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35 リーゼの昔話

 ――それは本当に不思議な感覚でしたわ。


 その日は師匠と日課である瞑想をしていました。

 普段と同じように、目を閉じ心を静かにして己の内の力を感じ魔力を全身に巡らせていると、私の脳裏に突然小さな光が浮かび上がると光はあっという間に大きく膨らみ、そして弾けたのです。

 その反動で倒れた私を抱き起した師匠は酷く驚き、そして理解したといいます。装飾品など身に着けていなかった私の耳に、あるはずのない宝石が光を受けて輝くのを目にして。


「従者?」

「聖女の力が世界に必要とされた時現れる、聖女に付き従いそして守る者、それが従者であると言われている」


 ローブから伸びる深く皺の刻まれた手が長く伸ばされた白いひげを撫で、すっと細められた目が窺うように私を見つめています。

 確かに、以前聖女が現れたという話は聞いたことはありました。それはまだ私が師匠の元に来る前、実家にいた頃の事です。自分と同年代の少女が聖女として神殿に保護されたと聞き複雑な気持ちになったことを、その当時もはっきりと覚えていました。


「どうする、ロッテ。従者であることを隠し今の生活を続けることもできないわけではない」

「――純粋に、自分の力を必要とされているということは嬉しいわ。けれど聖女を守るかどうかは本人に会ってみないとなんともいえないわね。守りたいと思えば喜んで従者としての役目を果たすし、守るに値しないと思えば師匠のいうようにこのままの生活を続けるのもいいかもしれない」

「そうか」

「けれど私が従者の力を得たということは、聖女の力が世界に必要とされているということ。そう考えると今の生活を続けるのは逃げるのと同じだから、結局私は聖女の従者となることを選ぶと思うわ」

「……お前らしいな。恐らく従者は力だけでなく使命を全うする者が選ばれているのだろう」


 師匠は私が従者になる道を選ぶという事は確信していたようで、小さく息をつくと一本の杖を私に差し出しました。


「これを持って行け。魔力の安定・増幅・そして軽くて固いという三拍子そろった素晴らしい杖だ」

「……固い?」

「何があるかわからんからな。固いという事はそれだけでいざという時に武器になる」


 訝しんで眉を寄せた私に師匠は真面目な顔でそう言いました。つまり杖を鈍器として振るっても問題ないということです。


「師匠、私は剣の鍛錬も積んでいます。どうせなら杖に剣が仕込まれているというぐらいでないと……」

「さすがにそこまで都合のいいものは持っておらん。そもそもお前の剣は呪文を唱えるまでの牽制のためのものだ。それならば魔力を安定させ増幅させる杖で牽制できた方がいいだろう?」

「まぁ、それはそうなんですが……」

「せっかくお前の精霊たちとお前のために作ったのだ。ちゃんと使ってやらねば彼らが泣くぞ?」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべた師匠の背後にぼたぼたと涙を流す見目麗しい五人の精霊たちの姿が見えた気がして、脱力感と共に杖を受け取りました。その杖はしっくりと手に馴染み、師匠の言葉が真実であると私に知らしめます。


「お前の事だ、すぐにでも行くのだろう?」

「ええ。思い立ったらすぐ行動、それが私の信条ですもの」

「気を付けてな。気が向いたら私も様子を見にいってやろう」

「あら、いい年して師匠も聖女に興味があるんですね」


 こうして私は従者としての力が発現した次の日に、自分が使えることになる聖女がいるという神殿に向かったのです。



「神殿で従者であるという確認あちらがしている間、やはり同じ時にその場に訪れたジークムントやマティアスの姿もあり、従者と認められた私たちは揃ってフィーネに会うことになったのですわ。フィーネと出会ってからは私が知っている事はエフィーの知っていること大差ありません」

「それじゃあフィーネが死んだあとは?」

「あ、ちょっといいかな? 俺はそこを知らないからできれば教えてほしいんだけど」

「それは後でエフィーから聞いてくださいませ。あまり時間をかけるわけにもいきませんし」

「――そうだね。後でゆっくり教えてもらえばいいか」


 さらりと三人の出会いを省略されてしまったが、確かに今は時間に限りがあるのでリーゼが重要でないと思う部分が省略されるのは当然だろう。折をを見てリーゼに聞いてみればいいかと視線を戻した。


