31 目覚め
客が誰にせよ、現時点でここに第三者が来ることは喜ばしくない。
まだリーゼは誘拐犯の手の内。そして私は銀髪になっているし、メガネはレンズにヒビが入っていたので今はかけずにポケットの中。きっと投げ捨てられた時にでもヒビが入ったのだろう。
この森には強い精霊の力が満ちているからか幸い精霊酔いを起こすほど精霊の姿は見えないが、首から上は髪の長さ以外フィーネと同じ外見になっているはず。この姿を学校の人間に見られては厄介なことになるのは目に見えているし、フィーネが大好きらしいヴィルに見られては別の意味で厄介だ。
ここは精霊の力で作り上げられた空間のようだが、第三者が入ることができないとはいいきれない。むしろ客がヴィルであるなら間違いなくここへ来ることができるだろう。
すぐにでもリーゼを奪還する必要があり、現時点でこの中で一番注意すべき相手は誘拐犯であることに間違いはない。精霊たちがリーゼに危害を加えるとは思えないが、彼らが誘拐犯の守護精霊になっていたら話は別だからだ。
私は誘拐犯の魔力の流れにも細心の注意を払い、精霊たちに一番の疑問を投げかけた。
「リーゼロッテの契約精霊がこんなところで何してるのよ」
「姫がこの世を去る時、私たちが自ら望んでここに封じられたからですよ」
「でも一人足りないじゃない。アルボはどうしたの?」
「聖女サマ、アルボならここにいるよ?」
兎耳をピクピクさせながら、ヴェントが楽しそうに後ろに佇む誘拐犯を指す。誘拐犯は相変わらず無表情のまま、こちらを眺めたままだ。
アルボは木の精霊で決して人間でも誘拐犯でもない。そもそも精霊が人間になるなどという話は聞いたことがない。
「アルボ、精霊やめたの……?」
「これにはちょっと面倒な事情があるんです。でも彼は間違いなくアルボですよ」
私の問いに、とてとてと歩み寄ったアクヴォは少し困ったように眉を寄せ、その小さな人差し指を顎に当てて小さく首を傾げて私を見上げる。
その姿は確かに愛らしい。愛らしいのだが、私は彼らの別の姿を知っているので今の彼らの姿にどうにも違和感があった。
「アクヴォ、あなたって二百年前は人型の時はおっとり美青年っていう外見してたわよね? 何猫被ってるの、気持ち悪い」
「あはは。きついですね、聖女様。性格がちょっと歪んだんじゃありませんか? この姿にもちゃんと理由があるんですよ」
「――おーけい、アクヴォ。自殺願望があるのね。望み通りリーゼが起きる前に浄化してあげるわ」
ゴキゴキと指を鳴らし、すっと目を細めてアルヴォを見下ろす。粛清の鉄槌を振り下ろさんとして握りしめる拳に力を入れると、アクヴォは引きつった笑みを浮かべて視線をアルボへと移した。
「アルボ、聖女様を姫の元へ」
「……いいのか?」
「大丈夫だよー。聖女様の纏う空気は昔と同じ、清んでいて淀んでいないもの」
「つまり姫に敵意はないのだな。同じ制服で敵意がないのであれば仲間と考えて問題ないだろう。今もあの頃のように仲が良いのかもしれないな」
「ええ、その通りよ」
テーロに向かって尋ねたアルボにヴェントがくすくすと笑いながら私を見て答えた。その言葉にテーロは私を見て小さく頷く。
そのテーロの言葉に答えた声は私ではないよく聞きなれた声。けれどそれは耳に馴染んだものとは違う、遠く懐かしい記憶にあるような言葉だ。
その声の主はゆっくりと起き上がると花で埋め尽くされた寝台の上で足を組み、肩にかかる髪をさっと払う。そしてゆっくりと伏せられた目が開かれ、その瞳が真っ直ぐに私を見据えた。
「リーゼ、大丈夫……?」
「怪我がないという意味では大丈夫ね」
「……リーゼ?」
リーゼの普段とは全く違う様子に戸惑いつつも声をかけると、リーゼはふっと息をついて立ち上がった。その場にいたアルボ以外の精霊が一斉に駆け寄り、はち切れんばかりに尻尾を振っている。――そう、ファイロ以外にもしっかり尻尾も生えていたのだ。
「姫!」
「姫ーっ!」
口々に叫んだ精霊たちがリーゼへと飛びつく。こっそり後ろからアルボも手を伸ばし参加していたが、私が止めるより早くリーゼの肘がアルボの鳩尾に突き刺さり、その反動で前かがみになった顔に、ぱあん、と音を響かせて流れるようにリーゼの裏拳が決まった。
さすがにどう見ても青年にしか見えないアルボがやると犯罪くさいのでリーゼが自衛してくれたことに安堵する。
「……痛い」
「ほら、あんたたちも離れなさい。動きにくいでしょ」
「はーい」
