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02 偽りの伝説

 ――昔々の物語。


 平和だったこの世界を滅ぼそうとする魔王が現れました。

 その魔王を倒すために立ち上がったのはエルプシャトの王子でもあるジークムント様と聖女フィーネ様です。


 勇者様と聖女様は仲間と共に魔王討伐に向かい、聖女様は大切な仲間と愛する世界を護るため、自らを犠牲とし見事魔王を封印することに成功しました。

 そして聖女様は勇者様たちに未来を託し、息を引き取ったのです。


 聖女様の尊い犠牲で世界は平和を取り戻しました。


 その後勇者ジークムント様は仲間の一人であったリーゼロッテ様を妃に向かえ、お二人は力を合わせて国を繁栄させ、エルプシャトを現在の大国へと導いたのです。


 私たちは忘れてはいけません。

 今の私たちの平穏は聖女様の尊い犠牲の上にあることを。

 魔王は封じられただけだということを。


 私たちはこの平和に感謝し、そして魔王の封印を護っていかなくてはいけないのです――




「……嘘ばっかり」


 シスターが子供たちに読み聞かせる絵本の内容にうんざりして、私は今日も教会を出てお気に入りの場所である町が一望できる丘に来ていた。



 ――あの物語を聞くたび、ズキリと胸が痛む。

 私のせいで命を落とした青年の顔が脳裏に浮かび、後世まで彼が魔王として語り継がれている現実を私に知らしめる。


 前世の私はフィーネという名前の今も語り継がれる聖女の生まれ変わり。フィーネとしての記憶は多少曖昧な部分はあったがしっかりと残っていて、ふとしたことであの時の罪の意識に囚われることが多々ある。


 今の私が生まれたのは、前世の私が死んでからちょうど二百年後。

 教会の前には聖女様として人々に語り継がれるフィーネの銅像が立っている。

 そして私とは正反対にヴィルは封印された魔王、畏怖の対象として語り継がれている。


 聖女と祭り上げられながら、その真意に気づけなかったのは罪。

 利用されただけの彼の命を奪ってしまったのも罪。

 結果、彼は後世まで魔王と誤った認識をされている。


 それは決して赦されることのない罪。

 私は自らが犯した罪に悩み苦しみ、再び聖女として生を受けた意味を考える日々を送っている――



 などと、自分で言うのも何だが素直で優しいフィーネであった頃のままの私ならそう過ごしていただろう。

 しかし残念ながら今の私にはそんな殊勝な心がけなど一切ない。

 真実とかけ離れた伝説を知った時、『強く、図太く、小賢しく』をモットーに生きていくことを誓ったのだ。


 フィーネのように他人に利用されるなど真っ平御免。むしろ利用できるものはこちらから利用してやろうという気満々で、聖女としての人生を送る気は皆無で力の事は一切秘密にしている。


 確かに魔王……ヴィルには悪いとは思うけれど、彼の名誉を回復しようにもすでに二百年が経過して伝説化されている今、ただの小娘の私に出来ることなんて何もない。

 聖女の生まれ変わりだと名乗りを上げ宰相の悪事を叫んだたところで、私が頭の弱い可哀相な子だと思われるのが関の山。それにわざわざ自分から面倒な場所に戻るつもりもく、彼の墓前で謝るぐらいで済ませるつもりだ。

 ただ、恐らく彼の眠る場所は魔王封印の地とされているあの場所で、厳重に警備され一部の人間しか入ることの出来ないあの場所を私が尋ねることができるのはもう少し先のことになるだろう。


 ヴィルの墓参りをするために、何よりこれからの平穏な人生のためにも必要な事、それは程よい肩書きと安定した職。

 そこで私は前世の知識をフル活用して魔法学校を受験し、入学後は良くも悪くも無い成績を維持して卒業。そして自分の店を構え、魔法薬でも作りながら引篭もり気味に生きていく――という大まかな人生設計を立てていた。


 早くに両親を亡くして孤児となった私だが、魔法学校は実力さえあれば家柄は関係なく誰でも通うことが出来る。しかも孤児の場合は国の援助で学費免除になるという特典があり、前世の記憶のおかげで魔術の知識がある私にとってかなりオイシイ条件だ。

 試験当日には実技もあるが、周りの生徒の様子を伺いながら問題なく合格でき、それでいて目立たぬ成績を収めることは聖女の魔術の知識をもってすればそう難しいことではないだろう。

 現在私は孤児院での手伝いの合間、借り物の魔道書を持って町外れの丘で一人必死に魔術の練習をしている、ということになっている。


 柔らかい草の上に座り傍らに借りてから一度も開いたことの無い本を置く。そして分厚いレンズのメガネを外し本の上にそっと置くと、レンズ越しでは見えなかった世界が鮮明に浮かび上がる。

 目の前を飛び回る多くの小さな生き物。視界にチラつくその姿がコバエのようで鬱陶しく、普段はメガネの分厚いガラス越しでその姿を見えづらくしているのだ。

 その生物は精霊と呼ばれる存在で、背中に小さな羽根を持つ可愛らしい外見なのだが……如何せん目の前をブンブンと飛び回られると、いくら愛らしい姿であっても鬱陶しいことこの上なく、仕方なくこうして普段はメガネを愛用している。


