20 クラス移動
「えー、入学案内に記載してあった通り模擬戦での結果を踏まえ、一部の生徒のクラスが変更されました。このクラスから他のクラスへの移動する生徒はいませんが、移動してくる生徒がいます」
教室の中から聞こえるのはいつも通りの明るいクルト先生の声。Sクラスの教室の扉の前で、私は呼ばれるまでここで待つようにとのことでぽつんと一人で廊下に立ち尽くしていた。
移動する人数が数名いたAとBクラスは先生と一緒に教室へと入っていったというのに、何故か私は教室の外で待機させられている。Sクラスへの移動は私だけだったので、クラスのみんなと仲良くなるための演出だとクルト先生が言い張ったのだが……やたらと楽しそうなその声色から、本人がやってみたかっただけのような気がしてならない。
「圧倒的に男が多いこのクラスに貴重な女子生徒が移動してきたわけですが……必要以上の接触を禁じます」
「は?」
「エフェメラ君、入って」
「……はい」
クルト先生の言葉に男子生徒の呆気に取られたような声が聞こえる。しかしクルト先生はその言葉が聞こえなかったのかのように私の名を呼んだ。
静かに扉を開き教室へ入りクルト先生の隣へ立つ。外で聞いたクルト先生の言葉の通り、女子生徒の多かったBクラスとは対照的にSクラスはその生徒の大半が男子生徒だった。
「大方予想していたとは思いますが、彼女がBクラスからSクラスへの移動となりました。ほら、エフェメラ君」
「エフェメラ=シェンクです。よろしくお願いします」
クルト先生に促されぺこりと頭をさげると、パチパチと拍手が湧きおこる。
Bクラスからの移動なので風当たりが強いだろうと覚悟していたのだが、予想に反してSクラスの生徒たちには好意的に迎えられているらしい。一際大きな拍手が聞こえて目を向ければ、リーゼとラフィカが競うように拍手をしていた。
そんな中、どん、とクルト先生が教卓に手をつき生徒たちの注目を集める。
「前もって言っておきますが、彼女をつてにしてアンリ=ブラウンと知り合おうなんてバカなことは考えないでくださいね。噛み付かれても知りませんよ?」
「そ、そんなこと考えてないですって!」
クルト先生の言葉に男子生徒の一人が慌てたように否定した。
シスターは有名人なのだからそういった打算があるのもしかたがないのかもしれない。あの痛々しい通り名や本人の実力から考えて、軍の中での位もそれなりにあったのではないだろうか。人脈があればそれだけで本人の力となりえ、Sクラスの生徒は特にそういった力に敏感なのかもしれない。
男子生徒の言葉を肯定ととったクルト先生はすっと目を細める。
「いいですか、あの人は厄災ですからね、厄災。関わると不幸になるんです。特に僕が!」
クルト先生は『僕が』と言ったところで教卓の上でこぶしを握り締め顔を背ける。本音がだだ漏れの言葉だが、生徒たちはそこを指摘するような野暮なことはせず受け流した。……クルト先生の目が据わっていたので関わることを避けたのだろう、面倒だし。
「さてと、それじゃエフェメラ君の席は空いているところで適当に……と思ったけれど、アンネリーゼ君の自己主張が激しいからアンネリーゼ君の隣で」
「はい」
学校で使われているのは備え付けの二人用の長机に二人掛けの椅子で、クラス移動で人数が変動することもあって余裕がある数用意されているのでちらほらと空席がある。しかしリーゼが手を上げ自分の隣が空いているというアピールを必死でしているので、さすがにフェミニストなクルト先生は無視することができなかったようだ。
大半が男子生徒というSクラスではただでさえ小柄なリーゼが余計に小さく感じられ、小さな子供が必死にアピールしているようで微笑ましくもある。ちなみに私も背は高くはないが、平均より少し低いぐらいなのでリーゼより十センチほど大きい。
「改めてよろしくね、リーゼ」
「ええ、よろしく」
「ところで、どうしてリーゼの隣が空いていたの? リーゼの隣なら誰かしら座りたがると思ったんだけど」
リーゼの家がかなりの高位であることは間違いないので、人脈を作りたい生徒たちからみればかなりの好物件のはずだ。
「それは、席を譲ってもらったからですわ。もともとはマリウスが座っていましたの」
「あー……それはマリウスに悪いことをしちゃったわね」
事も無げな様子で言うリーゼのその言葉に少し疑問を感じた。リーゼの後ろの席に座っているのが席を譲ったはずのマリウスとヴィルだったから。
「それは構わない。どうせお互いに他の生徒の相手をするのが面倒だから隣であったに過ぎないからな。それよりも……」
マリウスは視線を隣に座るヴィルへと移し、そして溜息をついた。
「急にリーゼがマリウスに席を空けろって言うから、きっとフィーが異動してくるんだと思って、ね」
「あれ、でもどうしてリーゼは私がSクラスに異動になるってわかったの?」