「フィーネと魔王の亡骸はマティアスが神の力を借り宝玉に変え、フィーネの宝玉は彼女の好きだった丘に、魔王の宝玉はマティアスが清めた後ある森に安置しました。魔王の宝玉はなお力を失うことなく、特殊な磁場を生み出してしまうため人の住む場所の近くには安置できなかったのです」

「特殊な磁場? あれ、ちょっとまって……特殊な磁場の森ってまさか……」


 マティアスが使ったという魔法は神官となった者が最初に教えられる魔法でもちろんフィーネも使うことができた。宝玉は神の力で亡骸が形を変えただけであり、その身に宿していた魔力も残る。亡骸は朽ち果て土へと還るので魔力もその際に消えるのだが、宝玉となった場合は土に還るまでに時間がかかるため長く魔力が残ることがあった。

 ぎぎっと音を立てそうなほど不自然な動きでヴィルを振り返ると、ヴィルは私の考えが正しいのだというようににっこりと微笑んで頷く。


「ええ、魔王の宝玉を安置した場所ですわ。その特殊な磁場を利用して私も精霊たちを封印しましたもの」

「つまりあの森で魔力が暴走しやすいのも、気配が掴みにくかったのも……」

「大気に溶け込んでいるとはいえ、魔王の魔力の中で普通の人間がまともに魔法を扱うことは無理ですわね。直接精霊の力を借りられる契約者であれば何とかなるでしょうけれど」

「俺の魔力は人を惑わせやすいからね。俺はあの森に入った時、何ともいえない懐かしさを感じたんだ」


 そう言ったヴィルは遠い目をして明後日の方向を見つめる。その言葉に私はがっくりと床に手をついた。

 おかしいと思うべきだったのだ。解放した浄化の力は暴走する様子など微塵もなく、むしろ懐かしい緊張感さえあった。今の私になって初めて力を解放したからの緊張感だと思っていたけれど、それは肌でヴィルフリートの魔力を感じ取っていたからこそだったのだ。

 宝玉になって二百年も魔力が維持されるというのも信じられないが、宝玉から漏れ出たヴィルフリートの魔力は特殊な磁場を作り上げたということは、フィーネの宝玉も似たような怪奇現象を起こしていても不思議じゃない。

 あわあわと青くなる私を横目に、リーゼは笑みを消し表情を引き締めて言葉を続けた。



 フォルカーが私たちに同行するように強く勧めたのは当時の宰相でした。理由は先ほど述べた通りで、ジークムントが従者となったからです。

 王の子は殿下一人であり殿下に何かあっては困る。フォルカーならば旅には慣れているので雑務をこなし、いざという時壁になり殿下をお守りすることができるだろうと。

 フィーネはフォルカーを宰相に忠実な配下といった認識しかしていなかったようですが、本来その二人の権力はほぼ同等であり、騎士団長が宰相の配下であるかのような行動をとり始めたのは魔王が現れた頃からです。それについてはジークムントにも確認を取ったので間違いないでしょう。

 ジークムントが従者として同行するにあたり、宰相はさらに条件を付けました。


 ――殿下を従者でなく勇者であるとする。


 もちろんジークムントは反対しましたが、魔王討伐後に聖女を重圧から解放するためだと吹き込んだのです。それは役目を終え、聖女の力を失った彼女を守るためになるのだと。

 役目を終えた聖女や従者そして勇者はその力を失うが、その後はその功績から政治的に利用されるだろう。その時ジークムントが勇者であればその発言権は大きくなり、彼女を守ることができるのではないかと。


 エルプシャフトでは王が政治に対して絶対的な権力を持っているわけではなく、重大な決定には議会が開かれます。議会では王の発言は優先されても絶対ではありません。そこでの発言力が大きくなるということは、すでに聖女に傾倒していたジークムントの心を揺さぶるのに十分でした。

 ジークムントは自分が聖女に同行し従者の役目を果たすためにも、宰相の条件を飲むことにしたのです。


 魔王が倒れた後、私たちが感じたのは達成感などではなく喪失感と自分たちに対する苛立ち。

 守るべき相手を守れなかった。嘆き叫びたい気持ちを抑え、城へと帰還した私たちは真っ先に宰相の執務室へと駆け込みました。

 駆け込んできた私たちの姿を見ると宰相は酷く驚いた顔になりましたが、すぐに普段通りの表情で私たちを労う言葉をかけたのです。そしてフィーネの姿が無いことに気が付くと眉を持ち上げ、手を振り無言で従者を下がらせました。


