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36 時計の針は戻らない

 突然現れたというフードの人物。

 リーゼたちの攻撃が防がれたということには驚かされた。ジークムントを除けば国で一番腕が立つと思われるフォルカーも三人には全く敵わなかったというのに。


「手紙には何て書かれていたの?」

「自分とフォルカーについて書かれた手紙と契約書が入っていましたわ」

「契約書?」

「悪魔の契約書とも呼ばれる、古代語で書かれた契約者を縛り付ける魔力を秘めた契約書です」


 リーゼの言葉に眉をしかめる。

 悪魔の契約書の現物を見たことはないが知識としては教えられていたのでそれがどういうものなのかは知っていた。一瞬だがヴィルの眉間に皺が刻まれた様子からヴィルも知っているのだろう。


 契約書は古代語で書かなくてはならず、当時でも読める人間はごく僅かだった。契約をする二人が名を記して初めて効力を発揮するのだが、その効果はどちらかが契約違反をした場合、代償としてその魂を縛り付けられもう一方の契約者の傀儡となってしまうという強い拘束力を持ったものだ。

 自分の名前さえ書ければ古代語が読めなくとも契約が成立することから悪用されることが多く、特殊な事例を除いてその契約は禁止されていた。


「……契約の内容は?」


 足を組み、顎に手を添えて尋ねるヴィルの視線は真っ直ぐにリーゼに向けられている。


「お互いを裏切らないこと、とだけ。あとはどういった行為が裏切りにあたるかなど」

「宰相は古代語は?」

「ある程度読めていたはずです。しかしすべて読めていたとは思えませんでしたわ」

「では契約書を作成したのはフードの人物のほうか」

「ええ。裏切り行為の中には宰相に不利なものも含まれていましたし。ただ宰相も警戒していたようで正確な名は記名しなかったようです」

「へえ?」

「少々名を省略してありましたわ」

「懸命な判断だね。――効果は薄いだろうけど」


 二人のやり取りから、ヴィルは私たちよりもその契約について知っているのが窺えた。

 ヴィルフリートも魔王となった経緯に悪魔の契約があったのだろう。むしろそれ以外の方法であれだけの力を持つヴィルフリートを魔王として利用できるとは思えない。


「その契約は契約者の魔力を認識することで効果を発揮するんだ。通常は署名を経由して魔力を認識しているんだけど、署名じゃなくても魔力を認識すればそれに応じて効果を発揮する。例えば魔力をたっぷり含んだ血とかを垂らすだけでもね」

「では宰相は……」

「署名した時点で本人の持つ魔力によって契約が成されてる。名前も重要だけど、それ以上に魔力によるもののほうが重要だから名前を省略しても気休めにしかならないよ」


 そう言いながらヴィルは自嘲気味に笑う。恐らくヴィルフリートは血によって強制的に契約させられたのだろう。

 契約時に魔力を込めるほどその効力が強くなると考えればヴィルフリートが逃れられなかった理由にも説明がつく。ヴィルフリートは支配されつつも微かに自我が残っていたからこそ最後に自我を取り戻すことができたのだが、それはヴィルフリートの特殊な魔力があってこそであり普通は抵抗することは不可能だ。


「教会でも署名が重要だって教えられていたからその知識は一般的なものではないはず。けれど相手はそのことを知っていた……胡散臭いわね」


 フィーネも知識として悪魔の契約は教えられていたが、それは署名によって効力が発動するので安易に署名してはならないというように教えられていただけだ。もちろん契約に強い魔力が働いていることはわかっていたが、契約書自体に魔法がかけられていてその発動上限が契約する者同士の署名だと思っていた。


「王に謁見し、聖女の死や魔王、そして宰相とフードの人物についての報告を済ませると、役目を終えたとしてマティアスは姿を消しました。教会の本部へ立ち寄ったことはわかっていますが、その後は彼がどうしたのかを知る者はいません。恐らく宰相とフードの人物を追っていたのだろうとは思いますが……真実は本人に聞いてみなくてはわかりませんわね」

「それはマリウスが思い出したら、ね。――そうなったら本気でしばかれるきがするけど」


 調べてみてもマティアスの記録が残っていなかったのは、リーゼロッテたちすらその行方を知らなかったからだった。マリウスほどではないがマティアスも口数は多くなかったが、ほとんど記録が残っていないことを考えると意図的に黙って姿を消したのだろう。

