32 為せば成る
恐怖に染まるつぶらな瞳がお守りを受け取った私の手に向けられる。
彼らの以前の姿を知っているとはいえ、今はその姿とはかけ離れた耳や尾はあるが幼い子供のような外見。そんな彼らに怯える瞳を向けられるとちょっとした罪悪感に襲われる。
ちなみにアルボは怯えているようには見えないし、そもそもどこを見ているのかいまいちわかりづらいのであまり気にならない。
「なぁエフィー。思うに、その羽の入ったお守りを持っていれば精霊は近寄れないんじゃないのか?」
「……はっ!」
じりじりと私から距離を取る精霊たちを眺めていたマリウスが、ふと思いついたというように何気なく言う。
確かにこの様子からは上級精霊すら近寄りがたいらしい。けれどこの様子では、効果がありすぎて普通に精霊魔法を使うのに支障があるのではないかという心配もある。
マリウスは相性が絶望的に悪く見えないが、見えないだけで精霊が力を貸してくれないわけではない。逆にこの羽の場合は精霊自体を近づけなくさせるので力を貸してもらう事すら難しくなるかもしれないのだ。
すると私の心配に気づいたらしいリーゼがそっと私に耳打ちした。
「確かにそのままでは支障が出るでしょうけど、あの人に力を借りれば大丈夫だと思いますわ」
あの人、と言ってリーゼが視線を向けているのはヴィル。
羽と同じ属性の力を持つ私には無理でも、対極に近い性質の魔力を持つヴィルならば羽の持つ力を抑えられるのかもしれない。後でヴィルに確認してみるのがいいだろう。
とりあえず今は精霊が怯えるので、お守りを一旦リーゼが寝ていた花の寝台の上に置き、そこから離れた場所で話をすることにした。
「そこの彼ら……もちろん後ろの彼を除いてですが、精霊、ですよね?」
感じる力は精霊だがその姿は一般の精霊と大きく違う彼らにクルト先生も戸惑いを隠せないでいる。前世を思い出したリーゼを除けば私たちの中で一番精霊に詳しく、近い立場であったのだからその戸惑いも大きいのだろう。
精霊の姿はその力によって違い、小さな毛玉のようなものから妖精のようなものと様々だが人に近い姿のものほどその力が強い。二百年前の彼らは普段は獣の姿をしていたが、人の姿を取ることもでき、その際は大きさも人そのものという上級精霊の中でも強い力をもつ彼ら。そんな彼らが何故こんな姿を取っているのだろうか。
「私たちは精霊です。この姿はちょっとした事故です」
「事故?」
「ええ、不慮の事故で今はこれ以外の姿を取ることはできないとしか言えません」
「そうですか。では、普通精霊って直接頭の中に話しかけますよね? 僕の守護精霊がそういうように話すのを聞いたことがありません」
「――君がこの方の守護精霊ですね。この子は人の言うところの中級精霊といったところですから、声をだして話すことができないんです。もう少し力をつければ可能ですよ」
テーロの言葉にクルト先生の守護精霊は申し訳なさそうに羽を震わせてクルト先生の首元に寄り添う。先生は小さく微笑んで人差し指で精霊の頬に触れた。
「人と直接言葉を交わせるのは中級の中でもその上位以上の強い力を持つ精霊でないと無理なんです。それぐらいは人の世界でも常識だったはずですが」
「恐らく、いつからか人と精霊との係わり方が変化したから忘れ去られたのだと思います。今は精霊との契約というのは強制的な従属を意味していますから」
テーロが溜息をつき、クルト先生は少し悲しそうに微笑む。クルト先生の言葉にリーゼも眉を寄せていた。
精霊を強制的に従わせるということなのだろうが、そんなことが可能なのだろうか。フィーネの知識にもないが、二百年の間に技術が発展し可能になったとしても不思議ではない。それが決して褒められた技術でないとしても。
「興味深いですね。どのように従属させるんです?」
「魔石を使いその中に精霊を捕らえます。縛られた精霊の意思は関係なくその力を引き出され、その際は使用者が魔石に直接触れるだけで力を使うことが可能です」
「――あなたは私の知っている契約のようですね」
「はい。僕がこの子と契約したのは偶然ですが、その時初めて本当の精霊との契約がどういうものなのかを知りました。今は契約といえばほぼ魔石を使う契約のことを指しています」
