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24 諦めが肝心

 出来る子マリウスの行動は早い。


 その日の夕食までにはアンケートの方法を決め、一応リーゼとヴィルの確認を取っていた。

 次の日交流会の出し物についてのアンケートをとるという許可も、クルト先生に学校を出る前には取り付けてあったらしい。


 次の日の朝、代表の三人がそれぞれ一年生のクラスを訪れアンケートを配布し、その場で記入してもらい回収をする。私たちのクラスはマリウスが。Aクラスはリーゼ、Bクラスにはヴィルが訪れている。

 アンケートで決めるキャストはフィーネやジークムントといった聖女一行、そして魔王であるヴィルフリートだがその名前を聞いたのはフィーネだけ。ヴィルを魔王に仕立てた宰相も知っていたかもしれないが記録としては残されていない。そのため魔王は名前不明で名前があるという事すら知られてはいない。

 アンケートの方法はメインキャストにそれぞれ自分が推薦する人物の名前を記入するというもので、自分が何をやりたいかといったものを問うものではない。最後に小さく記載されているのが群衆での参加についてだ。そこで群衆として舞台参加を希望するかどうかだけ、自身の参加についての希望を示すことができる。もちろんそれは推薦によって役に付いていない場合だ。ちなみに王様なども出番が少ないのでその群衆希望者の中から選ばれるらしい。


「メインキャストの推薦ですが、特に推薦したいという人物がいれば他学年の生徒の推薦も可能です。ただし一年生が中心とならなくてはいけないので、他学年から実際舞台に上がるのは一番多くの票を獲得した一名だけとなります」


 それは言外に、勇者のジークムント王子はジークに票が集まるのはわかりきっているのだからそれ以外には他学年の生徒を推薦しても無駄だと言っているも同然だ。勇者の再来ともいわれているジーク以上の適任がいるわけがなく、ジークが勇者役に選ばれるのは間違いないだろう。

 手元に配られたアンケートに目を通す。

 主役である聖女に勇者以外には、後の王妃と神官に護衛騎士そして魔王がメインキャストとなっている。

 護衛騎士のフォルカー以外はここに揃っているし、どうせ推薦を多く集めた人間が演じることになるのでそこまで深く考えなくてもいいだろう。特に深く考えることなく推薦する名前を記入して回収にきたマリウスに手渡した。


 その後すぐに三人はクルト先生と開票作業へと移るため第三会議室へと移動し、そのまま授業を一時間休み開票を終えた。クルト先生が立ち会ったのは開票で不正がないかどうかの確認のためだが、所詮よほどのことがない限り代表である三人の決定こそがすべてであるので本当は先生の立ち会う必要性はない。それでも一応形だけでも、ということらしかった。



 午前の授業が終わり、食堂へと移動する。

 相変わらず目立つ三人と一緒なので多くの視線を感じるが、それはリーゼたちへと向けられたものがほとんどで私に向けられているものはごく僅かだ。その僅かな視線も以前の妬みといった悪意のある視線ではなくほとんどは好奇といった類。どうやらあのアンリ=ブラウンの弟子ということで珍獣扱いを受けているらしい。

 それでも悪意の込められた視線がなくなったわけではないが、あの三人と一緒にいるのだからしかたのないことだろう。そもそも人から妬みや僻みといた感情がなくなることなどありえないのだから当然ともいえる。


「待ってたよ、みんな」


 立ち上がり私たちに手を振るその人は、やはり多くの注目を集めるジーク。その隣にはもう一人見知らぬ男子生徒がいた。

 ジークに急かされるままに料理を注文し、受け取って席へと戻る。テーブルの上に本日のランチが並ぶ中、サラダのみというダイエット中の乙女のようなメニューを選んだ人物がいた。

 そんなので足りるのかと思わず凝視する私に、ぷっ、とジークが小さく噴き出す。


「彼は僕と同じ二年の代表でエスト。何ていうか……草食なんだよ」

「よろしく。君たちの事はジークからよく聞いている」

「エストは君たち以外では唯一僕を愛称で呼んでくれる……ぷっ……友人なんだ……ぷぷっ」


 ジークの簡単な紹介にエストという名であるその生徒は軽く会釈し、肩を震わせる友人を睨む。睨んではいるがその様子から、二人は仲が良いんだなという印象を受ける。


「……ジーク。俺は馬ではないと何度言えばわかるんだ?」

「だって君、草しか食べないじゃ……ぷっ、ないか」

「しかたないだろう。肉も魚も体が受け付けないんだから」

「ぷふっ……そう、だね……」


 エストは所謂菜食主義者ということなのだろう。何故それだけでジークが必至に笑いを堪えているといったことになるのかはわからないが、何かがジークのツボにはまったのだろう。

 エストはジークやマリウスと同じ茶色の髪だがその色は二人よりずっと深い。気だるげに伏せられた菫色の瞳で整った顔立ち。草食だからか全体的に線が細く、どこか儚げな印象を受ける。