「ちぇっ」
一応痛覚はあるらしいアルボがあまり痛くはなさそうにぼそりと呟き手を引っ込める。リーゼに一瞥されて精霊たちもしぶしぶリーゼに抱きつくのをやめてその場に並んだ。
「えっと……リーゼだよね? アルボみたいに変な改造されたわけじゃないよね?」
「リーゼで間違いないわ。でも改造とはいかなくても何もされていないってわけじゃなさそうね。アルボ、あなたでしょ」
何かされたというその言葉にどきりとしてリーゼにつられるようにアルボに視線を戻す。
アルボは無表情のまま少し首を傾げて考えているようだったが、すぐに「あー」と声をあげると、ぽん、と手を打った。何でもいいが動作が少々オッサンくさい。
そして抑揚のない棒読みといった声で、アルボがこれまでにないほど特大の爆弾を投下した。
「姫が間違った知識で悩んでいたから、ちょっと昔の知識を引きずり出した。……ただ、開きかけていた蓋が全開になっただけ」
「……ちょーっとまって。その蓋っていうのは?」
「――昔の記憶」
「つまり、今のリーゼは……まさかリーゼロッテ?」
恐る恐る視線をアルボからリーゼに戻す。思わずリーゼを指示していた指はふるふると震える。
リーゼはゆっくりと口元に弧を描き、柔らかく目を細め笑みを浮かべた。
「ふふっ、久しぶりね。フィーネ」
「嫌―――――――ッ!」
「ちょっと、嫌とは何よ」
叫ぶ私にリーゼは顔をしかめ、私に詰め寄った。
ちなみに精霊たちはうっとりとリーゼを見つめている。
「可愛いリーゼがっ!!」
「……大丈夫。今は覚醒したばかりだから記憶に引きずられているだけ。すぐに治る」
「よかった、一過性なのね」
「人を病気扱いしないでくれる?」
とりあえず治るのなら大丈――夫なわけがない。
そもそもこの状態になっているということは……
「全部思い出した……?」
「エフィーが元聖女様でその記憶や今も同じ力があることを隠してるってこと?」
リーゼは思い出しただけでなく、大まかな現状をも理解もしているらしい。リーゼは力なくがっくりとその場に崩れ落ちた私の腕を掴み、自身の視線を同じ高さに合わせると再びにっこりと微笑んだ。
「記憶のことを言わなかったことは仕方のないこととして、私が攫われた時どうして力を使ってくれなかったのかしら?」
「いや、ほら、爆発が……ね?」
「問答無用ッ!」
いつの間にかリーゼの手には懐かしいリーゼロッテ愛用の杖が握られている。そしてその杖が迷いなく私に切り振り下ろされた。
鈍い音が響き、脳天に強烈な痛みが走り、ぷっくりと膨らんだ部分を抑えて痛みをやり過ごす。さすがに自分の魔法で治療する気にはなれなかった。
「たんこぶ……」
「それで済んだだけマシですわ。相手によっては私の命はなかったかもしれませんのに」
「ごめんなさい」
「まぁいいですわ。今はもう時間がないようですし。ほら、立ってくださいませ」
リーゼは土下座して額を地面につけたままの私の手を引き立ち上がらせる。叫んで落ち着いたのか、私に一発入れて落ち着いたのかはわからないが口調や表情はいつものリーゼに戻っていた。
リーゼの視線はファイロに向けられ、ファイロはピンと耳と尻尾を立てて眉間に皺を寄せている。
「何なんだあの人間!? 無理矢理この空間に繋ごうとしてるぞ!」
「……ヴィルね」
「そういえば……もしかしてヴィルは――」
「二百年前は魔王と呼ばれていたわ。あの時リーゼたちからはよく見えなかったのね」
「ではあのあだ名も間違いではなかったのですわね。とりあえずエフィー、髪を戻した方がよろしいんじゃ?」
「あ、そうね」
リーゼに指摘され慌てて力を押し込める。力が消えるにつれて髪の色も毛先から本来の蜂蜜色へと戻っていく。
私の髪色が戻ったその時、激しい爆音と粉塵を巻き上げながらその人は現れた。精霊たちが臨戦態勢を取っていたが、リーゼがそれを手で制する。
「彼らは敵じゃありませんわ。私たちの友人です」
「わかりました」
一歩前に出たテーロが答えると、他の精霊たちが頷く。しかしその視線は油断なく侵入者に向けられている。
「悲鳴が聞こえたんだけど、フィー大丈夫っ!?」
少しだけ髪が乱れ珍しく少々焦った様子で、ヴィルが粉塵の中から姿を現した。ヴィルの脇には緑の何かが抱えられている。その後方に眉間を抑えて溜息をつくマリウスの姿もあった。
「無事よ。リーゼも無事。心配かけてごめんなさい」
「よかった。突然悲鳴が聞こえたから何かあったのかと思って」
