うような仕草をすると、その場所から闇色の霧がふわりとヴィルを包み込む。
霧はヴィルの全身を包み込み、もやっとした大きな黒い塊が出来上がった。
……確かに誰だかはわからないだろうが怪しすぎる。
姿を隠すならば別の方法の方がいいんじゃないかと思うが、実際は怪しくはなかったらしい。
「――これがヴィルの魔法……姿も見えないし気配も感じられませんわ」
「……そうなんだ…………私から見ると大きな黒い塊があるんだけど……」
「それはフィーが聖女だからだよ。他の人になら魔法を使っても俺を見つけるのは難しいはず」
「へぇ……――あ、そうだ。この羽なんだけど、この羽の力を少し抑えるような魔法かけられる?」
リーゼはヴィルの姿を捉えられないようで、感嘆の声をもらして感心している。
羽の存在を思い出した私はごそごそとポケットからハンカチに包まれた羽を取り出してヴィルに差し出した。
「羽の持つ神聖な力を完全に抑えるんじゃなくて控えめにするってことだよね?」
「うん、できる?」
「加減は難しそうだけどできるよ」
「じゃあ学校に戻ったらでいいからお願いできる?」
「もちろん。今その羽を預かってもいいかな?」
「ええ。それじゃあお願いね」
「うん、それじゃまた後で」
確かにマリウスはこの羽が何であるかを知っている。もしこれをヴィルに渡しているところを見られれば、カンのいいマリウスが何か感づくかもしれない。
私の手から羽を受け取り小さく片手を上げて部屋を出るヴィルを、私とリーゼは小さく手を振りながら見送った。
ぱたりと扉が閉じられると、リーゼが私に向き直り小さく首を傾げる。
「それにしても、フィーネは精霊酔いなんて起こしたことありませんわよね?」
「うん。でも精霊酔いを起こすようになったのは前世を思い出してからだし、聖女の力と関係はあると思う」
「不思議ですわね。私も前世を思い出したと同時に今回も従者となったようですけど、あの時と力にそれほどの差は感じられませんわね」
耳にかかる髪を持ち上げたリーゼの左耳には私の瞳と同じ色をした小さな空色の宝石。
似たような色の宝石は存在するが、従者の証となるその宝石は誰が見ても一目で従者の証であるとわかる不思議な輝きを持っている。何より、聖女である私がそれを見間違うはずがない。
前世は望まずして従者となり長い旅と戦いに巻き込まれたのだから、今世で再び従者となてしまったというのは不幸でしかないだろう。
「ご愁傷様です」
「何言ってるんですの、嬉しいに決まってますわ。今度こそちゃんとエフィーを守りますから覚悟しててくださいませ」
「でも、力を得るけど聖女を守らなくちゃいけなくなる。その守りたいという感情は植えつけられたものかもしれないのに」
従者は聖女を守る。確かにそれは本人がそう望んでいるというが、聖女とはいえ会ったばかりの人間を従者であるというだけで誰もが命を懸けて守ろうと思うだろうか。
もしかしたらそれは従者に選ばれた時にそう思うように植えつけられているのではないだろうか。力を得ると同時に守りたいという感情を植え付けられいるのではないか。
もちろんフィーネはそんなことを考えたことはないが、私は思い出してから時折そんなことを考えていた。
「確かにその可能性がないとはいえませんけれど、実際私は従者となる前からエフィーと友人ですわよね、親友といっていいはずの」
「うん……」
「従者ということは関係なく、友人なのだから助け合うことは当然ですわ。だからエフィーも私が困ったときは助けてくださいませ」
「そうだね。まかせて、ジークの事以外ならちゃんと助けるから!」
「……目下のところ一番困っているのがそのジークですわ。もしや、ジーク以外というのはやはりエフィーはジークのことを……」
「は?」
「――そんな残念なものを見る目で私を見ないでくださいませ」
思ってもいなかったリーゼの言葉に何とも言えない視線を向けてしまっていたらしく、リーゼが本気で嫌そうに呟いた。
「それよりも、戻ったら演劇の練習ですけれどやはり聖女はエフィーが演じた方がいいのでは?」
「愚問ね。リーゼはリーゼロッテ演じられる? ぴっかぴかに美化されたリーゼロッテ様を!!」
「――……私が悪かったですわ」
マリウスが仕上げた台本は嫌がらせかというほどに聖女と魔法師を美化したものだった。
もちろん勇者は本人以上に無駄に爽やかで、神官はなぜか寡黙。魔王は尊大だがまぁ魔王なのでそんなものだろう。
前世とはいえ美化された自分を演じるような恥ずかしい真似をするような趣味は持っていない。
リーゼとお互い顔を見合わせ溜息をつくと、私たちはどちらともなく朝の準備を始めた。
「いやー。二人とも無事で、しかもアンネリーゼ君は複数の精霊と契約できてよかったです」
「そうですね、何かあったら先生が管理責任が問われますからね」
「うぅ、そうなんですよねー。目の前で生徒を攫われるとか、捜索の途中で意識が飛ぶとか本当にもう……」
「――いやまぁ、終わりよければすべてよしってことで……」
それはクルト先生の魔法で全員の移動速度を上げて学校へと戻る途中。
私がリーゼと同じ馬に乗ることを精霊たちが激しく嫌がったので、しかたなく来た時と同じくヴィルと一緒に馬に乗せてもらっていた。アルボはマリウスの背中にぴったりと寄り添っていて、マリウスは激しく迷惑そうだ。
心底ほっとしたように言う先生に、ヴィルが笑顔でとげのある言葉を投げかける。