「それは……」
ヴィルは私がくると思ったからリーゼの後ろの席を譲ってもらったということなのだろう。……うん、譲ってもらったはず。それよりも、何故リーゼが言葉を濁したほうが気になった。
「それは?」
「それは……」
「エフィーがSクラスに移動になるように意図的に目立たせたからだろう?」
「うっ、そういうわけでは……」
頬杖を付き横を向いたまま視線だけをこちらに向け珍しくぶすっとした様子で告げるマリウスに、リーゼは慌てた様子で振り返り否定する。けれど言葉を詰まらせるその反応は肯定しているのも同じだ。
「わざと見た目が派手な魔法を使って自分に注目を集めたようなフリをしていたが……実際煙がすごかったからな、確かにその時の注目は集めただろうがその後の視線はエフィーに集中していた。すでに負けが決定して興味をなくしていた生徒たちを含め、な」
「他にあの時使い勝手の良い魔法が思いつかなかっただけですわ」
「……お前、黒魔法より精霊魔法のほうが得意だろう。どうしてあの時は得意でない黒魔法を使ったんだ?」
「ですから、注目を……」
「確かに範囲なら黒魔法のほうが有名なものが多いが……精霊魔法のほうが発動する場所や威力の調節は容易というのが一般的だな」
マリウスの言葉どおり、黒魔術は自分の魔力を直接変換させ発現させるという特性から好威力広範囲の呪文が多い反面、細かいコントロールが難しい。
精霊魔法は精霊に魔力を分け与えその力を借りるのだが、精霊はこちらの意識を読み取りこちらの望む効果を生み出す。渡す魔力の質と量によって威力は変わってくるのだが、細かいコントロールは精霊がしてくれるため針に糸を通すような繊細なコントロールも可能となる。
ちなみに基本的に見た目が派手なのは黒魔法だが、精霊魔法にも見た目が派手なものは存在するし、魔力と違って発現する力は視覚化されているので十分人目を引くことはできる。
リーゼロッテが得意としていたのは法術という精霊魔法の派生のような魔法で、精霊魔法も人並み以上に扱うことができた。マリウスがマティウス同様に神聖魔法が得意なところから考えて、リーゼも法術はともかく精霊魔法が得意であるのは恐らく間違いないだろう。
「リーゼ……」
「う……エフィーは優れた神聖魔法の使い手ですのに、その評価が最下位というのが納得いきませんでしたの」
「ちょっといい? 俺はフィーのペアなのに神聖魔法が使えるなんて聞いてないけど、リーゼには教えたの?」
「聞いたわけではなく、エフィーが子供の傷を癒すのを見たからですわ」
それまで必要以外は口を開かず静かに私たちを眺めていたヴィルが首を傾げる。それは私に問いかける形で、リーゼへの疑問を口にしたものだ。
その問いに私は首を振り否定したのだが、それに対するリーゼの返答が明らかにおかしかった。
「この学校に子供が出入りできるとは思えないが?」
「そう、ですわね」
「私はこれまでの実技でも魔法は使っていないし、使ったのはあの模擬戦が初めてよ」
「はぁ、何か勘違いしていたみたいですわね。ごめんなさい、エフィー。勘違いであなたを危険な目に……」
「ううん。勘違いなんて誰にでもあるし、模擬戦は私が一人で大丈夫って言ったんだから」
マリウスが言うように貴族の子女も通うこの学校のセキュリティは厳しく、子供が迷い込むようなことはまず有り得ない。勘違いだとすっかり落ち込んでしまったリーゼを慰めるように私はその背中をぽんぽんと叩いた。
確かに子供のことは勘違いだが神聖魔法が使えるのは事実で、何より模擬戦で突っ込んだのは私の意志でありリーゼに非はない。
それより気になった事。
遠い記憶の中で、リーゼの言うように子供の傷を癒したことがある。ただしそれはフィーネの記憶であって、それを見ていたのはリーゼロッテ。リーゼの見たという記憶は何らかの理由で思い出したリーゼロッテの記憶であり、リーゼが自分の記憶だと勘違いしたのかもしれない。どちらも勘違いということに違いはないが、その内容は大きく異なる。
これだけ前世に関わりの深い人間が揃っているのだから、何かしらのきっかけで前世の記憶を思い出したとしてもおかしくはない……気がしないでもない。
リーゼだけでなく同じように一緒にいることの多いマリウスも何か思い出しているのかもしれないが、そうだとしてもマリウスはそれが前世の記憶だと確信できるまでは私たちにその記憶を話すことはないだろう。
ヴィルは最初会ったときから過去の記憶があったのだから除外するとして、ジークは……現世も王子様というのはとてもジークらしいと思うが、残念ながら現時点ではほとんど接触していないのでそれ以外はよくわからない。
もし彼らがすべてを思い出した時――彼らが愚かな私を思い出したその時に、私は友人のままでいられるのだろうか。今更とはいえ、そんな不安が頭を過ぎった。




