26 斬新な解釈
マリウスとリーゼの豆談義はまだ続いている。
いい加減胸の話題から離れてくれないものかと別の話題を振ってみることにした。
「台本はどうなってるの?」
「俺たち三人で考えているよ」
「資料として残っている部分だけでは面白みに欠けるからな、少々脚色している」
「へぇ、どんな風に?」
聖女の話はその神聖を高めるために都合の良いところしか伝えられていない。聖女も特殊な力があったというだけで内面は普通の人間と変わりなかったというのに、聖人君主として俗っぽいところなどすべてなかったことにされている。
世界を救ったとされる聖女も実際はただ恋に舞い上がって利用されていただけの存在。最初は世界の為だとか自分にしかできないことなのだと信じて旅に出たが、恋に落ちて目的はその人の為に魔王を倒すことへと変化していた。現代に伝えられているように絶対的な正義や信念を持っていたわけではない。
「高潔な聖女様も素敵ですけれど、聖女が苦悩し成長する物語の方が人間味もあって演劇映えするのではないかということになりましたの」
「へえ……既存の解釈と違っていて斬新ね。誰の案?」
「ヴィルだ」
やはりお前か……!!
叫びたくなる衝動を抑え、平静を装い話の続きを促す。
「一緒に旅をするうちに愛が芽生え、恋仲となる相手が現れるなどすれば女性の共感も得やすいのではないかと。そうなると相手は勇者・神官のどちらかとなるのでしょうけれど」
「俺は、実は魔王が悪い人間に操られた恋人でその恋人を助けに行く、っていうのもいいと思ったんだけど」
「それでは史実から離れすぎる。そもそもその案が通った場合、ジークは舞台上だろうがで本気で俺を殺りにくるだろう。却下だ」
リーゼは説明しながらも恋という言葉にほんのりと頬を染め、まんざらでもない様子だ。その案の場合ジークか神官役のヴィルと恋仲を演じることになるのだが、まだその事実には気づいていないらしい。
ヴィルの案は半分だけは真実とはいえ、さすがにそれはマリウスに却下された。演劇とはいえジークに排除対象とされるのは間違いなく、それを避けたいと思うのは当然だろう。
――そう、何故か私とマリウスは演劇でもリーゼと恋仲になった人間を排除対象にするという確信があった。
「恋をするのならば勇者が妥当だろう。面倒な事態も少ないはずだ。主にジークの」
マリウスには本音を隠す気も、オブラートに包む気すらもないらしい。言葉通りにその顔は本気で迷惑だと物語っている。
「ジークの事を考えるなら聖女のお相手は勇者以外考えられないわね。……リーゼ、ジークと恋人の演技がんばってね」
「え? そうでしたわ……私が聖女役だということをすっかり忘れて……」
「聖女がメインなのだからその恋愛となると強調する必要がある。許嫁である二人が恋仲を演じるのであればよい話題になるな……ふむ」
ぽん、とリーゼの肩を叩いてにこやかに激励すれば、リーゼは死刑宣告を受けたかのようにその顔色が蒼白となりふらりとよろめく。とっさにリーゼの体を支えると、リーゼはカタカタと小さく震えていた。マリウスは何かを打算しているようだ。
「勇者は後に魔法師と結ばれるのだから、いっそ聖女の片思いだということにしてもいいんじゃない? それならマリウスやヴィルがジークに恨まれることもないだろうし」
「そ、そうですわね! それならば殿下との必要以上の接触が避けられますし!」
「ふむ……ならばラストを思いを寄せる勇者と世界を守って自らを犠牲にした、ということでいいだろう」
「――いいんじゃないかな」
あまりにもリーゼが不憫に思えたので妥協案を提示してみると、想像以上に二人が乗り気となり、ヴィルは少し間をあけてにやりと口角を上げて賛成した。
その反応がまるでヴィルがあの時のことを見ていたかのように思えたが、あの時すでにヴィルフリートの命は尽きていたはずなので私の考えすぎなのだろう。
「……王子にその許嫁、伝説の厄災の弟子。さらにブロムベルク中尉の娘がいるのだから、これ以上はないほどの呼び物だ。――これならば勝てる!」
ブツブツと呟く声に振り返れば、マリウスが悪い笑みを浮かべ何かを思案していた。
一体何に勝つというのか。案内書で見た限りでは交流会は競うような場ではなかったはず。
騎士と魔術師は対立することも多かったし、貴族には無駄にプライドが高い人間も多かった。それに普通科も自分たちはエリートなのだというプライドがあるだろうから何かにつけて競い合っていても不思議ではないが。
「マリウス、勝ち負けとかがあるの?」
「ん? ああ、表立ってそういうことがあるわけではないが、教師たちがお互いに意地の張り合いをしているようなものだ。――公にされてはいないが交流会代表は他の科よりも優れた成果を収めた場合、何か一つ学校側に望みをかなえてもらえるという特権がある」
「……うわぁ……」
つまり教師同士の張り合いに生徒が利用されていて、生徒をまとめる代表を餌で釣っているわけである。マリウスはそれをわかっていてその餌を確実に得る為に画策しているということだ。
代表の権限が恐ろしく高い理由がわかった気がした。教師どころか学校同士のプライドをかけた戦いなのだ。……くだらない。
「エック君、ちょっといいかしら?」
「ああ」
衣装担当の女子生徒に呼ばれ、マリウスが女子生徒の輪の中へと入っていった。