……なんとなく、先生が意識を失ったのはヴィルが関係しているような気がした。きっとそれは間違いじゃないだろう。マリウスが片手で眉間を押さえていたから。
「それにしても、上位精霊にも得意不得意があるんですねぇ」
「えへへー、ごめんね?」
あっさり立ち直ったクルト先生がリーゼの隣を並走するようにしてリーゼの背後にぷかぷか浮いているヴェントを見る。馬はかなりの速度で走っているのだが、胡坐を組んでリーゼの背後に佇むヴェントは飛んでいるというよりは浮かんでいるといった様子だ。
「僕がやると速度を上げるっていうよりは吹っ飛ぶになっちゃうから」
「うーん、速度が早くなりすぎるってことなのかな」
「マスターがそういった補助の適性が地を這うほどに低いからだよー」
「ヴェント……」
「むぐー」
真面目な顔で考えるクルト先生の様子にヴェントはふわふわと笑いながら返したが、リーゼに押し殺すような声で名を呼ばれると慌ててその姿を消した。
一方マリウスの背中で何か言おうとしていたアルボの口を、マリウスが器用に塞いでいる。顎を掴んでいるように見えなくもないが、リーゼの怒りを向けられたくないからマリウスも必死なのだろう。
「おやおや。まぁ、話はまた今度聞けばいいだけですね。……そろそろ街に到着するようですから速度を戻して街道に戻りましょう」
「はい」
行きよりも随分早い速度で走り抜ける私たちは、街道から少し離れた場所を走っている。
それは他の街道の利用者の邪魔にならないようにと、速度を維持したまま行き交う人を避けるのが面倒だからということだった。クルト先生の精霊が遥か前方まで確認しているので、街道から少し離れた場所ならばすれ違う人も少なく少々大きく避ければ速度を落とす必要もないからだそうだ。
――突然動物や何かが飛び出して来たらどうするのかと聞いたところ、風の力を使って飛び越えればいいんです、と得意げに言っていた。もし避けられなくても風の結界があるので大した被害は受けません、とも。
つまりこちらに被害は無くても、風の結界にぶつかった方はただではすまないだろう。
「普通に馬を走らせていたって事故に遭うことはありますから。絶対大丈夫ということなんてないんですよ。僕は出来る可能な限りの注意を払うだけです」
この結界は風の抵抗を減らし、私たちの周りの空気の流れを緩やかにするものにすぎない。その結果外からの衝撃を防ぐ効果を併せ持っただけだ。
風の精霊の探査能力は特に高いので、避けられないといった状況にそうそうなるようなこともないだろう。
「言動はともかく、腕はいいですよね」
「それは褒められてるんだよね?」
「褒めてますよー」
「……何だか嘘っぽい気がします」
嘘はついていない。前半はともかく後半は褒めているから。
クルト先生は眉を寄せながらも、魔法を段階的に解除していく。そして速度が通常に戻ったのを確認して街道へと戻った。
ウーアの街が近いこともあって行きかう人の姿も多い。その人々に紛れるように、私たちも街へと入る。
学校へ戻ると、クルト先生はその場に待っていた人に乗ってきた馬たちを預けた。そして私たちに今日はもう寮で大人しくしているようにいうと、足早にどこかへと向かう。
アルボは正式な処遇が決まるまではマリウスが面倒を見るようにとのことだ。それを告げられた時、マリウスは予想していたのか小さく溜息をついただけだった。
「俺、姫と一緒が……」
「よし、まずは寮の基本的な規則を部屋でじっくりと叩きこんでやろう。いくぞ」
「あーれー」
マリウスはちらり、とリーゼに視線を送るアルボの首根っこを掴むとアルボをずるずると引きずり寮へと入っていく。そして寮の入り口で、一度だけこちらを振り返った。
「それではまた夕食の時に。明日からは忙しくなるからな、今日はゆっくり過ごすといい」
「わかりましたわ。マリウス、アルボをよろしくお願いいたします」
「それじゃあまた後でね」
「ああ」
マリウスを見送り、その姿が見えなくなってから私たちも寮へと入る。
入ってすぐに男女は別の階段を使うことになるのでそこでヴィルとも別れ、部屋のある階へと向かった。
「この後エフィーはどうしますの?」
「うーん。特にすることもないし、演劇の台本でも眺めながらごろごろしようかな。リーゼはどうするの?」
「そうですわね、私はファイロたちにちょっと教育をしておきますわ」
部屋の扉の前、そう言ってにっこりと微笑んだリーゼの背後で一瞬だが四つの魔力が揺らぐ。
精霊たちが少し気の毒ではあるが、今後学校生活を送る上で彼らの存在を私たち以外の人間に知られるのはまずい。
今はどうか知らないが、昔でも複数の精霊と契約することは稀。しかもその契約の方法が一般的なものでないとなれば面倒な事態になることは火を見るより明らかだ。
リーゼの言う教育がどんなものかは興味があったが、疲れが抜けきっていないこともあって私はそのままリーゼと別れ部屋へと戻った。
ベッドの上に転がりぱらぱらと演劇の台本のページをめくる。
――苦悩し、成長していく聖女の姿がそこにはあった。
実際の聖女はまったく成長していないのだが、今の私はこの台本の中の聖女のように成長できたらいいなぁと思いながら、思った以上に疲れていたようでいつの間にか眠ってしまっていた。
「フィー、もうすぐ夕食の時間だよ」
「ん、もう?」
ゆさゆさと体をゆすられゆっくりと開いた私の目に映ったのは、満面の笑みを浮かべたヴィル。ヴィルはベッドの淵に腰かけてこちらを眺めていた。