「聖女様はどうされたのですか?」

「白々しい! 僕がここにいることを考えればすぐにわかるだろう!」

「……なるほど。フォルカーはとんでもない失態を犯してくれたようですね。計画が台無しですよ」

「説明してもらおうか。本当ならば今すぐお前を切り捨てたいところだが、そういうわけにもいかないからな」


 激昂するジークムント。静かに、けれど激しく怒るマティアス。私の分まで怒っているようなジークムントの様子に私は二人より少しだけ冷静に周りを見ることができました。

 フィーネがいない今、この場で一番魔力を感知する力があったのが私です。観念したというよりは開き直った様子で口を開く宰相の後ろに、魔王よりずっと禍々しい魔力が揺らぐのを感じていました。


「すべてはこの国のためですよ。エルプシャフトは国土に恵まれた豊かな国です。隣国はみなこの国を狙っているというのに王ときたらのんびりと構えて最低限の守りしか固めていない。今年はどの国も凶作で、この国を狙う動きは活発化しています」

「この国が守りにのみ力を入れているのは先々代の王の方針を今も継いでいるためだろう? 議会もその方針に賛成しているし、そのための外交に力を入れている。その外交の筆頭はお前だろう!?」

「ですから限界を感じていたのですよ。そしてこの国に攻め込もうとしている動きを掴んだ時、くるべき時がきたのだと思いました」


 言い合うジークムントと宰相を横目に、マティアスの服の裾を小さく引くと彼も気づいていたようで小さく頷きました。


「そして一つの結論にたどり着いたのです。ちょうど我が国には聖女という存在があり、それを利用してすべてを解決する方法を」

「それが魔王か?」

「そう、世界を救った聖女、それが我が国には必要なのです。信仰する神は違えど教会はどの国にもあり、聖女という存在は特別ですからね。聖女はすべての神と繋がっているとされていますから」

「――やはり、聖女をこの国の王に据えようとしていたのか」


 怒りを抑え、普段よりずっと固い声色でジークムントが呟きます。

 聖女を利用すること、そしてジークムントの命を狙ったのですからその目的は容易に想像できていました。そして恐らくその傍らに宰相が夫として立つ未来を思い描いていることも。


「聖女を聖女帝とし、他国を支配下に置けば攻め込まれることを憂うこともない。エルプシャフトが帝国となることも夢ではないのですよ」

「正気か!? そんなことができるわけがない!」

「可能ですよ。彼らの力があれば」


 宰相は私たちが考えていたよりずっと悪い夢を見ていたようでした。

 従者三人に囲まれているというのにずっと余裕の表情を崩さなかった彼の後ろの魔力の揺らぎが一際大きくなり、そこから漆黒のローブに身を包んだ人物が現れたのです。


「計画は失敗だ。次の方法を実行する」

「しかたあるまい。残念ですが一旦私は退場させていただきましょう」

「待て!」

「はいそうですかって逃がすわけないでしょ!」


 ぐらり、と彼らの姿が揺らぎ、私はテーロの力を借りて、マティアスは神の力を借りて相手を拘束すべく魔法を発動させました。


「無駄だ」


 私たちの魔法はローブの人物の手の一振りでかき消されてしまいました。従者であり、普通の人では太刀打ちできないはずの力をもった私たちの魔法が。

 二人に振り下ろしたジークムントの剣も彼らに届く前に何かに阻まれ弾かれ、宰相とローブの人物は魔力のゆがみに飲み込まれるようにその場から消えてしまったのです。


「くっ……!」


 血が滴り落ちるほど強く握りしめた拳を机に叩きつけ呻くジークムントの手をマティアスが掴み癒します。

 その時、机の上にあった書類が崩れ教会の印のある封筒がひらりと床に落ちました。拾い上げ見たその印には見覚えがあります。私はその封筒をマティアスに差し出して尋ねました。


「この印はマティアスの所属する教会のものよね?」

「ああ。以前宰相が教会を訪れたことがあったと聞いたことがある。その時に手にいれたものだろう」


 その封筒を開封するにはその印をもつ教会に所属するものでないと開くことはできない、そういう魔法のかけられた特殊な封筒です。

 マティアスが迷うことなくその封筒を開封すると、中には宰相の文字で私たち従者に当てた手紙が入っていました。

 手紙に一通り目を通し、私たちはその手紙を手に帰還の報告をするべく王への謁見を求めたのです。

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