「ちょっと驚いただけ。……ほら、変な精霊がいっぱいいたから。それよりもその緑は何?」
「――あ」
はっとしてヴィルは自分の抱えているものに顔を向けて、ぱっとその手を離した。もちろんヴィルの手で支えられていた緑の何かは重力によって、ごす、という鈍い音を立ててその場に落ち、「ぐえ」と奇妙なうめき声を上げる。
絶妙な角度でヴィルの体で隠れていてよく見えなかったが、緑のそれは人の頭だったようだ。そしてこの場にいる緑頭といえば一人しか思いつく人物はいない。
「ヴィル、先生をあまり手荒に扱うのは感心しない」
「あー、すみません。大丈夫ですか?」
「う……何だか頭が痛いです…………」
「倒れた時に少々頭をぶつけたからだと思いますよ」
「なるほど。君がここまで僕を運んでくれたんですね、ありがとうございますヴィルヘルム君」
「いえいえ」
「よかった、アンネリーゼ君も無事ですね」
「はい、ご心配おかけしました」
むくりと起き上がったクルト先生はぶつけた額をさすりながら首を傾げ、こちらに気づくとふわりとした笑顔になった。
とりあえず、客というのはこの男性陣の三人であったようだ。
経緯はわからないが、気を失ったクルト先生を抱えたヴィルがこの場への道を繋いだということなのだろう。どうやったのかはわからないし、もちろん私には無理な芸当だ。
三人の男性陣と向き合う私とリーゼ、そして不審な青年と普通でない外見の精霊たち。
アルボを含む精霊たちは自分から何かを言うつもりはなさそうで、クルト先生は不思議な外見の精霊たちに少々戸惑っているようでこちらの言葉を待っているらしい。
一方リーゼはどう説明するべきかと悩んでいるようで、その感情を精霊たち、特にテーロは敏感に感じ取っているようだった。
「嫌な感じがする……そっちのお前」
微妙な空気を打ち破ったのはファイロ。鼻をひくひくと動かしてマリウスを睨みつけている。ヴィルならともかくマリウスに嫌な感じがするとはどういうことだろうか。
「――俺か?」
「ああ。そこ、何か持ってるだろう」
「そこ……あぁ、これか」
ファイロが指し示す場所はマリウスのズボンのポケット。マリウスがそこから取り出したのは少し大きめのお守りだ。
見覚えのあるそれに慌てて自分のポケットを探るが探し物は見つからなかった。
「エフィー、お前が落としたものだ」
「ありがとう! チビたちからの贈り物だからすごく大切な物なの」
「うわっ! それだそれ!」
それは以前学校に強襲したシスターが持ってきてくれたチビたちからのプレゼントである手作りのお守り。そんなチビの愛情のこもったプレゼントにファイロは思い切り嫌な顔をし、他の精霊たちも程度は違えど嫌悪の表情を浮かべている。無表情のアルボからも感じるほどだ。
「これがどうかしたのか? ん、中に何か入っているな。これか……?」
ひょい、とマリウスが袋状になっているお守りの中からつまみ出したのは入学試験の日に拾ったあの羽。
手のひらほどのサイズであった羽は気が付いたら半分ぐらいに小さくなっていて首を傾げた。チビたちにプレゼントしてもどんどん小さくなって消えてしまっては悲しむだろうとプレゼントすることを断念したのだが、せっかくなのでもらったお守りの中に入れて普段は鞄の中に入れて持ち歩いている。今回は無事契約ができるようにとポケットに忍ばせていたのだ。
「……どうして天族の羽なんて持ってるんですか」
アクヴォが恨めしそうに私を見上げている。
天族というのは神の眷属であり人に姿を見せることのない種族のはずだ。主に神話の中に登場するだけだが、神がいるのだから存在はしているのだろう。しかし神の世界で神の手伝いをしていてまずその姿をみせることはない、というのが一般的な天族に対する認識だ。
そんな希少な生物と鉢合わせした記憶はないが、もしかしたらあのとき踏みつけたアレが天族だったのだろうか。見逃すなんて何て勿体ないことをしてしまったんだろう。
しかし精霊たちの嫌がり方から考えると、天族というのはその羽さえも精霊にとっては好ましくない存在であるらしい。よく見ればクルト先生の守護精霊も先生の髪の中に隠れてプルプル震えている。
しばらくつまんだ羽を珍しそうに眺めていたマリウスだったが、羽をお守りの中に戻すとぽんと私に向かって放り投げた。
甲高い精霊たちの悲鳴が辺りに響く。おまけのように、棒読みとしか言いようのないアルボの悲鳴らしき声も聞こえた。




