23 ハズレ年の交流会
私たちに背を向けて小声でなにやら話し込むヴィルとジーク。
時折少々物騒な単語が聞こえてくるが、リーゼやマリウスには聞こえていないようなので私も気のせいだと気にしないことにした。私と同じようにヴィルとジークを見つめていたマリウスが、テーブルに肘をつき手を組み、痺れを切らしたように口を開く。
「楽しそうなところ悪いが、せっかくここに来たのだから今後の予定ぐらい確認しておきたいんだが」
「今後の予定?」
マリウスの言葉にジークがこてんと首を傾げる。
ジークは間違いなく格好いいと言われる容姿で身長だってヴィルやマリウスよりは少しだけ低いけれど十分に高い。けれどその仕草もその表情もとても可愛らしく、えも言われぬ敗北感を感じる。
「あ、うん、ごめん。交流会のことだよね?」
「ええ。話が進まなくなりますのでそういったわざとらしい行動はご遠慮願います、殿下」
「そんな、わざとらしいだなんて。それに殿下だなんて他人行儀な……僕たちは仲間なんだから、マリウスもヴィルみたいに普通に話してほしいな」
すぐに表情を驚きから普段のやわらかいものへと戻したジークは、心外だとばかりに先ほどとは反対に首を傾げた。
「では、せっかく許可を貰ったのだから言わせてもらうが……」
マリウスはふっと息を吐き、テーブルに片手をついてゆらりと立ち上がる。
「公衆の面前でリーゼに色目を使うんじゃない。ジークがリーゼを好きであることはそこのごく一部の人間以外はみんなわかっている。それに何よりリーゼ本人が困惑している」
マリウスはカツカツと音を立てジークに歩み寄ると、びしっと指を突き付けて一気に言い放った。
普段は呆れ以外にほとんど表情の変化を見せないマリウスが珍しく苛立っている。その苛立ちはジークの行動に対して向けられているのだから……
「まさか……マリウスって……」
「――何だ?」
「リーゼの事が……」
「それ以上言ってみろ。その口、二度と開かないようにしてやろう」
くるりと私を振り返ったマリウスは、今まで見せたことのないそれはそれはスバラシイ笑顔で……怖かった。
私が無言で頷くとマリウスはジークに向き直り、ジークの刺々しい視線に面倒そうに眉根を寄せる。王子様なジークに敵認定されると面倒そうだし、マリウスの事だからリーゼの幸せを一番に考えているに違いない。人が良いのはいいけれど、それでマリウスが本当に幸せなのだろうか。
お人好しで、器用なのに変なところで不器用なマリウスを、私が陰日向からこっそりと見守りつつ応援し――
「エフィー、顔が気持ち悪いことになっている。変な妄想に俺を巻き込むな」
「何言ってるんだ、マリウス。フィーは誰よりも可愛らしいのに」
マリウスの指摘で緩んでいた表情を引き締める。けれど乙女に向かって顔が気持ち悪いとは、ちょっと酷すぎやしないだろうか。かといってヴィルのように見え透いたお世辞も慣れていないこともあって居心地が悪く感じるのも事実だ。
「まったく、本当に話が進みませんわね。エフィーも、人を抱えていじけるのはやめてくださいまし」
「……こうしてると落ち着くのに」
「僕だってそんなことさせてもらえないのに! 羨ましすぎるよ、エフィー」
「俺がいくらでも慰めてあげるよ? もちろん俺が抱きしめる形で」
「そこの二人、欲望に忠実なのはいいんだがエフィーとリーゼに無駄に警戒されているぞ」
「……とにかく、今後の予定を確認しますわよ」
小柄なリーゼは私の腕にもすっぽりと収まって、何ともいえない安心感を得ることができる。そんな私をジークが本気で羨んでいるようだが、本気で嫌がられないのは同性の特権だ。この先二人がそういった関係に進展すれば好きなだけ触れられるのだから今ぐらい問題はないだろう。
それにわかってはいても、目の前で二人がじゃれ合うのはマリウスにとっても辛いんじゃないだろうか。やはり前世の記憶を含んで人生経験が一番豊富な私がさり気なく彼らをサポートするのが最善に思える。