「魔石というのはどういったものですか?」
テーロだけでなく他の精霊たちもクルト先生の言葉に興味があるようで身を乗り出す様にしてクルト先生の話に聞き入っている。自分たちが縛られるかもしれないと思えば当然だろう。
「魔石は属性ごとに捕らえられる精霊の属性が決まっています。だいたいこれぐらいの大きさで、例えば火の精霊を捕らえることができるものは赤い色をしています」
「水は青、土は黄色。風は緑といったところでしょう。木はもしや紫だったりしますか?」
「ええ、その通りです。よくわかりましたね」
クルト先生が指で輪を作る。思ったよりは小さいが、装飾品に埋め込まれているような宝石に比べれば大きい。
「現物は持っていますか?」
「いいえ、僕は好きではないので。ここに来たのも僕の生徒である彼女たちに本来の契約をしてもらうためです」
「なるほど」
テーロは頷くとヴェントを振り返る。ヴェントは耳をぴくぴくさせながらふわりとアルボの肩あたりに浮き上がった。
「コレがそうなのかな?」
ぐい、とヴェントがアルボの襟元を引っ張ると、無理矢理伸ばされたローブから露わになった鎖骨のあたりに紫色の小さな丸い石のようなものがついている。表に見えているのは石の一部で、そのほとんどは体内に埋まっているようだ。
魔石から感じる魔力は精霊と人とが混じり合ったようなどちらともいえないもので、そのせいか気配も本人の態度同様に希薄でやる気がない。気配にやる気もなにもないとは思うのだが、そう感じてしまうという不思議さ。これもすべては魔石のせいなのだろうか。
「それは確かに魔石……ではあなたには精霊が? それらしい精霊の姿は見当たりませんが――」
「ううん。アルボが精霊なんだよ。たぶんその魔石の力でこの体に囚われてるんだね」
「え、ではその体の持ち主は……?」
「存在しない。俺が入る前のこの体はただの抜け殻、人形に過ぎない」
「――それは人工生命体ということか?」
「ありえません! 人工生命体の研究は禁止されています!」
マリウスの眉間に深い皺が寄せられる。
命を作り出すことは神の真理に逆らうことに等しく、どの国も命を弄ぶ行為として禁止しているしその行為に手を染めた者には厳しい処罰が与えられる。神の怒りをかえばその国どころかこの世界がどうなるかわからないのだから当然だ。
「しかしこうして存在しているのですからどこかで研究されていたんでしょう。精霊を魔石から解放することは可能ですか?」
「……できません。魔石が精霊を捕らえるというのは精霊と魔石を融合させ、魔力変換のための道具にするということです。捕らえられた時点で精霊の自我は残っていないと思われます」
「つまり自我が残っているこの魔石が特殊であるということですね。そしてその魔石の属性が木であったためにアルボが捕らえられた。属性次第ではこの中の誰がとらえられていても不思議ではなかったわけですね」
アルボを解放できないとわかり精霊たちは耳と尾を下げ、わかりやすく肩を落とす。クルト先生も申し訳なさそうに眉を下げた。
「現時点で方法がわからないだけでまだ不可能と決まったわけじゃないわ。方法ならこれから探せばいいじゃない」
当たり前のことを言ったつもりなのだが、何故か全員が驚いた顔で私を見る。また何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。
「うん、フィーの言う通りだ。それより問題は彼、人工生命体の体ってことは人とほぼ同じってことだよね?」
「そうなりますね」
「ってことは精霊の君たちと違って人と同じように食べ物とか必要なんだよね?」
「もちろんです。今はこの森で採れるものでしのいでいます」
「……人間は腹に何か飼っているのか、獣のような鳴き声が聞こえてうるさい」
ヴィルが訪ねればテーロは当然と言ったように答え、アルボがお腹を押さえながら呟く。その時、ぐるるる、とアルボのお腹が盛大な音を鳴らした。
それはお腹に何かがいるわけじゃなくて、単純に食事の量が足りていないという事だ。