 精霊の姿が見えるのは魔力が高くそして精霊と相性の良い人間のみ。

 前世でも精霊の姿は見えていたが鬱陶しいと感じたことはない。――はて、この差は一体何故なのか。その辺の調節能力が前世より低いのかもしれない。


 口元に手を沿えふっと息を吹きかけると、少しだけ込めた魔力をその小さな生き物が花弁へと変化させる。私の手から流れ出した花弁が丘を吹き抜ける風に乗り、町へと飛ばされていくその様子はとても幻想的で、私はぼんやりとその光景を眺めていた。


「あー、そろそろ戻らなきゃ。マクドックさんのお店が閉まっちゃう」


 よいしょ、と本とメガネを手に取り立ち上がってスカートに付いた草を払う。


 孤児院に国からの補助はあるが、育ち盛りの子供が多くその経営は楽ではない。少しでも安く多くの食材を手に入れることが何より重要で、それが孤児院でも年長者である私の使命だ。

 マクドックさんのお店は新鮮な野菜を扱っていて、夕方におつとめ品としてその日の売れ残りをすべて手頃な値段で譲ってくれるというとてもすばらしいお店。私は再びメガネをかけ、マクドックさんのお店へと急いだ。


「やぁ、いらっしゃいエフィー」

「こんにちは、マクドックさん!」


 マクドックさんが走ってくる私に気づき、作業を中断して手を振る。マクドックさんはすでに閉店の準備をしていた。

 ――しまった、もっと早く来るべきだった。丘でのんびりとしすぎてしまったことを後悔する。

 がっくりと肩を落とす私にマクドックさんは豪快に笑いながら、


「ちゃんと孤児院の分はとってあるよ。ほら、これさ」


 と、店の片隅からたくさんの野菜が入った箱を持ってきてくれた。

 ……なんていい人なんだろう。


「ありがとうマクドックさん! おかげで夕食の一品が減らずにすみました」

「ははは、タイムセール以外の時にも何か買っておくれ」

「善処します」

「ほら、早く帰って野菜を届けてあげておくれ」

「はい! ありがとうございました!」


 代金を支払い、マクドックさんなりの冗談を受け流して箱を持つ。彼も孤児院の経営が大変なことはよく知っていて、通常多くの野菜を買うことができないことは承知しているのだ。

 多くの野菜が詰め込まれたこの大きな箱は大体三十キロほどありそれなりに重いといえるだろう。その箱をあっさりと持ち上げる私を、見慣れているマクドックさんはにこにこと見守っている。


「いやぁ、相変わらず逞しいねぇ」

「孤児院にいると力仕事も多くて腕力が付くんですよ」

「やだなぁ褒めているんだよ? 是非息子の嫁に欲しいぐらいさ」


 目を細めてジト目で反論する私に、マクドックさんは笑顔で答える。

 しかしマクドックさんの息子は――


「……ナック君まだ六歳じゃないですか」

「年上女房ってやつだな」

「……早く帰らないと行けないので失礼しますね」

「ああ、また来ておくれ」


 笑顔のままのマクドックさんに別れを告げて、孤児院へと急ぐ。

 それにしても十六歳の孤児である私に、冗談でも六歳の息子の嫁になどというマクドックさんの冗談のセンスがわからない。

 見上げれば、空はすでにきれいな茜色に染まりつつある。


「さてと。本当に急いで戻らなきゃ」


 視線をずらしてメガネの下から野菜の入った箱を覗き込む。

 箱の下にいるは複数の黄色を基調とした精霊。ほんの僅かな魔力と引き換えに、彼らが重い箱を運ぶ手助けしてくれている。

 聖女としての力は使わないが、それ以外の力は目立ち過ぎない程度にコッソリ使う。使えるものは使わなくては勿体ないし、精霊も喜んでくれるのだから問題は無い……はずだ。



 その日の夜、私はシスターから今日届いたという封書を受け取った。入学試験の案内が届いたのだ。

 その場でシスターと一緒に内容を確認すると、簡単な案内書と受験票、そして受験会場でもある学校付近の地図が同封されていた。


 試験日は花見月の三日。今日が花見月の二日なのだから……


「エフィー大変! 試験日って明日じゃない」

「うん、急いで準備しないと」


 学校がある街は馬車で四時間ほどなので、明日の早朝にこの町を出れば十分試験には間に合う。私は慌てて案内書に目を通したのだが、そこに大きな文字で書かれていたのは


『当日持参が必要な物は受験票のみ。

 貴重品を含め荷物の一切を会場内に持ち込むことは禁止の為、手荷物は受付時に預けるように』


 というものだった。

 毎年試験内容は違うとは聞いていたが……筆記試験もないのだろうか。とりあえず、特別準備するものは何もないらしい。

 私は小ぶりの鞄に財布やハンカチなどと一緒に魔道書も入れた。それは特に入れるものもないので、魔法の勉強しています、といった雰囲気が出るような気がするという単純な理由からだった。

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