幸い私にはお手本となる強くて優しくて気配りのできるシスターという存在がいるのだから、悩んだ時にはシスターならどうするか考えれば何とかなるに違いない。
「全力でサポートするわ!」
「わぁ、頼もしいー」
「なら、とりあえず今はそこに大人しく座っていてくれ」
「フィー、どうぞ」
拳を握りしめる私にジークはパチパチと拍手をし、マリウスは部屋の隅の椅子を指示し、いつの間にかそこに移動したヴィルが椅子を引いて私に座るようにと促した。
言われるまま椅子に座り、じっと彼らを眺める。
前向きに考えれば助けが必要となるまでは代表なのだから自分たちで考えるという意味にとれないこともないが、実際は邪魔だから黙ってここに座っていろということだろう。
先ほどからマリウスの私への態度が色々と酷いのはきっと気のせいではないはず。まぁ、これがマリウスの照れ隠しなのだと思えば可愛いところもあるのだと思えなくもない。
……などと考えていたら寒気に襲われた。どうしてかは考えないことにして、再び彼らの話に耳を傾ける。
「場所や機材などの手配は僕たち上級生が請け負うから、君たち一年生代表の仕事は一年生による出し物と他の科との合同のダンスパーティーの打ち合わせが主になるね」
「現時点では一年生による出し物を何にするのかを早く決めること以外に出来ることはありませんわね」
「そうだな、それが決まらなくては話が進まない。この資料によると過去の出し物は……」
「僕たちの時は勇者のサーガを歌ったよ。その前年はバラと剣の騎士のサーガ。というかね、交流会は新入生同士の親睦を深める目的だから、手っ取り早く協力のできる歌劇を出し物とするのが恒例なんだ」
つまりジークの話では代表が決めることは何の劇や歌を披露するかということなのだそうだ。
確かに一年の代表は三人だけなのだから、ある程度の基礎が決まっていなければ期限までに間に合わないであろうことは明らかである。
「劇と歌が交互っていうのも恒例だから、それに従うのなら今年は演劇だね」
「つまり、何を演じるのかを決めろということか」
「その決定権のすべては私たち三人が持っているのですから、思ったよりすんなりと決まりそうですわね」
「ふふ、そんな簡単なものじゃないよ、リーゼ」
「……どういう事ですの?」
ちなみにヴィルは会話には参加せず、三人から距離を取った私の後ろに立ったままだ。代表の一人なのだからあの輪に加わるべきなのだが、ヴィルはただにこにこと聞いているだけになる気もする。
見上げれば私と目があったヴィルの薄い唇がきれいな弧を描き、慌てて視線を三人へと戻した。
「魔法科の一学年当たりの人数はおよそ百。演劇で舞台に立てる人数は二十人にも満たない。舞台に立つということは、魔法科だけでなく騎士科や普通科の注目を集める。そうすると必然的に……」
「――女子生徒が目の色を変えて……怖っ!」
「うん、そういうこと。Sクラスだけで固められればいいんだけど、Sクラスって女子生徒が少ないし、必然的にAクラスやBクラスからも選ぶことになると思うんだ」
思わず自信を抱きしめてぶるりと体を震わせる。救いは目の色を変えた女子生徒たちが殺到するのが自分ではなくリーゼたち代表の三人であるところだ。
静かにしていなくてはいけなかったはずの私の発言を咎めることなくジークは大きく頷いて続ける。
「だから外で歌えばほぼ全員で参加できる歌の年の代表は当たりと言われているんだ。入学式の模範演技の要領で、歌う生徒に紛れて華やかになるよう演出するだけでいいからね」
当たり年でよかったよ、と笑うジークにマリウスがこめかみを引き攣らせる。そんなマリウスにジークはいたずらが成功した子供のような顔で追い打ちをかけた。
