27 虫の知らせ
マリウスの苦労により無事台本が完成し、他の準備も恐ろしいほどの勢いで進んでいく。
衣装もほぼ出来上がっていて、後は体に合わせての細部の調整のみだ。整然と並べられた端役の御嬢様方の衣装をちらりと視界にとらえたのだが……すごかった。
確かに舞台衣装というのは舞台で映えるようにキラキラとした素材のものや、照明による色の変化など色々なことを考慮したもので普通の衣装と違うことはわかる。だが、どこのお姫様かというようなドレスばかりがずらりと並ぶ様子には溜息しかでてこない。
その衣装で、私には最大ともいえる難関が待ち受けていた。
本番と同じようにすべての衣装を身に着け化粧を施し、衣装の細部のサイズ調整以外の全体の仕上がりを確認しなくてはいけないのだが――
「リーゼ、後生だからそれだけは……」
「観念なさい」
問答無用とリーゼの手が私のメガネに伸ばされる。
これはまずい、ひじょーにまずい。
現在外では効果担当が演劇の際に使う魔法の練習をしているのだ。つまり、生徒たちの魔力に惹かれた精霊がうじゃうじゃといるはずなのである。
「いーやーぁー」
「メガネぐらいで変な悲鳴を上げないでっ!」
むんずと腕を掴まれ、衝立の奥から引きずり出される。
そこでは衣装に着替えたヴィルとマリウスが私たちを待っていた。
衣装担当の凝りようが見て取れる漆黒の衣装に身を包むマリウス。
白地の布に金糸の刺繍が施された高貴な神官をイメージして作られた衣装に身を包むヴィル。
それぞれ衣装作成にあたり、大まかな指示をして細部は担当に任せた結果の力作である。――とはいっても、魔王の衣装は黒の一言のみ、神官に至ってはそれっぽいものという何ともアバウトな指定だったが。
結果、担当の生徒の情熱と趣味が反映された嫌味のない程度に煌びやかなものに仕上がっていた。
「……それが魔法師の衣装か? 指定とかなりイメージが違うようだが」
まじまじと二人を眺めていると、訝しむようにマリウスがこちらを見ていた。魔法師、と言っているのだから間違いなく私の着ているこの衣装のことだろう。
リーゼロッテが実際に来ていたものをそれとなく伝えたところ、代表の三人からいいんじゃないかと許可がおり、そのように指定も伝わっていたはずなのだが――仕上がってきたものは形だけは指定の通りではあるが、生地は明らかに違和感のあるもので細部がほつれていたりと明らかに意図的に手抜きされていた。
一方リーゼの聖女の衣装はそれはそれは豪華な仕上がりで、私の魔法師の衣装とは逆の方向に実物が着ていた物とかけ離れている。
教会の前などにある像の衣装を参考にしたようだが、そのイメージのままに作ったために服の裾が長すぎてずるずると引きずっていて、間違っても魔王討伐に行こうという人間の服装ではない。
聖女の像はその顔こそフィーネであるとわかるが、神々しさを出すためか衣装は胸元の開きが際どく、長く広がった裾など機能性をまるで無視したデザインだった。さらに色々と盛ってあるのだ。胸や胸とか胸などが。その見事な肢体は妄想による創作の域に達している。
ちなみに顔は似ているのだが像であるので細部までそっくりというわけでもなく、体型も違うこともあって受ける印象は違う。そのため今まで聖女に似ているなどといわれることもなかった。
魔法師以外の衣装は舞台衣装としてみればどれもすばらしい出来であり、それが一層魔法師の衣装の違いを際立たせている。
衣装担当の総意は演劇の成功ではなく自分アピールと邪魔者の排除なのだろう。嬉しくないことにその邪魔者と認識されているのが私であり、シスター関連を知られた後は物理的な手出しは無くなったがこの手の嫌がらせはなくなっていない。
どれも私にとっては大した痛手でもなければすべての人間に好かれたいわけでもない。金銭的被害や私以外の人間への被害もないようなのでこの程度ならと放置していた。
「衣装はともかく、メガネは外してもらわないと困りますわ」
じりじりとにじり寄ってくるリーゼから同じ距離を保ったまま後ずさる。すぐに背中が何かにぶつかったが、誰かに肩を支えられるように受け止められた。見上げると見下ろすマリウスとヴィルの二人と目が合う。
「リーゼロッテ様はメガネはかけていないが、確かエフィーのそのメガネは……」
「近眼用ではなくて精霊酔い防止のためのただのガラスだねー」
「あ、クルト先生。どうしたんですか?」
「一応監督ですから様子を見に来たんです」
見回りに来たらしいクルト先生が輪に加わり、まだリーゼたちに言ってなかったことをあっさりと暴露してくれた。
じっと私の顔……というよりもメガネを見るマリウス。自分を見つめる空色の瞳に何か懐かしいものを感じた。マティアスは髪も瞳も赤だったのでそれはマティアスに対するものではない。
――何故懐かしいと思うのだろう。
フィーネも今の自分も同じ色の目を持っているから見慣れているはずなのに。
「精霊酔いって……どれだけ見えてますの?」
「精霊魔法を使ったら、目の前が埋め尽くされるぐらい」
呟くように疑問を口にしてリーゼが首を傾げた。
リーゼは精霊魔法を得意としているので当然精霊の姿も見える。人一倍見えている彼女には不思議なのだろう、精霊に酔うなどということが。
「重症ですね」
「そう思うなら先生のその肩のところにいる子ください」
「嫌です。そんなに欲しいなら自分で契約してください。何なら僕が引率して学校の外まで連れて行ってあげますから」