わざとなのか、本当に人間というものがわかっていないのかは疑問だが、このままここで他の精霊たちと過ごしていれば近いうちに飢えて倒れるんじゃないだろうか。
その心配をしたのは私だけではなかったらしい。
「よかったら僕たちと一緒に来ませんか? 人の体で精霊として過ごすには無理がありますし」
「……必要ない」
「一緒に来た方がいいですわ」
「姫、俺に来いと言っている? 姫がそういうのなら契約して共に行く」
クルト先生の申し出をすっぱりと断ったアルボだが、リーゼが一言告げるとその態度が一変した。
抑揚のない話し方は変わっていないが、心なしか嬉しそうに感じる。僅かだが頬も上気しているようなので間違いではなさそうだ。ただ、アルボが契約するというのなら――
「アルボが契約して行くならば私も」
「俺も契約する!」
「ボクも!」
「もちろん僕も契約しますよ」
案の定、アルボだけでなく他の四人も契約すると声をそろえる。
リーゼが大好きなのは相変わらずなので、そう言いだすことは容易に想像できた。もちろん私よりも精霊たちのことをよく知っているリーゼもわかっていただろう。
「目立つから嫌だと言ったらどうしますの?」
「その気になるまで夜な夜な姫の枕もとで子守唄替わりに契約することがどれだけ素晴らしいことか僕が誠意をもって説明しようかな。夜ならば人目を気にする必要もないだろうし」
アクヴォは嬉しそうだが、それは立派な嫌がらせだ。もしくはリーゼが眠気に負けて頷くのを狙っているのか。どちらにせよ性質が悪い。
リーゼもこめかみがぴくぴくと引き攣らせて言葉を失っている。アクヴォは名案だといわんばかりに無邪気な笑顔を向けているが、その笑顔が果てしなく黒い。
「――普段は姿を消していることが条件ですわ」
彼らがしつこいこともわかっているリーゼは普段姿を見せないことを条件にしぶしぶ了承した。
これだけで契約は完了。精霊との契約は、精霊が気に入った相手に契約を自ら持掛け、持ちかけられた人間が了承する、ただそれだけだ。
一度結んだ契約は精霊からは解除することはできないが、契約者の意思でいつでも解除できる。また契約者である人間が亡くなった場合も解除される。
「先生、彼に食事をさせたいので町に戻りたいのですが」
「そ、そうですね。食事の後で構いませんからもう少し詳しく話を聞かせてください」
「わかった」
リーゼが五人もの精霊と契約したからか唖然とした様子のクルト先生だったが、リーゼに声をかけられてはっとして表情を引き締める。
まだ納得していない部分も多いのだろうが、いろいろあったので町に戻った方がいいと判断したようだ。
ヴィルによって森の中と直接つなげられたので、ファイロに転送してもらう必要もなく再び淡い光の漂う森の中へと戻る。
私たちが外へ出た後、あの空間はテーロによって完全に消し去られた。ちなみにリーゼロッテがテーロの力を借りて作り上げた空間だったらしい。
再びお守りを手にした私から精霊たちは再び距離をとる。さすがに常にこれでは鬱陶しい――もとい、効果がありすぎなので街に帰ったら早めにヴィルに相談しよう。
森の中に戻ると近くの木に私たちが乗ってきた馬が繋がれていた。魔物の気配もないようなので繋ぐことにしたそうだ。
リーゼが攫われた際に乗っていた馬もアルボが力を振るうと軽い足取りで戻ってきたのだが、食事中であったらしくその口はもしゃもしゃと草を食んでいる。その馬を羨ましそうに見つめるアルボは自覚は無いようだがかなり空腹のようだ。
以前見たクルト先生の魔法で大幅に時間を短縮して町へと戻ることができた。
しかしその魔法の補助を先生の精霊よりも上位であるヴェントが買って出てその力を加減なく発揮した結果、魔法は必要以上に効果を発揮し馬は恐ろしい速度で疾走した。
クルト先生は制御で疲労困憊し、マリウスも疲労の色を見せている。ヴィルやアルボに抱えられるようにして馬に乗っていた私とリーゼは酔い、平気そうなのはヴィルとアルボ、そして馬に乗る必要のない精霊たちだけ。
それはリーゼに精霊たち、特にヴェントに加減について教えておいてもらおうと心に誓った瞬間だった。