リーゼでもなくヴィルでもなくそれが役目であるならばすんなりと来てくれるマリウスを呼んだのは当然なのだろうが、時折聞こえてくる黄色い声がその意味を物語っているかのようだった。
「マリウス、安らかに……」
「お前の事は忘れないよ」
「ちょっと! 二人とも何を言っているんですの!?」
「はっ! 無事に戻ってこられると思えなくて、つい」
いくらマリウスでも女子生徒の皆さんのパワーに勝てる気がせず、つい冥福を祈ってしまった。リーゼに咎められたので誤魔化すように笑みを浮かべてみたが、リーゼの何とも言えない視線が痛い。
「――まったく、いつもこれぐらい真剣ならばいいのだが」
しばらくして、少しくたびれた様子のマリウスが女子生徒の輪から出てきた。
恐らくここぞとばかりに遠慮なく触れられたりしたのだろうが、目的の為に耐えたのだろう。さすがはマリウス。
「お疲れ様、マリウス。ぷくっ……大変、だったみたいね……くふふっ」
「大変だった。だから次呼ばれたときは代理としてお前が行くといい、エフィー」
「えー、私じゃまともに話してくれないと思うけれど?」
「そうですわ、マリウス。ただで済むとは思えませんわ」
「リーゼ、私の心配をしてくれるのね」
笑いを堪えきれない私にマリウスは冷たい視線を向けるが、ヨレヨレの状態でそんな視線を向けられても効果は薄い。マリウスにパタパタと手を上下に振って無理だと言えば、リーゼが真面目な顔でマリウスに向き合った。
私の心配をしてくれるなんてと思わずリーゼを抱きしめる為に手を伸ばしたのだが。
「いえ、女子生徒たちが危ないのですわ。エフィーが一人ならば必ず喧嘩を売ってきますもの。そうなればエフィーは当然……結果、血の雨が降ることになりますわ」
リーゼの心配していたことは私ではなく別のことだったらしい。
行き場を失った私の腕を満面の笑みを浮かべたヴィルががっしりと握りしめ、さらに激しく脱力感を覚える。
「大丈夫、フィーは俺が守るから」
「お前はやりすぎるからな。それにエフィーはお前が思っているほど弱くはないぞ」
「……弱いだなんて思っていないよ? ただ、がんばりすぎるのが心配なだけ」
「それは同感だな。何でも一人でやろうとして突っ走る気がしてならない」
「そうですわね。全く頼ってもらえないのは寂しいですわ」
弱くはないというその言葉が嬉しかった。
みんなの心遣いにひっそりと感激し、ヴィルの手を振りほどいて再びリーゼに向き直る。
「放っておくと暴走するからな。魔法師役も無事に演じられるか心配だ」
「ですわね」
当然とばかりに付け足されたマリウスの言葉に固まり、うんうんと頷くリーゼから視線を逸らしてゆっくりとヴィルを振り返った。
「……否定はできないなぁ」
両手を広げて私を抱きとめようとしていたらしいヴィルは、少し困ったように頬をかく。暴走を否定するどころか演技すら心配されているとはまったくもって心外だ。
「大丈夫よっ! リーゼロッテを立派に演じて見せるわ。ちょっと口の悪い高飛車魔法師を演じるなんて簡単よ」
「……エフィー。リーゼロッテ様をそんな人物だと思っていたのか」
「聖女様の恋心以上に斬新な解釈ですわよ」
完璧なリーゼロッテを演じようと意気込んだ私を、マリウスとリーゼが残念なものを見るような目で見つめていた。
どうしてそんな解釈になったかなどは聞かれずに済んだのだが、リーゼロッテが高飛車で少々口の悪いというのは紛れもない事実である。
聖女が恋をしていたのも事実だというのにそれらはすべて斬新な解釈という扱い。都合の良いところだけ大げさに、逆に人間らしいところはすべてなかったことにされている歴史にやはり違和感を覚えずにはいられなかった。
交流会は短い準備期間の間にどれだけ完成度の高いものが出来上がるかというのも重要な点とされている。
どうやら元を辿ってみると、「うちの学科のほうが短い準備期間で素晴らしいものができる!」などという教師同士の見栄の張り合いが原因で、どんどん準備期間が短くなっていったらしい。
迷惑極まりない話だが、私個人としてはこの学校を卒業することが目的であって学ぶことが目的ではない。そのため巻き込まれない限りどうでもいいとさえ思う。だが友人が代表としてしっかりと巻き込まれているので完全に他人事として見ることもできないのが現状だ。
放課後となり生徒の姿もまばらとなった校舎のはずれの第三会議室で、一年代表の三人が台本について意見を出し合っている。そしてそれを私と二年代表のジークとエストが隠居老人のごとくお茶を飲みつつ見守っていた。
「聖女と勇者がいい雰囲気なのを悲しむ魔法師を神官が慰める場面が欲しいな」
「だからどうしてお前は史実に関係ないことばかり……」
「そうですわ! 片思いなのですからいい雰囲気なんて必要ありません!」
「まぁまぁ、僕はそういうのも面白いと思うしどんどんやってくれて構わない。必要ならば濃厚なシーンだって演じてみせるよ?」
「ひっ! 必要ありませんわっ!!」
ヴィルの案は相変わらず多数決によって却下されているが、ジークにだけは好評らしい。いつの間にか三人の輪の中にちゃっかり入りこんでいる。
発言権のない私と発言する気のないエストは、このカオスな状況をまとめなくてはならないマリウスに心の中で同情しつつも、仲良くお茶をすすりながら巻き込まれないよう静観に徹していた。