 宰相たちを追うためだけならば情報を得るためにもリーゼロッテたちとの繋がりはあった方がよいはずなのにそれをしなかったのは何故なのか。

 答えのでない疑問を振り払うようにして視線をあげると、私と目が合ったリーゼが何かを思い出したかのように手をぱちんと合わせた。


「そういえば、謝りたいとかいってましたわよね? 何に対して謝りたいのかを聞いていませんでしたわ」

「それは……」

「それは?」


 リーゼに続きを促され、リーゼとヴィルの様子をちらちらと窺う。二人は興味深そうに私を真っ直ぐに見つめていた。


「――あの時、ヴィルフリートを助けられなくてごめんなさい」

「どうして? 俺は助けてもらったよ」

「真実を知る機会はあったのにそれを見逃してしまった。ちゃんとわかっていれば違う方法で助けられたはずだから。世間知らずでリーゼロッテたちにも迷惑をかけてしまったし。それなのに私は……」

「エフィー。忘れているようですけれど、私たちは従者でしたのよ? 聖女を守るのための存在ですわ。そうでなくとも守るつもりでしたけれど。だってあの頃も今も、私たちは友人なのでしょう?」

「リーゼ……」

「それなのに守るどころか守られてしまった。守るべき相手の命がじわじわと尽きるのをただ見守るしかなかった。恋人であったジークムントや助けられなかったと自分を責めるマティアスの声に出さない嘆きは見ているこちらも辛かったですわ」


 沈んだ気持ちを浮上させるように、ぱんと手を叩いてリーゼはその話をそこで終了させる。そして小さく首を傾げてにっこりと微笑んだ。


「遠い過去を悔やんでもしかたありませんもの。反省はしても後悔はしない、それがイイ女というものですわ!」

「あー、リーゼロッテが言いそうな言葉ね」

「ええ、リーゼロッテのモットーでしたわ」


 お互いに顔を見合わせると、どちらからともなくふっと笑みがこぼれる。

 外野から、「さすが姫! 俺も見習わなきゃな!」とか「ファイロは海よりも深く反省するべきですよ」などと聞こえてたが、気をきかせたヴィルが彼らの口を塞いだようでその後はもごもごとくぐもったうめき声が小さく聞こえた。――ヴィルが彼らに何をしたのかは聞かないでおこう。

 リーゼは笑みを苦笑に変えて言葉を続ける。


「薄情ですけど、私は二人ほど嘆くことはなく客観的に一連の事について考えることができました。謁見後まずするべきことは、宰相の手紙に記されていたこの件のもう一人の重要人物の保護です」

「――もう一人の重要人物?」

「ええ、何故騎士団長であるフォルカーが宰相に従っていたのか。とても単純な理由が書かれていたのですわ」

「人質でもとられてた?」


 二百年前関わった人を思い浮かべてみるが、重要人物といえるほど関わった人物は思いつかない。深く関わってはいたがフィーネの知らない人物であったということだろう。

 確かにフォルカーはあの時までは気さくでちょっと苦労性のみんなのお兄さんのような存在だった。どうして宰相の手下のようなことをしているのか気になったが、それは彼の気を使う性格ゆえだろうと。

 何気なくといった調子で尋ねたヴィルにリーゼが頷く。


「宰相の屋敷の中を捜索すると、魔法で固く閉ざされた扉がみつかりました。何とかその扉を開こうと試みましたが、私の魔法ではその扉を開くことはできませんでした。もちろんジークムントも。唯一対処ができたかもしれないマティアスはいませんでしたので、私たちは最終手段をとることにしたのです」


 魔術で閉ざされた扉というだけで怪しいが、リーゼロッテがどうにもできなかったというのならそこに人質がいるのは間違いない。それにはフードの人物が関わっているのとしか考えられず、扉を閉ざしていた魔法は闇系統もしくはそれに類似したものと考えていいだろう。

 ヴィルフリートには及ばなかったとはいえ、神の力を使うマティアスならば扉を開けるかもしれない。しかしその時すでにマティアスは姿を消していたのだから、リーゼの言う最終手段というのはどういうものなのだろうか。