わたしの答えが想像以上だったようで、クルト先生を含む全員が眉を寄せた。
今日もクルト先生の肩の上には愛らしい風の精霊がちょこんと腰かけている。クルト先生の手のひらほどの大きさの精霊は可愛らしい男の子の姿。
上位の精霊でないと人型はとれず、クルト先生の守護精霊は可愛らしい外見だが立派な上位精霊なのだ。ちなみに下位精霊の大半は形を持たない光の粒であったりとはっきりした形を持っていないものが多い。
演劇の間守護精霊を貸してくれるだけでよいのだが、クルト先生はにんまりと笑みを浮かべて守護精霊を探すことを提案し、それに即座に賛成したのはマリウスだ。
「俺には精霊が見えないからよくわからないが、生活に支障があるのなら守護精霊がいたほうがいいのだろう? 演劇のためにも見つけに行くべきだ」
「俺も精霊は見えないけど興味あるな。上位精霊だと誰にでも姿が見えるようにすることもできるっていう話だから見てみたい」
「契約できると限らないし、そもそも上位精霊ならクルト先生の肩の上にいるわよ」
「俺はフィーの守護精霊が見たいんだよ」
乗り気なマリウスとヴィルの二人とは対照的に、リーゼの表情には翳りがあった。
その様子にふと疑問が浮かび上がる。
リーゼロッテは精霊の姫と呼ばれるほどに精霊と相性がよく上位の守護精霊が四人もいたのだが、リーゼの周りには守護精霊の姿がない。メガネをかけたままでも力の強い上位精霊は見えるし意識さえすれば下位精霊も見えるというのに、リーゼの周りにそれらしい精霊の姿がないのだ。
「それじゃあさっそく今から行きましょうか。ちょうど今日の授業は全部終わってますし、寮のほうには僕から連絡しておきますよ」
「今からですか?」
「ええ。今日以外だとちょっと都合がつきそうにないんです」
「では今からでお願いします」
「じゃあ寮に連絡してきますから、僕が戻るまでに着替えを済ませておいてくださいね」
「はい」
スキップしそうなほど軽い足取りでクルト先生は教室を後にし、着替るために衝立の奥へと一歩踏み出した私たちをリーゼが呼び止めた。
リーゼは両手を胸の前で組み、思いつめるかのような表情で私たちを見上げている。
「私はここに残りますわ。代表全員がこの場を離れるわけにはいかないでしょう?」
「そこでこっそりこちらの様子を窺っているジークに任せれば問題ない」
マリウスはリーゼの様子を気にする素振りなど見せず、カツカツと音を立てて扉まで歩み寄ると一気に目の前の扉を開く。
「わわっ!」
開かれた扉からジークが倒れこむように教室へと入ってきた。マリウスの言う通り、扉に張り付くようにして教室の中の――主にリーゼの様子を窺っていたのだろう。
「そういうわけだから、この場の指示はジークに任せる」
「えぇぇ……まぁいいか。いってらっしゃい」
「ねぇリーゼ、ジークと二人でここに残る?」
「エフィーたちとご一緒しますわ」
ジークの登場によりリーゼがこの場にとどまる必要性も薄くなり、私たちと一緒に行く気になってくれたようでなによりだ。
着替えて荷物をまとめ終えた頃、見計らったかのようにクルト先生が戻ってきたので私たちはジークに鞄とこの場をまかせて入学してから初めて校外へ出たのだった。
交流会の準備は基本的に授業後に行われる。途中で抜け出したてはいるが、もう一時間もすれば日も沈んでしまう。
クルト先生に引率され街でアーラという村へ向かう馬車に乗り込む。アーラは学校のあるウーアから四時間ほど馬車で走った先にある小さな町らしいがウーア同様二百年前にはなかった町だ。
向かいに座るクルト先生を見れば、鼻歌交じりに時折窓の外の景色を眺めているだけで以前見た魔法を使う様子はない。つまり今日は宿をとり、学校へは戻らないということなのだろう。
「クルト先生、明日は休みではないですよね」
「もちろん」
「三人はともかく私は?」
「代表の三人は交流会の準備、エフェメラ君は僕の補佐で申請したから公欠扱いです。
補佐は代表と同等とはいわないけれど、授業の融通はききますよ。ちなみにジークベルト君の推薦です」
「なら戻ったらジークにお礼言わなくちゃ」
そもそも今回は私の精霊酔い克服のためのお出かけなのだから、欠席になっても仕方がない。それが公欠扱いになるのは願ってもないことだ。一日ぐらいであれば休んでも問題ないだろうが、きちんと出席するにこしたことはない。
ジークの心遣いに感謝していると、私とはヴィルを挟んで反対側、馬車の乗り口側に座るマリウスが肘をついたままちらりとヴィルに視線を向けた。
「なぁヴィル。仮に代表がエフィーと俺、そしてジークの三人だった場合お前ならどうする?」
「もちろん俺が一緒にいられるようにするけれど、それが無理ならリーゼを一緒に……」
「つまり私はリーゼの虫除け?」
「――そういうことだ」
リーゼの為に利用されることは構わないのだが、それよりも学校では魔王様という素敵な通称のヴィルと思考回路が似ているというのは王子として、前世勇者としてどうなんだろう。
日が沈み紫黒の空に星が輝きだした頃、前方にアーラの町が見えてきた。
町に到着し馬車から降りてもリーゼの表情は暗く沈んだまま。時折思い詰めるように遠くを見つめている。その様子を見ていると、漠然とした不安がこみ上げ落ち着かない。
――その漠然とした不安は虫の知らせだったのか。ずっと恐れていたその時が目前に迫っていたことを、その時の私はまだ気づいていなかった。