「舞台のセットとかは手伝うけれど、演目や配役、演出といったことはすべて君たちで決めなくてはいけない。最終決定権は君たちにあってほかの生徒はそれに従わなくてはいけないんだから、ある程度で妥協して権力に頼るのが賢明かな。面倒だし」
ジークが爽やかに毒を吐く。
最後に付け足された本音にリーゼとマリウスも言葉を失っているようだ。
「練習時間と交流会の日取りから演劇以外のよい出し物を考える時間も無い以上、面倒事の少なそうな演目を考えるしかないだろうな」
「エキストラとして出演する人数が多いものですとか、いっそ女性の出てこない演目ということですわね。男性のみの演目……」
「むさ苦しい舞台になるだろうね」
マリウスの眉間に深い皺が刻まれ、リーゼは条件にあう演目を考えているようだ。
あはは、とジークが声を上げて笑い、一層マリウスの眉間の皺が深くなる。
「魔法科という特性を生かせるようなものどころか男性のみの演目が思いつきませんわ。エフィー、何か思いつくものはありませんの?」
はぁ、と溜息をついてリーゼが肩を落とす。
助言を求められても残念ながらそういった娯楽を楽しむような環境ではなかったので心当たりは皆無だ。かろうじてフィーネの知識の中にそれらしいものはあるが、現代でその名前を聞いたことはないので恐らくすでに廃れ忘れられているのだろう。
「思いつくものはないけれど、いっそ演じたり舞台に立つことを躊躇うような演目とかはないの?」
「躊躇う…?」
「例えば恐れ多くて演じるのを躊躇うとか、印象がすごく悪い役だとか」
「つまりメインキャスト以外がすべて悪役とかそういったものか?」
「うん。舞台に立って注目を集めても、心象が悪い役であれば戸惑うんじゃないかなぁ」
「そうですわね、それも有効かもしれませんわ。ただあの方たちが注目を集めることと心象のどちらを優先させるのかはわかりませんけれど」
リーゼの言葉に再び沈黙が訪れる。
会話に参加したことで三人の輪の中に入った私の目に入ったのは、交流会までの日数だけが書き込まれたまだ真っ白の予定表。その表によればすぐにでも演目を決めなくてはいけないほどに余裕がないようだ。
「ヴィルも何か思いつくものはありませんの?」
「そうだな、どうせなら出番がある人間がほんの数人だけのものとかもいいんじゃないかな。たとえば……聖女様の物語とか」
……まてこら。よりによってその演目を選ぶとは気がふれたのか、ヴィル。
「確かに聖女様のサーガはよく聞きますが、演劇というのは聞いたことがありませんし目新しくていいかもしれませんわね」
「確かにそれならばメインキャストの女性は二人でそれ以外には群衆程度で済む。しかも勇者の適任者も目の前にいるからな」
サーガはあるのに聞いたことがないというのは、演劇にするにあたって何かしら理由があるからじゃないだろうか。マリウスは面倒事が少なければあとはどうでもいいとその顔が物語っていて、現時点では反対するどころか乗り気のようだ。
「揉めるだけだから基本的に上級生は出演しないよ。一年生全員が納得してとかなら話は別だけれどね」
「それじゃあ主要キャストは全学年の生徒から投票形式で決めて、群衆は一年生の希望者ってことでいいんじゃないかな」
「そんな感じでいいと思いますわ。細かいことはまた明日にでも考えましょう」
窓の外の空は赤く染まり、恐ろしく時間が経過していたことに気づく。そしてもう一つ重要なこと、それは午後の授業をさぼってしまったという事実。
交流会の代表に選ばれた人間はその仕事の重要性から授業内容についていけるので授業の免除が受けられる。実際代表に選ばれるのは学年のトップの人間であるので免除されたも同然だ。
この場にいる私以外の人間は全員代表で、免除の対象となる。つまりさぼったとして怒られるのは私一人というわけだ。
幸い今日の午後の授業はクルト先生の強化の授業だけなのだが――補習は免れられそうにない。