「魔法で閉ざされていたのは扉だけ。ならば新しく出入り口を作ればいいだけですもの」

「――新しい出入り口って……」


 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべるリーゼに何故か嫌な予感しかしなかった。


「扉以外にも魔法はかけられていましたがそれは扉のおまけのようなもの。ジークムントが拳で破壊しましたわ」

「…………」

「気持ちいいぐらいに力技だね」

「ジークムントは肉弾戦担当の従者でしたから」


 ヴィルがぱちぱちと拍手をすれば、うふふ、とリーゼが笑う。

 その時私の脳裏には、「いいからやりなさい」と命令するリーゼロッテと、その言葉に戸惑いながらも素直に従うジークムントの姿が鮮明に浮かんでいた。


「壁は壊せたの?」

「もちろんですわ。魔法の影響はありましたが、普通より少し頑丈といった程度でしたから」

「人質は?」

「私たちが破壊した壁と反対側の壁に身を寄せて震えていましたわ」

「怖かったんだろうね」

「壁壊したんだから当然の反応よね」


 王子で勇者という扱いであったジークムントの顔は知っていたかもしれないが、突然壁を壊して入ってきたのだから怯えるのは当然の反応だろう。

 孤児院のチビたちのように侵入者を嬉々として待ち構えるような反応は特殊だと思う、多分。基本的に人の出入りは少ない町だったが、稀に孤児院に子供を攫おうとやってくる馬鹿はいたのだ。


「そこにいたのは少年で、恐らくフォルカーの一人息子だと思われました」

「思われた?」

「恐らく精神的な苦痛から、少年は話すことができなかったのですわ。宰相のこと以外にもフォルカーの奥さんはすでに他界していて屋敷にフォルカーの家族はいなかったこともあり、少年は一時城でその身柄を保護されることになりました」

「もしかしたら、話せないのはフードの男の魔法かもしれない。俺もやろうと思えば話せなくするような魔法は使えるから。――あ、もちろんむやみに使うつもりはないよ?」


 少し思案するように付け足したヴィルは私の視線に気づくと慌てたように手をパタパタと振った。やはり先ほど精霊たちを黙らせたのはその魔法のようだ。


「残念ながらそれを確かめるすべはありませんでしたわ。それに少年は保護された数日後、マティアス同様姿を消してしまったのです」

「え……」

「屋敷に帰ったわけでもなく、その消息は不明のままでした。しかし翌年、ふらりとその少年は城へ私たちを訪ねてきたのです」


 リーゼは視線を落とし、頬に手を添えてふっと息をつく。


「色々あって、その頃はジークムントと結婚して城に住んでいたのですが、ある夜バルコニーに人の気配を感じて出てみると、少し大人びてはいまいたがあの時の少年が立っていました」


 バルコニーとはいえ王子とその妻の部屋への不法侵入。容易く侵入を許すなんて、城の警備は何をしていたのだろうか。それともその少年が一年の間に従者並みの実力をつけたのか。

 城で一番強いのは間違いなくジークムントとリーゼロッテの夫婦だろうが、簡単に侵入を許すというのは問題だ。


「宰相は倒したがフードの人間は取り逃がしてしまったので気を付けてほしい。そして助けてくれてありがとう、と告げると姿を消してしまったのです。私もジークも彼がどうやって姿を消したのかすらわかりませんでしたわ」

「リーゼロッテたちで追えないほどの実力があったということ?」

「そういうことになりますわね。明らかに一年前とは身のこなしが違っていましたわ」

「……フォルカーの息子って何者?」

「もしかしたら、本物の勇者だったのかもしれませんわね」

「確かに、勇者として目覚めたというなら納得できるね」


 フォルカーノの息子が短期間に力をつけ宰相を倒した。従者である二人が追えないということはその実力は二人より高い、そうでなかったとしても身を隠す能力が恐ろしく高いということになる。

 本物の勇者かもしれないというリーゼの言葉にヴィルが頷く。確かにそれ以外、急激に力を付けた理由は考えられない。勇者でないなら聖女――はないだろうから聖人か。


「そういえば、その息子の名前は?」

「まだ言ってませんでしたわね。ユディト=ベルク、それがフォルカーの息子の名前ですわ」

「――はい?」


 馴染みのある名前に思わず耳を疑う。

 よくある名前ではないが珍しいわけでもない。私たちは似てはいるが前世とは違う名前だ。偶然なのだろうけれど、妙に引っかかる。

 思わず上ずった声を上げた私を、リーゼは不審そうな、ヴィルは面白そうな視線を向けていた。

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