「それよりどうして二人が俺たちを待っていたのか聞きたいんだけどいいかな?」

「ああ、それは早くアンケートの結果を聞きたかったからだよ」

「どうして殿下がアンケートの事を知っているんですの?」

「昨日帰り際にクルト先生に会って、その時に聞いたんだ」

「……ではその話は食事を終えてからで。せっかくの料理が冷めてしまいますわ」


 腕が触れるぐらいぴったりとヴィルが寄り添い、押し出されるように反対側の腕がリーゼに触れている。

 円形のテーブルにそれに沿う曲線を描くソファーは広いとはいえ六人が座るには少々窮屈だ。しかし隣にぴったりとくっつかなくてはいけないほど狭くもない。

 ここぞとばかりに寄ってくるヴィルを肘で押しのけながら、食事を平らげた。


 全員が食事を終え食器を片づけるため席を立つ。ついでなので全員分のお茶を用意してもらい、それを手に席へと戻った。

 お茶を配って空いた場所に座り一年生代表の三人の言葉を待つ。


「結果だが……ご想像通り、勇者はジークに決定だ。他は……票がばらけて得票数が一緒の人間が二人いる状態のものなどもあるが、それはこちらで選ばせてもらった」

「へぇ、そうなんだ。勇者は姿絵も出回っているし、血筋的にも僕は無難なんだろうね」

「他学年も含まれる時点でわかりきっていたことだろう。それより他の役が気になるところだな」


 ジークが選ばれた時点で他の役はすべて一年生から選ばれる。

 選ばれそうな人気のある生徒といえばマリウス、ヴィル、ラフィカあたりだろうか。この三人ならば学業の実力や容姿も優れていて魔法科の代表として文句ないはずだ。

 ラフィカの家の爵位は祖父の戦功により賜ったもので、父の戦功により伯爵まで爵位が上がったらしい。そこまで爵位があがる戦功というものに興味があったのだが、話の途中でシスターの名前が出てきたのでそれ以上聞くことをやめておいた。


「他……不本意ですが、このようになりましたわ」


 リーゼが机の上に広げた紙には開票結果と決定した配役が書かれていた。

 リーゼだけでなくヴィルとマリウスも不本意だというように眉間にシワを寄せている。確かに、この結果を見る限りそれはしかたのないことかもしれない。


「へぇ、やっぱり代表の三人は人気があるようだね」

「上級生の中で演出に使えそうな魔法が得意な生徒を何人か選び、指導に当たるように伝えておこう」

「ありがとうございます」

「それじゃ、僕たちはこれで失礼するね。細かい配役とかがんばって」

「はい」


 含みのある笑顔でジークが立ち上がる。続いてエストも立ち上がり、二人はそのまま食堂を後にした。心なしか、エストの背中が小さく震えているのがうかがえる。


「……メインキャストはこれで決定なのね?」

「不本意だがそういうことだ」

「本当に不本意だけれどね」

「ええ、不本意ですわ」


 配役が記載された部分を指でたどり、三人の注意を向けるようにとんとんと机を軽くたたく。三人は眉間にシワを寄せて本当に嫌そうに頷いた。

 そこには――


 聖女:アンネリーゼ=ベルヴァルト

 王子:ジークベルト=エルプシャフト

 神官:ヴィルヘルム=エレット

 魔法師:エフェメラ=シェンク

 魔王:マリウス=エック


 ――と、ここにいる全員の名前が並んでいた。

 役柄が前世と一致しているのはジークのみという、なんとも奇妙な状態。

 開票結果に視線を移せば聖女役に名前が上がったのはリーゼとラフィカであったようだが、得票数はリーゼが大幅に上回っていた。

 王子はジーク一強で他に上がった名前はないらしい。

 神官はヴィルとエストの名前があったが、ジークが王子役に決定しているのでヴィルとなったようだ。

 魔法師に名前が上がっていたのはリーゼとラフィカ。確かに私の名前もあるがその票数は二人に比べるとかなり劣っている。

 そして魔王だが、得票数が三人一緒という珍しい結果となっていた。


「魔法師役が私というのが納得いかない」

「ラフィカは確かに魔法の腕も優れていますが、考え方や行動が騎士科よりといいますか……」

「つまり?」

「何より直観を重視するタイプで演劇などにはとことん不向きの脳筋だということだ。それならば症状が多少マシなエフィーの方がいいだろう」

「……マリウス酷い。さり気なく私も脳筋とか言ってるし」


 多少マシということは十分ダメな状態だということなのだろう。

 眉根を寄せる私の肩にそっと手が添えられ、見上げればそこにはヴィルの眩しい笑顔。


「フィーは素直なだけだよね。俺はエフィーは聖女のほうが似合うと思うんだけど」

「それはない」

「代表権限を使いたかったんだけど、マリウスたちに却下されたんだよね。残念」


 もちろんヴィルの意見は即否定しておいた。やはりヴィルは私に聖女役をやらせたかったのだろう。


「代表が三人なのはその独裁をなくす目的もあるからな。他学年が代表二人であるのに一年が三人なのは多数決で決められるようにでもある。そもそもエフィーに聖女をやらせたら必ず何かしでかすはずだ」

「魔王役と迷ったんですけれど、無難な魔法師役にしたのですわ」


 リーゼの言葉に再び開票結果に目を通すと、魔王の得票数の多かった三人の中にしっかりと自分の名前が入っていることに気が付いた。ちなみに他の二人はマリウスとヴィルである。

 ……これはあれか。女子生徒の皆さんの嫌がらせというものか、それともシスターの堕天使だとかいう二つ名のせいなのか。


「さすがにエフィーが魔王では迫力に欠けますし。ヴィルも神官役が決まっていたのですから自動的に目つきの悪いマリウスが魔王役になりましたの」


 にっこりと微笑んでリーゼが説明してくれたのだが、その向こう側でマリウスが「ちっ」っと舌打ちしているのに気づいてしまった。

 マリウスは呆れ以外の表情をあまり見せないだけだと思うのだが、リーゼは目つきが悪いと思っていたらしい。――哀れマリウス。

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